長野県佐久市に、「世界一の日本酒ツーリズム」を目指し、酒蔵において蔵人体験および宿泊ができる「KURABITO STAY」があります。
週末営業のみ、さらにほとんど広告費をかけることなく、コロナ禍真っただ中の開業にもかかわらず、半年で売上黒字を達成しました。
今回訪日ラボは、株式会社KURABITO STAYの代表取締役である田澤麻里香氏に取材しました。その経営の秘訣、そして女性が活躍できる環境づくりにも迫ります。
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KURABITO STAYとは?
KURABITO STAYとは、長野県佐久市橘倉酒造内にある、蔵人体験と宿泊が一体となったサービスを提供する企業です。
酒蔵に滞在しながら、蔵内で実際に酒を造り、麹や発酵に関するセミナーも受講するなど本格的な体験を行うことができます。
この取り組みが評価され、2021年度には農林水産省が主催する「ディスカバー農山漁村(むら)の宝」で農泊賞、同じく農林水産省が認定する「SAVOR JAPAN」、地域の食と食文化によるインバウンド誘致を活性化させることを目的とした取り組みにおいて認定を受けています。
このKURABITO STAYですが、週末2泊3日で6万4,900円(税込)という価格設定に対して満席になるほど予約が殺到しています。「KURABITO STAY」が仕掛けたブランディング戦略と経営方針、そして田澤氏の「世界一の日本酒ツーリズム」にかける想いについて探っていきます。
関連記事:「SAVOR JAPAN」新たに6地域が認定。インバウンド回復に備え、食体験の磨き上げ進む
コロナ禍開業なのに黒字 その秘密とは?
「KURABITO STAY」は2020年3月末に開業しました。
2020年3月は、まさに新型コロナウイルスの流行初期であり、立ち上げ時からいきなり緊急事態宣言となったため4月~7月までやむを得ず休業していました。
しかし、そこから半年足らずで黒字化に成功、2021年度においても新型コロナウイルス禍が続く中でも黒字だということです。
「パリ4日間5万円」価格競争に陥る旅行会社での経験
「KURABITO STAY」の代表取締役である田澤氏は、大学卒業後5年間旅行会社で勤務していました。その時に目にした、旅行業界における低価格競争に陥った経験が起業への熱意になったといいます。
当時はデフレが酷く、ヨーロッパ1週間添乗員付きで7~8万円、パリ4日間で5万円など、今では考えられないほど低価格でツアーが提供されていました。
この低価格で無理にサービスを提供しようとするため、当然お客様もサービスに満足せずクレームが頻発し、それを受け入れる添乗員も疲弊し、現地のサプライヤーも買い叩かれた結果、最悪の場合交通事故を起こしてしまうような状態でした。
この光景を目の当たりにしたとき、もう二度とお客様も、旅行会社も、サプライヤーも誰も幸せにならない旅行商品は作りたくないと思いました。
また、当時は日本国内の地方においても同様の状況だったと言います。
国内の地方も同様に、パッケージツアーはサプライヤーが買い叩かれている状況でした。
その一方で、今では旅行会社に頼らなくても集客できるし、旅行客は個人でスマホで情報収集し、旅行の予約をする時代になっている。
だからこそ地方の事業者は旅行会社の集客力に頼りすぎず、自立しなければならないと思うようになりました。
「原価の積み上げ=価格」からの脱却
また旅行商品の価格決定についても、田澤氏は見直すべき部分があると指摘します。
旅行会社で働いていた時は、「原価がこれだけかかる、であればそれに20~25%利益を乗せて、最終的に収益が10~15%残れば御の字だね、それを目指しなさい」といわれることが通例でした。
またツアーのルート自体に特許がとれるわけではないので、他会社のものを真似して価格を1円でも安く提供するという世界でした。
この熾烈な価格競争から脱するために、田澤氏は「原価の積み上げ=価格」から脱却しなければならないという考えに至ります。
他の人がやっていないことに取り組みブルーオーシャンに挑戦すれば、価格が高かったとしてもそこに唯一無二の価値を見出して来てくださる方がいます。
その代わり提供するものはお客様に絶対に満足してもらい、また来たいと思っていただきたい。世界初、世界一の日本酒ツーリズムを目指しています。
その言葉の通り、「KURABITO STAY」が開業して約2年、利用客にアンケートをとると満足度は100%だということです。田澤氏は、「1時間滞在している人を100人増やすのではなく、100時間滞在してもらえる地域のファンを1人増やす」ことを意識しているということです。
ターゲットをあえて絞り込み、質の高いサービスと満足度向上につなげる
そして、「客層を選ぶ」ことも重要な要素だと田澤氏は話します。
まずは価格設定を適切に行うことで、客層をあえて絞るということです。
旅行会社で極端に価格設定を安くすると、どうしても自社のコンセプトを理解していただけない方が来てしまうことも事実です。
今はしっかりと質を担保した上で、その分を価格に乗せることで、本当に価値を見出していただけるお客様に来ていただき、満足いただけるサービスが提供できています。
また「KURABITO STAY」公式サイトには日本語版と英語版のサイトのみを用意しています。
これにも意図があり、一定の教養があり、所得水準の高い欧米圏の訪日客にターゲットを絞っていると田澤氏は説明しています。
自社サイトのみで販売し、「直販率」は100%
