訪日ラボでは、観光庁が2024年3月に発表した「世界的潮流を踏まえた魅力的な観光コンテンツ造成のための基礎調査事業 調査報告書」に基づき、日本の観光トレンドや現状と課題を紹介してきました。
3記事目となる本記事では同報告書をもとに、今後日本がどのようにインバウンド市場で立ち回り、魅力的な観光地として成長していくかの具体的な道筋を解説します。
前回の記事:データで見る、日本の観光コンテンツの現状【世界的潮流を踏まえた魅力的な観光コンテンツ造成のための基礎調査事業 調査報告書 解説(2)】
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コンテンツごとの日本の課題と今後の論点
日本には豊富な観光資源があり、世界からも注目を集めています。一方で、資源を適切に商品化できていない、海外に対してアピールできていない現状もあります。発表された資料に基づき、具体的な課題についてまとめました。
1. ウェルネスにおける課題
日本のウェルネス関連の資源は非常に魅力的ですが、商品の開発が進んでいません。例えば、瞑想や座禅は「修行」と「お試し」の二極化が進み、中間層向けの商品が少ない状態です。他にも、ヨガでは外国語対応可能なインストラクターが不足しています。さらに、地方部ではタトゥーに対する社会的受容度の低さが原因で、訪日外国人に温泉が広まりにくい状況が続いています。
2. ネイチャーアクティビティにおける課題
自然体験の需要が十分に顕在化しておらず、文化体験に比べて商品の開発が進んでいません。またスキーなどのアクティビティでは外国語対応可能なインストラクターが少なく、特にハイエンド向けのガイド付きツアーの選択肢が少ないのが現状です。例えば冬シーズンのコンテンツにおいては、多くのスキー場が多言語対応を十分に行っておらず、情報発信が不足しているため、外国人が情報にたどり着けないことが多くなっています。また、リフト券のデジタル化が進んでおらず、購入が困難であることも大きな課題でしょう。
3. 聖地巡礼における課題
聖地への誘客自体は盛んに行われていますが、観光コンテンツという観点では課題もあります。例えばコンテンツが写真撮影スポットやスタンプラリーなどに留まっており、没入的な体験ができる商品が不足しています。また、海外から関連施設の入場券を購入するのが難しい場合もあり、観光客の利便性が低いことも課題として挙げられます。
4. イベントにおける課題
伝統祭事の魅力が十分に伝わっていないことが大きな課題です。例えば祭りの予備知識がしっかりと共有されておらず、外国人観光客が十分に楽しめないことや、参加できると思っていたら実際には鑑賞だけだったなど、期待と実際の体験のギャップが大きい場合が散見されます。さらに、イベントチケットの抽選→払込→紙のチケット受取などの購入プロセスが複雑で、ペーパーレス化も未徹底です。外国語対応も十分でない場合が多く、海外向けイベントチケットに対応したプレイガイドが非常に少ないため、外国人観光客にとって購入が難しい状況といえるでしょう。
5. 生活没入における課題
日本の生活没入型観光商品は、わかりやすく比較的ライトな伝統文化体験が中心です。そのため、より深く現地文化の魅力を伝える商品が不足しており、訪日経験のある外国人にとっては物足りなさを覚えるかもしれません。価格設定についても、無料でのイベント開放が多く、多くの収益機会が失われているのが問題です。プレミアム席などの設定によって収益機会が十分にあるにもかかわらず、まだそういった導入が進んでいないのが現状だといえます。
従来、祭りの運営は一定の運営費を行政の補助で賄いつつ、広告枠などの単純な協賛モデルで補うのが中心であったことから、参加者にとって基本的には「無料で参加できるのが当たり前」という風潮もあります。こうした背景が、収益化を妨げている一つの要因になっていると考えられます。
6. すべてのコンテンツに共通する課題
すべての観光コンテンツに共通する課題として、観光地での体験型商品開発の発想が不足していることが挙げられます。従来は団体旅行や出発地でのパッケージ商品が主流だったため、個別のニーズに応じた商品の開発が進んでいません。また特に都市部では、水路や空路などの交通手段を柔軟に活用しにくいという規制の問題があります。
価格設定についても、データに基づいた合理的な値付けが行われておらず、「"なんとなく"の価格」に合わせて横並びに設定される傾向があります。これでは、高価格設定によって利益を増やし、それを従業員や設備に還元し、サービス価値を向上させていくという循環が生まれにくいといえます。
さらに、情報発信や販売チャネルのユーザーエクスペリエンス(UX)・ユーザーインターフェース(UI)が弱い点も課題です。例えば、申し込み時に日本国内の電話番号や住所を入力させるといった、訪日旅行者が申し込む際に迷ってしまう項目があるなどの状況は、機会損失にもつながりかねません。
他にも、公式サイトや地域のサイトと予約決済サイトがシームレスにつながっていないため、利用者は複数のソースを行き来しなければならない状況です。外国語での情報発信も不足しているため、海外からの観光客にとって利用しにくいという問題もあります。
関連記事:多言語対応とは?インバウンド対策で求められる言語・対応方法・おすすめツールを紹介
中小・零細の観光関連事業者もグローバル市場を意識した取り組みが必要
