「低予算」でも自治体ブランディングに成功したワケ 世界が認めるサステイナブルな観光地・岐阜県の挑戦

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観光地の環境や文化に配慮した新しい観光のあり方として、世界的な関心が高まる「サステイナブルツーリズム」。日本でも、観光庁の「観光立国推進基本計画」などにおいて「持続可能な観光」の実現が基本方針として組み込まれるなど、国を挙げての取り組みが進められています。

そんなサステイナブルツーリズムの先進事例として注目されているのが岐阜県です。持続可能な観光の国際認証団体の一つであるグリーン・デスティネーションズが選ぶ「サステイナブルな観光地」に、岐阜県内の地域が3年連続で選出。さらに2023年には世界的な旅行雑誌「Travel + Leisure(トラベル・アンド・レジャー)」で8ページに渡る特集が組まれるなど、世界的な評価も高まっています。

「大都市と比べてブランディングの予算は限られていた」という岐阜県が、いかにして「サステイナブルツーリズムのメッカ」と自負するまでになったのか。そのブランディング戦略を、岐阜県 観光国際部 観光誘客推進課 課長 加藤 英彦氏に伺いました。

お話を伺った方:岐阜県 観光国際部 観光誘客推進課 課長 加藤 英彦氏

▲岐阜県 観光国際部 観光誘客推進課 課長 加藤 英彦氏
▲岐阜県 観光国際部 観光誘客推進課 課長 加藤 英彦氏

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サステイナブルツーリズムとは

サステイナブルツーリズムとは、地域の自然や文化を守りながら観光業を活性化させ、住民の暮らしを良くしていくことを目指す取り組みです。

国連観光局(UN Tourism)によると、「訪問客、業界、環境および訪問客を受け入れるコミュニティーのニーズに対応しつつ、現在および将来の経済、社会、環境への影響を十分に考慮する観光」と定義されています。

近年、観光業の過度な商業化や旅行需要の拡大によるオーバーツーリズムが問題視されるなか、持続可能な観光の構築に向けた取り組みが世界各地で進んでいます。

岐阜県の訪日マーケティングの軌跡

ーー そもそも岐阜県のインバウンド訪日外国人観光客)へのアプローチはいつ頃から、どういった内容で始まったのでしょうか?

岐阜県の訪日外国人向けのマーケティング活動は、2009年に「飛騨・美濃じまん海外戦略プロジェクト」を開始したことから始まります。官民が連携し、観光・食・モノを一体化させた「岐阜ブランド」を確立し、インバウンドの誘客活動を本格化させました。

その中で特に注力したのが、ランドオペレーターへのセールス活動です。岐阜県内の観光地や宿をツアーに組み込んでもらうには、旅行商品を販売する現地旅行会社だけでなく、ツアーの企画を担うランドオペレーターへのアピールが必要不可欠だと考えたからです。

そこで2009年、日本の自治体として初めて「アジアインバウンド振興協会(AISO)」の会員となり、特に東南アジアの国々をターゲットとしてアプローチを進めていきました。

▲岐阜県 観光国際部 観光誘客推進課 課長 加藤 英彦氏
▲岐阜県 観光国際部 観光誘客推進課 課長 加藤 英彦氏

ーー ツアーを販売する人ではなくて、実際に企画している人へのアピールを強化したんですね。

そうですね。ランドオペレーターは、ツアーの評判が良ければ他の国・エリアにも横展開してくれる場合があるので、地域全体からの誘客に繋がるという効果もありました。

例えば、東南アジア諸国と繋がりの強いTAS(Tokyo Asean Service)にセールスを行い、シンガポール人向けのツアーを企画してもらった際、ツアーは好評で、2010年のシンガポール人の旅行先のうち、岐阜県の伸び率は日本の自治体の中で1番でした。そこでTASが、同じツアーを東南アジアの別の国に横展開してくれて、マレーシアやインドネシアなどからも岐阜県に団体旅行客が来るようになったんです。

このようにしてまずは東南アジアの誘客を成功させ、その後、ヨーロッパ、アメリカ、オーストラリアと拡大していきました。

コロナ禍前にぶつかった「2017年の壁」

ーー その当時から「サステイナブル」を意識したブランディングを行っていたのですか?