「KURABITO STAY」では、経営の他に、ブランディング戦略にも特に力を入れています。
その結果、OTAなど他の媒体に掲載することなく自社サイトのみで販売しており、直販率は100%だということです。感染拡大状況に左右されるものの、開催すれば満席が続く状態となっています。
ここからは、「KURABITO STAY」のブランディング方針、メディア戦略の秘密について迫っていきます。
「ブランディングが命」細部にまでこだわったデザイン
田澤氏は、「KURABITO STAY」の開業にあたり一番最初に投資したのが「イメージ作り」だとしています。
「『どこを切り取ってもブランドの顔が見える』ようにするために、ホームページのデザインから宿泊場所であるホテルの内装、そのなかで用いるピクトグラムまで、すべて同一のデザイナーの方に依頼し、統一感を持たせることを意識しました。
ホームページが"ださい"と、その商品に興味をもって調べてくれたとしても「うわ、ださっ」てなって誰も見てくれないんですよね(笑)。それを信頼できるデザイナーさんが見つかったことで、ロゴを作ってもらって、名刺やリーフレットも洗練されたデザインになったら段々と人が二度見してくれるようになって。
いいデザイナーとの出会いは経営にもいい影響を及ぼすといいますけれども、それは本当だなと実感しました。
紹介意向が99.9%、口コミからが3割に
「KURABITO STAY」を周知させるためのメディア・広報戦略について、田澤氏は「メディアにおける有料広告などはほとんど打っておらず、Facebook、Instagram、TwitterなどSNSの運用を積極的に行っている」といいます。
メディア対応については、「メディアの方から取材に来てもらうことを意識しています。記者の方とコンタクトをとったり、プレスリリースを用いて発信するようにしています。」と語っています。
また、「KURABITO STAY」では滞在された方にアンケートをとったところ、紹介意向のある方が99.9%にのぼり、実際に口コミ経由で「KURABITO STAY」に来た人は全体の3割にのぼるということです。外国人の利用客も同様、在日外国人のコミュニティー内の口コミから情報を得て訪れる人が多いといいます。
「世界一の日本酒ツーリズムを目指す」その想いとは?
「KURABITO STAY」の経営、ブランディング、メディア戦略の軸には、田澤氏の「世界一の日本酒ツーリズムを目指す」との思いが込められています。
この発想に至った経緯には、田澤氏自身が経験した女性ならではの苦労や、日本酒業界全般に関する想いがありました。
ここからは「KURABITO STAY」の運営方針、今後の展開に迫っていきます。
「週末のみ営業」出産時の苦い経験から、女性でも活躍できる社会へ
「KURABITO STAY」は週末のみの営業に特化しています。その理由として、田澤氏は自身の経験から女性でも安心して活躍できる場にしたかったと話しています。
私は5年旅行会社で勤めた後、ワインにはまっていたこともあり、ワインのインポーターに転職しました。運よく大手といわれる会社に入れたんですけれども、転職してすぐに子どもができてしまって。
そこから職場での扱いが変わったように感じ、戦力外通告を受けたような気持ちになりました。それがとても悔しかったです。
でも働きたいという気持ちは強く、自分らしさを活かして働くのにはどうしたらいいだろうと考えました。
子供が生まれ、フルタイムや全国転勤を含めた働き方はとても現実的ではありません。
だからこそ限られた時間の中で、いかに付加価値をだす仕事をするのかが重要だと考えるようになりました。
縁あって佐久で事業を立ち上げるとなったときに、地方にも同じような思いを抱えている優秀な女性はたくさんいるということが分かりました。
そうした状況や自分のこれまでの経験から、カレンダー通りに働いている夫の方に子どもを預けることができるように「週末限定営業」の考案といった、女性がライフスタイルに合わせて働ける環境づくりにつながったと思います。
「KURABITO STAY」を全国へ
最後に、事業の今後の展開について、田澤氏は全国展開も視野に入れているとしています。
現在、ある県の酒蔵の経営をする方からも「泊まれる酒蔵をやりたい」という相談を受けているということです。どのように携わるかっていくかは検討段階だということですが、今後もそういった声があれば全国で日本酒ツーリズムを盛り上げていくお手伝いをしたいと田澤氏は考えています。
また酒蔵体験の在り方について、もっと適正な価格で売り出していくべきとも話します。
国内で日本酒作り体験ができる酒蔵さんを調べたところ、2,000円から高くても1万円という価格帯でした。
これは安売りしすぎだと思っています。うちは2泊3日、6万円以上の体験商品でお客様を集客し、ご満足いただけるサービスを提供する体制をつくることができました。
今後は酒蔵体験で10万円でも価値を感じていただけるような世界を、関係する皆様と協力しながらつくっていきたいと考えています。
経験に裏付けられた経営方針、運営方針を策定し、ブランディングやターゲティングを適切に実施したうえで、全体的な高付加価値化に努めていく姿勢は、酒蔵体験だけでなく今後のインバウンド業界全体において求められていることだと考えられるでしょう。
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<参照>
KURABITO STAY:公式サイト
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