図1:テンセント社(騰訊)が提供するサービス
図1:テンセント社(騰訊)が提供するサービス

訪日中国人観光客が必携としているコミュニケーションツールをWeChat(微信)のほかにひとつだけ挙げるとしたら、それはテンセントQQ( 騰訊QQ、Tencent QQ; 以下、QQと略)だといえるでしょう。モバイルインターネット専門の調査研究会社Quest Mobile(貴士移動)が発表した3月度の中国スマートフォンアプリに関する調査データによると、Android端末とiOS端末全体を併せたQQの月間アクティブユーザー数(MAU)は5億5396万人でした。トップのWeChat(微信)の7億6733万人には及ばないものの、ゲームやエンタメといった広範なサービスを内包していることや、PC上での利用者が多く存在することから、QQが中国最大のコミュニケーションツールであるという評価は誇張ではありません。実際、テンセント社(騰訊)が提供する豊富なサービス群は圧巻の一言であり、ゲームほかエンタメの領域はもとより、プラウザやクラウドストレージ(「微雲(WeiYun)」)など、ビジネスユースも広く網羅しているのです。QQと名の付くサービスも複数に及んでいることが分かるでしょう。QQが誕生したのはインターネット黎明期の1998年のことです。当時、インスタントメッセンジャー(IM)の草分けである「ICQ」というツールが世界で流行していましたが、QQはICQの中国語版のような装いでサービスが開始され、当時はOPEN ICQと名づけられていました。その後、QQと改名し、インターネットの発展とともにサービス範囲拡張や機能増強は著しいものがあります。テンセント社(騰訊)はあたかもインターネット全般に渡るプラットフォームを独占するかのような勢いで業績を伸ばしているのです。

訪日中国人観光客の必携アプリの存在感

図2:テンセント社(騰訊)の広告収入の伸び
図2:テンセント社(騰訊)の広告収入の伸び

テンセント社(騰訊)の2015年における総売上は1,028億6300万人民元(約1兆7580億円)で、前年比30%の伸びを示しました。ゲーム領域で安定した業績の伸張が見られたほか、ネット広告収入の伸びが大きく貢献したためです。2015年のネット広告収入は175億元(約2991億円)で、とくにモバイル版QQスペース(ブログや写真、音楽のアルバムなど多くの機能を統合したサービス)によるところが大きいとされます。テンセント社(騰訊)による2月度のユーザー調査によると、QQのアクティブユーザーは70.25%となっており、もともとPCユーザーの囲い込みに成功していたQQは、巧みにモバイルの領域でもユーザーの取り込みに成功していることが明らかになりました。なお、参考までに申し上げておくと、本レポートのタイトルで敢えて「テンセントQQ」という呼称を使ったのは、中国の自動車ブランドである「QQ」(奇瑞汽車が製造販売する超小型車)とテンセントQQを区別するためです。テンセント社(騰訊)は奇瑞汽車との間で「QQ」商標の使用権をめぐって法廷で争いましたが、自動車関連領域においてはテンセント社(騰訊)がQQ商標を使うことができないという最終判決が2014年9月14日に北京市高級人民法院より下されています。とはいえ、一般の中国人にとっては「QQ」と言われて想起するのは、やはりテンセントQQにほかなりません。そこで、本文では単にQQとだけ記載させて頂いています。

訪日中国人観光客はWeChat(微信)とQQを兼用

QQの基本機能は何かといえば、Skype(スカイプ)と同様、アプリをデバイスに設定することで、チャットやネット電話が無料でできることにあります。アカウントを登録すると9桁の数字で構成される番号が分け与えられます。これをテンセント社(騰訊)が提供する他サービスを利用する際のログイン情報として使うことが可能になります。あるいは、QQメールのアカウントにひも付けをしておき、メールアカウントを以ってQQ番号を代用させることもできます。ここで一つ素朴な疑問を提起する人も出てくるでしょう。WeChat(微信)にもQQと同様の機能が備えらえている以上、同じ会社に類似するサービスが存在しているのはおかしくないかという指摘です。WeChat(微信)を活用するなら、わざわざQQのアプリを入れておくのは意味がないのではないかと思う人もいるかも知れせん。しかし、QQでは、通話中も音声通話と動画通話のモードを自由に切り替えることができたり、Skype(スカイプ)と同じように相手がオンラインかオフラインいずれの状態にあるかの表示があるため、(こうした表示のない)WeChat(微信)よりもリアルタイムでチャットがしやすい操作環境となっています。したがって、ユーザーによっては、リアルタイムでの音声通話にはQQを使い、一方、WeChat(微信)については、トランシーバーのような要領でボイスメッセージを残すなどして使い分けているケースもあります。いずれにせよ、先に見たように、QQのアクティブユーザーの割合は7割を数え、高い水準にあります。元々のQQのユーザーが、WeChat(微信)の登場と普及によってQQから離別していく傾向にあるというわけではなく、WeChat(微信)とQQを兼用しているユーザーも相当数いるといえそうです。

