地方誘客促進や“稼ぐ力”の向上など、観光地が抱える課題に対して近年注目されている解決策が「観光CRM」です。CRMはマーケティング用語のひとつで、日本語では「顧客関係管理」と訳されます。
データの力を活用して観光客一人ひとりのニーズに応え、満足度向上や消費額増加、さらにはリピーター獲得へとつなげる、いわゆる観光CRMを取り入れたマーケティングは、多くの地域で実績を上げつつあります。
本記事では、観光CRMの概要を解説するとともに、観光CRMを駆使して成功を収めた4つの事例をご紹介します。
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観光CRMとは
CRMはCustomer Relationship Management(カスタマーリレーションシップマネジメント)の略で、日本語では「顧客関係管理」と訳されます。CRMを用いたマーケティングをCRMマーケティングともいいます。
近年では観光業においてもマーケティングにCRMを取り入れる動きが活発化しています。観光におけるCRMは、観光客の属性データや予約履歴、アンケート回答、訪問地での行動データなどを一元管理するシステムを指します。このデータを活用して、顧客一人ひとりのニーズやタイミングに応じた施策を展開していくことで、集客を最大化させるのが狙いです。
たとえば、観光CRMで顧客データを分析し、誕生日ごとにセグメントを分けたとしましょう。該当者の誕生月に「誕生日限定の特別プラン」をメルマガなどで案内することができれば、再訪率や顧客満足度がアップするかもしれません。
また、顧客の宿泊頻度に合わせた宿泊プランや施設の提案、滞在中の混雑状況をもとにしたリアルタイム通知なども、観光CRMを活用した施策の一例です。これらのように、観光CRMはパーソナライズされた提案を可能にし、滞在中の消費や周遊促進、再来訪を促すことが期待されます。
CRMマーケティングが観光において重要視される背景
観光産業は生産性の低さ、デジタル化の遅れ、人手不足など、多くの構造的な課題を抱えています。これらの課題を解決する手段として注目されているのが、CRMマーケティングです。
そこで、CRMマーケティングが観光産業において重要視される背景について解説します。
1. インバウンド客の地方誘客促進
訪日外国人(インバウンド)の増加が続くなか、地方への誘客は観光業界の重要な課題です。2024年の訪日客数はコロナ禍前の2019年を上回る勢いで拡大しているものの、三大都市圏に集中している状況です。
観光庁が発表している「宿泊旅行統計調査」によれば、三大都市圏*への外国人延べ宿泊者数は、2019年8月には全体の64.2%でした。このときも観光客が三大都市圏に集中する傾向はみられましたが、2024年同月にはさらに69.0%まで増加。訪問が都市部に一極集中している現状が浮き彫りになっています。
*三大都市圏とは、「東京、神奈川、千葉、埼玉、愛知、大阪、京都、兵庫」の8都府県
地方誘客を成功させるためには、「その土地ならではの魅力」を訴求することが要因のひとつです。日本政府観光局(JNTO)が世界22市場を対象に実施した「国外旅行・訪日旅行に関する新たな調査」によると、台湾では飲食、韓国や香港では温泉、アメリカでは文化が重視されるなど、訪問者の国や地域によって興味関心が異なり、ターゲットに合わせた戦略が求められます。
そういったときに、観光CRMを活用することで、顧客データを分析し、特定のセグメントに合わせたプロモーションや施策が可能になります。たとえば、先述したように香港では温泉への興味関心が強く、温泉好きの香港からのリピーターには、「地元の湯治文化が楽しめる温泉地での癒やしプラン」を提案することで、都市部以外への訪問を促進できるでしょう。
このようにCRMマーケティングは、インバウンド客の地方誘客を実現するための強力なツールになりえます。
2. ロイヤルゲスト(カスタマー)の囲い込み
安定した収益基盤を確立して地域経済を活性化させるには、ロイヤルゲストの囲い込みが重要です。ロイヤルゲストとは、「その地域に特別な愛着を持ち、価値あるサービスに適正な対価を支払い、リピーターとして再訪問や長期滞在を繰り返してくれる旅行者」を指します。
ロイヤルゲストは地域や施設への深い愛着を持つため、口コミやSNSを通じてその魅力を発信し、ほかの潜在的な旅行者の訪問意欲を喚起します。その結果、地域のブランド価値が向上し、新たな観光客の誘致やさらなるロイヤルゲストの形成も期待できます。
