訪日中国人観光客の増加に伴い、インターネットを活用したインバウンドマーケティングへの関心が高まっています。しかし、中国のネット事情は日本とは大きく異なります。日本人にとっては必携アプリともいえるLINEはもとより、FacebookやTwitter、YouTubeといった世界的にメジャーなプラットフォームでさえ、中国ではとたんに影の薄い存在となってしまうのです。これには国内のIT産業振興のための支援や情報規制を目的とした中国の政策等、政治的な事情も背景としてあるのは想像に容易いことでしょう。一方、中国で使用されているモバイルデバイスのほとんど全てがスマホです。「ガラケー」がいまだに健在な日本と比べるとスマホ普及の度合いが極めて高く、子どもからお年寄りまで抵抗なく使いこなしている光景は、日本人からしてみると少々驚きに値することではないでしょうか。では、訪日中国人観光客はスマホをどのように使っているのでしょうか。とくに愛用されているアプリにはどんなものがあるのでしょうか。業界レポートなども参考に概況を見ていきましょう。

WeChat(微信)は訪日中国人観光客が使うNo1アプリ

図1:2016年第1四半期・中国スマホアプリランキング
図1:2016年第1四半期・中国スマホアプリランキング

モバイルインターネット専門の調査研究会社であるQuest Mobile(貴士移動)が発表した2016年3月度の「中国スマートフォンアプリに関する調査データ」というレポートがあります。この調査報告によると、2016年3月時点で中国におけるモバイルネットワークの月間アクテイブユーザー数は9億2700万人という規模となっています。同年第1四半期におけるApple Storeの売上が日本のそれを超えるなどiOSが堅調ぶりを見せると同時に、Androidマーケットも順調に伸張を続けています。XiaomiやHuaweiといった国産メーカーが低価格のAndroid機をリリースしていることも、中国のスマホの普及を後押ししているといえるでしょう。ちなみに、Androidユーザーは6万3809人となっており前年同期比で9000万が増加。対するiOSユーザーは2万8929人で同5000万人増となっており、Androidのシェアが依然として大きいものの、ユーザー数の伸び率ではiOSがAndroidを上回っています。そして、多くのユーザーが主として用いるアプリをジャンルごとに挙げると、ニュースアプリ、動画再生、音楽、プラウザ、アプリマーケット等となっており、これらのユーザー数はどれも5億以上にのぼるとされます。

MAU7億人超えのWeChat(微信)

スマホユーザーが利用するアプリの中でも、とくに出色しているのが「WeChat(微信、ウェイシン)」です。これは中国インターネットサービス大手、騰訊控股有限公司(以下、テンセント)が提供するSNSアプリの代表格で、AndroidとiOS全体の月間アクティブユーザー数(MAU)がついに7億人の大台を超えたのです。(図1:2016年第1四半期・中国スマホアプリランキング)しかも、テンセント社(騰訊)が提供する「QQ」のMAUも5億5000万に達しており、モバイルアプリ市場における同社の強さを改めて世間に知らしめる調査結果となっています。ちなみに、3位につけたのはアリババ(阿里巴巴)の「タオバオ(淘宝)」ですが、ユーザー数は2億5000万程度となっており、2位のQQに大きく引き離されています。一方、中国でミニブログブームを巻き起こし、一時期は市場を席捲したかに見えたWeibo(微博、ウェイボー)は、テンセント(騰訊)社の2大アプリの遥か後塵を拝しているというのが現状です。たしかに、Weibo(微博、ウェイボー)のユーザー数の伸び率は前年比54.9%増と高い水準となっていますが、2位QQ との3億人という差を今後埋めていくのは極めて困難だといえるでしょう。その他、ユーザー数において顕著な伸び率を示したのが配車アプリの「滴滴出行」や動画アプリの「Letv(楽視)」で、前者は前年比でほぼ倍増(5886万人)、後者は約4割増(8188万人)と際立った伸びを見せています。

訪日中国人観光客の生活に密着したWeChat(微信)

ここでWeChat(微信)について簡単にご紹介しておきましょう。[

wechat2](visitors/asia/china/social/wechat/pic2.png)

WeChat(微信)が初めてリリースしたのは2011年1月21日のことです。当時は海外向けにも「Weixin(微信、ウェイシン)」という名称で呼ばれていましたが、ソーシャル面の強化や多言語対応が進められていく過程で、やがて「WeChat(微信)」という名称が定着していくことになります。ちなみに、韓国のNHN(現ネイバー)傘下にあったNHN Japan株式会社(当時)が「LINE(ライン)」をリリースしたのは2011年6月23日のことです。したがって、日本の報道ではWeChat(微信)のことを「中国版LINE(ライン)」と例えているものの、WeChat(微信)のほうが先輩格にあるというのが実のところです。

