多くの外国人が日本食を楽しみに訪日している一方、宗教や文化的な背景から、特定の食材や調理方法に制限を持つ人々も少なくありません。
たとえば今回紹介するユダヤ教徒の場合、「カシュルート」と呼ばれる食事規定があり、食べられるものや組み合わせに厳格なルールが設けられています。
この記事では、ユダヤ教の食事で気をつけるべきポイントをご紹介します。食べてはいけないものや注意するべき組み合わせなども解説していますので、食のインバウンド対応を検討している飲食事業者は最後までご覧ください。
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食のインバウンド対応の重要性
観光庁が発表した「訪日外国人の消費動向2023年年次報告書」によると、訪日外国人の83.2%が「日本食を楽しむこと」を期待していると回答。日本の食文化が外国人観光客にとって、非常に魅力的な体験であることを示しています。
しかし海外からの観光客には、それぞれの国・地域特有の生活習慣や宗教的ルールがあり、日本の常識が通用しない場合も多々あります。たとえば宗教上の理由で特定の食材を避ける必要があったり、調理方法に制限があったりするため、飲食店はこれらに配慮した対応が求められます。
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世界のユダヤ教徒人口は約1,400万人
国土交通省の中部運輸局が公開した「訪日ユダヤ人旅行者ウェルカムハンドブック」によると、世界のユダヤ教徒人口は約1,400万人。内訳はイスラエルに約630万人、アメリカに570万人と、約9割がこの2か国に集中しています。2024年9月時点での東京都の人口が約1,418万人ですので、ほぼ同じくらいの規模にあたります。
さらに、日本政府観光局(JNTO)が世界22の市場で行った調査によると、イスラエルを含む中東地域では「行きたい旅行先」として日本が1位に、アメリカでもイタリア、オーストラリアに次いで3位に選ばれています。日本への関心が高まるなかで、ユダヤ教の食事規定を考慮することは、飲食業界にとって無視できない要素となりそうです。
関連記事:「今後行きたい旅行先」日本が11市場でトップに:JNTO、新たに世界22市場の旅行意向調査を公表
ユダヤ教の食事のルールについて
ユダヤ教には厳格な食事規定がありますが、実際には、国や文化、個人の信仰度合いによって対応が異なります。大切なのは、この戒律を理解し、個々のニーズに合わせた対応を心がけることです。
ユダヤ教の食事規定=「カシュルート」
ユダヤ教の食事規定は「カシュルート」と呼ばれ、おもに次の3つの要素に基づいています。まず、血を摂取してはいけないこと。次に、肉類と乳製品を一緒に摂らないこと、豚肉など「穢(けが)れた」とされる動物の肉を避けることです。ただし、ユダヤ教徒の間でもこの戒律に対する厳格さには違いがあります。
ユダヤ教徒は、戒律をどの程度守るかによって「正統派」「保守派」「改革派」「世俗派」の4つのグループに分けられます。正統派は全体の約1割を占め、非常に厳格に戒律を守りますが、改革派や世俗派のなかには、戒律にあまり厳格でないユダヤ教徒も多くいます。
これは他の宗教や文化においても見られる傾向で、たとえば、外国旅行中に普段の食事制限をゆるめるベジタリアンやヴィーガンの割合は4割に達し、なかでも訪日旅行時にはその割合がさらに高く、6割以上の人が食事のルールを緩める傾向があるという調査結果もあります。
カシュルートに即した食事=「コーシェル(コーシャ)」
カシュルートに従って、厳格なユダヤ教徒が食べられる食事は「コーシェル(コーシャ)」と呼ばれます。
聖書には、食べてよい動物と食べてはいけない動物などが明確に記されており、ユダヤ教徒の食事には、食材の選定だけでなく、調理方法や食事の作法にも厳格なルールが存在します。
注意すべき食材や食べ合わせ、調理器具、食器の使い分けなどについて十分に把握したうえで、対応の内容についてその都度確認をとり、臨機応変に対応していくことが最善策といえます。
