自治体やDMOにおいて、観光戦略を立案する際には、定量的データに基づく根拠が不可欠です。
観光に関するマーケティングデータには様々なものがありますが、その中でも観光庁が実施している「宿泊旅行統計調査」は、国内外の宿泊旅行者の動向を毎月把握することができる、重要な統計データとなります。
今回は、宿泊旅行統計調査の概要と、分析方法、活用する際の注意点を紹介するとともに、DMOがKPIとして活用できるかどうかについて検討していきます。
文/川口政樹(株式会社デイアライブ)
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宿泊旅行統計調査とは
宿泊旅行統計調査は、観光庁が宿泊施設を対象に毎月実施しているもので、宿泊旅行に関するさまざまなデータが得られる統計調査です。
主な調査事項は、
- 延べ・実宿泊者数及び外国人延べ・実宿泊者数
- 延べ宿泊者数の居住地別内訳(県内、県外の別)
- 外国人延べ宿泊者数の国籍別内訳
- 施設種別ごとの客室稼働率
となっていて、全国の数値と、都道府県ごとの数値が毎月公表されています。
(実際のデータは以下でご覧いただけます)
宿泊旅行統計調査で分析できること
それでは、宿泊旅行統計調査データを活用して、どのような分析ができるかを具体的に見ていきましょう。
毎月公表されている報道発表資料には、都道府県別の「宿泊施設タイプ別客室稼働率」「延べ宿泊者数」「日本人延べ宿泊者数」「外国人延べ宿泊者数」と、「国籍(出身地)別外国人延べ宿泊者数」が表やグラフで示されています。

また、調査項目ごとの数値については、エクセルデータにて毎月公表されています。このエクセルで提供されている数値を組み合わせることで、次のような分析をすることができます。
1. 延べ宿泊者に占めるインバウンド割合
「外国人延べ宿泊者数」を「延べ宿泊者数」で割ると、「延べ宿泊者に占めるインバウンド割合」を計算することができます。


インバウンド割合が最も高かった東京都と、最も低かった島根県では、その差が広がる一方となっており、インバウンドの地方誘客が課題となっていることが浮き彫りになります。
2. インバウンドの平均宿泊日数
宿泊旅行統計調査は、宿泊者数について、「延べ宿泊者数」と「実宿泊者数」の数値が公表されています。「延べ宿泊者数」を「実宿泊者数」で割ると、1人あたり何泊したかという「平均宿泊日数」を計算することができます。
日本人、インバウンドともに計算することができますが、ここではインバウンドの平均宿泊日数を都道府県ごとに計算してみましょう。エクセルデータ「第2表」の「うち外国人延べ宿泊者数」と、「第3表」の「うち外国人実宿泊者数」の数値を使います。

3. 国籍別のインバウンド延べ宿泊者数
宿泊旅行統計調査の調査票は、施設の従業者数に応じて3種類あり、従業者が10人以上の施設については、国籍別の宿泊者数についても回答することになっています。
そのため、エクセルの中に「参考第1表」として、国籍(出身地)別の外国人延べ宿泊者数のデータがあります。
どの国からの宿泊者が多いのかが分かるため、ターゲットとしている国に対するプロモーション施策の成果を図ることができます。ただし、「従業員10人以上の施設」のデータであることには留意が必要です。
一例として、ターゲットとして設定されることの多い「台湾」からの外国人延べ宿泊者数を、都道府県ごとに並べてみました。

これらの他に、施設種別(旅館、リゾートホテル、ビジネスホテル等)ごとの宿泊者数データや、日本人の居住都道府県ごとのデータをみることもできるので、ぜひエクセルデータを活用して様々な切り口で分析してみてください。
宿泊旅行統計調査の活用時の注意点
このように、無料でさまざまなデータを分析することのできる宿泊旅行統計調査ですが、活用するにあたってはいくつか注意点があります。
1. 数値は「推計値」
宿泊旅行統計調査で公表される数値は、実際の宿泊者数ではなく、統計的手法で推計された数値です。
宿泊旅行統計調査は、全国のホテル、旅館、簡易宿所保養所等の宿泊施設に調査票を送付していますが、そもそも全ての施設に調査票を送付しているわけではありません。従業者数が4人以下の宿泊施設は1/9が調査対象となり、5~9人の宿泊施設は1/3が調査対象となります。
また、従業者数10人以上の宿泊施設は、悉皆(しっかい)調査=全ての施設に調査票が送付されますが、回答しない宿泊施設もあります。(有効回収率は約5割)

