宿泊・観光業の「人手不足」に挑む、観光庁の戦略と展望:観光庁 観光産業課長 羽矢氏インタビュー

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日本のインバウンド需要は急速な回復・拡大傾向にあります。2024年1月〜9月の訪日客数総計は2,600万人を突破し、早くも2023年超えに。このままのペースが続けば、2024年は年間で3,500万人を超えると予想されています。

これまで政府は、2023年3月に観光立国推進基本計画(第4次)を閣議決定。2030年までに「訪日外国人旅行者数6,000万人」「訪日外国人旅行消費額15兆円」などの目標を設定し、持続可能な観光地づくりに取り組んできました。

一方、観光業の発展に向けて、今大きな課題となっているのが人手不足です。特に宿泊業では深刻で、観光庁も短期から中長期のフェーズまで総合的な支援を行っています。そこで今回訪日ラボでは、観光庁が進める宿泊・観光業の人材対策について、観光庁 観光産業課長 羽矢 憲史氏にインタビュー。具体的な取り組みの内容や、今後の課題・解決策について伺いました。

観光庁 観光産業課長 羽矢 憲史氏
▲観光庁 観光産業課長 羽矢 憲史氏:訪日ラボ撮影

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観光産業の振興や人材確保支援を担う「観光庁 観光産業課」

観光庁の中で、観光産業や宿泊業の発展・改善、観光振興等を担うのが観光産業課です。とりわけ近年では宿泊業や観光業の人手不足を受け、事業者の人材確保や育成事業にも力を入れています。

羽矢氏は今年7月に課長として着任後、これまで旅館ホテルなど現場の声を聞きながら、対策への準備を進めてきたといいます。今回のテーマである人手不足対策について、「産業振興の前提として人材は非常に大切」とし、「インバウンド需要がコロナ禍前を上回るペースで推移するなか、いかに人材を確保していくのかが課題」と話します。

観光庁 観光産業課長 羽矢 憲史氏
▲観光庁 観光産業課長 羽矢 憲史氏:訪日ラボ撮影

不足する観光人材

訪日外国人客数は2023年から2024年にかけて好調に推移しており、2024年3月には史上初の月間300万人超えを記録。活況が続くインバウンド市場ですが、宿泊業人手不足は深刻です。

コロナ禍以前から宿泊業の欠員率(求人数÷従業員数)は他業種と比べて高く、人手不足は構造的な課題でした。そしてコロナ禍による離職者も多いなかで観光需要が急拡大。人手不足はより深刻度を増し、担い手の確保が喫緊の課題となっています。

宿泊業における人手不足は深刻な状況 観光庁 観光産業課長 羽矢氏
▲宿泊業における人手不足は深刻な状況:観光庁 観光産業課長 羽矢氏提供資料

他産業との賃金格差が背景に

観光人材が不足している背景の一つに、他産業との賃金格差があります。厚生労働省の「賃金構造基本統計調査(2024年3月)」によると、宿泊業の現金給与額は全産業平均と比べて低く、例えば2023年では全産業平均34万6,700円に対し、宿泊業は28万2,100円でした。

他産業との賃金格差が大きく、担い手不足の大きな要因に 観光庁 観光産業課長 羽矢氏
▲他産業との賃金格差が大きく、担い手不足の大きな要因に:観光庁 観光産業課長 羽矢氏提供資料

宿泊業の給与が低水準に止まっている理由は何か。羽矢氏は「労働集約的な部分が大きい」といい、「高付加価値なサービスを提供して、サービスに対する対価をしっかりお客様からいただく。そうして従業員の皆さんのお給料に還元していく体制を構築することが必要」と話します。

一方で、高付加価値サービスを提供するためには、そもそもサービスを提供する人材が必要です。“鶏が先か、卵が先か”とも言える問題に対して、現場からは具体的な対策が難しいとの声も聞こえます。

観光庁「あらゆるフェーズの人手不足対策」を実施

そこで観光庁では、観光業の人手不足の解消に向けて「あらゆるフェーズの人手不足対策」を実施。採用支援のほか、短期および中長期的な支援と対策を強化しています。

足元の人手不足を解消する採用活動支援としては、就活イベントへの出展や、採用ノウハウを説明する企業向けセミナーを実施。各地方運輸局では、事業者の採用活動に寄与する広報活動を支援しています。

さらに羽矢氏は、長期的な施策として「観光業の魅力を若い世代に知ってもらう取り組みにも力を入れている」と説明。観光業に特化したジョブフェアの開催以外にも、例えば大学生向けの就活イベントにブースを出すなど、観光業の魅力発信と認知拡大に向けた取り組みを積極的に企画・実施しています。

観光庁が実施する「あらゆるフェーズの人手不足対策」 観光庁 観光産業課長 羽矢氏
▲観光庁が実施する「あらゆるフェーズの人手不足対策」:観光庁 観光産業課長 羽矢氏提供資料