こうしたロイヤルゲストを囲い込むには、誰が・いつ・どのくらいの頻度で地域を訪れているのかを把握し、一人ひとりの趣味嗜好に合わせたプランの提案や情報発信をおこない、滞在中の満足度を高めることが求められます。そして、この戦略を支えるのがCRMマーケティングなのです。
個々の顧客ニーズに応じた効果的なプロモーションを可能にするCRMマーケティングは、ロイヤルゲストの囲い込み・形成には極めて重要といえるでしょう。
3. 観光産業における“稼ぐ力”の向上
少子高齢化や人口減少が進む中、地域の活性化には観光産業における「稼ぐ力」の向上が欠かせません。観光産業が地域外から「人」と「財」を呼び込み、観光客一人ひとりの消費を拡大させ、地域全体に利益を循環させる仕組み作りが求められています。
稼ぐ力を向上するには、顧客ニーズの把握、つまりマーケティングが必要です。観光産業はこれまで、商品の開発・造成に力を入れるあまり、「相手が求めているものはなにか」というマーケティングの視点が欠如している傾向にありました。また、各地域に魅力的なコンテンツはあるものの、それを適切な人たちに適切な方法で届けられていなかったのです。
これには、観光産業特有の構造も関係しています。観光客一人ひとりがサービスを利用する頻度が低いことから、ニーズの把握が困難であったり、PDCAを回すのが難しかったりする傾向にあります。
一方で、これまでは感覚を頼りに属人的な施策を実施していたからこそ、マーケティング視点を取り入れることで、大きな成果が期待できるともいえるでしょう。
CRMを活用した観光客誘致や収益増加の具体的な事例については、のちほど詳しくご紹介します。
DMOにおける観光CRMの現状について
地域観光の活性化を目指すDMO(観光地域づくり法人)にとって、CRMは観光客との関係を深め、効率的なマーケティング施策を展開するための重要なツールのひとつです。しかし、多くのDMOで導入や活用が進んでいない現状があります。
ここでは、DMOにおける観光CRMの普及状況や、運用上の問題点について解説します。
1. 登録DMOの8割以上はCRMに取り組めていない
観光庁の「観光DX推進のあり方に関する検討会(第7回参考資料)」によると、登録DMOの8割以上がCRMの導入や運用に取り組めていません。CRMを導入しているDMOにおいても、十分に活用できていないケースが見られます。
具体的には、データの蓄積は進んでいるものの、それを活用したマーケティング施策につながらない例や、システムを導入しただけで運用が滞っている例などが挙げられます。
一方で、CRMを効果的に活用するDMOでは、観光客誘致の効率化や収益増加といった成果が報告されており、未導入の地域にとって参考となる事例も存在しています。
2. 分析するためのノウハウや人材が不足するなど課題あり
観光庁によれば、CRMの導入が進まない背景には以下の課題があります。
- 分析や運用に必要なノウハウ・専門人材の不足
- 事業者などへのメリットが分かりづらい
- 運用費の負担が導入の妨げになっている など
多くの地域や事業所では、マーケティングやデジタル技術の知識が不足しており、CRMを効果的に活用することが難しい状況です。また、一部の地域では、DX(デジタルトランスフォーメーション)以前に経営戦略が十分に立てられておらず、どの業務を改善すべきかが明確でないため、ツールの導入や活用に踏み切れないケースも少なくありません。
これらの課題を解決するためには、専門的な知識をもつ外部人材の登用や、現地スタッフの育成を通じて、持続可能なCRMの運用体制を整えることが重要といえるでしょう。
CRMを活用した観光マーケティングの事例4選
ここからは、CRMを活用した効果的なマーケティングにより、観光客誘致の効率化や収益増加に成功した4地域の取り組みを紹介します。
1. 豊岡DMO:海外メディア等へのメールマーケティングが大成功
豊岡DMO(豊岡観光イノベーション)は、インバウンド観光客の誘致と満足度向上を目的としたCRM活用で注目されています。公式OTAの「Visit Kinosaki」では旅行情報を発信するとともに、宿泊予約機能や多言語対応の情報発信を通じて外国人観光客のニーズに応えています。
予約時に収集したデータを活用し、旅行前には周遊観光やアクティビティを提案、旅行後には感謝や再訪を促すメールを配信する仕組みを構築しています。この取り組みや、Web広告の成果などにより、欧米市場では豊岡市への訪問者数が2019年比で大幅に増加。さらに、台湾や香港などリピーターが見込めるアジア市場への展開も進めています。