推計手法をざっくり説明すると、例えば、ある都道府県における4人以下の宿泊施設の数が180施設だった場合、調査対象となるのは1/9の20施設となり、そのうち回答してくれた施設が10施設(有効回収率50%)とすれば、10施設の合計数値を18倍して推計することになります。(外れ値があった場合は違う推計方法となります)
2. 民泊は含まれない
民泊は、住宅宿泊事業法に基づいて運営されており、全国で約3万施設が届出されています。
民泊における都道府県別の延べ宿泊者数や国籍内訳は、民泊制度ポータルサイトにて公開されているので、そちらをチェックする必要があります。
- 民泊制度ポータルサイト 住宅宿泊事業法の施行状況:https://www.mlit.go.jp/kankocho/minpaku/business/host/construction_situation.html
3. 毎月公表されるのは速報値
宿泊旅行統計調査データは毎月月末に公表されますが、これらのデータは「速報値」という扱いになります。
確定値は、調査年における調査対象施設の開業・廃業等施設数を把握・反映させ、毎年6月末に公開されます。
なお、公表されるデータは、「第1次速報」と「第2次速報」の2種類があります。「第1次速報」は、公表月の前月データですが、全国データのみ(都道府県別データはなし)で公表されるデータの種類も少ないため、国全体のトレンドを掴むのには適していますが、細かい分析はできません。
詳細な分析をするには、前々月データにはなりますが、都道府県別データが入っていてデータの種類も多い「第2次速報」のデータを活用してください。
宿泊旅行統計調査の個票データ(ローデータ)の活用
宿泊旅行統計調査に対し、各宿泊施設が回答した個票データ(ローデータ)は、公開されていません。
ただし、自治体であれば統計法第33条による個票データを申請することができるので、ぜひ申請して活用してもらいたいと思います。(ちなみに申請手続きは面倒くさいです。。。)
個票データがあると、どの施設がどのように回答したかを確認することができるため、市区町村ごとに集計することができますし、観光目的の宿泊者数についても詳しくデータを得ることができます。
もちろん、施設が特定されるかたちでデータを公表することはできませんが、都道府県が独自にデータを集計して公表している場合もあります。
例えば、大阪府はPDFとエクセルで地域別データを公表していますし、三重県は「三重県観光統計データ」というサイトにおいて、BIツールであるTableauにて三重県内のエリアごとのデータが閲覧できるようにしています。

