世界では第2次大戦後以降、そして日本では1970年代の高度経済成長期以降、パッケージツアーを中心としたマス・ツーリズムが盛んになりました。
そして、マス・ツーリズムによる観光客の急激な増加は、地域の貴重な自然資源の破壊につながり、観光の発展と併せて環境保護の必要性が叫ばれ始めたことで、「エコツーリズム」が注目を集めるようになりました。
本記事では、日本におけるエコツーリズムの歴史を振り返ると共に、実例を通じて今後の課題についても解説します。
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エコツーリズムとは
エコツーリズムは「ecological tourism」を略した造語で、1983年にメキシコの建築家ヘクター・セバロス・ラスクラインが初めて使ったとされています。
エコツーリズムの定義については幾度も見直しが繰り返され、現在は各団体が定義を掲げているほか、法律によっても定義されています。
以下では、日本におけるエコツーリズムの定義を中心に解説します。
エコツーリズムの定義
日本エコツーリズム協会は日本におけるエコツーリズムの定義を以下の3つとしています。
- 自然・歴史・文化など地域固有の資源を生かした観光
- 観光によって地域固有の観光資源が損なわれないように適切管理し、保護・保全をはかっている
- 資源の保護+観光業の成立+地域振興の融合をめざす
また、日本では2007年に「エコツーリズム推進法」が制定されており、その法律の中ではエコツーリズムの基本概念として「自然環境の保全」「観光振興」「地域振興」「環境教育の場としての活用」の4つの要素が掲げられています。
これらをベースに、日本においてエコツーリズムは「地域固有の資源を生かして観光を喚起し、その価値をより多くの人に伝えることで、観光による地域振興と地域固有の資源の恒久的な保全の両立を図る取り組み」と定義されているといえます。
エコツーリズムの沿革
第2次世界大戦以前の旅行は、世界的に一部の富裕層に象徴されるものでした。それが、戦後の経済発展に伴い1950年頃からアメリカ、続いてヨーロッパで大衆化し、日本でも1970年に開催された大阪万博を契機に、高度経済成長に伴ってパッケージツアーを中心としたマス・ツーリズムが広がり、観光業が盛んになりました。
しかし、旅行人口の急激な増加は、環境汚染や自然破壊という新たな社会問題を生み出しました。そうした状況を改善すべく、「エコツーリズム」が1980年代後半から提唱され始めました。
その後、1992年に開催された「国連環境開発会議(地球サミット)」において「持続可能な開発」という理念が掲げられたことが追い風となり、日本国内においても1990年代の後半からエコツーリズムが注目を集め始め、現在では地域振興との結びつきを強めています。
日本におけるエコツーリズム
日本においてエコツーリズムという考え方が導入され始めたのは、1993年に白神山地、屋久島が世界自然遺産に登録された頃で、両世界遺産を巡るエコツアーが開始されたことが1つの契機となりました。
その後、1998年に「日本でエコツーリズム推進協議会」が設立され、2002年には沖縄や小笠原諸島などを対象にエコツーリズムの理念に基づく制度作りが実施されるなど、本格的なエコツーリズムの実現に向けて法整備などのルール作りが始まりました。
そして、2003年に「エコツーリズム推進会議」が開催され、この会議の中でエコツーリズムが国の施策として初めて位置付けられました。その後2008年には「エコツーリズム推進法」が成立しました。
エコツーリズムの事例
日本におけるエコツーリズムには、大きく分けて次の3種類があります。
- 豊かな地域の自然資源を生かしたもの
- 多くの観光客が訪れる観光地で行われているもの
- 里地の身近な自然、地域の産業や生活文化を活用した取り組み
以下では日本におけるエコツーリズムの実例として、埼玉県飯能市と福島県裏磐梯の事例を紹介します。
埼玉県飯能市:地域の自然や文化を活用した取り組み
埼玉県飯能市は県の南西部に位置し、西武池袋線を利用すると池袋からおよそ1時間と都心に近いにもかかわらず、市域の約76%を森林が占めています。2018年には北欧のライフスタルを体験できる「メッツァビレッジ」が、次いで2019年にはムーミンのテーマパーク「ムーミンバレーパーク」が開業し、近年注目を集めているエリアです、
こうした地元の自然豊かな環境を活用し、飯能市ではエコツーリズム推進課を設置するなど積極的にエコツーリズムに取り組んでいます。
同市のツアーは市民からの提案型のものが多いのが特徴で、春と秋で1,500名ずつ集客する「お散歩マーケット」や女性専用の滝行、年間150本実施されているエコツアーなど多彩なプログラムを実施しています。その取り組みは「飯能市エコツーリズム推進全体構想」として、環境省が設定したエコツーリズム推進法に基づく全体構想に認定されています。
【埼玉・飯能】山奥なのに外国人で盛況、なぜ?環境保全と観光客満足度が両立する観光の「エコツーリズム」インバウンド誘客への応用例3選を紹介
インバウンドの地方誘客促進が叫ばれる中、エコツーリズムを活用し地域活性化を目指す動きが活発化しています。エコツーリズムとは、自然環境、そして文化・歴史等を観光の対象としながら、環境の保全性と持続可能性を考慮する観光のことです。エコツーリズムを主軸においた観光業を展開している一つが埼玉県飯能市です。飯能市を訪れる観光客のリピーター率は50%を超え、インバウンド誘客にも効果を発揮しているといいます。今回は、エコツーリズムを取り入れインバウンド客の誘致ならびに地域活性化を目指す、埼玉県飯能市・京...
