緊急企画『ポストコロナのインバウンド戦略』では、コロナ禍において、業界の「中の人」に聞くサバイバル術として最前線に立つ方々に特別寄稿いただきます。
コロナをきっかけに、with/afterコロナにも通用する「持続可能な観光のかたち」を再考されている方も多いのではないでしょうか。
私は20年以上にわたり35を超える国や地域で、国立公園の開発やアドベンチャーツーリズムにたずさわってきました。長年向き合ってきたサステイナブルツーリズムは、その重要性がさらに増していると感じています。
今回は、サステイナブルツーリズム構築に向け、日本は今なにができるのか? 私の見解をお話します。
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サステイナブルツーリズムのはじめの一歩は、3つの視点をもつことから
サステイナブルツーリズムとは、シンプルにいえば「地球と人、両方にとってよい観光を実現させること」です。
サステイナブルツーリズムというと、なんだかむずかしく考えがちですが、ポイントは発想の転換。「観光からいかに恩恵を受けるか」という思考を、「自分たちの地域やそこに住む人々に恩恵を与えるためには、観光を通じてなにができるだろう?」にシフトすることなんです。
最終ゴールは、サステイナブルツーリズム確立そのものではなく、観光がその地域にとってポジティブなものとしてあり続けることなのですから。
これからサステイナブルツーリズムを実践する方は、3つの視点をもつことから始めてみましょう。
1. 持続可能な観光ガイドラインを知る
最近、観光庁が「日本版持続可能な観光ガイドライン」を出しました。これは、Global Susitanable Tourism Council(GSTC)という持続可能な観光を先導する国際団体が出している指標に準拠し、日本の特性をふまえてつくられたものです。
日本が目指すサステイナブルツーリズム。サスティナブルツーリズムってそもそもなんだろう?という方は、まずは方向性を学び、自分の地域でできることからはじめてみてはいかがでしょうか。
とはいえ、どこから手をつけたらいいかわからないという方も多いと思います。私の会社のようにGSTCのトレーニングを受け、GSTCメンバーとなっている企業に相談することも1つの選択です。
2. 成功事例から学ぶ
何事もゼロから考えるのはむずかしいものです。国内外の地域がサステイナブルツーリズムの文脈でどんな動きをしているのか、リサーチしてみましょう。真似したり、応用したりできそうな事例を見つけることができれば、イメージが湧きやすくなります。
より詳細を知りたいと感じる事例に出会ったら、遠慮せず担当者へ連絡をとってみてください。世界の多くのデスティネーションが、よろこんで自分たちの成功事例を他の観光地と共有しています。
結局はみんなで事例共有をしたり対話を重ねたりすることが、世界全体でのサステイナブルツーリズムの底上げにつながっていきます。
3. 地域の人々と一緒につくる
サステイナブルツーリズムとは、ただ環境によいことをすることだけではありません。
その地域に住む人々の身体的な健康はもちろん、精神的、経済的な豊かさに貢献することでもあります。地元の人たちの声をよく聞いて、持続可能な観光のかたちを一緒に考えていきましょう。
たとえば、私はオーストラリアの先住民であるアボリジニが住む地域でプロジェクトを行なっていますが、彼らの声をじっくり聞くようにしています。
アボリジニの方が自分たちの文化や歴史を語ってくれるときに見せる、生きいきとした表情。そこにサステイナブルツーリズムの真髄を感じるのです。
観光というフィルターを通すことで、その地に住む人々がこれまで受け継いできた文化、守ってきた自然をさらに誇らしく大切に思うことができる。そして、やってきた旅行者にその地の特別な場所やストーリーを共有したいと思っている。そんな土壌が、持続可能な観光には不可欠です。
日本に必要なのは「エコ意識の向上」と「混雑コントロール」
日本にはプライベート・仕事で何度も訪れています。TRC Tourismとしてセミナーに登壇したり、2019年には国立公園でお仕事をさせていただきました。そんな私が考える、日本がサステイナブルツーリズムを構築するために必要な要素が2つあります。
欧米豪では「エコじゃない」旅行先は選ばれない!?
