前回の記事では、令和5年版観光白書の「第I部 第1章〜第2章」にある世界と日本の観光の動向について紹介しました。
前回の記事はこちら:第I部 世界の観光の動向、日本の観光の動向
今回は「第I部 第3章 持続可能な観光地域づくり‐観光地や観光産業における「稼ぐ力」の好循環の実現‐」を紹介します。
「稼ぐ力」とは具体的に何を指すのか、日本の観光の「稼ぐ力」の現状はどうなのか、さらには「持続可能な観光地域づくり」とは何なのか、詳しく解説します。
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第3章 持続可能な観光地域づくり‐観光地や観光産業における「稼ぐ力」の好循環の実現‐
「観光立国推進基本計画」が目指す「持続可能な形での観光立国の復活」には「稼ぐ力」の強化だと観光白書内では説明されています。
第1節 新型コロナウイルス感染症からの観光の回復に向けた動きと、稼げる地域・稼げる産業への変革の必要性
観光白書によると、新型コロナウイルス感染拡大の影響が長期化する中、アジアは他の地域よりも回復が遅れるのではないかとのことです。日本を含むアジアの観光産業の構造的課題を反映しているものだと説明されています。ここからは、構造的な課題について解説します。
<注目ポイント>
・全産業と比較した賃金の減少
・雇用の流動性(非正規雇用者の割合の高さ、入職率や離職率の高さ)
・人員の不足(雇用人員判断DIの低さ)
・雇用の波動性(日本は季節による需要変動が大きいこと)
全産業と比較した賃金の減少
年間賃金総支給額における減少の推移をみると、2020年の362万円から減少傾向が続いています。2020年の全産業は497万円という結果ですので、その差は拡大しています。雇用の流動性(非正規雇用者の割合の高さ、入職率や離職率の高さ)
2022年の宿泊業の雇用状況をみると、正規雇用者が22万人(雇用者数の46%)、非正規雇用者が26万人(同54%)という結果になっています。これは全産業と比較して、非正規雇用者の構成比が高いことを示しています。
新型コロナウイルス感染拡大により、観光関連の産業は営業自粛や休業を余儀なくされました。売上が減少することで、全体の賃金減少につながり、正規雇用者数の割合が低くなりました。
また、第1節でも触れられている入職率においては、「生活関連サービス業、娯楽業」に次いで2番目に高く、離職率はもっとも高くなっています。これは、雇用の流動が激しいことを示しています。
人員の不足(雇用人員判断DIの低さ)
観光関連の産業における賃金や雇用の課題により、人員不足が深刻化しています。人手の過不足感について示すのが、雇用人員判断D.I.と呼ばれるデータです。このデータを見ると、宿泊業、飲食サービス業は人員不足感が高まる結果になっています。まん延防止重点措置の全面解除や全国旅行支援の開始など、水際対策の大幅緩和によるものだと観光白書内では説明されています。
雇用の波動性(日本は季節による需要変動が大きいこと)
新型コロナウイルス感染拡大前の宿泊業の月別雇用者数を日米で比較した際、アメリカは7月の山が1番大きいものの、日本はアメリカのように1つの月には集中していません。
日本は旅行需要の季節変動が大きい国であることから、需要拡大期に短期の雇用を増加させ、接客に対応する傾向が見られます。
雇用の波動性は、労働者の知識、スキルの継続的な蓄積を妨げます。労働生産性向上の制約要因や稼働率の不安定さにもつながっていることが伝えられています。
第2節 観光分野における「稼ぐ力」の現状と課題
第2節では、日本は観光GDP(※1)の比率が増加傾向にあり、観光分野の成長を維持、拡大することで日本経済をけん引していくことが期待される、と言及されています。
(※1)観光GDPとは、観光産業がつくりだす付加価値のこと。観光による経済効果を的確に把握することにより、政策立案やマーケティングに活用可能。
また、観光GDPの比率を世界各国と比較したデータによると、日本は低水準であることが分かります。観光分野における「稼ぐ力」とは、就業者一人あたりの付加価値額(※2)と、一人あたりの雇用者報酬を指すことが説明されています。
(※2)就業者一人あたりの付加価値額とは、その産業における就業者一人が生み出す付加価値額のこと。利益と似たような意味合いを持つ。
一人あたりの付加価値額が高ければ、その産業が生み出す利益は大きく、それに比例して一人あたりの雇用者報酬も高まるとのことです。
観光産業と宿泊業における、就業者一人あたりの付加価値額と一人あたりの雇用者報酬について、世界各国との比較データは以下のとおりです。
就業者一人あたりの付加価値額を比べると、日本は全産業(806万円)に対して、観光およびその他産業(491万円)、そして宿泊業(534万円)と、相対的に低い結果が出ています。その一方で、観光GDPの比率が高い米国、イタリアおよびスペインでは、観光およびその他産業や、宿泊業の一人あたりの付加価値額が高いです。
