1300年の歴史を持つ温泉地「城崎温泉」で有名な兵庫県・豊岡市。そのDMO(観光地域づくり法人)である豊岡観光イノベーション(豊岡DMO)は、観光DXや地域OTAなど先進的な取り組みで全国的に知られており、2023年度には25道府県37団体が視察に訪れたといいます。
そんな豊岡DMOの取り組みは、いかにして成り立っているのでしょうか。訪日ラボでは現地を訪れ、その秘密を取材しました。前編では豊岡観光イノベーション(豊岡DMO)の担当者にインタビューした内容をもとに、インバウンドの取り組みを中心に「地域を巻き込む」豊岡の観光DX戦略を紐解きます。
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豊岡観光イノベーション(豊岡DMO)とは
一般社団法人豊岡観光イノベーションは、2016年6月に設立された豊岡市の観光地域づくり法人(DMO)。豊岡DMO、あるいはToyooka Tourism Innovationを略して「TTI」とも呼ばれます。「観光で地域にイノベーションを起こす」ことを目的に、「観光地のマーケティング機能」「地域と地域、事業者と事業者をつなぐ機能」「地域の素材や営みを体験してもらう商品を作り、自ら来訪者を集める機能」を担うことを目指して設立されました。
また、「予算主義でなくスピード感を持って、事業を遂行する」「専門知識を持った人材を民間企業から起用する」「宿泊予約サイトの運営、ツアー造成・販売などの収益事業を実施する」といった行動指針を持ち、DMOが陥りがちな予算主義から脱却し、さらに収益を上げて自走する体制をはじめから想定されていたのが特徴的だといえます。
ミッションとしては「地域の魅力を再編集して、地域の稼ぐ力を引き出し、地域経済の活性化に寄与する」ことを掲げ、来訪者数や滞在日数、消費額、そして観光まちづくりの参加者を増やすことをKPIとしています。
経営戦略、マーケティング戦略も明確です。経営戦略では「1. インバウンド誘客を強力に推進し、急速に回復する訪日旅行者を取り込む」「2. 国内観光客の周遊とリピートを促進するとともに、新規顧客の開拓に着手する」「3. 観光DXを推進し、地域事業者の稼ぐ力を引き上げる」の3つを掲げています。
マーケティング戦略では、「1. 日本の滞在地としての認知を高める」「2. 検索した時に情報がある状態にする」「3. 予約できるようにする」「4. 滞在を楽しんでもらい消費を増やす」と、認知→検索→予約→滞在・消費の消費行動に沿って必要なことを端的に言い表し、それぞれ確実に実行しています。
具体的な施策としては地域OTAである「Visit Kinosaki」や、周遊観光を促す「城崎+1(プラスワン)」の取り組み、観光DX基盤を活用したレベニューマネジメントなどもすでに軌道に乗り始めています。また国内向けには、ふるさと納税実施者など地域への帰属意識が高い人へのマーケティングも行なっています。
また、「5. インナープロモーション」「6. マーケティングデータの収集分析」も戦略として挙げ、地域が同じ方向を向いて進められること、データに基づいて戦略的に実行できることなどを重視していることがわかります。
実際に豊岡市の外国人観光客延べ宿泊者数の推移は、コロナ前には8年で57倍に伸びています。コロナ禍には他の地域と同様、一度は観光客数が落ち込みますが、2023年実績は対2019年比-5.2%と、日本全国の回復率よりも高くなっているといいます。
コロナ禍後、訪日客が東京・大阪・京都など都市部の観光地に集中する傾向にある中で、豊岡のインバウンド戦略は確実に成功しているといえるでしょう。
訪日ラボでは、そんな豊岡の取り組みの詳細について、豊岡観光イノベーションで事業本部次長を務める川角氏と、同じく豊岡観光イノベーション 地域創生グループ 観光DXリーダーの一幡氏に取材しました。
公式OTA「Visit Kinosaki」で地域のインバウンド動向を把握
豊岡観光イノベーションが行うインバウンド向けマーケティングの屋台骨を担うのが、多言語Webサイト「Visit Kinosaki」です。旅行情報を発信する公式のWeb媒体であると同時に、同じサイト内で地域の宿泊施設や体験・アクティビティ商品を予約できる「OTA」の役割も果たしています。
川角氏によれば、このサイトを起点にWeb広告やSNS広告の配信も行い、新規客の獲得も積極的に行なっているそうです。
豊岡観光イノベーションの強みの一つは、このVisit Kinosakiのデータをモニタリングし、しっかりとマーケティングに活かせていることだといえます。実際に訪日ラボが観光の動向について伺うと、すぐさま直近のデータを見せてくれました。宿泊予約データは日々自動で更新され、グラフ化されるようになっているそうです。
最新の外国人宿泊データを見ると、客数は昨年並みの一方で、売上は上がるという現象が起きていました。現在市内の宿泊施設では、人手不足で10室のうち8室しかあけられないといった問題が起こっており、各施設では客室料金を上げ、利益を確保するなどの対策を取っているそうです。
この人手不足の現状について川角氏は「心配要素」としていますが、その状況の中でも売上を確保できていると考えると、むしろ成功しているといってもいいでしょう。これについては、コロナ禍の間に市内50施設の「高付加価値化」改修(部屋のグレードアップなど)を行なったことが、単価を上げても宿泊客を集められている要因なのだといいます。
また、宿泊予約のデータは、市内の宿泊施設などの事業者側にも提供され、宿泊予約客や客室料金の平均値などが見られるようになっています。実際に現場では、客室料金の調整=レベニューマネジメントや、仕入れの調整などにも活用されています。
これらの取り組みは、事業者側に「DMOや地域の他の事業者にデータを提供してもよい」という考えがないとできないものであり、まさに「地域を巻き込んだ観光DX」だといえます。
