日本を訪れる外国人観光客にとって、旅の大きな楽しみのひとつが「食」です。しかし、その「食」に対する感じ方や価値観は決して一様ではなく、文化や宗教、地域的な背景によって驚くほど多様です。
ここ数か月、スイスから旧友が訪ねてきたり、ウズベキスタンやインドネシアを訪れる機会があったりして、ヨーロッパやイスラム文化圏の食文化について改めて深く考えることが幾度となくありました。本記事では、「食」という視点からそれぞれの文化的背景を私の実体験を元に紐解きながら、訪日外国人の多様なニーズにどのように応えるべきかを考察し、日本のインバウンド戦略に活かせるヒントを探っていきます。
文/櫻井 亮太郎(株式会社ライフブリッジ)
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西ヨーロッパ:宗教が形づくった“魚の文化圏”
西ヨーロッパの食文化を大きく南北に分けたとき、その違いは「魚の食べ方」に顕著に現れます。背景にあるのは、カトリックとプロテスタントという宗教的伝統の差です。
北のプロテスタント圏:魚を避けがちな文化
イギリス、ドイツ、北欧諸国などのプロテスタント圏では、魚はあまり食卓に上りません。宗教改革により「金曜日に肉を避けて魚を食べる」といったカトリックの伝統が否定されたことで、魚に対する宗教的な特別感が失われ、食文化としての多様性も育ちにくくなったと考えられます。
また、魚の「見た目」に抵抗を示す人も多く、「目がついている魚は気持ち悪い」という理由から、頭のない魚を用いた料理が主流です。イギリスのフィッシュ&チップス、ドイツのサバサンド、北欧のスモークサーモンなどがその代表です。
さらに、北欧やドイツではコールドディナーも多く、温かい魚料理を自宅で毎日のように食べる文化が根付いていません。ドイツに住んでいた時、最も驚いたことのひとつがこの「冷たい夕食」でした。
南のカトリック圏:魚を愛する文化
対照的に、スペイン、イタリア、フランス、ポルトガルなどのカトリック圏では、魚がごく自然に日常の食卓に登場します。現在でも「金曜日は肉を避けて魚を食べる」「クリスマスイブは魚料理」といった宗教的慣習が残っており、それが料理の多様性や洗練度の向上を後押ししてきました。
イタリアのボンゴレスパゲッティ、スペインのパエリア、フランスのブイヤベース、ポルトガルの魚フライ(天ぷらの原型ともされる)など、魚料理は地域の代表的な料理として文化の一部になっています。クリスマスイブにローマの友人宅でご馳走になったスズキのアクアパッツァの美味しさは今でも忘れられません。
さらに、カトリック圏では結婚まで実家が暮らす子供が多いこともあり、「家族と食卓を囲む」文化が今も根強く、家庭料理としての魚料理が伝承されやすい環境も整っていることも一因なのかもしれません。
イスラム圏:ハラールのルールは“意外と柔軟”
ヨーロッパとは異なる宗教的背景を持つイスラム文化圏には、「ハラール(許されたもの)」という独自の食のルールがあります。一見すると厳格な戒律のように思われがちですが、その運用は決して一様ではなく、国や宗派、個人によって大きく異なります。
ハラールとは?
