7月の訪日外客数は200万人を超え、中国を除く国・地域の合計が2019年同月比を上回りました。訪日観光はいよいよ、コロナ前に迫る盛り上がりを見せています。
一方で、ここ数日の間に大きく方向転換したのが、中国の動向です。ここまで月間+10万人前後で順調に回復してきていたものの、福島第一原発の処理水放出に対し、中国側が猛反発。すでに日本産の水産物の輸入を全面的に停止しています。
一部の過激派からは「日本旅行一時停止」の提言も出るなど、国家間の往来にも影響を及ぼしかねない様相です。果たして今後のインバウンド市場はどうなるのか、現時点の最新状況をお伝えします。
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福島第一原発の処理水放出に中国が猛反発
日本政府は8月22日、福島第一原発の処理水を海洋放出することを正式決定し、24日から放出を開始しました。1,000基以上あるタンクがほぼ満杯になっており、放出は避けられない状況だったようです。東京電力は、処理水をろ過した上で海水で希釈するなど、万全の安全対策を実施。放出に際しては2年間の審査を経て、国際原子力機関(IAEA)からも「安全基準に合致している」との承認を得ています。
しかしこれに対し、周辺諸国からは一部反対の声も上がっています。特に中国政府は「断固反対し、非難する」との声明を発表した他、日本産の水産物の輸入を全面的に停止。さらに福島県内の飲食店へ、中国語の迷惑電話が殺到する事態にまでなりました。日本外務省は、中国へ渡航・滞在する邦人に対し、慎重に行動するよう注意喚起を行っています。
訪日ラボ編集部が中国版X(Twitter)とも呼ばれるSNS「Weibo」のトレンドを調査したところ、24日当日のトレンド上位はすべて処理水放出に関するものでした。今も複数のキーワードが上位に上がる状態です。中国国内メディアの報道も加熱しており、今回の問題に対する一般市民の情報感度は、非常に高い傾向にあるようです。
Weibo上では「もう日本に行かない」「日本産のものを使わない」「日本語のアニメは見ない」等のコメントも多く見受けられました。
旅行観光業界でも「不買運動」勃発か?
実は水産物の輸入停止のみならず、他業界での不買運動も一部発生してしまっています。その例となるのが化粧品業界です。中国国内で「放射線の影響を受けている日本の化粧品リスト」というフェイク情報が拡散し、実際にECサイトでの化粧品の取引額が、例年に比べ大きく減少したといいます(NHKニュースより参照)。
さらに、過激な発言で知られる中国人民政治協商会議のメンバー 周公平氏は、福島を「輻島(辐岛)※」に改名し、「日本旅行を一時停止」するよう自身のSNSアカウントで提言しました。記事内の投票では約73万人のネットユーザーがこの提案に同意したということで、「旅行観光業界でも不買運動が起こる可能性」が現実味を帯びてきました。
※輻(辐)には放射線の意味がある。以上、シンガポール華字紙 聯合早報より参照
では、実際に「旅行」における不買運動は起こっているのでしょうか。これについて8月29日、国土交通省斉藤大臣の会見で、JNTOが実施した旅行会社への聞き取り調査の内容が取り上げられました。「実際にツアーのキャンセルの申し出があった」との回答もあった一方、「顧客からの問い合わせの数は多くはない」あるいは「問い合わせは無い」と回答するケースもあったとのことで、ツアーがすべてキャンセルになったわけではないようです。「飲食の安全性」や「ツアーの延期・中止の可能性」について問い合わせがあった例もあり、中国人旅行者側もこのタイミングで訪日していいものか、迷っている様子がうかがえます(以上、斉藤大臣会見要旨より参照)。
もちろん、中国国民全員が反日感情を持って訪日旅行に反対しているわけではないでしょう。ビジネス層など、より緊急度の高い訪日を予定している方もいるはずです。そのためあくまで予想ですが、このまま収束しなければ訪日旅行のキャンセルが出てくることは避けられないものの、そもそも物理的に来れなかったコロナ禍とは違って「ゼロに近づくことはない」とみています。例えば2019年に起きた韓国での日本製品不買運動の際も、2019年下半期の合計が172万1,939人(前年同期比-51.2%)となっており、大きな減少ではあるものの月間20〜30万人程度は訪日していました。
ただし中国の場合、国を挙げて渡航禁止措置をとる可能性もあり、そうなれば事態はより一層深刻となります。
渡航禁止措置の可能性は?