海外メディア等へのメールマーケティングが米国市場を中心に大成功!次に狙うは台湾・香港市場
先ほどのVisit Kinosakiのデータによれば、アメリカが2019年比2.5倍、次いでカナダが2.2倍、イギリスが2倍と、とりわけ欧米市場へのマーケティングの成果が顕著に表れています。Visit Kinosakiやそれを起点としたWeb広告などの成果ともいえますが、もう一つ「認知」を取るための施策として寄与しているのが、海外メディア等へのメールマーケティングです。
豊岡観光イノベーションではこれまで、20か国160社の海外メディア、23か国636社の海外等旅行会社へ向けてメールマーケティングを実施してきました。海外メディアでの露出件数は、2021年から3年連続で1,000件超え。2023年度には世界各国2,100媒体に掲載があり、なんと広告換算額は2億円を超えているといいます。
欧米市場へのマーケティングが成功した中で、次に照準を合わせるのは台湾・香港市場。訪日リピーターが多く、長い目で見てファン化も狙える市場です。
中国語繁体字で新たに整備されたVisit Kinosakiのページを見て驚くのは、英語のページとは見た目や内容が異なっているという点。英語のページは落ち着いたデザインで、食や温泉などの案内がメインですが、中国語繁体字のページは「女子旅」を想定し、旅行中の様子をイメージしたような華やかな写真が並びます。
一幡氏は中国語繁体字のページについて、「台湾の旅行会社のサイトを参考にしたり、レップ(自治体・事業者に代わり海外プロモーションなどを行う代理店)にも聞いて、何を載せるかを決めました」と話します。単に翻訳されただけのページではなくターゲットに合わせて最適化されているサイトは珍しく、一幡氏は「だいぶ調査しました」と自信を覗かせました。
外国人向け観光CRM構想:旅行者ごとにレコメンドも
続けて、まだ構想段階だという「外国人向け観光CRM」の取り組みについても一足先に伺うことができました。
CRM(Customer Relationship Management:顧客関係管理)とは、顧客情報や行動履歴、顧客との関係性を管理するもので、近年は観光領域でも滞在中の消費や周遊促進、再来訪を促すものとして注目されています。
今回構想している観光CRMの取り組みでは、旅行者の情報をもとにメールマーケティングを行いますが、ここでもVisit Kinosakiが軸となります。
同サイトでの宿泊予約の際、「どんな旅がしたいですか」などのアンケートをとり、これをもとに予約直後・宿泊日の30日前・14日前・7日前にアクティビティ商品の利用を喚起するメールを、宿泊後にはサンクスメールと季節ごとのお知らせメールを配信していく想定なのだそうです。旅マエ(訪日旅行前)にはアクティビティ商品の利用や周遊を促進して1人あたり単価を増やすこと、旅アト(訪日旅行後)にはリピーター化・ファン化を狙います。
国内向けにはすでに施策が走っており、リピート回数、ふるさと納税回数、滞在日数、周遊実績などをもとに、ロイヤルカスタマー向けの特別・限定・高付加価値なメールを配信する構想もあるといいます。
こうした取り組みについて観光庁は、「観光DX推進のあり方に関する検討会」最終取りまとめにおいて、2027年度末までに「旅行者の利便性向上・周遊促進」に向けた3つの取り組み(適切なウェブサイトへの情報掲載、シームレスな情報発信・予約・決済が可能な地域サイトの構築 、その時・その場所・その人に応じたレコメンド)を全登録DMOが実施することを目標としています。
豊岡市においてはVisit Kinosakiが地域サイトとしてすでに整備されており、同時に観光庁が推進しようとしている「その時・その場所・その人に応じたレコメンド」も、観光CRMの取り組みによって実現しようとしています。
<参考>観光庁:観光 DX 推進による観光地の再生と高度化に向けて (最終取りまとめ)
周遊観光を促す「城崎+1(プラスワン)」
最後に、周遊観光を促す「城崎+1(プラスワン)」の取り組みについても伺いました。
川角氏が「これは結構良いサービスだと思います」と太鼓判を押すのが、トラベルコンシェルジュサービス「Live Travel Planning Advice Concierge Service」。Visit Kinosaki上で申し込むと、ネイティブスタッフがオンラインで旅程などの相談に乗ってくれるというものです。
Web上の対応ではなく、あえて「人が」情報提供する仕組みを新設したのには、きめ細やかな対応ができることのほかに、自発的な検索では出てこない魅力的な場所を直接教えることで、城崎以外の場所を周遊してもらう狙いもあります。
サービスは2023年7月から1年間継続しており、当初は無料でやっていましたが、ノーショウ(無断キャンセル)が多かったため有償に。それでも、2〜3日に1件程度は予約が入るといいます。
また、Visit Kinosakiで販売する体験プログラムも、城崎以外への周遊を促進する「城崎+1(プラスワン)」の取り組みの一つ。体験の中ではシーカヤックやコウノトリツアーといった豊岡ならではのプランのほか、そば打ち体験が意外と人気だったりもするそうです。レンタカーや自転車などのプランも販売し、徒歩や電車では行きにくい場所の訪問も狙います。川角氏はこの取り組みについて、「結構予約が入っているのが嬉しい。2019年と比較して周遊もちゃんと増えている」と振り返りました。
以上、豊岡DMO取材の前編をお届けしました。豊岡観光イノベーションの川角氏と一幡氏にインタビューし、地域OTAや外国人向け観光CRM、周遊促進などの先進的な取り組みについて伺うことができました。
後編では、こうしたDMOの取り組みに共感する地域の事業者が、どのような形で施策に協力し、経営に活かしているのかを取材した内容をお伝えします。
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