インバウンド旅行の急回復やオンラインチャネルの普及という環境変化を背景に、中小・零細の観光関連事業者にもグローバル市場を意識した取り組みが求められています。なぜ中小・零細企業がグローバル視点を持つべきなのか
これまでの日本は、グローバル市場に進出する際にターゲットが特定しにくく、市場拡大につながらない背景がありました。特に中小・零細規模の観光関連事業者は、海外を市場とみなす意識が薄かったといえます。しかし、SNSやインターネットの普及により、外国人が日本の観光スポットやアクティビティを見つけやすくなりました。観光商品もオンラインでの購入手段が普及し、流通の障壁が軽減されています。
2024年の上半期の累計訪日外客数は1,777万7,200人となり、過去最高を記録。今後もさらなる拡大が見込まれています。
今後は訪日旅行者という明確なターゲットを持ち、多言語対応やグローバルな販売チャネルを活用することで、中小・零細事業者にもチャンスを掴む余地があるのです。
インバウンド向け商品を作る・売る際のポイント
インバウンド対策が後発となる日本では、海外で成功した「旅ナカ商品」などのビジネスモデルやサービスを模倣し、OTAなどのオンラインチャネルを活用することで、インバウンド誘客効果が期待できます。これを「タイムマシン手法」といいます。日本ではまだ体験型観光市場が未成熟で、パッケージツアーが主体です。そのため、他の国でヒットしている商品を模倣するだけでも、訪日者のニーズに応えた商品を作ることができるといいます。さらに、オンラインチャネルや海外販路に商品を掲載することで、販売促進を図ることが可能です。
また、個人旅行者をターゲットに、これまでパッケージツアーとして提供されていた内容を分解(アンバンドル)し、個別の商品として造成することも有効だといいます。
一方で、売る場合は、パンデミック期に急速に伸びたオンライン予約を活用することが重要です。海外に販路を見出せるOTAへの掲載によって、販売促進を図ることが期待できます。ただし、市場やターゲットによっては旅行代理店の活用も有効です。
さらに一歩進んだ観光コンテンツの造成や流通のポイント
今後重要な論点として考えられるポイントは、以下の4つです。- ガイド・インストラクター確保・育成
- IP*と観光の戦略的連携
- 地方での誘客コンテンツ造成
- 予約・購入チャネルのフリクション軽減
* IP(Intellectual Property:知的財産)…ここでは、アニメ・映画・キャラクター・ゲームなど、ある企業が版権を持つコンテンツのこと
それぞれ詳しく解説します。
ガイド・インストラクターの確保・育成
ウェルネスやネイチャーアクティビティ、祭りや生活体験では、訪日者とのコミュニケーションを通じて体験価値を高めるガイドやインストラクターが不可欠です。現在は、多言語対応や外国人旅行者の安全管理、文化理解促進ができる人材が不足しており、改善の余地があります。また観光地と地元大学や博物館との連携、デジタルツールの導入なども必要です。
関連記事:観光庁、ローカルガイド人材の確保・育成に関する有識者会議で中間とりまとめを発表
IPと観光の戦略的連携
大手IPホルダー(出版社や制作会社など)がリアルイベントを積極的に行っているように、観光地も大手IPを活用したイベントや聖地巡礼を推進しています。しかし、日本では地域によるIP活用が表面的で、海外からの訪日者を十分に呼び込めていません。IPホルダーと地域の連携を強化し、映画やアニメの制作段階から協力することが重要です。
地方での誘客力のあるコンテンツ造成
コロナの影響で、大都市よりも地方都市や郊外が旅行先として選ばれやすくなっています。そのため、自然資源を活用したコンテンツが求められています。海外旅行者の嗜好に合わせた商品開発が重要であり、地域ごとに新しい観光コンテンツを試し、その結果をもとに改良して他の地域にも広めることが必要です。
予約・購入チャネルのフリクション軽減
外国人が利用可能なチャネルでは商品情報が不足しており、予約・購入プロセスが使いにくいという問題があります。特にイベントチケットでは購入プロセスが複雑で、これが旅ナカ商品の購買を阻害しています。
インバウンド向けの流通促進のためには、グローバルでも受け入れられる流通環境の整備が重要です。検索ツールへの多言語での情報掲載や、海外OTAへの出品が求められます。
成長を遂げ、より魅力的な観光地へ
これまで3つの記事にわたり、日本の観光トレンド・観光コンテンツの現状と課題・具体的な対策について掘り下げてきました。世界的なトレンドとしてウェルネスやネイチャーアクティビティが注目されていますが、日本ではまだ実施率が低いのが現状です。
インバウンド対策の面で見ると、日本は後発にあたります。受け入れ体制が整っていない部分が大きく、商品自体や価格設定、販促の面でも未成熟です。しかしそれは、成長の余地が大きいことの裏返しでもあります。
インターネットやSNSの普及に加え、コロナ禍が明けたことで海外の目は日本の観光市場へと注がれています。まさにインバウンドの追い風が吹いている状況です。
海外の成功事例を参考にすることで、日本の観光業はさらなる成長を遂げ、魅力的な旅行先となることが期待されます。
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