DMOのKPIとして宿泊旅行統計調査が活用できるか
最後に、宿泊旅行統計調査のデータをDMOのKPI評価に活用できるかどうかについて、検討してみます。
令和7年3月に、「観光地域づくり法人の登録制度に関するガイドライン」が改正され、「延べ宿泊者数」については引き続き必須KPIとして、DMOにおいて収集・分析することが求められています。
都道府県DMOであれば、宿泊旅行統計調査のデータをエビデンスとして活用することができますが、地域DMOにとっても活用することはできないのでしょうか。
実は、宿泊旅行統計調査のエクセルデータには、主な市区町村の宿泊者データが参考データとして公開されているのですが(「第2次速報値」エクセルの「参考第5表」~「参考第12表」)、「市区町村別・従業者区分別で10施設以上の回収があった」データの「実数」となっているため、この数値をそのまま活用することは難しいところです。
そこで、個票データを活用すれば、地域DMOにとってもKPIに活用することができると考えられますが、ここで重要になってくるのが「統計の誤差」の考え方です。
既にご紹介したとおり、宿泊旅行統計調査は推計値であるため、当然のことながら誤差が生じます。その誤差は、調査対象データの数=調査標本サイズが大きくなれば、小さくなります。これは、標本サイズが大きくなると、標本(母集団の一部を抽出したデータ)が母集団(調査対象全体のデータ)をより正確に反映するようになるためです。
宿泊旅行統計における調査データの数とは、宿泊旅行統計調査に回答してくれる宿泊施設の数なので、回答してくれる宿泊施設が多ければ調査データの数=標本サイズが大きくなり、誤差は小さくなりますが、回答してくれる宿泊施設が少ないと、誤差が大きくなってしまいます。
宿泊旅行統計調査は、国全体で考えると標本サイズが大きいため誤差が小さくなりますが、都道府県別のデータになると標本サイズが小さくなるため、誤差が大きくなります。
宿泊旅行統計調査における都道府県別データの標準誤差率は、15%程度になることを目標にしていると記載されていますが、標準誤差率15%というのは、ざっくり言うと、宿泊者数が100万人の場合、その15%である15万人が誤差となるので、実際の宿泊者数は85万人~115万人の範囲にある可能性が高い、ということです。
これが市区町村別になると、標準誤差率はさらに高まるため、誤差の範囲が広がり、KPIとして使うのに妥当な数字なのかどうか、を考える必要が生じます。
このことについて研究した結果が、一般社団法人運輸総合研究所の講演記録「DMOが“使える”観光統計を考える」に記載されています。
現行の宿泊旅行統計調査がDMOの必須KPI評価に使えるかどうかを検証するため、個票データを元に推計し、DMOごとの標準誤差率と要求精度を突き合わせ、現行の統計調査が使える(標準誤差率<要求精度)かどうかを判定したところ、『全体で23%のDMOが使えると評価された』とのことです。
その内訳は、地域連携DMOが39%、地域DMOが13%となっており、やはりエリアが小さくなれば標準誤差率が高くなるため、全てのDMOが使えるわけではないようです。
使えるようにするためには、地域内の宿泊施設に回答を呼びかけて回答率を高めるなど、標本サイズを大きくする工夫が求められます。
なお、この講演記録でも言及されていますが、現行の推計方法には、従業員数が少なくても収容人数の多いビジネスホテルが調査対象に含まれる場合、標準誤差が大きくなってしまうという課題があります。
これは、宿泊旅行統計調査が「従業員が多い施設は宿泊者数が多く、従業員が少ない施設は宿泊者が少ない」という前提で設計されており、従業者数4人以下の施設は1/9の抽出調査であっても全体の推計値に大きな影響を与えないと考えられているからです。
自分が分析をしていた際も同様の経験があるのですが、部屋数が多いものの従業員が2~3人というビジネスホテルが調査対象に入っていることで、うまく分析できないことがありました。
調査対象に、そういったビジネスホテルが含まれているかどうかをチェックするためにも、個票データを入手することをおすすめします。
―――――――
宿泊旅行統計調査は、観光庁が全国的に実施している信頼性の高いデータであり、無料で毎月公開されるため、自治体やDMOはもちろん、観光事業者にとっても戦略立案や地域分析に役立つ貴重な情報源と言えます。
まずはエクセルデータを使い、自地域の宿泊者数や旅行者の傾向を把握することから始めましょう。さらに詳しい分析を行いたい場合は、個票データを申請し、より細かな傾向を読み取ることも可能です。
こうしたデータを活用することで、地域の観光施策やマーケティング活動に、より具体的な根拠を持たせることができます。
著者プロフィール:株式会社デイアライブ 川口政樹
1996年三重県庁に入庁後、農林、土木、福祉、教育などの行政分野での勤務を経て、2015年から観光行政に携わる。三重県観光連盟出向中に、事務局次長として公式サイトやSNSを全国1位に育てあげるとともに、サイトを活用したマネタイズの仕組みを構築し、DMOの収益構造を大きく改善。出向後は、県庁にて観光DXの推進や観光振興基本計画の策定を担当。2024年から株式会社デイアライブにて、セミナー講師、観光DX・デジタルマーケティングの支援、観光人材育成などを行っている。観光庁「令和6年度 地域周遊・長期滞在促進のための専門家派遣事業」登録専門家。https://dayalive.jp/
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