WeChat(微信)とQQは補完関係

といいつつも、テンセント社(騰訊)がWeChat(微信)とQQと2つのSNSを運営していることに釈然としない思う人も少なくないでしょう。たしかに2015年まででしたら、QQはPC、WeChat(微信)はスマホというように得意領域の相違がありました。しかし、両者はいまや双方のプラットフォームに相乗りしています。それゆえ、インスタントメッセンジャーの領域のみならず、内包するSNSの機能においても、本当にうまく棲み分けができるのかと懸念の声が上がるのも致し方ないかと思われます。しかし、スマホユーザーにWeChat(微信)が浸透していくことで、QQがネット社会で果たしてきた役割が終焉を迎えると考えるのは杞憂といえそうです。WeChat(微信)興隆のあおりを受けることなく、QQはますます健在であり、双方は競合関係というより、むしろ補完関係を築いているというほうが実情を照らしています。

次世代の訪日中国人観光客が使うアプリは?

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QQとWeChat(微信)が補完関係にあるとされる背景の一つには、QQの利用者の6割が90年代以降の生まれということがあります。これはテンセント社(騰訊)(騰訊)が昨今に実施したユーザー調査によるものですが、ユーザーの95.7%が18歳から50歳の層で占めているWeChat(微信)とは対照をなしていることは注目に値します。若い人たちにとっては、どこの学校に在学し、あるいはどこの学校を卒業したかというよりも、興味の共通性をもとにオープンな環境で新たな出会いの機会を広げていきたいというニーズのほうが強い傾向があります。しかし、エンタメ領域や趣味の世界でより広く情報交換を行おうとすることは、もともとクローズなコミュニケーションツールであるWeChat(微信)が得意とするものではありません。むしろ、QQがもつ強力なユーザー検索機能を使って――たとえば、世界各地の国や都市、性別、年齢、言語などのキーワードを通して、自分が交流したいと考えるターゲットを見つけていくなど――自分たちの情報ネットワークを広げていくことのほうが有益ととらえているといえるでしょう。もちろん、若年層ですと、スマホを買い与えられていないケースが想定され、同級生とのやり取りは自然にPCベースでQQを通して行なうのが自然の成り行きともいえそうです。WeChat(微信)になじまないから使わないというのではなく、物理的に使う環境にないというのも関係していることも念頭に置いておいたほうがよさそうです。したがって、彼らがスマホを持ち、WeChat(微信)を使い始めたとき、果たしてQQを引き続き支持していくのかどうか、いまから関心が集まっています。なお、QQがあたかも若者のエンタメ用途を優先したツールかのような書き方をしましたが、そういうわけではありません。教育の現場で、教師がQQを通して学生たちに宿題を分け与えたり、アドバイスや指導をしたりするような利用もされています。一方、ビジネス面でも、ギガ単位のファイル転送が可能なQQは大変重宝されるツールとなっています。巷には、転送できるファイルサイズに制限が課せられたり、回線状況の悪い環境でデータ転送が止まってしまうと最初からやり直しを余儀なくさせられてしまうツールが多いのが実情です。それゆえ、ファイル転送の最中にネットが途切れても、再接続したときに途中から再開することができるQQは中国だけでなく世界でも広範に利用されるツールとなっているのです。このように、Skype(スカイプ)がネット規制の対象となっていないのに中国でいま一つ浸透を見ないのは、QQの機能があまりに絶大で真っ向から太刀打ちできないという事情があるのです。