渡航禁止のような厳しい措置がとられるのかについて、現時点では確かなことはわかりませんが、中国政府は当面、慎重に動くのではないかとみています。
というのも、昨年12月には「ゼロコロナ政策」に対する国内デモもあった中で、未だ中国国内には相当の鬱憤が溜まっている状態です。例えば反日デモを政府が仕掛けたとして、それが「政府批判」にすりかわる可能性も大いにあると考えられます。中国政府は国民の不満の矛先が自身に向かないよう、細心の注意を払って動かざるを得ない状態なのです。
とはいえ、突発的に観光禁止などの急展開を迎える可能性もありえます。中国向けにビジネスを展開している企業などは、動向を注視しておくべきでしょう。
「恒大集団」破産に伴う中国経済への不安も
もう一つ考慮すべき要素として、中国の不動産大手「恒大集団」の破産に伴う、中国不動産バブルの崩壊リスクがあります。
恒大集団はかつて、中国国内で2番目に大きい不動産開発業者として知られていましたが、資金繰りに行き詰まり、今回破産法の適用を申請するに至りました。これにより、中国国内の不動産会社や関連企業の間で緊張感が高まっています。中国政府は不動産関連企業への金融支援を延長するなどの対策を講じていますが、その効果は限られているとされています。
中国は現在、不動産業界以外でも比較的景気が悪く、また若年層の失業率も20%超と高い状態にあります。国の社会福祉制度が十分に整っていないこともあって将来を不安視する人々も多いとみられ、消費より貯蓄を優先する傾向が強まっていくとの見方もあります。今はコロナ明けの消費マインドの高まりで単価もかなり高い傾向にありますが、今後は旅行を控える動きが広まる可能性も否定できません。
中国以外は?需要の受け皿となる「航空便の回復」がカギ
では中国以外はどうでしょうか。こちらは非常に好調で、7月時点で中国を除く総数では2019年同月比103.4%と、「コロナ前」の実績を上回っています。中国の実績を含めても8割に迫る勢いで回復しており、韓国、米国、カナダ、フィリピン、インドネシア、シンガポールなどでは、2019年を大きく上回っています。
処理水の海洋放出については、例えば隣国である韓国政府は「科学的に問題はない」と一定の理解を示しており、風評被害による影響は中国ほど大きいものにはならないとみられます。IAEAも承認していることから、日本の周辺地域以外、例えば欧米豪などから批判を受けることも少なそうです。今後は東アジアを中心に欧米豪、東南アジアも含めた「中国を除く国・地域」が当面のインバウンド市場を支えていくことになるでしょう。
一方で中国以外は、コロナ前の水準まで「回復しきっている」とも言えます。ここからの成長は、島国ゆえに飛行機や船といった「入口」がどれだけ増えるかに左右されます。
これに関しては、9月に
- 大韓航空の中部ー釜山線・福岡ー釜山線の再開
- 台湾チャイナエアラインの熊本ー台湾/桃園線の開設
- 台湾の新興航空会社スターラックス航空の熊本ー台北/桃園線の開設
などが予定されている他、2024年2月にはANAグループの新しい国際線ブランド「AirJapan」の成田ーバンコク線が開設するなど、今後も増便・復便、新規就航が各社から発表されています。
中長期的には成田、関空、福岡など空港のリノベーション工事が相次いで予定されており、滑走路の整備や利便性向上に伴い、外国人観光客の受け皿が整うことが期待されます。
インバウンド戦略は「分散型」でリスク回避を
最大市場であった中国に頼らずとも、コロナ前の8割近くにまで回復したインバウンド市場。今後も韓国や台湾などの重要市場を中心として、日本の経済復興への貢献に期待がかかります。
中国市場については期待しすぎるのも禁物ですが、処理水問題が収束して急回復した場合、受け入れ態勢が整っていないことで起きる「オーバーツーリズム」問題が再発する懸念があります。特に人気観光地や都市部においては、着々と受け入れ準備を進めておくべきでしょう。
また、2019年の韓国での不買運動の例からもわかる通り、中国に限らず災害や二国間関係などを要因として、訪日客数が急減するリスクはどの市場にも存在します。インバウンド向けに施策を実施する際は複数の市場へアプローチし、「分散型」でリスクを回避するのが賢い戦略かもしれません。
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