皆さんは愛知県にある保見団地をご存知でしょうか。2018年の法務省の調査によると、在日ブラジル人は全国で20万1,865人在住しており、そのうち愛知県の在日ブラジル人の人口が最も多く、5万9,334人(29%)が生活しています。
そのなかでも、豊田市の保見団地はブラジル人の居住率が高い団地として知られていますが、言語や文化、価値観の違いから日本人住民とブラジル人住民との大きな対立が生じた過去があります。
今回は、そんな保見団地が抱える問題と対策について解説します。
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保見団地とは
居住者の約半分がブラジル人である保見団地とはどういった場所なのでしょうか。ここでは保見団地について、そしてブラジル人居住者が増えた理由について述べていきます。
約半数の居住者がブラジル人
保見団地(ほみだんち)は、愛知県豊田市保見ヶ丘にある住宅団地です。
1972年に造成が開始され、約66万平方メートル(東京ドーム約13個分)の広大な土地に2,015戸の公団住宅、1,350戸の県営住宅、584戸の分譲住宅を擁したマンモス団地です。
2018年現在では、県営、UR、分譲で構成される67棟の団地には6,951人が暮らし、うち外国人は3,392人です。中でもブラジル人は2,975人と、88%を占めています。
保見団地にブラジル人入居者が多くなった理由
保見団地は、約1万7,000人が生活する工場労働者を対象とした、豊田を代表する新興住宅地となるはずでした。しかし実際には満員になることはありませんでした。
その理由は、保見団地が造成された時期から大手企業はさらに安い製造コストを求めて、製造拠点を海外に移転し始めたことにあります。
これにより、工場労働に従事する日本人の数は減少し、保見団地への入居者も減り、団地には予想外の空室が生まれました。
その空室を埋めるために、旧公団の最初のルールでは「個人契約」に限られるはずだった部屋の貸借に関して、1978年から例外的に「法人契約」(社員寮)が開始されました。
そして、1990年の入管法改正により日系人の就業が認められると、自動車関連の製造業を中心に借り上げが進み、工場労働者たちの社員寮に大量に押し寄せてきたのが、日系ブラジル人を中心とした移民労働者でした。
そうした背景から保見団地は現在でも日系ブラジル人が多く暮らす団地となりました。
保見団地が抱える問題と対策
保見団地が抱える問題には、日本人住民とブラジル人との対立だけではなく、在日ブラジル人児童が抱えるアイデンティティに関するものも浮かびあがりました。
保見団地が実施している施策についても紹介します。
ブラジル人住民との対立
保見団地ではブラジル人の入居数が増えるにつれて、ごみの分別、夜間の 騒音、路上駐車などに関するトラブルが頻発するようになりました。その結果、両者の間に亀裂が生じ、90年代に入ると右翼関係者、並びに日本人住民とブラジル人との対立が次第に激化しました。
1999年6月8日の中日新聞によると、1999年5月下旬に保見団地でブラジル人と右翼関係者がにらみ合い、警察が駆けつける騒ぎが起こりました。
6月上旬に右翼団体の街宣車と暴走族が団地内を走り回ったり、右翼団体の車が放火されて右翼団体関係者数十名とブラジル人たちが一触即発の状態となり、県警機動隊が出動する事態となりました。
多国籍の児童が通う知立市立知立東小学校
保見団地と同年代に造成された知立団地には、多国籍の児童が通う知立東小学校があります。新聞社の調査によると、2019年1月の在校生308人中212人(68.8%)は日本語指導が必要な外国籍児童です。
また2019年度からは外国籍新入生が8割を超え、国籍は12か国に及びます。新入生の日本人児童は8人で、初めて1桁になるといいます。
現在では不登校やいじめ対応のため、1日4時間勤務の臨時講師として教員免許を持つサポート教員が小・中全10校に1人ずつ配置されていて、知立東小のみ2人増えて3人体制になります。
知立東小学校は新年度予算案に、増員分を含めた12人分の人件費、2,857万円を計上したと公表しています。
現在では日本語指導環境や母語教育環境が整い始めていますが、未だに外国籍児童のアイデンティティに関する精神的な問題が全て解決されたとはいえません。
また、受け入れ体制が整っていない公立小中学校では、はじき出された少年たちが非行に走るといった問題も指摘されています。
保見団地の対策:駐車場の例・コミュニケーションの促進
団地内で発生している問題に対しては、県や自治会、豊田市国際交流協会(TIA)が協力し、対策に取り組んでいます。
例えば、団地内の迷惑駐車や放置車両が問題として挙げられています。
その原因には保見団地では絶対的な駐車場不足や、「駐車禁止」の漢字が読めないという言語の課題があると考えた団地は、駐車場の増設と、定期的な撤去、点検を実施します。加えて、ひらがなでの表記と、ルールの周知にも努めました。
ゴミ出しマナーが守られないという問題に対しては、入居者に対し現地事務所で丁寧に説明する、公団の現地事務所に権限のある職員を配置する、ポルトガル語通訳を配置するといった対策が取られています。
