先日発表された2025年3月の大手百貨店月次売上速報では、数年ぶりに前年同月割れとなりました。
2025年3月の訪日客数は349万人と3月としては史上最高、さらに1-3月の3ヶ月累計で1,000万人と過去最速で大台にのせており、とどまることを知らない訪日インバウンド市場ですが、大手百貨店における免税売上では陰りが見え始めています。
今回は、百貨店を中心として上場している大手小売企業の最新決算をもとに、小売企業各社の免税売上に焦点を当てて分析していきたいと思います。
文/中西恭大(株式会社D2C X)

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大手小売企業の免税売上比較
免税売上という言葉を聞いたことはありますでしょうか?
一般的には、免税店登録した店舗で申告された免税販売の売上のことを意味しています。免税店とは、外国人旅行者等の非居住者に対して特定の物品を一定の方法で販売する場合に、消費税を免除して販売できる店舗のことです。
つまり、訪日外国人が日本で買い物をする際に、一定の要件を満たすことで消費税の10%を免除して購入することができる制度になります。この免税売上は、免税店登録ができる業態に関連する売上となり、主に小売企業が対象となります。
今回の分析対象企業は、髙島屋、三越伊勢丹ホールディングス(以下、三越伊勢丹)、J.フロント リテイリング(以下、Jフロント)(大丸・松坂屋など)、エイチ・ツー・オー リテイリング(以下、H2O)(阪急百貨店・阪神百貨店など)、パン・パシフィック・インターナショナルホールディングス(以下、PPIH)(ドン・キホーテなど)の小売大手5社です。
百貨店とディスカウントストアが対象で主要顧客や販売商品は異なりますが、どの企業も日本有数の小売企業であるため比較対象としています。



小売各社決算における注目情報
前項までは、免税売上に着目し定量的な比較を行ってきましたが、ここからは各社の決算説明会資料を基に注目すべき事項をピックアップしていきます。
1. H2Oリテイリング(阪急百貨店・阪神百貨店など)
まずは、阪急百貨店・阪神百貨店などを傘下に持つH2Oリテイリングの2025年3月期通期決算説明会資料を見てみましょう。今回対象とした企業の中では、インバウンド向け=海外VIP顧客の獲得に関する情報が充実しており、大手百貨店の中でも海外からの売上構築を最も重要視していることがうかがえます。

百貨店の免税売上が減少してきている要因はこのスライドから理解することができます。
H2Oでは、年間100万円以上利用する顧客を“海外VIP”と定義し、それ以外の訪日客を“一般ツーリスト”としてセグメント管理しており、2024年4-6月期(1Q)では一般ツーリストの日商が約3億4,000万円程度・海外VIPが1億200万円に対し、2025年1-3月期(4Q)では一般ツーリストの日商は約2億1,000万円程度・海外VIPが1億1,900万円と一般ツーリストの日商が1億円以上減っていることがわかります。
2024年4-6月期の日商が高かった要因は円安およびラグジュアリーブランドの価格改定にあると分析されており、ややバブル感があったことが推測されます。

昨年度はややバブル感があったという認識から、2025年度の計画についてはインバウンド関連の売上を保守的に見積もっており、通期で1,100億円、対前年比で15%減を見込んでいるようです。


また、海外VIP顧客の獲得に向けて様々な施策を実行していくことを公表しており、新たなビジネスとして、アートビジネスやツアープロデュースなども検討しているとのことです。
2024年度現在海外VIP会員は既に3.9万人となり、売上は390億円・シェア30%と非常に大きな規模になっています。2030年度には、インバウンド売上全体を2,000億円まで引き上げ、海外VIP9.0万人・海外VIP売上1,000億円を目指す計画を掲げています。
2. 髙島屋
次に髙島屋の決算説明会資料および質疑応答から注目すべき情報を見てみましょう。



髙島屋の決算資料で注目すべきは、国内百貨店の売り上げに占めるインバウンド比率が15%、店舗別でみると大阪店のインバウンド比率が29%と割合が高まっている点です。
本決算では2月までとなり3月の数字は含まれておりませんが、インバウンド比率が高まっている状況から、免税売上不調に陥ると全店売上に影響を及ぼす規模になっていることがわかります。
また、決算説明会の質疑応答を読むと、訪日中国人の動向を悲観的に見込んでおり、中国以外のインバウンド強化およびアジア各国で展開している現地店舗のVIP顧客を訪日時に店舗へ送客することを重視しているのがうかがえます。
3. 三越伊勢丹ホールディングス
次は三越伊勢丹ホールディングス決算説明会資料および質疑応答資料です。