マーケティング戦略にサステイナブルの概念を取り入れたのは、2018年からです。ここまででお伝えしたような取り組みの結果、ツアー客の呼び込みには成功しました。しかし、LCCの台頭などにより個人旅行の需要が高まったことで、2017年に戦略の立て直しを余儀なくされたんです。

個人旅行者が増え、旅行者が自ら日程を決めて宿の予約などを行うようになったことで、名古屋などの国際空港近隣の大都市に宿泊しつつ、岐阜県には日帰りで観光に来るケースが急増しました。2017年の外国人宿泊客数は、日本全体では前年比でプラス水準なのに対し、岐阜県は数少ない「前年割れ」となってしまったんです。宿泊客が減ったため県内の観光消費額も大きく減少した上、道路の渋滞など、いわゆる「オーバーツーリズム」の問題も発生してしまいました。

▲2017年、全国の外国人宿泊者数は右肩上がりとなる中、岐阜県は前年割れに。戦略の転換を迫られた:岐阜県資料より
▲2017年、全国の外国人宿泊者数は右肩上がりとなる中、岐阜県は前年割れに。戦略の転換を迫られた:岐阜県資料より

そこで、団体旅行やツアー客の誘致だけでなく、個人旅行客に焦点を当てた戦略の見直しをした結果、「ブランディング」にたどり着いたんです。

コロナ禍も追い風に、着々と進めたブランディング

ーー 旅行需要の変化に合わせた、新しいブランディング戦略が必要だったのですね。具体的にはどのような戦略に移行したのでしょうか。

「ブランディング」と「デジタルマーケティング」の2軸で新しい戦略を立てました。

岐阜県の観光資源といえば、例えば合掌造りの白川郷や高山祭、中山道や関刃物などが有名です。豊かな自然のもと、先人から受け継がれてきた伝統・文化・匠の技が、長い時を超えて人々の暮らしに息づいています。

これらはまさに「サステイナブル(持続可能)」な観光資源であり、観光用につくったテーマパークや重工業が少ない岐阜県だからこそ失われなかった日本の源流です。

▲先人から受け継がれてきた文化そのものが「サステイナブル」な観光資源であると気づいたという:岐阜県資料より
▲先人から受け継がれてきた文化そのものが「サステイナブル」な観光資源であると気づいたという:岐阜県資料より

そこで「岐阜県の強み(魅力)=受け継がれてきた宝=サステイナブルと定義して、岐阜県ならではの魅力を言葉、写真、動画、体験で伝えるブランディング「Gifu:Timeless Japan, Naturally an Adventure」を2018年にスタートさせました。SEO対策やMEO対策といったデジタルマーケティング施策と合わせて、国内外への発信を強化したのです。

コロナ禍によりSDGsやサステイナブルへの注目が高まったことも追い風になりましたね。2020年からはサステイナブルツーリズムの概念も盛り込みながら、コロナ禍でも焦ることなく取り組みを進めることができました。

ーー なるほど、ここでサステイナブルの概念が登場したのですね。それらの戦略に沿って実施した取り組みはどういったものだったのでしょうか。

まずは新しい戦略に基づき、公式のWebサイトや観光パンフレットを一新しました。公式サイトでは、観光地の紹介だけでなく、体験・宿・食がワンストップで予約できる仕様にしました。

他にも、サステイナブルな観光資源を活かした「着地型体験コンテンツ(現地オプショナルツアー)」の開発にも力を入れ、2018年から合計で50本を造成。伝統工芸の専門用語も理解できる外国語ガイドの育成にも注力しました。

コロナ禍で旅行が制限されている間にも、フランスの映画「ダ・ヴィンチ・コード」を手がけた撮影チームに依頼し、非常にクオリティの高いPR動画を5本制作しています。再生回数は現在1,700万再生を記録し、欧米を中心に多くの方々に視聴いただくことができました。

また、国外への情報発信と合わせて、地域への啓蒙活動も積極的に行った点もポイントです。研修会や冊子などを用いて、サステイナブルがいかに経済成長につながるか、事業者や住民に理解してもらえるよう努めました。県民が一丸になってブランディングに取り組む土台を形成していったんです。