日本人とブラジル人とのコミュニケーションが欠如しているという問題に対しては、互いの文化理解を促進するため、保見公民館でポルトガル講座の開催や日本語教室の開催、保見が丘ブラジル人協会の運営するサンバチームの振興といった対策が進められています。
問題解決に取り組む保見団地の現在
ここでは、NPO法人保見ケ丘国際交流センターの活動と個人で活動する写真家、名越啓介氏による写真取材、民間企業が推進する「元気ファーム」の活動から、問題解決に取り組む保見団地の現在の様子を紹介します。
NPO法人保見ケ丘国際交流センター
1999年に設立したNPO法人保見ケ丘国際交流センター(以下、「センター」)は、外国人住民と日本人住民の相互理解のためのイベント開催や生活相談、医療相談、研修会事業日本語教室などの活動を通して、あらゆる面から外国人住民の暮らしをサポートしている団体です。
特にセンターが開催している「保見ヶ丘日本語教室」は日本人と外国人とのコミュニケーションを活性化させる役割を担っています。
センターは日本人住民のブラジル人住民への嫌悪感や恐怖感を無くすことで、外国人住民と日本人住民の間にネットワークが生まれ、そこから言語やルール、生活習慣の問題解決の道が開けていくと考えています。
こうした理念に基づき、センターでは日本人住民に日本語ボランティア活動やイベント参加を促し、ブラジル人とコミュニケーションを取る機会を積極的に提供しています。日本語教室は毎週行われており、日本人住民とブラジル人住民をつなぐ場となっています。
名越啓介氏による取材
名越啓介氏は今までアメリカのスクワッター(不法占拠者)やチカーノ・ギャング、フィリピンのスモーキーマウンテン、モンゴルのマンホールチルドレンなど、世界各地のコアな現場を撮り続けている写真家です。
長期にわたり密着した名越氏の写真は、保見団地に暮らすブラジル人住民の生活や文化を理解する上で良い資料といえるでしょう。
名越氏は保見団地に部屋を借り、ブラジル人住民の姿を撮影し始めました。名越氏は保見団地で生活するブラジル人の人柄や考え方に魅了され、結果的に3年間保見団地に住み続けることとなりました。撮影した写真の数は約4万枚にものぼります。
それらの写真を『Familia 保見団地』という写真集におさめ、2016年にリリースしました。
名越氏は「日刊SPA!」のインタビューにて現在の保見団地について、また保見団地で暮らすブラジル人住民について以下のように話しています。
住民との軋轢やゴミの問題は、今もすべて解消されているわけじゃないけど、団地の自治会、豊田市の国際まちづくり推進課など、この20年住民と行政が一丸となってブラジル人との共生に取り組んでいる成果は確実に現れていました。
ただ、僕が何より惹かれたのはそこに暮らす人間の強さ、自由なマインドです。
彼らには決して恵まれない環境でも、それを笑いに変える力強さがあるんですよね。(中略)
僕みたいな部外者にでも、誰とでもオープンマインドで接して、コミュニケーションを取るんです。
それは家族に対しても同じで、何でも話し合う親子関係があったり、実はそれって理想的な家族のありかたなんじゃないかと思わされました。
「元気ファーム」の活動
人材会社のマントゥーマン(本社・名古屋市)は2014年から豊田市伊熊町で地域の農業を手伝う活動を行っています。
具体的には、農業の担い手がなく荒れ果てた田んぼや畑を耕したり、コメや野菜を育てる手助け、里芋や枝豆、白菜やキュウリの収穫作業などを手伝っています。
その活動は「元気ファーム」と名づけられ、伊熊町の住民とマントゥーマン社員、そしてその家族のブラジル人との交流の場となっています。
2018年にはマントゥーマン社員で日系ブラジル人の村山グスタボさんがブラジル人が参加した初めての収穫感謝祭を実施し、日系三世や四世のブラジル人家族や友人が集まりました。
また、地元の高齢者や同社で働くベトナム人やモンゴル人たちも集まり、全体では100人近くが参加しました。
地元で農業を営む伊熊営農クラブ代表は、「外国人が来て苗を植え付けたり、おはぎを握ったりして、地域が元気になった」と話しています。
こうした元気ファームの活動からも、豊田市の日本人とブラジル人との共生の姿が見えてきます。
日本人とブラジル人の共生を目指し、様々な取り組みを実施する保見団地
ここまで、保見団地にブラジル人住民が多い理由や、そこから生まれた日本人とブラジル人との軋轢・問題について解説しました。
そして、現在では県や市、自治会、NPO法人などあらゆる方面で保見団地の問題解決に向けて、様々な取り組みが実施されていることを紹介しました。
保見団地での日本人とブラジル人との共生の取り組みは、これからグローバル化が進む日本において、多くの気づきとヒントを与えてくれます。
保見団地の例に限らず、様々な文化やバックボーンをもつ外国人との共生においては、相互理解と助け合いの念を持つことが重要といえるでしょう。
<参照>
日刊SPA:愛知県の「外国人労働者が住むヤバい団地」の実態。3年間住み続け、潜入撮影
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