決算説明会資料では、免税売上やインバウンドに関する言及は少なく、3月末にリリースした海外顧客向けのアプリについて、リリース約1ヶ月で約4.6万件の登録、今後は海外顧客、恐らく訪日客を念頭においたオリジナル商品の開発や日本独自のモノ・コト・サービスを提案していく取り組みを強化することが言及されています。


質疑応答資料では免税売上について保守的に見積もっていることが述べられており、2025年度の事業計画では、7月までの免税売上が前年比80%程度の計画、8月以降は前年比108%で考えているとのことです。
また、海外顧客向けアプリは現在1週間に1万人程度の入会ペースが続いており、このペースを維持し年間で50万人を超える会員を獲得することをKPI設定していると考えられます。
4. Jフロントリテイリング(大丸松坂屋など)
次は、大丸松坂屋などを傘下に持つ、Jフロントリテイリングの決算説明会資料および質疑応答資料です。

Jフロントは、25年度は24年度に対して減収計画となっており、決算説明会の質疑応答でも昨年度は「出来過ぎ」だったという発言があります。
ラグジュアリーブランドの価格改定前の駆け込み需要や為替の影響で大きく伸長したことが要因で、25年度はその反動があると考えているようです。


注目した点としては、パルコのインバウンド売上が為替の影響を受けずに月次で安定している点です。大丸松坂屋の月次売上と比較すると非常に顕著で、2024年夏頃は為替の影響で大丸松坂屋の免税売上は大きく落ち込みましたが、パルコのインバウンド売上は安定しています。
これは顧客層が異なることが要因と考えられ、アニメを中心としたIP関連商品やジャパンモードを中心としたファッションを目的とした購買で顧客層も若年層が中心と想定され、百貨店とは目的も顧客も異なることが安定している要因と考えられます。
インバウンドCRMに関する言及もありましたが、訪日客の売上を平準化することが直近の至上命題と考えられ、リピーターを獲得することや商品選定の強化で平準化の実現を狙っていると考えられます。
5. PPIH(ドン・キホーテなど)
最後は、ドン・キホーテなどを傘下に持つパン・パシフィック・インターナショナルホールディングス(PPIH)の2025年6月期第3四半期決算説明会資料を見てみましょう。



百貨店各社の状況と異なり、PPIHの免税売上は順調に推移しており、2025年1-3月期では大手百貨店を上回り、足元の2025年4月免税売上は168億円と史上最高を記録しています。
- 訪日客の国籍分散→中国シェアが全体の2割以下
- 豊富な品揃え→高額品に頼らない
- 営業時間→ディナー後の買い物需要
上記のような要素が影響し、百貨店の免税売上が3月以降不調の中、PPIHは史上最高売上を記録していると考えられます。
また、今後の戦略を4点挙げており、夜間イベント、PB強化、価格戦略、地方活性化をキーワードに、訪日客の需要に応える魅力的な商品を提案していき、都市部では夜間の集客および競争力のある価格で百貨店やドラッグストアへ行く訪日客をリプレイスし、訪日客に人気の地方部でも免税売上を獲得することを狙っていると思われます。
まとめ
いかがでしたでしょうか?今回の5社には重要なトピックがたくさんあり、簡潔にまとめると下記に要約できます。
- 3月以降大手百貨店の免税売上は前年割れ傾向
- 百貨店免税売上不調の要因は「ラグジュアリー商品の価格改定」
- 小売各社の訪日客CRM施策が本格化
- ドン・キホーテの免税売上が史上最高を記録
- 国籍の分散や豊富な品揃えなどで平準化がキーワード
上場企業のIR関連資料には多くの貴重な情報が掲載されています。是非、四半期に一度は関連する企業のIR資料に目を通していただき、自社のビジネスに役立てていただければと思います。
著者プロフィール:株式会社D2C X 中西恭大
株式会社D2C X 代表取締役。日本最大級の訪日メディア tsunagujapan.com を運営。海外向けマーケティング事業、越境EC事業(伝統工芸品を世界へ) 、DMC事業(ランドオペレーター事業)を展開。日本の魅力を世界に伝えていきたいという想いと訪日インバウンド産業は人口減少時代の日本を支える基幹産業になると信じて事業に取り組んでおり、地域の魅力を如何にして発掘し創り出し伝えていくかに拘り、観光を中心とした地域産業振興を生業としています。訪日インバウンド領域で何かお困りごとがありましたらお気軽にご相談ください。
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