ユダヤ教信者が食べてはいけない / 食べる時に注意しなければならないもの
ここでは、ユダヤ教徒にとってタブー、もしくは注意して食べなければならないとされている食材を4つ紹介します。
1. 肉
動物の肉については以下の3つの規定があり、これらが守られていないと食べることができません。
- 適切な動物(清い動物)であること
- 適切な屠殺方法が取られていること
- 適切な調理方法が守られていること
清(きよ)い動物とは「ひづめが完全に割れていて、反芻(はんすう)する動物」を指し、牛、羊、山羊などが該当します。鳥類では鶏(ニワトリ)や七面鳥が食べられ、基本的には植物や海藻を食用とする鳥のみが許されています。
一方で、豚は「不浄な動物」とされており、食べることは禁じられています。豚肉だけでなく、豚肉由来のソーセージやそれを使った料理、さらには豚肉を調理したオーブンで焼いたパンなども避けなければなりません。ゼラチンやラードなど、豚由来の成分を含む食品も同様に禁じられています。
屠殺については、ラビ(ユダヤ教の聖職者)やショヘット(屠殺の専門家)が行い、動物の内臓を調べて病気がないことを確認したうえで、血抜きが施された肉のみが食べられます。
2. 魚
ひれがあり、鱗(うろこ)のある魚は食べることができますが、それ以外の海産物は基本的に禁じられています。
タイやサケはよく食べられる魚の代表で、カニ、エビ、イカ、タコ、ウナギ、貝類、キャビアなどは食べることができません。また、食べられない海産物を処理したナイフや包丁で切った魚は食べることができません。
3. 卵
イスラエルでは、生卵を食べる習慣はありませんが、血が混ざっていない卵は食べることが許されています。調理の際には、卵をひとつずつ透明な容器に割り入れ、血のかたまりがないかを確認してから使用します。
4. 牛乳および乳製品
牛乳や乳製品は一般的に摂取できますが、戒律に厳格なユダヤ教徒の中には、自分で搾った牛乳や山羊の乳以外は飲まない人もいます。
ユダヤ教信者が食べてもいいもの
続いて、食べても問題ないとされている食材・料理・調味料などを7つ紹介します。
1. パン
小麦と水だけで作られたパンであれば、非ユダヤ人が焼いたものでも食べることが可能です。ユダヤ教徒が食べられるパンは、シナゴーグやハバッド・ハウスなどのユダヤ教施設で購入できます。
2. パスタ
パスタもユダヤ教徒が食べられる食品です。とくにイタリア製のパスタは、小麦、塩、水(卵)を使ったシンプルな材料で作られており、ラビ(ユダヤ教の聖職者)の承認を受けているものが多く、安心して食べられます。
3. 米
米も食べることができますが、炊く前に虫や不純物が混ざっていないかを確認し、水に浸して準備します。炊飯器も専用のものを使う必要があります。コーシャでない食材を炊いたことのある炊飯器や窯は、たとえ洗っても匂いが残ると見なされて使用できません。
4. 葉物野菜
ほうれん草、キャベツ、レタスなどの葉物野菜は食べられます。虫がついていないことを確認する場合は、水と少量の酢に浸し、1時間以上置いておくことで虫を取り除くことができると考えられています。
5. 海藻
海藻も食べることができますが、ユダヤ教徒のなかには食べ慣れていない人もいるため、手をつけない場合もあります。
食べる習慣がない海藻の代表例として、のりやこんぶ、あらめなどが挙げられます。
6. しょうゆ・ ソースなど
しょうゆについては、キッコーマンやヤマサ醤油の一部商品がコーシャ認証(ユダヤ教徒が食べられるものであることを示す認証)を取得しています。中華料理用のしょうゆや、オイスターソースを含まないテリヤキソースもアメリカ、イスラエルではコーシャ認証がされています。
また、ハインツ社のトマトケチャップのようにコーシャ認証を取得しているケチャップはユダヤ教徒も口にできます。
7. アルコールを含む飲み物
100%果汁を使ったジュースであれば基本的に飲めますが、市販のジュースはラビ(ユダヤ教の聖職者)の承認を得ていないものが多いため、飲まない人もいます。とくにブドウジュースやワインは神に捧げるものとして扱われ、非ユダヤ人が作ったものは避けられます。