また、一人あたりの雇用者報酬額についても同様です。日本は全産業(472万円)に対し、観光およびその他産業(254万円)、宿泊業(230万円)と相対的に低い結果です。
これを国際比較でみると、米国がいずれの産業でも高い結果になりました。なお、スペインに至っては、全産業は日本よりも低いものの、観光およびその他産業と宿泊業は、日本より高い水準にあります。
観光白書によると、観光業や宿泊業における、一人あたりの付加価値額および一人あたりの雇用者報酬額の水準が、「稼ぐ力」につながっているとのことです。日本は現在、低い水準にあるため、官民一体で観光GDPの比率向上に努めるべきと指摘されています。
その方針は大きく分けて以下3つです。
- 単価を上げる
- 顧客数を増やす
- 需要の平準化および稼働率の安定化
単価を上げる
付加価値額を上げるには、売上高を増加させる必要があります。売上高は客単価と顧客数に分解できることから、客単価と顧客数を増やすことが重要です。
そのうち、客単価を上げる方法として、商品、サービスの高付加価値化やブランド力の強化が挙げられます。たとえば、団体向けの宿泊施設を個人向けに対応して改修し、サービスの質の向上を図るといった取り組みが考えられます。
顧客数を増やす
売上高を増加させるために必要なもう1つの取り組みが、顧客数を増やすことです。主に新規顧客の獲得、既存顧客のリピート率を上げる、稼働率(回転率)を上げるという3つの方向が考えられます。たとえば、高度な宿泊事業の顧客予約管理システムを導入するなど、機械化によって、ルーティンワークを減らしたり、需要に合わせた人員配置をしたりと生産性の向上につなげるのも取り組みの1つです。
機械化による業務効率化は、従業員がより多くの顧客に対応したり、接客時間を増やしたりと、サービスの質向上にもつながる可能性があります。その結果、新規顧客の獲得や既存顧客のリピート率を上げることにも貢献できると言及されています。
需要の平準化および稼働率の安定化
日本の観光産業の構造的課題として、旅行需要の季節変動による影響が大きいことが挙げられます。そこで、訪日外国人旅行者を訪日経験の豊富さやエリアで分けた「市場別マーケティング」、国内の近隣旅行者をターゲットにした「マイクロツーリズム」、働き方の多様化をふまえた「ワーケーション」のニーズを取り込むことが大切だと言及されています。
上記で示した取り組みにより、需要の平準化と稼働率の安定化を図ることで、労働需要が安定的になれば、継続的な雇用が可能となります。
また、さらなる効率化や高付加価値化へとつなげるには、観光DXを推進していくことが必要だとも指摘されています。
第3節(「稼ぐ力」による地域活性化の事例)
第3節では、「稼ぐ力」による地域活性化で、好循環をもたらした事例について書かれています。新型コロナウイルス感染拡大の最中でも成長していた観光地は、どのような取り組みをしていたのでしょうか。その内容を紹介します。
今回、分析対象地域とされたのは、群馬県渋川市(伊香保温泉)、兵庫県豊岡市(城崎温泉)、宮崎県気仙沼市の3つでした。観光白書によると、これらの地域では、2015年から2018年にかけて、労働生産性および雇用者一人あたりの所得が、全国に比べて大きな伸び率を見せています。
伊香保温泉
<施策>
伊香保温泉では、シンボルである石段を中心とした景観の再生、整備を起点に、高付加価値化を推進しました。
具体的には、新型コロナウイルスで需要が減った団体向けのスペースを貸切露天風呂改修したり、温泉付き客室を導入したり、火災のあった廃屋を撤去し、跡地に観光施設を整備したりしたとのことです。飲食店の新規開業件数を増やしたことにも触れられています。
<結果>
一人あたりの宿泊単価を向上させることに成功しました。2019年は1泊一人あたり2万5,000円だったものが、2022年には2万8,000円に向上するなど、3,000円高められました。
また、高価格帯の客室稼働率が向上しており、売上は5%増加しました。新規開業した飲食店においても、2023年3月には新型コロナウイルス感染拡大前の売上を超える事業者が出ています。
さらに、既存観光拠点の再生および高付加価値事業推進をキッカケに、顧客志向のサービス向上や、人材確保のための賃金向上につながりました。旅行会社による団体客送客といった量への依存から抜け出し、質を重視した価格決定権を発揮する宿泊経営者の意識改革にもつながったとのことです。
城崎温泉
<施策>
兵庫県豊岡市にある城崎温泉は伝統的な温泉地であり、「統一感ある景観、個性ある温泉街の形成」を理念に観光事業が繁栄するよう取り組みました。