DXによる人手不足対策は

デジタル化やDXによる業務の省力化も人手不足対策としては有効で、取り組みを強化する地域や企業も増えてきました。

観光庁では、観光事業者のデジタル化・DXを目的とした設備投資に対する補助事業を実施。予約管理システムやお問い合わせへのチャットボット、配膳や清掃ロボットなど対象は多岐にわたります。

DXの課題

DXの取り組みは全国的に広がっているものの、初期投資にコストがかかるなど資金面が課題です。羽矢氏は「省けるところは省いて、人手をかけるべき仕事に重点的に人を配置していただくことで、人手不足対策になりうる」として、観光庁が進める補助事業をうまく活用してほしいと呼びかけました。

また、そもそもITツールなどに対して「難しい」「よくわからない」と思う人が多いのも事実です。特に宿泊業は家族経営や年配の経営者も多く、デジタル化・ DXへのハードルが高い場合もあります。

そうした方については「地域や同僚との連携が大切」とのこと。ITツールの導入に慎重な経営者に対して、例えば地域の同僚や仲間が「一緒にやろう」と背中を押すことで一歩踏み出すケースも多いと言います。羽矢氏は「面での取り組みを意識し、地域全体で協力しながら取り組んでいくことが必要」と述べました。

外国人材活用による人手不足対策

採用やDX以外の対策として、外国人材の活用も進められています。外国人材は目下の人手不足を解決するだけでなく、多言語対応や異文化理解などインバウンド受け入れの文脈においても活躍の余地があり、注目されています。

政府は2024年4月から、宿泊分野に特化した特定技能外国人の受け入れを5年間で2万3,000人に拡大しました。これを受け観光庁では、日本の宿泊業の魅力を発信するジョブフェアを開催。さらに事業者と外国人材のマッチングサイトを業界団体と連携して構築し、外国人材の活用促進を目指しています。

特定技能在留資格(宿泊業)で日本に滞在する外国人は2023年12月末で401人。出身地内訳は、ベトナム122人、インドネシア73人、ミャンマー56人、その他150人です。その数は2024年に入り微増したものの、2024年5月末時点で469人と、設定された受け入れ人数と大きく乖離があります。

宿泊分野における特定技能1号在留外国人数
▲宿泊分野における特定技能1号在留外国人数:観光庁 観光産業課長 羽矢氏提供資料

外国人材の活用に向けて羽矢氏は「まずは宿泊業に関する技能試験を受験する外国人を増やす必要があります。外国人材の母数を増やしつつ、同時に事業者と外国人材のマッチング支援も行うなど、数を増やすことと、適切なマッチングをすることの両方が大切です」と述べました。

観光産業課として今後取り組んでいくことは

2025年には大阪万博を控え、今後の発展が期待される日本のインバウンド市場。観光産業を支える人材の確保がより重要になってくるなか、今後の対策として「教育機関と連携した観光人材の育成が必要不可欠」と話します。

コロナ禍を経て、観光業への就職に関して一部ネガティブなイメージが持たれてしまったのは事実。また、コロナ禍で小学校や中学校の修学旅行が中止になり、家族で旅行に行く機会が減ってしまったという方もいるのではないでしょうか。そうした状況に対し羽矢氏は「結果的に観光業への馴染みが薄まってしまった。将来的に観光業で働きたいと思う子どもや若い世代が減ってしまうのではないか」と危惧します。

教育機関と連携した観光人材の育成

そこで重要になるのが観光教育です。

2022年度には、商業高校の正式科目に「観光ビジネス」が加わりました。さらに小学校や中学校でも観光教育は重要であると羽矢氏は述べ、「自分の住んでいる地域の良いところを見て、それを地域外の人にも伝えていく。そうした『ふるさと教育』と組み合わせた観光教育が必要」といいます。

羽矢氏「現在の小中学生が成長して大人になれば、将来の旅行のお客様にもなり、将来の働き手にもなりうる。かなり長期的な話だとは思いますが、観光人材の育成は、小学校や中学校、高校、大学・専門学校まであらゆるフェーズで行うとよいと私は思います。あるいは経営人材としてはリカレント教育のような部分もカバーしていきたい。多層的な支援が必要だと考えています」

インバウンド需要の拡大は、日本の地方が外貨を稼ぐチャンスです。今後の取り組み次第でより多くの訪日旅行消費額を取り込める余地があります。旅行者の受け皿となる宿泊業人手不足の解消は業界全体で考えるべき喫緊の課題であり、観光庁が先頭に立って取り組みを主導する中、各地域でも個別の対応が求められる時代だといえるでしょう。

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この記事の筆者

訪日ラボ編集部

訪日ラボ編集部

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