福島県裏磐梯:多くの観光客が訪れる場所での取り組み
福島県北部にある磐梯山(ばんだいさん)の麓に広がる裏磐梯高原一帯は、日本百名山である磐梯山をはじめ、五色沼に代表される湖沼群などがあり、国内屈指の高原リゾート地として古くから人気の観光地です。
裏磐梯では「NPO法人裏磐梯エコツーリズム協会」が中心となり、年間を通じて数多くのエコツアーを実施しています。
中でも「ばんだいの宝発見講座」では、裏磐梯の豊かな自然資源を生かした「キノコ講座」や「昆虫観察ツアー」、「猛禽類ウォッチング」などを実施しているほか、木のおもちゃを作るワークショップ、桧原湖縦断のスノーシュートレッキングツアーなど、ツアーに参加することで裏磐梯の豊かな自然に触れ、その保全の大切さを学べる講座を多数開催しています。
エコツーリズムの課題
マス・ツーリズムの広がりによる地域環境への弊害の改善を目的に立ち上がったエコツーリズムですが、現在ではエコツーリズムの理念に基づくツアーが人気を集めることで、エコツーリズムのマス・ツーリズム化というジレンマも生じています。
以下では、現在エコツーリズムが抱えている課題を解説します。
観光と自然保護の両立
エコツーリズムが一般的な観光旅行と大きく異なる点は、集客だけが目的ではなく、地域の環境保護と観光業を両立させる必要がある点です。
しかし、観光客が増えればゴミが増加し、さらに外来植物が持ち込まれることで地域の生態系が壊される危険性が高まります。また、バリアフリーの必要性が主張される現代では、観光で人を呼び込むためには車道や歩道の整備が必要で、その整備の過程で貴重な植物や生物にダメージを与える可能性も否定できません。
このようにエコツーリズムにおいては、スタート当初から環境保全と観光のバランスが課題の一つとなっています。
この課題の改善のためには、常に計画・実行・評価・改善が正しく巡回する仕組み作りが必要です。具体的には観光客へのルール、マナーの徹底を図った上で、登山道の荒廃や外来種の侵入のモニタリングを徹底し、その結果に基づく周辺環境の整備や、有害物の排除などが必要とされています。
エコツーリズムの課題と事例
近年、自然環境の悪化から世界中で注目されているのが「エコツーリズム」です。環境保全の観点から、自然に優しく、その土地の文化や歴史を学ぶ新しいスタイルの観光形態を取り入れる国や自治体も多くなっています。しかし、環境保全と観光を両立させるには難しい部分もあり、エコツーリズムには課題が多く残ります。エコツーリズムの抱える課題と、解決に向けた取り組み例をご紹介します。インバウンド対策にお困りですか?「訪日ラボ」のインバウンドに精通したコンサルタントが、インバウンドの集客や受け入れ整備のご相談に対応...
地域住民の協力
モニタリングや環境整備、さらにはツーリストガイドなども含め、エコツーリズムはその仕組み上、地域住民の主体的な協力を必要とします。
そしてそのためには、地域住民がエコツーリズムに協力したいと思えるきっかけづくりが必要です。具体的には、地元の歴史や文化、自然に対して地域住民が理解を深められる場を設けたり、 エコツーリズムの効果が地域の経済に還元されるシステムをつくったりといったことが挙げられます。
また、エコツーリズムの実践を目指すためには地域内で人材を育てるだけではなく、エコツーリズムに対して関心の高い外部の人材を積極的に取り込むことも重要でしょう。
積極的な情報発信
地域住民の理解と取り込みの必要があるエコツーリズムでは、集客のために外に向かって情報発信をするだけでなく、地域住民に対しても情報発信を徹底し、運営の透明化を図る必要があります。情報発信に対する具体的な取り組みには、次のようなものがあります。
- 外部の専門家を交えての情報交換会の実施
- SNSを含め、インターネットを活用したタイムリーな情報発信
- テレビ等のマスメディアを活用した広報活動
- 観光施設等でのチラシの配布やポスターの掲示、看板の活用
テレビの場合、波及効果が高い反面、一過性に陥りやすいというデメリットがあります。また、ホームページといったインターネットでの情報発信は、マスメディアへの広告掲載などと比較すれば安価にできたり、多言語に対応しやすかったりというメリットがあるものの、閲覧数を確保するのが難しいなど、それぞれの方法には一長一短があります。
また、一口にSNSといっても、外国人観光客に対してアプローチしたい場合には、国によってよく使われているSNSも異なります。
情報発信は、地域の実情とアプローチしたいターゲットに合った方法を選定し、さらに費用対効果のよいものを取り入れていく必要があります。
地域の自然を正しく活かしエコツーリズムを推進
日本で本格的にエコツーリズムに対する取り組みが始まってからおよそ20年が経過し、専門家の間では取り組み事例の検証が為されています。
上記では成功例を2つ紹介しましたが、一方で改善点の残る例も存在します。例えば沖縄県渡嘉敷村・座間味村の事例では、観光客の招致という面では成功したものの、特定観光資源であるサンゴ礁の保全やオーバーツーリズムの問題が深刻化しています。
こうした「観光と自然保護の両立」の問題のほかにも、現在の日本のエコツーリズムでは「地域住民の協力」や「積極的な情報発信」なども課題となっています。
日本でエコツーリズムを推進させるためには、過去の事例からこのような課題を認識し、適切な対策で課題を克服した事例を増やすことが重要でしょう。
<参考>
環境省:エコツーリズムとは
環境省:エコツーリズム推進法に基づく全体構想の認定について「小笠原村エコツーリズム推進全体構想」
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