ワインは、ラビが認めた方法で製造されたコーシャワインのみが許されており、イスラエル産のコーシャワインは日本でも購入可能です。
未開封のボトルはそのままテーブルに提供し、栓抜きやワインオープナーも未使用のものを傍らに置くのが習わしです。
ユダヤ教信者への食事対応は“組み合わせ”にも注意
ユダヤ教には食材だけでなく、食事の組み合わせにも厳格なルールがあります。とくに、肉と乳製品を同時に食べることは禁止されているため、注意が必要です。
肉と乳製品を同時に食べるのはNG
ユダヤ教では、肉類やその加工品と乳製品を分けて食べる必要があります。肉を食べた後、少なくとも6時間は乳製品を摂取しないことになっています。
たとえばチーズバーガーは食べられないほか、ステーキの後にアイスクリームやチーズケーキを食べることも禁じられています。肉料理の後にコーヒーや紅茶にミルクを加えて飲むことも避けなければなりません。
食器や調理器具にも注意
正統派のユダヤ人の場合、厨房が肉類と乳製品で分かれていると安心です。肉類と乳製品用の食器や調理器具を分けることを望む人もいれば、使い捨ての紙皿やプラスチックのカトラリーを喜ぶ人もいます。ラップを二重に巻いてオーブンを共有することも認められる場合があるので、その都度確認すると安心です。
ほかにも、洗剤に動物性油(ラードなど)が含まれていないかを確認されることがあります。肉類と乳製品用に専用のスポンジを分けて使用していることを説明すると、より安心感を与えることができるでしょう。
ユダヤ教以外にもある「食のインバウンド対応」
世界的に見ると、ハラール(イスラム教の食事規定)やベジタリアン、ヴィーガンの方がより多く存在します。これらに応えることでより多くの顧客層を取り込めるため、まずはユダヤ教徒よりも大きな市場であるハラールやヴィーガン、ベジタリアン向けの準備を優先するのが現実的でしょう。
一方、ユダヤ人が食べる料理はベジタリアン料理やヴィーガン料理と共通点が多く、比較的安心して食事ができるともいわれています。ベジタリアンやヴィーガンに対応することで、さまざまな文化や宗教に柔軟に対応できる体制が整い、より多くのインバウンド客を迎え入れることが可能になります。
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ユダヤ教信者への食事対応と配慮の重要なポイント
ユダヤ教徒への食事対応では、カシュルートを理解し、適切な食材や調理方法を選ぶことが求められます。外国旅行中でも厳格に規定を守るユダヤ教徒は一部ですが、それでも配慮している姿勢が安心感を与えるでしょう。
ただし、“特別扱い”には注意が必要です。たとえば団体客のなかにユダヤ教徒が含まれており、その人だけに特別メニューを用意できたとしても、場合によっては疎外感を与えたり、食べられる量や品目が減って満足度が下がったりすることもあります。大切なのは、食べられない食材を事前に確認し、全体のメニューを調整すること。あるいはビュッフェスタイルを採用すれば、個々が自由に選択できるため、自然で柔軟な対応が可能になります。
また、ユダヤ教徒以外にも、ハラールやベジタリアン、ヴィーガンなど、食事制限がある人々は多々存在します。さまざまな食文化や宗教的背景に配慮して食のインバウンド対応を進めることで、できるだけ多くの人が快適に食事を楽しめる環境を整えることができ、今までアプローチできていなかった市場の顧客をつかむチャンスにもなり得るでしょう。
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<参照>
国土交通省 中部運輸局:訪日ユダヤ人旅行者ウェルカムハンドブック
東京都:東京都の人口(推計)
観光庁:ベジタリアン・ヴィーガン/ムスリム旅行者おもてなしガイド
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