1つ目は、エコ意識の向上です。最近、日本のスーパーでもレジ袋が有料になりましたが、この取り組みはオーストラリアやニュージーランドではだいぶ前からありました。
エコバックの携帯はあたりまえになり、カフェにはマイカップをもっていって、その分の割引をしてもらう文化が根付いています。人々の環境に対する意識は、旅行中も変わりません。
そんなオーストラリアのスタンダートから比べると、日本でよく見られる使い捨てのお箸やカップ、ときに丁寧すぎる包装は、エコ意識が低い印象を与えます。
欧米豪の旅行者の多くが、旅行先を検討する際に「環境に配慮した観光ができるか」 を考慮しています。
もし、すでにエコへの取り組みをしているのであれば、サステイナブルツーリズムを意識していることを旅行者にわかるように打ち出しましょう。セールスポイントの1つになります。
コロナで重要性増す「混雑コントロール」
2つ目は、混雑をコントロールすることです。コロナ前の日本では、金閣寺や大阪城といった有名な観光地は、いつも混んでいました。
コロナが起きた今、密を避けるという意味でも、観光客数のコントロールは必須になりましたね。今こそサステイナブルツーリズムの概念を実践するチャンスです。
私たちの会社では、サステイナブルツーリズムの実現にあたり、適切な観光客数を把握する「キャパシティ・アセスメント」を行っています。
その観光地にとって最適な旅行者の人数、最大で受け入れ可能な人数を算出し、それに基づいて混雑時のマネジメントをするのです。
環境への負荷を減らすことはもちろんですが、観光地として存続するという観点からも、混雑マネジメントは大切です。
「混みすぎていて、結局なにを見たかわからなかったな」と印象の薄い場所になってしまえば、リピーターが育つことはありません。また、常にいそがしく従業員が疲弊していけば、従業員満足度は低く、離職率も高まります。
そして、with/afterコロナでは混雑緩和のため、旅行者を分散させることがさらに重要となるでしょう。
これまでも言われていることではありますが、人気の観光地以外にも旅行者が足を運ぶような導線をつくっていきましょう。旅行者が地方に行けば行くほど、移動距離にともなって滞在日数が増えるので、消費額アップにもつながります。
西洋圏の旅行者、特にオーストラリア人やニュージーランド人は、都会を離れてよりリアルな日本人の生活を体験することを望んでいます。
これからは旅行者も密を避けたいというニーズを持っているので、「空いている」「穴場」という要素は魅力になるんです。
量から質の観光へ。消費額アップにはエリア全体での観光戦略を
自粛でおうち時間が増えた今、人々は「自然に触れること」「家族や友人と再会すること」を渇望しています。
オーストラリアでもキャンプ用品の売上が今までにないほど伸びていますが、密を避けてその2つのニーズを叶えられるアウトドアアクティビティは、世界的に需要が高まっています。
たとえば、家族や友人と国立公園のロッジに滞在する体験。自粛で疲れた体や心を解放し、癒しをくれる大自然でのトレッキングや日光浴、星空ツアーは、値段が高くても需要があるでしょう。
また、「非日常」もキーワードです。コロナが起こる前、非日常を求めて海外を旅していた旅行者たちは今、国内でできる体験を探しています。まだまだ国立公園での観光が浸透していない日本では、国立公園でのアクティビティが付加価値の高い「非日常」になりうるのではないでしょうか。
このニーズにしっかりと応えるためのポイントは、国立公園を含む「エリア全体」で施策を進めることです。
国立公園は政府の管理下にあるため単体で施策を行う傾向にありますが、旅行者は国立公園単体ではなく、そのエリア全体を見て、宿泊したい場所や食事処、アクティビティを探していることを忘れずにいましょう。
国立公園を取り巻くすべてのステークホルダー、たとえば民間企業やボランティア団体、保護団体などとこまめに情報交換し、一丸となってマーケティングをすることで、エリアとしての魅力が倍増。旅行者の滞在日数・消費額のアップにつながります。
コロナが起きた今こそ、10年単位で長期的な戦略を立てるとき
持続可能な観光に必要なもの、それは長期的な観光戦略です。私の会社では、オーストラリアやニュージーランドの国立公園に対してサステイナブルツーリズムをご提案するとき、10カ年のマスタープランを作成しています。
まず、地域のSWOT分析をします。そして、他の国立公園の事例をベンチマークに、ターゲット層に魅力的な国立公園となるために必要な要素を洗い出します。
それをもとに、自然保護の計画、滞在日数・消費単価をあげるための施策を練ったり、スタッフの育成プランを立てたり、公園のブランディングを決めていくのです。
世界的なパンデミックを受け、最近ではそのマスタープランに「リスクアセスメント」や「危機管理プラン」も入れるようになりました。
災害が起きた際、どのようにお客様やスタッフを守るかという計画はもちろん、災害後の立て直しに必要な物資や具体的なアクションを明記しています。
世界的にも拡大を続けていた観光市場は、コロナによって1度立ち止まる時期を迎えました。”When fishman can’t go sea, they repair their nets”(漁師が海に出られないとき、漁師は網の手入れをする)という言葉がありますが、今は観光の波が戻る日にむけて準備する期間。今までの活動の棚卸し、できることを熟考してみましょう。そしてその際には、サステイナブルツーリズムの視点も大切にされてみてください。
語り手:TRC Tourism ディレクター Janet Mackay (ジャネット・マッケイ)
スコットランド生まれ、オーストラリア育ち。パーク・マネジメントの修士号を保持。
国立公園でレンジャー、シニアエグゼクティブとして働いたのち、TRC Tourismを起業。
オーストラリアとニュージーランドを拠点に、リクリエーションやツーリズムのコンサルティングを国内外で行っている。
これまで20年以上にわたり35を超える国や地域でプロジェクトを行い、多数の賞を受賞。
最近では、Global Sustainable Tourism Council(GSTC)の指標に基づいた持続可能な観光の提案をしている。GSTCのメンバーであり、トレーニングを受けている。
編集協力:オーストラリア大使館商務部
緊急企画『ポストコロナのインバウンド戦略』寄稿募集
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