豊岡DMOの戦略は、観光客一人ひとりに合わせた情報提供で滞在価値を高め、地域全体の観光収益向上に貢献する先進的な事例といえるでしょう。
関連記事:「地域を巻き込む観光DX」豊岡の事例に学ぶ、インバウンド地方誘客のヒント【豊岡DMO取材 前編】
2. 志賀高原観光DX推進コンソーシアム:公式サイトを基に、観光情報プラットフォームを構築
志賀高原が抱える喫緊の課題は、顧客情報を収集・利活用するための基盤がないことでした。そこで、公式Webサイトを基盤に、CRMマーケティングを一元管理できる観光情報プラットフォームを構築。宿泊の予約・在庫管理や、高付加価値なサービスの提供に取り組みました。
成果としては、メールマーケティングやターゲティング広告を実施したことで、サイトへの平均アクセス数と宿泊予約が大幅に向上し、目標の売上高を達成。さらに、地域事業者を対象に説明会や勉強会を開催し、地域全体でDX推進に取り組む体制を整備しました。
今後は、SNSを活用した情報発信強化や、直販サイトで収集したデータ(メールアドレス、居住地、性別、年齢等の顧客情報やアンケート回答による来訪目的等の属性情報)を基にしたさらなるCRMマーケティングにより、2024年度には直販売上高3億円を目指しています。
3. 三重県:CRMマーケティングでロイヤルゲストをおもてなし
三重県では、データを活用した持続可能な観光地経営を目指し、CRMマーケティングに積極的に取り組んでいます。その中心となるのが「三重県観光マーケティングプラットフォーム」です。
このプラットフォームでは、旅行者の宿泊予約やアンケート回答、周遊行動などのデータを一元管理。事業者や自治体と連携し、そのデータを有効活用する仕組みを提供しています。
中でも注目すべきは、地域に愛着を持ち、繰り返し訪れてくれる「ロイヤルゲスト」の育成です。データを基に旅行者一人ひとりのニーズに応じた情報を提供し、満足度を高める工夫を凝らしています。
さらに、「みえ旅おもてなしポイントプログラム」では、観光行動に対してポイントを付与。累計ポイントに応じて特別な体験がプレゼントされます。これにより、旅行者のリピート意欲を高める仕組みを構築しているのです。
4. 壱岐地域:シームレスな地域サイトを構築し、観光消費額が向上
壱岐地域では、4島それぞれが持つ豊かな観光資源を最大限に活用するため、CRMマーケティングを取り入れています。その一環として、地域情報発信サイト「隠岐の島旅」をリニューアルしました。
新しいサイトでは、壱岐の魅力を発信するだけでなく、宿泊やアクティビティの予約、決済機能を統合。旅行者が、情報収集から手配までをスムーズに行える仕組みを整えました。
さらに、顧客データベース・CRMの整備を行い、収集したデータを活用して周遊や再来訪を促す施策も展開。たとえば、旅前に体験商品の提案を行うことで、観光消費額の増加を実現しました。
観光産業の新たな価値を生み出す「観光CRM」
豊岡DMOや三重県の事例からもわかるように、データを一元管理し、適切に分析・活用することは、観光消費額の増加やリピーターの獲得、顧客満足度の向上に直結します。
データドリブンな戦略的マーケティングは、観光産業に革新をもたらし、地域経済の持続可能性を高める原動力となります。「観光CRM」を活用することで、地域ごとの特性やニーズに即した取り組みが可能となり、観光産業全体の成長が期待できるでしょう。
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<参照>
日本政府観光局(JNTO):訪日外客統計
日本政府観光局(JNTO):世界22市場を対象とした国外旅行・訪日旅行に関する新たな調査結果を公表!
観光庁:観光DX推進のあり方に関する検討会(第7回参考資料)
志賀高原観光DX推進コンソーシアム:志賀高原観光DX推進による域内経済の活性化実証事業
観光庁 観光DX推進プロジェクト公式note:データに基づくマーケティングで、ロイヤルゲストをおもてなし
隠岐OTA推進共同事業体:隠岐4島の予約DX・CRM統合による経済循環プロジェクト
観光庁 観光DX推進プロジェクト公式サイト:宿泊旅行統計調査
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