日本の人口が減少に転じた今、外貨を獲得する手段としての「インバウンド観光」の存在感が高まりつつあります。一方で、急激な訪日需要の回復・拡大に受け入れ環境が追いつかず、いわゆる「オーバーツーリズム」や人手不足などの課題も顕在化してきているのが現状です。
急拡大するインバウンド需要を地方創生や日本経済の活性化につなげていくために、今、日本の観光業に必要なことは何なのでしょうか。今回は、JTIC.SWISS代表 山田 桂一郎氏にインタビューしました。
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地域経営にとっての「インバウンド」の重要性
——2024年は訪日外国人数、訪日旅行消費額ともに過去最高を記録しました。2025年は大阪・関西万博など大きなイベントもあってさらなる盛り上がりが予想されるところですが、インバウンドの需要や消費について「地域経営」の観点からどのように捉えていますか。
大前提として、日本の人口減少社会における経済政策の柱としてインバウンドが重要であることは間違いありません。地域経営におけるインバウンドとは、「外貨獲得」であり、地域にとっては、いわば「輸出型産業」として機能させることが求められます。そして、インバウンド需要・消費を「地域経営」の観点から捉えると、単なる観光客の増加ではなく、地域の持続可能な価値創造や自立的な経済循環のしくみづくりが必要です。地域経営の目的が、「地域に住む人々の幸せと持続的に社会が豊かになること」だとすれば、インバウンドはその実現手段のひとつであると言えます。
——まさに、人口が減少する中で持続的に稼ぐ手段として、インバウンドに注目が集まっていると思います。一方で、外国人旅行者は人気の観光地に集中しており、地域によってはその恩恵を受けられていないところもありますが、どう思われますか。
確かに、外国人旅行者がたくさん来るところもあれば、なかなか来てもらえないところがあるのは確かです。黙っていても旅行者が集まる東京や京都、大阪のような都市部や有名観光地以外は今も苦戦している地域の方が多いと思います。実際、都市部にインバウンド市場の約7割が集中していますが、では、地方や僻地などにチャンスがないのかと言えば、それはまた別問題です。はっきり言ってほとんどの地方におけるマネジメントとマーケティング力は決定的に不足しています。 また、自治体の経済政策としての政策や施策も曖昧なものが多く、指標も明確でないものになっています。
実は、地方ほど「なぜ、インバウンドがこの地域にとって重要なのか」といった本質的なことをほとんど考えず、とりあえず流行っているからという理由で闇雲にインバウンドに取り組んでいる地域が多過ぎです。しかも、そういう地域に限って全く想像もつかないような「富裕層を狙う」と言い始めます。自地域の現状把握ができず、目指す姿や指標を持たないままでインバウンドを取り込もうとしても成功するはずがありません。
最近は、よく「高付加価値化」といいますが、お客様が求める本来の価値も分からず、客単価だけを上げようとするだけなので失敗を繰り返すのです。今のしくみのままでは誘客できたとしても、単に機会損失が多くなるだけです。高付加価値化を狙う前に、せめて、うなぎ屋さんのような「特上・上・並」のカテゴリー別に商品やサービスを揃えるだけでも効果は表れます。外国人旅行者のような遠方からの消費者は高い価格帯から選ぶことが多く、地元や近隣の消費者にも手が届くような価格設定のどちらも大事なのです。地方では、「並」しかない状態になっている地域が多く、せっかく来ている旅行者にとっては選択肢が無く、売上や利益を上げるチャンスも無くしています。
観光業の「稼ぐ力」は向上していない
——そうすると、日本のインバウンドの課題は「機会損失」にあるということでしょうか。
はい。機会損失=チャンスロスは稼げない大きな要因の一つだと思います。政府が観光立国化を宣言した後、ビザの緩和や国際航空路線の増加等で訪日外国人旅行者数は順調に伸び、円安の影響もあり消費額が上がったように見えますが、日本の観光業の「稼ぐ力」はそれほど強くなってはいません。特に地方では、機会損失を防ぎ、付加価値をつけて売上・利益を向上させることができなかったのです。
観光業の第一線にいる人たちでさえ、新たな取り組みに対して腰が重いケースがまだまだ多い印象です。たとえばベジタリアンやヴィーガン、ハラル向けの対応は、世界ではスタンダード化されつつありますが、日本ではなかなか取り組みが進んでいません。「実際にお客様が来るようになってから考える」、つまり「今はまだ来ていないから」という理由だけで一歩踏み出せないという事業者が多過ぎるのです。
——そうした新たな取り組みが進まない要因は、どんなところにあると考えていますか。
はっきり言ってしまえば、「今やらなければ、すぐにビジネスや生活が困窮する」という状況ではないからだと思います。良くも悪くも、危機感がなく、毎日の生活がそれなりにできてしまうので、今の自分の行動の結果が、今後の生活や地元の将来にどうつながっていくのかまでは誰も深くイメージできず、自分ごとになっていないからです。結果として、すぐに何か手を打たなければという発想や行動にも繋がりづらくなっています。
