「インターネット+」で中国のスマホアプリは百花繚乱
昨年(2015年)以来、中国経済を語るうえで重要なキーワードとなっているものに「互聯網(フーリエンワン)+」(インターネットプラス)があります。これは中国国務院(日本の内閣に相当)総理の李克強氏が唱えたコンセプトです。同氏は2015年3月5日に「両会」(日本の国会に相当)で「政府工作報告」(国務院が主導する行政報告)を行うなかで、「モバイルインターネット、クラウド、ビッグデータ、IoT(Internet of Things)と近代製造業とを連携させ、EC(E-Commerce、インターネット通販)や業界向けインターネット、インターネット金融などの健全な発展を促進する」方針を唱えたのでした。これまでインターネットとは縁がなかった業界にも、さまざまかたちで相応のテクノロジーを浸透させていくことを目指したのです。
中国のインターネット規制とVPN
もっとも、中国は、インターネットを活用した社会づくりを進めながらも、開放的な利用には制約を科しているのは周知のとおりです。それは法的な規制であったり、あるいは物理的手段として外国のサイトへのアクセス制限という手段を用いることもあります。
たとえば、中国では通常接続では、FacebookやTwitter、Youtube、Gmail、さらにはGoogleマップやカレンダーさえも使うことができません。なんとかしてこれらにアクセスしたいと思ったら、VPNやプロキシのサービスを使ってネットの壁を“飛び越える”必要があるのです。こうした行為を中国語では“越獄(Yue4Yu4/ユエイゥ)”と呼びます。日本語で「脱獄」という意味です。ただ、VPNに接続して海外サイトにアクセスしている間、中国国内のサイトが一部利用できなくなるなどの不便を来たすこともあります。それゆえ、VPNへの常時接続で万事が解決するというわけでもないのです。ちなみに、日本で定番SNSとなっているLINEについては、2014年7月から1年間ほど、iOS、Androidともにアプリが機能しない状況にありました。しかし、今ではAndroid向けアプリに限っては正常なかたちで利用が可能になっています。
ガラパゴス状態から脱却を目指す中国アプリ
もっとも、LINEを引き合いにして、iOSよりAndroidのほうが便利だとは結論づけられないのが中国の実状です。なぜなら、中国では、Appleストアでのアプリ取得には問題なくても、Googleのサービス全般に利用制限が課されている以上、AndroidのアプリストアであるGooglePlayも使えないからです。
さらには、中国国内で購入するスマホやタブレットPCには、デフォルトでGooglePlayが搭載されていないのが通常です。かように、Googleのサービス全般を愛用するユーザーにとっては、ともすれば途方に暮れてしまうのが中国のネット環境なのです。もっとも、中国人自身がGoogle関連のサービスを使えずに不満やるかたない状況にあるかというと、そうでもありません。じつは、GooglePlayがなくても、アプリの習得には困らないのです。「百度(バイドゥ)」や「360」といったサードパーティションのアプリストアが充実しており、これらを代替利用するだけで事が足りるからです。あるいは、アプリの提供元が開設したオフィシャルサイトから直接、apkファイルをダウンロードしてインストールするという方法がとられることもあります。GooglePlayで検索してヒットしなくても、中国のサイトやアプリストアからなら問題なく取得できるものも少なくありません。アクセス制限をはじめとするさまざまなネット規制を目の当たりにしていると、傍目からは中国にあるのはインターネットというより「ナショナルネット」ではないかという印象を持たれても仕方ないでしょう。しかし、中国で普及しているアプリには優れものが多くあります。海外サービスへのアクセス制限を続ける一方で、海外の技術の取り込みと改良には余念がありません。既存サービスに勝るものを自国生産し、大きな自国市場というスケールメリットを背景に、そのプレゼンス向上を図っているのです。おそらくデジタル社会のメリットを大いに生かしているともいえるでしょう。大きなマーケットを背景として新たな技術が生まれ、それを加えたより優れたサービスで世界に打って出ようとしているのが、いまの中国のインターネット業界なのです。一方、LINEを除くと、これといって海外にユーザーを抱える国産アプリを生みだしていないのが日本の現状です。厳密に言えば、そのLINEでさえ韓国系の会社によるプロダクトであることを考えると、アプリ市場を巡る日中間の格差は小さくないといえそうです。百度でさえ、中国、シンガポールから撤退してしまいました。20世紀末に「iモード」サービス等を展開し、世界に先駆けたモバイル技術を展開しながら「ガラパゴス化」した世界に閉じ込持っていた日本。そんな失敗の二の舞いにはならないという決意と大きな野望が、アリババやテンセントなどのグローバル展開から垣間見えそうです。
