5つ目の国宝天守閣「松山城」

これまで「姫路」「松本」「彦根」「犬山」、この4つの天守閣が、国宝として指定されていました。それぞれに歴史があり、築き上げてきた文化があります。

そんな中、2015年7月、5つ目となる国宝天守閣が誕生しました。それが「松江城」です。宍道湖(島根県)で、質素ながらも厳かな風格の松山城は、入り母屋の屋根が張り出し、

漆黒に染められた壁を持つ存在感のある天守閣でした。

国宝認定が遅れた理由とは

「国宝」と「重要文化財」は、どちらもよく聞く言葉ですが、何が違うのでしょうか。

そもそも国宝とは、かつて存在していた国宝保存法というものによって、いくつもの文化財が指定されていました。しかし、時の経過とともにいくつかの出来事を経て、1950年に国宝保存法は廃止され、新たに文化財保護法というものが制定されたのです。

その際に、「国宝」とされていたものは、すべて重要文化財に変更されました。そして更にその中で価値の高いものを選別し、改めて国宝に認定されていきました。

松山城は、1935年に「国宝」に指定されていましたが、その時に重要文化財とされて以降、国宝とは認定されていませんでした。

松山城では、新たに国宝を認定するタイミングで、解体修理を受けていました。天守閣のいたるところがバラバラにされた状態では、国宝に認定されることは困難でした。

更に悪いことに、解体修理が完了する1955年には、同じ形状の彦根城がすでに国宝指定を受けていたのです。

彦根城と松山城は、複合式と呼ばれる天守です。

天守は、それぞれ独立式、複合式、連結式、連立式の四種があり、複合式からは彦根城が選ばれているのと同時に、独立式からは犬山城、連結式からは松本城、連立式からは姫路城が、それぞれ国宝として指定されていました。

この状況下で、松山城が国宝として指定されるには、いくつもの壁があったことが予想されます。

増加する国宝指定

しかしながら、松山城にとって良い波が訪れます。ここ数年で国宝や重要文化財指定の答申が加速・増加している傾向があるのです。

学術研究が進んだものや、新たな知見が発見されたものは改めて審議にかけられ、文化財としての指定を受け始めました。

松江城にはその「新たな知見」がありました。

市史編纂のために史料集めをしていたところ、天守閣築城を祝う「祈祷札」というものが偶然にも発見されたのです。

この札が発見されたことにより、国宝指定に向けて話が進んでいきました。

松江城の国宝化運動を公約のひとつに掲げていた松江市長。市長をはじめ、市民の方々にとって悲願の達成となり、感慨ひとしおでしょう。

インバウンド増加による経済効果は?

空港の入場ゲートに並ぶ人々松山城では、現在平日休日関係なく、国宝に認定される以前に比べて約1.3倍の観光客が訪れています。昨年の観光客数が27万人以上とされていますから、それを考えると今年は35万人以上となるのではないでしょうか。

観光客には、国宝となったことにより訪れる歴史ファンのほかに、インバウンド観光客が大半を占めているそうです。

実際に足を運んでみると、多くの外国語が聞こえてきます。

日本全体で見ても、インバウンドは過去最高の来日数であることから、松山城の観光客が増えるのは自然の流れです。さらに、中国地方では松江城だけではなく、出雲大社や宍道湖、鳥取砂丘など自然のあふれる観光地が豊富にありツアーも組みやすい土地と言えます。

しかし、ツアーともなるとひとところにとどまる時間は多くありません。松山市にとって、松山城以外への経済効果はどれほどあるのでしょうか。

松山市では、インバウンド観光に当然力を入れていて、平成27年度には観光客を1,000万人、そのうちインバウンド観光は10万人を目指すとしています。

観光客増加の対策として、観光周遊のルートや、出雲大社や宍道湖、鳥取砂丘などとの連携などにも取り組んでいます。

松山城の国宝認定が、さらなる誘致につながることが期待されます。

 

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