私が拠点としているスイスでは、観光業のみならず、あらゆる場面での行動が自分たちの生活にどのように影響するかを考えて行動している人が多いと感じます。ある取材対応時に、スイスのスーパーマーケットで買い物をしている地元の女性に対しての質問で、何故安い輸入の卵ではなく、高価な地元産の卵を選んでいるのかを聞くと、「この卵を買わないと、回り回って夫の仕事がなくなるから」と答えてくれました。主婦が地域のエコシステムやバリューチェーンを理解していることは日本では考えられないかもしれません。
日本国内の地域活性化の成功事例のほとんどが僻地や離島なのも、地元が衰退している現実が実感できることで危機感があること。そして、スイスの例と同様、地元の発展が自分たちの生活にダイレクトに影響することを住民たちが理解しているからこそです。今後人口減少に直面する地域においても、同じように現状の把握と危機感を持ちつつ、目の前のことから中長期的に取り組むことがとても重要になるのではないかと思います。
「稼ぐ力」の鍵になるのは、効率化ではない
——まずは観光業や地域の人が危機感を持つのが大事ということでしたが、そうした意識が仮に身についたとして、具体的にどういった取り組みをやっていけば、地域が「観光で稼ぐ」ことができるのでしょうか。
観光で稼ぐという話をすると、なぜか「効率化」や「コストカット」で利益を確保しようとする人が多いのですが、観光業の場合は逆です。「手間暇をかける」ことが重要です。
——手間暇をかける、とはどういうことでしょうか。
たとえば以前は対面で接客してくれていた飲食店が、スマホやタブレットを使ったオーダー方式を採用しています。チェーン店や、安さが売りのお店だったら別ですが、高級店で導入されると、がっかりしませんか。サービス業なのに「おもてなし」もなくなってしまったと感じると思います。やはり人が介在し、物理的接点が多い方がサービスは厚く見えます。
航空業界とかも同様で、飛行機内には載せられるものには限りがあり、座席や食事の内容はフルサービスキャリアならばそれほど大きな違いがあるわけではありません。アジアや中東系の航空会社の評価が高くサービスがいいと言われるのは、座席の広さや搭載している食事やお酒の種類の多さではなく、客室乗務員の数が多いことでサービスに違いが出るのです。
人手が少ないと、座席前のポケットにヘッドホンやスリッパを事前に入れておくことでサービスを効率化してしまう。もちろん、人数が少ない分、お客様との接点も多くはなりません。でも客室乗務員が多ければ、お客様の個別オーダーに対応することができ、物理的な接点が増え、コミュニケーションが増えます。しかも、お客様の様子を伺いながら「コーヒーのおかわりどうですか」「そろそろお腹が空いたでしょうからお食事にしましょうか」「毛布を持ってきましょうか」などと気配りや話しかけることも可能です。これは手間暇の差であり、そこに価値が生まれるわけです。
かつ、客室乗務員を増やしたら採算を取るためには料金を高く取るのですが、フルサービスキャリアはLCCに比べて運賃が高いのは基本的にコストの中でも人件費の違いが大きく、それでも接客対応が良く質の高いサービスを求めている人には支持されるわけです。
——しかし今、業界が人手不足と言われる中で、相反する考え方のような気がするのですが。
もちろん、効率化させるべきこともあると思います。ただ、効率化ばかりを求め、コストダウンや人減らしをすると付加価値の中の人件費が減ることでGDPが減り、生産性がどんどん下がってしまいます。
——それはつまり、全ての企業が効率化で人やサービスを減らしていくと、地域の消費そのものが少なくなって、経済が回らなくなるということでしょうか。それは盲点でした。
利益が出たとしても、内部留保せずにコストとして地域に回すことでGDPは増えます。例えば、高級旅館が地域にあったとして、しっかりとサービスに手間暇かけるためにスタッフをたくさん雇うことで生産性の分母が大きくなり、地元の食材を使った美味しい料理を出すことで地域の経済が回るわけです。
でも日本の地方にはそういった上質な宿泊施設が少なく、外資系頼みになってしまっています。海外ブランドを活用して呼び込むという意味ではこれも効率を重視したやり方かもしれませんが、日本でも可能なサービス提供まで外から持ってくると、一番おいしいところは海外に持っていかれてしまいます。
三角形の面積を大きくすることが地域全体の経済活性化だとしたら、ピラミッドの頂点が低過ぎると、三角形そのものが大きくならない。逆に、トップエンドを引き上げるほど面積が増えるだけでなく階層化ができることで、それぞれの階層にポジションを取れるのでそれぞれ生き残れる事業者も増えるわけです。
個々の企業・事業者レベルでいえば、先ほどの「松・竹・梅」「特上・上・並」を用意することになる。要は、お金を使いたい人たちの受け皿があり、その消費が地域に還元されるということが重要なわけです。
インバウンドと「地域住民の幸せ」の両立
