現在、バブルと言える規模で拡大する訪日インバウンド市場において、2024年7月の外国人延べ宿泊者数に占める三大都市圏の比率は70.7%と、2019年同月と比較して+8.0%と非常に高い比率を占めています(観光庁 宿泊旅行統計調査より)。このような状況下で、地方部への波及効果は重要な課題の一つとして捉えられており、第4次観光立国推進基本計画の目標では、2025年までに訪日外国人旅行者1人当たり地方部宿泊数の目標を2泊と新たに設定しています。
“量より質”をキーワードに、数を追い求めるのではなく消費額を追求していくというトレンドの中で、“欧米豪”と呼ばれる主に英語圏を中心とした長期滞在者を日本に誘致して、少ない数で日本における消費額を上げていこうと取り組みが全国各地で盛り上がっています。一方、日本という国全体で捉えたときには2週間や3週間などの長期滞在者を誘致することは極めて合理的と考えていますが、地域、つまり県や市町村単位で捉えたときに、その地域に滞在する平均日数は、目標設定している2泊ないし3泊が限界ではないかと考えています。
そう考えたときに、地域として狙うべきは本当に欧米豪市場なのか?という点について、今回は解き明かしていきたいと思います。
文/中西恭大(株式会社D2C X)
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訪日外国人1人当たり消費単価
対象市場ごとの総消費単価はインバウンド消費動向調査や様々なメディアでも語られている通り、欧米豪市場がアジア市場に対して相対的に高くなっています。下記グラフは、2024年10月16日に発表された2024年7-9月期のインバウンド消費動向調査第1次速報(観光・レジャー目的)より、市場別の1人当たり旅行支出を左から降順で並べたグラフです。
紺色が欧米豪市場、水色がアジア市場です。見事に色が分かれており、欧米豪市場の1人当たり旅行支出が非常に高いことが良くわかります。
訪日外国人1人あたり平均泊数
滞在日数が長くなると必然的に消費額は高くなることは当然です。そのため同調査から、対象市場の平均泊数を左から降順で並べたグラフを作成してみたところ、多少の順位変動はあるものの、予想通り欧米豪市場が左側に並ぶグラフとなりました。
訪日外国人1日当たり消費単価(1人当たり消費単価÷1人当たり平均泊数)
ここまでの情報から、「“1日”当たりの消費単価」で考えると、欧米豪市場とアジア市場が逆転するのではないか、という仮説が成り立ちます。
しかし、一般的に公開されているデータでは「訪日外国人1人当たり」かつ「1日当たり」の数字を比較したデータを見たことは無いため、グラフにまとめてみました。非常にシンプルな数式で計算しており、「訪日外国人1人当たり旅行支出総額」を「1人当たり平均泊数」で除することで算出しています。下記のグラフは、1日当たり消費単価が高い順に左から降順で並べています。
やはり今までのグラフと異なり、アジア市場(水色の棒グラフ)が上位にランクインしており、上位10か国のうち、アジア市場が6か国、欧米豪市場(紺色の棒グラフ)が4か国となり、1人当たり旅行支出と比較すると大きく様変わりしています。また、最も1日当たり消費単価が高い国は中国の37,380円、欧米豪市場で最も低い国はドイツの22,436円となり、約1.7倍の差があることは要注目です。
訪日外国人1日当たり宿泊単価と飲食単価
さらに、旅行支出全体だけではなく、宿泊費および飲食費に焦点を当てて1日当たりの単価を算出すると、また違った視点が見えてきます。
「1日当たり宿泊単価」でみると、欧米豪市場の国が上位を占めており、1日当たり宿泊単価が最も高い国はイタリアの13,967円、最も低い国はフィリピンの7,046円です。2023年に最も訪日数の多かった韓国もフィリピンに近い8,497円となり、TOPのイタリアと比較すると約1.6倍の差があります。
また、「1日当たり飲食単価」でみると、アジア市場の国が上位を占め、1日当たり飲食単価が最も高い国はシンガポールの8,983円、最も低い国はフランスの4,669円となり、こちらは2倍近い差があることがわかります。
欧米豪の訪日観光客は地域にとっての救世主なのか?
