円安はインバウンドに“追い風”ってホント?その裏にあるリスクとは

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2022年の4月から、ドル円レートは1ドル120円台後半で推移し、一時は1ドル130円を超えることもありました。アメリカの金利政策の転換や世界的な情勢不安などを背景に、日本は約20年ぶりとなる「円安」を経験しています。

通貨レートに大きな影響を受ける分野の一つが、インバウンドです。円安が進むということは、外貨をもって入国してきた外国人にとっては、使えるお金が増えることになるからです。インバウンド消費額の伸びが期待できます。

しかし、円安がインバウンドに好影響しかもたらさないわけではありません。長期的に見た場合、円安によって、観光地としての日本の価値が下がっていくリスクもあるのです。

現在の円安がインバウンドに与えるポジティブな影響について分析したうえで、その裏側にあるリスクについても考察していきます。

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「円安ドル高」、インバウンドへの好影響は本当か?

円高がインバウンド需要全体に与える影響について考えるときには、アメリカ合衆国ドル(以下米ドル)に対するレート以外にも、他の主要訪日国の通貨と円のレートについてもみていく必要があります。

コロナ前の2019年末のレートと比較して、実際の円安のインパクトはどの程度か検証していきます。

2019年末と比較した円高の進行:三菱UFJ銀行 外国為替相場一覧表より訪日ラボ作成
▲2019年末と比較した円高の進行:三菱UFJ銀行 外国為替相場一覧表より訪日ラボ作成

米ドル/円は110円台から128円台と、大幅な円安となっていることがわかります。約16%円安が進行しました。

一方で、他の主要な通貨についてはどうでしょうか。ユーロ、中国人民元、韓国ウォンのいずれとの円レートでも確かに円高は進行しています。増加率はそれぞれ10%、21%、6%となっています。

中国人民元に対しては、円安が米ドルを上回るペースで進んだことがわかります。しかしインバウンドとの関連で見ると、訪日中国人観光客の消費額がすぐに増加することはないといえます。それは、中国では厳格な新型コロナウイルスに関する規制が続いており、中国人の海外旅行はまだ再開のめどが立っていないからです。

ユーロと韓国ウォンに対しては確かに円安が進んだものの、増加率は米ドルを上回りませんでした。

つまり、円安の進行度は通貨によって変わるため、米ドルに対する円のレートのみに着目していると、「円安」の実態を正確につかめない恐れがあります。

アメリカ人は、消費額ベースでは全体の6%程度

では、その訪日アメリカ人観光客は、消費額ベースでみるとインバウンド全体の何割を占めているのでしょうか。コロナ前の2019年のデータで見ていきます。

2019年 国籍別インバウンド消費額:観光庁「訪日外国人消費動向調査」より訪日ラボ作成
▲2019年 国籍別インバウンド消費額:観光庁「訪日外国人消費動向調査」より訪日ラボ作成

アメリカ人の消費額は全体の約6%程度となっています。

一方で、東アジアのメインの二カ国となる中国人、韓国人の消費額はそれぞれ全体の37%、8%と、この2国だけで全体の約45%を占めます。ユーロ圏全体の訪日客の消費額は、合計すると1,600億円を超え、全体の3%程度になります。

日本と政治や金融の面で関わりの強いアメリカですが、インバウンドの消費額ではわずかな割合しか占めていないことがわかります。つまり、現在の円安ドル高の影響については、アメリカ人の消費額を踏まえて正確に捉える必要があると言えます。

一方で、中国人の日本旅行再開がしばらくは見込めないことは、極めて大きな打撃となります。コロナ前には全体の4割近くを占めていた中国人の消費がほぼゼロになるのは、インバウンド産業の状況を根底から変える出来事です。

「円安ドル高により、アメリカ人のインバウンド消費額が増える可能性がある」というのは確かな事実です。しかし、その影響については、数字に基づいて検討したうえで、過大評価しないことが重要であると考えられます。

円安で観光資産が「買われる」リスク

では逆に、円安によって日本のインバウンドにもたらされうるリスクについて考えていきます。

個人消費だけでなく、不動産などへの投機も円安の影響を受けます。海外の投資家からみれば、日本の資産は現在「安く買える」状態になっているといえます。円安が今後も続いていけば、外資系企業が日本の観光資産を安く買い叩く可能性もあります。

例えば近年では、中国人投資家の間では日本の「不動産爆買い」の動きもみられます。北海道や沖縄といった、海外旅行客の多い地域に人気が集まっています。

そうした土地が外貨に「買われる」動きが続くと、たとえ沖縄や北海道が集客に成功しても、その利益が最終的に行きつく先は中国である、という現象が起きかねません。

円安は、インバウンド消費額の伸びという短期的、限定的なメリットの裏に、こうした長期的、構造的なリスクを抱えているということを理解しなければなりません。

関連記事:中国人富裕層の投資需要・ニセコや沖縄も訪問不要で売買成立

長期的な円安になれば、客層も変わる可能性

さらに、円安は訪日観光客の客層を変える可能性もあります。

例えば、日本からタイやフィリピンといった東南アジアの国々に旅行するときに、多くの日本人が期待するのは「モノ・サービス共に安く済ませられる」という点であると考えられます。それは日本円がバーツやフィリピンペソよりも高く、日本人からしたら「物価が安い国」であるからです。

日本がもつ本来の魅力よりも、日本での安い消費行動のイメージが前に出てしまうと、オーバーツーリズムの問題も生じてきます。安い観光地に外国人が殺到する国、という評価が定着してしまうと、日本のブランドイメージの棄損にもつながります。

そうした悪循環が生じれば、日本の観光業の長期的な衰退は避けられないでしょう。

関連記事:30年かけ"貧困化"したニッポン、世界から「安価な観光地」認定される前にやるべきこと

安売りではなく、納得感のある「高付加価値化」を

「円安=インバウンドに追い風」という考えは、今や主流の論調になりつつあります。

しかしその「追い風」がどの程度の強さかについては、冷静に捉える必要があるのではないでしょうか。

円安は、長期的に見れば日本のインバウンドを悪い方に変えてしまう可能性もあります。豊富な観光資源を抱えながらも、「安い国」としての評価が定着してしまうことは避けなければならない未来です。

そうした「安い国」になることを避けるためには、インバウンド全体で「高付加価値化」を進め、外貨を獲得していく必要があります。

ただモノやサービスの値段を上げて「観光地価格」を設定するだけでは、訪日外国人の満足度は下がってしまいます。「高付加価値化」による単価の引き上げを目指すには、日本固有の魅力を再発掘し、それを現代のニーズに合った形式で提供することが必要です。

円安がインバウンド回復の起爆剤となり、日本経済が再び活気づいていくのか。それとも、円安により安く買い叩かれ、消耗していくのか。20年ぶりの円安局面にある今、日本のインバウンドは岐路に立っています。

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<参照>

三菱UFJ銀行:外国為替相場一覧表

観光庁:訪日外国人消費動向調査

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この記事の筆者

訪日ラボ編集部

訪日ラボ編集部

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