ハラールとはアラビア語で「許されたもの」を意味し、イスラム法(シャリーア)に基づいた食品・調理法を指します。禁じられている「ハラーム」には以下のようなものがあります。
- 豚肉(加工品含む)
- アルコール(調味料含む)
- ハラール屠畜されていない肉
- 血液
ただし、これらのルールがどの程度厳密に守られているかは、国や地域、宗派、さらには個人によっても大きく異なります。
スンニ派とシーア派の違い
イスラム教は大きくスンニ派(約85〜90%)とシーア派(約10〜15%)に分かれます。インドネシア人、マレーシア人、トルコ人をはじめ日本を観光で訪れているムスリムの人々はスンニ派が多く、食に比較的柔軟なスタンスを持っています。
例えば、
- 「豚肉でなければ食べられる」
- 「醤油やみりんに含まれる程度のアルコールは気にしない」
- 「魚料理なら安心して食べられる」
と話す方も珍しくありません。対して、イランやバーレーンなどシーア派が多数を占める地域では、より厳格な基準が重視される傾向があります。
魚はハラール対応の“切り札”になる
魚や野菜は、宗教的な屠畜処理を必要とせず、ハラール対応として提供しやすい食材です。沿岸部のイスラム諸国では魚も広く食べられており、日本の魚料理をうまく活用すれば、多くのムスリム観光客に喜ばれる可能性があります。
具体的には以下のようなメニューが有効です。
- 焼き魚(サバ、ホッケなど)
- 煮魚(※みりん・酒の使用は確認が必要)
- 天ぷら(白身魚やエビ)
- 火が通った寿司(炙りサーモン、タマゴなど)
- 味噌汁(豆腐、アサリ、ワカメ)
実際に私がホームステイで受け入れたインドネシアの学生たちは、なぜか「茶碗蒸し」をとても気に入っていました。火が通った食材と出汁のやさしい味わいが好印象だったようです。
【訪日客の食の期待にどう応える?】文化を読み解くインバウンド戦略
文化や宗教に根ざした「食の背景」を知ることは、インバウンド対応の質を大きく左右します。一括りでは語れない多様な訪日客にどう寄り添うか。そのヒントをまとめます。
西ヨーロッパ圏への対応
- 南欧出身者には、日本の魚文化やだしを生かした料理を前面に出す。
- 北欧・英系の人には、頭のない魚や肉・野菜を中心とした料理を提案。
- コールドディナー文化や単身生活者に配慮し、カジュアルで一人でも入りやすい店舗設計を。
イスラム圏への対応
- 宗派や個人の信仰度合いによる違いを理解し、確認を怠らない。
- ハラール肉がない場合でも、魚や野菜中心のメニューで柔軟に対応。
- 食材の説明や表示を明確にし、安心感を与える。
- 「豚肉・アルコール不使用」の明示とともに、対話を通じた信頼関係の構築を。
おわりに:食を通じて、文化と人に寄り添う
訪日外国人にとって「食」は旅の大きな楽しみであると同時に、文化の違いを感じる場でもあります。だからこそ、提供側である私たちは「一律のサービス」ではなく、「背景に寄り添う配慮」を持つことが求められます。
食文化に刻まれた宗教、歴史、家族観。それらを理解することで、私たちは単なる“食事提供者”から、“異文化の架け橋”へと進化できるのかもしれません。
食を通じたおもてなしこそが、日本のインバウンド戦略の中核になっていく。そう私は確信しています。
著者プロフィール:株式会社ライフブリッジ代表取締役 櫻井 亮太郎
仙台市出身。中学卒業後、渡米。英国リッチモンド大学卒業。10年間の海外生活を経て1999年に帰国。外資系銀行、証券会社でキャリアを積み、2006年故郷仙台で株式会社ライフブリッジを設立。全国でインバウンド人材育成に特化した研修・講演を行う傍ら、登録者300万人※のYouTubeチャンネルの「Abroad in Japan」をプロデュース。2020年4月には自らもYouTubeチャンネル「Ryotaro's Japan」を開設。登録者数15.7万人※のYouTuber、そしてフォロワー数7.2万人※のインスタグラマーとして、多くの観光プロモーションに携わっている。※登録・フォロワー数は2024年1月現在
また近年はそのインバウンドにおける豊富な経験と強い情報発信力を用いて「聖地・岩船山爆破体験ツアー」、「蔵王キツネルーム」等、インバウンド向けツアーの企画・造成・コンサルティング・PRを一気通貫に行っている。 内閣府クールジャパンプロデューサー、一般社団法人宮城創生DMO会長、宮城ワーケーション協議会共同代表。https://www.lifebridge.jp/
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