ニュースアプリ「今日頭条(ジンジートウティアオ)」の台頭
テンセントやアリババがこれまで打ち出してきたもの以外にも、中国には出色したアプリやネットサービスが数多くあります。今回のレポートでは、多岐に渡るジャンルから、ニュースとネットラジオのジャンルに絞って取り上げてみます。中国人のライフスタイルに関わるホットなアプリでもあり、現在の中国のトレンドを知るヒントにもなることでしょう。
まずは、ニュースアプリ「今日頭条(ジンジートウティアオ)」です。日本では中国関連のニュースが報じられる際、「ポータルサイトの今日頭条(ジンジートウティアオ)」という言葉で説明されるケースが一般的ですが、いまではサイトよりもアプリ利用のほうが一般的といえそうです。ニュースアプリといっても、これを通して取得できるニュースや情報は、媒体が一方的に数量や配置、優先順位を決めたものではありません。「頭条」とは日本語で「ヘッドライン」を意味します。ヘッドラインに表示される記事は、ユーザーが登録した自身の好みや関心などのプロファイルにもとづき、ジャンルや順序等が自在にカスタマイズされて配信されたものなのです。いわば、ユーザーそれぞれの個性にもとづいて、異なる表示がされるというところに、このツールのコンセプトの特異性があるのです。このように説明すると、日本人でしたら「Gunosy」やを思い浮かべることでしょう。ユーザー登録時の記入内容やSNSなどでのツィート内容、ブックマークなどを通して関心テーマを解析するという点では、まさしく「今日頭条(ジンジートウティアオ)」は「中国版Gunosy」という例えが適当かも知れません。しかし、実をいえば、「今日頭条(ジンジートウティアオ)」の機能には、「NewsPics」や「SmartNews」等の競合アプリ、あるいは「2ちゃんねる」、Yahoo!Japanの「リアルタイム」を彷彿させるような側面もあります。記事の発信者と他ユーザー(読者)との間で活発にコメントが書き込まれている画面から、掲示板を土台にした一種のSNSという印象を抱く人がいても不思議ではないでしょう。「今日頭条(ジンジートウティアオ)」のサービスが始まったのは2012年8月のことです。その後、順調にユーザーを増やし、2016年4月現在で累計アクティブユーザー数は4億7000万人を数えています。圧巻なのは、情報発信先として提携する既存メディアや政府、関連機関が1万6000個にも上ることです。情報ソースの充実ぶりからして、もはや既存メディアが単独で太刀打ちできるレベルのものではなくなっています。
中国ネット界隈で暗躍する「五毛党」
なお、「今日頭条(ジンジートウティアオ)」にアップされる記事に対して寄せられる他ユーザー(読者)のコメントは、いまの中国の世相を知るうえで面白い情報源となりそうです。中国には政府にとって都合の良いネット投稿を1回あたり“五毛”(日本円で約9円)の報酬で請け負うネットユーザーが数多くいます。これを「五毛党」と呼んでいます。戦争時の“えげつない”写真や動画をアップし、“品のない”日本非難のコメントを凝りもせず書き込んでいるユーザーがいたら、大概、「五毛党」による所業だという解釈が成り立ちそうです。「今日頭条(ジンジートウティアオ)」でこうしたコメントを目撃するのは愉快なことではありませんが、面白いことに、日本非難のコメントがあれば、それに対する冷静沈着なユーザーのコメントも珍しくありません。非文明的なコメントに対しては良識的な見解で応酬し、あるいは当て付けがましく、日本の観光情報や礼賛コメントを寄せるユーザーさえ見られるのです。政府がいくら情報操作を試みても、それに人民が盲目的に従っていくような時代は過去のものとなりつつあるのかも知れません。「今日頭条(ジンジートウティアオ)」http://toutiao.com/=(番外編2)に続く