▲公式Webサイトを中心とした岐阜県の取り組みの全体像:岐阜県資料より
▲公式Webサイトを中心とした岐阜県の取り組みの全体像:岐阜県資料より

「サステイナブルツーリズムのメッカ」として

ーー 地域の理解と一貫した情報発信が、ブランディングの要だったんですね。取り組みの結果、どのような成果があったのでしょうか。

2020年から3年連続で、持続可能な観光の国際認証団体であるグリーン・デスティネーションズの世界TOP100に、岐阜県の地域が選ばれました。2020年に白川郷、2021年に長良川流域、2022年に下呂市(下呂温泉街)がそれぞれ選定されています。

また、2023年には白川郷が、国連観光局(UN Tourism)が選ぶ「Best Tourism Villages 」に選ばれました。さらに同機構が推進する「持続可能な観光地づくり国際ネットワーク(INSTO)」に、岐阜県は国内で初めて加盟を認められました。

インバウンドが全国で6番目に高いインバウンドの割合を占める岐阜県において、コロナ禍は本当に厳しい期間でした。しかし、サステイナブルな観光地としてのブランディングに取り組んだり、世界的なサステイナブル・ネットワークに加入したり、「客観的な評価」を獲得する活動を粛々と進めていきました。

結果、自分たちの発信以外にも、客観的に「本物のサステイナブルが残る場所」であることが証明され、さらに世界への発信力や拡散力も拡大していったと感じています。

ーー 各国への情報発信で、特に成功した事例を教えてください。

例えば欧米豪への発信では、PR会社と組んで現地メディアや旅行会社など2万社以上へプレスリリースを配信しました。世界TOP100に選ばれたことを受け、岐阜県が「サステイナブルツーリズムのメッカ」であることをアピールしました。

その結果、アメリカの三大大手旅行雑誌で、北米を中心に100万部近い発行部数を誇る「Travel + Leisure(トラベル・アンド・レジャー)」で、8ページに渡り岐阜県の特集を組んでいただきました。仮に同雑誌で1ページの広告を出すとすると、確か数百万円ほどかかると聞いています。普通だったら到底実施できない施策ですよね。ありがたいことに、これを契機として他にも様々なメディアに取り上げていただき、欧米での知名度アップにつながりました。

また、アジア・東南アジアでは、これまで培ってきたランドオペレーターとの繋がりを活かし、訪日旅行会社25社と連携しています。岐阜県へ2泊以上のツアーを企画してくれた旅行会社には、岐阜県から少額の広報費用を支払い、グリーン・デスティネーションズのロゴを渡してプロモーションに活用してもらいました。

現地旅行会社はサステイナブルな取り組みをしたくても、そこまでの余裕がない場合がほとんどだと思います。岐阜県の旅行商品を作ることで「SDGsに取り組んでいる企業」だという印象を消費者に与えられることは、旅行会社にとってプラスになるんです。

結果、多くの旅行会社がツアーを組んでくださり、岐阜県が「サステイナブルツーリズムのメッカ」であることを消費者に向けて発信できるようにもなりました。

▲「サステイナブルツーリズムのメッカ」として、世界へのPR活動を実施:岐阜県資料より
▲「サステイナブルツーリズムのメッカ」として、世界へのPR活動を実施:岐阜県資料より

清流の恵みを新たな世代へ 守り伝えるために

ーー 最後に、今後の取り組みについて教えてください。

私たちの取り組みのポイントは、低予算で実現できることです。大都市圏や特に人気の観光地とは異なり、岐阜県では観光プロモーションにかけられる予算が限られています。少ない予算で結果を出すため、自分達でできることを工夫する。この姿勢が何よりも大切です。

そして持続可能な観光を目指すには、50年、100年、1000年先を見据え、息の長い活動をしていく必要があります。今、岐阜県に多くの外国人観光客が訪れているのは、先人たちが地域の自然や文化を守り伝えてくれたから。先人たち同様に、今を生きる私たちも、子供や孫の代に地域資源をつなげていかなければいけません。

この考え方は岐阜県以外の地域でも再現することが可能だと思っています。地域の事業者や一般の人々に広くサステイナブルツーリズムの意義を周知し、取り組みを「自分ごと化」してもらう。自分ができることからやってみる。そうすることで、地域の資源を後世につなげる取り組みが自発的に生まれる循環を作っていけたらいいのではないかと思います。

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この記事の筆者

訪日ラボ編集部

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