——インバウンド向けの事業を地域としてやっていく場合、地域住民からの理解が必要な場面も多いと思いますが、インバウンド旅行者による恩恵を住民に理解してもらうのは、なかなか難しいものなのでしょうか。
地域に住んでいる人たちが、観光客、特に外国人に対して心の許容量が広くならないとちょっとしたトラブルが大きな問題になってしまいます。住民からすれば、自分たちの生活環境が目に見える形で良くならないと観光政策に対する理解が進みません。
今話題の宿泊税や、既存の入湯税にしても、その税収の使途として観光地のトイレを整備し、そこに説明があったとしても、市民が観光地のトイレを利用しない限りは気が付きません。地域の環境やインフラ整備の改善につながっていたとしても、住民には伝わらないのは残念です。
——良い動きがあっても可視化されていないということですね。そのせいか、観光業に対するスタンスは日本人の中でも意見が割れているような気がします。「インバウンドは経済のために必要だ」という意見の人もいれば、「オーバーツーリズムは嫌」という人もいますし。
日本ではメディアがオーバーツーリズムと煽っていることが多いのですが、まだまだ混雑や渋滞の状況は海外のオーバーツーリズム状況と比較するとほとんどが局所的・時間的なもので、日本の場合は日帰り観光客をコントロールできていないだけだとも言えます。しかも、打てる手もあるのに放置しているようにも感じます。たとえば、京都市内の路線バスが旅行者の荷物で住民が乗れないのならば、路線バスは大型スーツケースの持込を禁止にすればある程度は解消します。そもそも、週末やゴールデンウィーク、年末年始、お盆休み等の混雑や渋滞を起こしているのは圧倒的に日本人です。
イタリア・ベネチアのように3万人弱の島々に年間約2千万人の旅行者が来ていると日中の混雑は大変なことになりますが、それでも圧倒的多数の旅行者が日帰りなので、夜は快適に過ごせます。地元もそれをわかっているから、入域税は日帰り観光客からしか取っていないのです。
日本でも局所的、時間的とは言え、住民の苦情に繋がる問題が起こっているかもしれませんが、それを全体に反映して考えるのは危険です。同じ観光客の集中による混雑でも、東京と京都では事情が全く異なるし、まだ旅行者を呼び込めていない地方と比べるのは尚更でしょう。
人口減少社会の中で地域が稼ぐ一つの解として、インバウンドが必要なことは明らかです。観光振興に取り組まなかった結果、地域経済の衰退が止められず、地域住民の幸福も実現されなくなることは避けたいと思います。
——確かに、観光は本来であれば地域住民の幸せにもつながる取り組みのはずですよね。経済的側面だけでなく、たとえば日本人の中でも「自分の地域が海外の人から評価されていると嬉しい」という人もたくさんいて、地域に対する誇りや幸せを感じるきっかけにもなっていると思います。
おっしゃる通りです。外国人が地方へ来て、当たり前だと思っていたものを褒めてくれるので、「自分たちには価値がないと思っていたものが、『景色が良い』『美味しい』って言ってくれて、すごく自信になりました」という話は、地方ではよくある話です。そういう実際に起きていることはもっともっと大事にした方がいいと思います。
ひと昔前、まだ「インバウンド」という言葉がなかった時代に外国人の方がある地方に来たことがありました。地元の人たちは外国人を見つけると、英語も喋れないのに話しかけ、困っているのならと手を貸し、宿の名前を聞いて、その場所まで連れて行ってあげたことがあったと語る人に会ったことがあります。そういうところが地方の本当の良さだと思います。今後、外国人と交流を図れるチャンスが増えることで、そういう草の根的な交流が増えると、観光の良さが「まちの幸せ」として伝わり、住民の地域に対する愛着や誇りに繋がっていくと思います。
実際、反日教育を受けていると言われる中国人や韓国人が大量に日本に来ていて、しかも「日本が好き」という人が増えているのは良い傾向の一つだと言えます。 これこそ、「観光は平和産業」と言われる所以ですし、住民レベルでの交流が喜びにつながるチャンスは、むしろ地方の方が圧倒的に多く、その力が地域を「感幸地(かんこうち)」として成長させるチャンスがあると思います。
山田桂一郎氏 プロフィール
JTIC.SWISS 代表(スイス・ツェルマット在住)
世界各地の有名観光・リゾート地におけるマーケティングとブランディングの経験を活かし、地域再生・活性化のコンサルタントとして地域振興に関わる様々な事業を成功に導く。
内閣府・国土交通省(観光庁)・農林水産省から観光カリスマ(世界のトップレベルの観光ノウハウを各地に広めるカリスマ)として認定。2011年には週刊日経ビジネス誌において「次代を創る100人」の一人として選出。
内閣府地域活性化伝道師、総務省地域力創造アドバイザー、内閣府クールジャパンプロデューサー、和歌山大学客員教授、奈良県立大学客員教授、自治大学講師、国土交通大学講師、まちづくり観光研究所主席研究員、NEWSPICKSプロピッカー等。
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