昨今、オーバーツーリズムが騒がれるようになり、“量より質”という議論が活発になっています。その流れから、相対的に消費単価が高い欧米豪市場を誘致しようというトレンドが生まれているのは紛れもない事実です。しかし、“日本”という単位で考えたとき、平均滞在日数が10日以上であり1人当たり旅行支出が高い欧米豪市場の誘致を狙うことは合理的ですが、日本の“地域”、たとえば県・市町村単位や、宿泊施設・飲食店の単位で考えたときに、欧米豪市場を狙うことが自分たちに効果的な経済消費を促す可能性があるのか?ということをよく考える必要があるのではないでしょうか。
たとえば、あなたが自治体やDMOにおける情報発信・誘客の担当者であった場合、特定地域における滞在日数が2日と仮定すると、中国人を誘致した場合は74,760円の旅行支出、ドイツ人を誘致した場合は44,872円と約1.7倍の差が生まれます。日本全体のトレンドが欧米豪市場だからという理由で、経済的なリターンを考慮せずに誘致施策を検討していないでしょうか?
また、中国とドイツでは、訪日数自体にも大きな差があり、2024年1-9月期の訪日外客統計によると、中国は5,247,500人、ドイツは241,500人と20倍以上の差があります。自分たちの地域に訪日客を誘致する場合、訪日数自体がそもそも少ない国の方を連れてくるのは非常にハードルが高いのは自明だと言えるでしょう。
また、民間企業であれば業態によっても考え方は変わってきます。たとえば宿泊業であれば、1日当たり宿泊単価は欧米豪市場が高く1万2,000円近くになり、アジア市場だと1万円前後が平均となります。一方、飲食業であれば、1日当たり飲食単価はアジア市場が8,000円近く、欧米豪市場だと6,000円程度になります。つまり、自分たちのビジネスにおける価格帯および立地から、狙うべきターゲットを見極める必要があるということです。
欧米豪市場=消費額が大きいという幻想
ここ数年、良く聞くキーワードがあります。「欧米豪市場=質が高い=消費額が大きい」、「アジア市場=質が低い=消費額が小さい」というワードです。この記事を書くキッカケとなった関係者の中である種当たり前となっている共通認識かと思いますが、現在公開されているデータを基に1人当たり・1日当たりで深掘りすると、必ずしもその共通認識が正しいわけではないということがお分かりいただけたのではないでしょうか?ファクトフルネスの視点で公開されているデータを分析し、ビジネスの観点で言うとなるべく小さな単位で見るということが、訪日インバウンド産業を経済的に持続可能な産業として成長していくうえで必要な視点になると考えています。
小さな単位というのは、1人当たりであり、1日当たりであり、時間単位であり、地域単位であり、施設単位など、データを大きな単位で見るだけでなく、自分たちの事業に関連する小さな単位で細分化してみるということが大切です。
自治体やDMO、日本の大手企業などは来年度以降の計画を練り始める時期だと思います。この記事が自分たちの事業を見直すキッカケとなり、より良い計画や目標の立案に寄与することを願っています。
著者プロフィール:株式会社D2C X 中西恭大
株式会社D2C X 代表取締役。日本最大級の訪日メディア tsunagujapan.com を運営。海外向けマーケティング事業、越境EC事業(伝統工芸品を世界へ) 、DMC事業(ランドオペレーター事業)を展開。日本の魅力を世界に伝えていきたいという想いと訪日インバウンド産業は人口減少時代の日本を支える基幹産業になると信じて事業に取り組んでおり、地域の魅力を如何にして発掘し創り出し伝えていくかに拘り、観光を中心とした地域産業振興を生業としています。https://www.d2cx.co.jp/promotion_marketing/
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