WeChat(微信)のユーザー層や利用頻度

さて、テンセント(騰訊)社が2015年6月に発表したユーザー統計結果によると、WeChat(微信)は華人を中心に200を超える国々でユーザーを有し、20種にのぼる言語をサポートしています。

_※「華人」とは__中華系の人の総称。中華系シンガポール人、台湾人、華僑(かきょう:国籍は中国)、華裔(かかい:国籍は移民先の国)も併せた総称として「華人」という。_

ユーザー数の内訳は男性のほうが多く64.3%を占め、ユーザーの平均年齢は26歳と年齢層は若くなっています。97.7%のユーザーが50歳以下、86.2%が18-36歳の間としています。ユーザーの利用頻度は高く、4人に1人が1日あたり30回もWeChat(微信)アプリを開くとされ、10回以上となりますと2人に1人、55.2%という水準です。また、50%のユーザーが100人以上の「友だち」のグループをつくり、57.3%のユーザーがWeChat(微信)を通して新たな友人とのつながりを築いているという結果が出ています。

WeChat(微信)でのプロモーション活動

そんなソーシャル・ネットワークとして存在感が際立つWeChat(微信)を企業が看過するはずもなく、オフィシャルアカウントを通して販促活動など情報発信を行なう企業や個人事業者の総計は800万に上るとされています。WeChat(微信)の決済機能である「WeChat Pay」もすっかり中国国内では定着しました。交通や医療など公共サービスでWeChat(微信)での支払いが大部分の都市で可能になっています。そのほか、大手外食チェーンなどで発行する電子クーポンをWeChat(微信)上で管理するような用途も一般化しています。

WeChat(微信)の機能を使ったインバウンドアプローチ

WeChat(微信)の機能はバージョンを重ねるごとに強化されていますが、基本機能を見てもLINE(ライン)より一日の長があります。たとえば、自分の付近にいるWeChat(微信)ユーザーを探し出せる「Look Around」機能や、メッセージを入れた“ボトル”を送り誰かに拾ってもらったり、自分で拾ったりして新たな出会いができるという「メッセージボトル」機能などはWeChat(微信)ならではのものです。そのほか、LINE(ライン)がプッシュ型の情報配信をメインにおいているのに対して、WeChat(微信)では情報の受け手との双方向的なコミュニケーションが可能になっていることは、企業ユーザーにとって利用価値が高いといえます。WeChatを使って配信したHTMLのメルマガがどのくらい読まれ、シェアされたのかが把握できたり、「投票」機能を使ってアンケートをとることもできます。いわばプル型の販促ソリューションを推進するうえでWeChat(微信)は優れたソリューションとなっているのです。また、今回、発生した熊本地震にあたっては、中国本土にいる中国人がWeChatの送金機能(「紅包(お年玉)」機能)を使って九州に住む友人に見舞金を送るような使われ方もされています。現在、中国では、友人間のみならず、ビジネスパーソン同士での情報のやり取りにも、メールではなく、インスタントメッセンジャー(IM)を使うのが主流になっています。WeChat(微信)では、サイズの大きな画像や動画、音楽などのデータだけでなく、テンセント社が提供する他のクラウドサービスと連携させ、ドキュメントの送信も可能にしています。パソコン向けアプリもリリースし、モバイルと同様に動画チャットが行えることから、WeChat(微信)はかつてSkype(スカイプ)が囲い込みをしてきたユーザー層まで浸食しているといえます。

インバウンド対策で活用したいWeChat(微信)

図2:スマホで決済ができるWeChat Payの画面
図2:スマホで決済ができるWeChat Payの画面

中国におけるWeChat(微信)の活用事例は枚挙にいとまがありません。WeChat上で商品を選び注文するだけでショッピングが楽しめるように会社や個人事業者がミニショップを開いたり、クレジットカードの明細やポイントの確認、返金手続きをWeChat上で行なえたりするようにした銀行のサービス等は卑近な事例でしょう。(図2:スマホで決済ができるWeChat Payの画面)そのほか、変わりどころでは、自分の位置情報を送信すると、近辺にあるデリバリー可能な飲食店の一覧が連絡先とともに表示されるというものもあります。このように、中国のネットおよびスマホのユーザーにとってはすっかり生活の一部となっているWeChat(微信)をいかに活用していくかが、中国人訪日観光客に対するマーケティングにおいて重要なカギとなってきます。折しも、テンセントおよびその関連会社は4月より「企業微信」のサービスを開設しています。これまで中国企業による代理申請しか道がなかったWeChat(微信)公式アカウントを海外企業に向けにも道を開いたのです。また、報道によると、9月20日と21日に東京国際フォーラムで催される「ad:tech tokyo(アドテック東京)2016」では、テンセントの副CEOのスティーブ・チャン氏の登壇が予告されています。2016年は、WeChat(微信)が日本で飛躍的な発展を始める大きな契機となる可能性を秘めています。