具体的には、2021年に地域独自の観光DX基盤を整備。予約サイト「Visit Kinosaki」という宿泊情報を月単位で集約するシステムを導入し、そのデータを活用することで、宿泊事業の革新を進めてきたことに触れられています。
加えて、兵庫県豊岡市特有の取り組みとして挙げられるのは、地元専門職大学と連携した体験観光プラットフォームです。
芸術文化観光専門職大学の高橋伸佳研究室と豊岡観光イノベーション(観光地域づくり法人)が主体となり、ウェルビーイング型体験カルチャーのブランド「ネオカルTOYOOKA」を設立し、観光、交流、健康増進、文化、スポーツといった活動を融合した包括的な体験プログラムの開発が進めらました。
<結果>
新型コロナウイルス感染拡大による厳しい局面でも、予約サイト「Visit Kinosaki」の運営、および情報発信が活発化されることで、「Visit Kinosaki」経由の予約割合が高まりました。その効果により、2022年10月以降は、宿泊単価が大幅に向上しただけではなく、宿泊数も大きく増加しています。
また、観光DX基盤を整備するために、ソフト・ハード面の投資に積極的だった事業者は、正社員一人あたりの付加価値額が1,000万円/人という結果でした。
城崎温泉の取り組みは、若者の移住意識を高める効果にもつながりました。2020年以降、移住者による飲食店を中心とした新規開業が増えているとのことです。個性豊かなデザインの飲食店も多く、大学の休暇期間である3月や9月に若い世代が訪れるキッカケになり、街の雰囲気も若い世代に対応したものに変化しているそうです。
気仙沼市
<施策>気仙沼市は、東日本大震災で甚大な被害を受けており、市内全産業の労働生産性および雇用者一人あたりの所得は2015年から2018年にかけて低下しました。
回復するための施策の1つが、「気仙沼クルーカード」を作ることでした。「気仙沼クルーカード」とは、地元市民や復興支援員など、気仙沼に関係する人口の一元化を図り、地元商店の地域消費額を把握し、販売促進をするものです。「気仙沼クルーカード」により、マーケティングデータの収集と管理をすることで、地域産業の強化を目指しました。
また、「気仙沼クルーカード」の会員によるアンケート結果を分析し、その中でニーズの高いコンテンツを特定し、親和性の高いマイクロツーリズムにターゲットをおくことで、効果的なプロモーションを展開しています。
加えて、体験型観光プラットフォーム「ちょいのぞき気仙沼」の提供を開始しました。「ちょいのぞき気仙沼」とは、気仙沼市の水産事業者らが、市民や観光客を対象に仕事場の見学と作業を体験してもらうものです。
「ちょいのぞき気仙沼」は、マイクロツーリズムではなく、首都圏および訪日外国人旅行者をターゲットにしたもので、一人あたり5,000円〜10,000円の高付加価値商品として開発した体験型観光プラットフォームです。
なお、「ちょいのぞき気仙沼」をより高い付加価値へと昇華させる取り組みの一環として、酒蔵見学と宿泊プランを組み込んだ「ブリュワーズテーブル」も展開しました。
<結果>
上記取り組みの結果、新型コロナウイルス感染拡大に直面した2020年でも、気仙沼市の延べ宿泊人数は2019年比17.7%減にとどまりました。
これは、「気仙沼クルーカード」による限定したニーズへの販売促進および、マイクロツーリズムへの集客が功を奏しているといえます。
加えて、体験型観光プラットフォームなど、高付加価値なコンテンツの開発に取り組むことで、スタッフスキルの向上にもつながっています。
たとえば、ブリュワーズテーブルのプランでは、新メニューを開発に取り組む過程で、有識者からスタッフに対して、料理の提供方法や説明方法に関する指摘が入りました。飲食事業者のスキル向上という副次的な効果が生じたと考えられます。
気仙沼市内での食体験を求めるリピーターは増加傾向にあり、地域の食のファンの確保につながっているようです。
まとめー観光の「質」とはなにか?ー
ここまでで観光白書の第I部 第3章の内容を解説してきました。観光白書で紹介されている「伊香保温泉」「城崎温泉」「気仙沼市」の事例をみると、地域住民にとって身近な日常の「暮らし」を反映することで、観光の「質」を向上させることが可能であることがわかります。
地域が継承してきた自然や文化、その他のあらゆるものを磨いていくことで質の高い状態=高付加価値な観光を実現できると考えられそうです。
それがインバウンド旅行者の興味をひき、収入が増えることで地域が活性する、この好循環の創出を目指すのが、観光立国推進基本計画だといえるでしょう。
具体的な取り組みについては、第Ⅲ部で詳しく解説していきます。
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<参照>
観光庁:令和5年版観光白書
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