情報発信力×食への関心、パラサイクリストに「日本の魅力」を訴求すべき理由:スペインのリカルド・テン選手とマンゾーネ選手のケースに学ぶ

公開日:2020年06月02日

自転車競技は、2021年の東京でのオリンピックとパラリンピックの両方に採用されているスポーツです。

もともと自転車競技自体が盛んなヨーロッパでは、サイクリング・イベントなどで、パラサイクリスト(何らかの身体的なハンディキャップをもつサイクリスト)に出会うことは決して珍しいことではありません。スペインもその例外ではなく、世界トップクラスのパラサイクリストを輩出している国の一つです。

とはいえ、このスペインでも、パラサイクリング(パラサイクリストによる自転車レース)の普及にはさまざまな課題があります。その一方で、スペインのパラサイクリストの中にはパラスポーツの枠を超えて、一般の人にもその活躍が知られている選手もおり、スペイン国内におけるパラサイクリストの影響力はこの数年少しずつ顕在化しています。

今回の記事では、パラサイクリングについて、またスペインでパラサイクリストが担う社会的な役割についてレポートします。


パラサイクリングとスペインのパラサイクリストの特徴

まず、パラサイクリングの特徴として、さまざまな種類の自転車が使用されることが挙げられます。

  • 手足にハンディキャップを持つサイクリストのための「二輪自転車(二輪車)」
  • 脳性まひなどによる重い四肢障害のサイクリストのための「三輪自転車(三輪車)」
  • 視覚に障害のあるサイクリストが晴眼者のパイロット役と共に乗るための「タンデム」
  • 下半身に障害を持つサイクリストのための「ハンドサイクル」

ロードレースでは上記の4種類の自転車が使用されますが、トラックのレースでは「二輪車」「三輪車」「タンデム」の3種類の自転車が使用されます。

障害の程度とカテゴリー

また、2つ目の特徴として、この4種類の自転車の中には障害の程度に応じた「カテゴリー」があります。選手たちは自身が分類されたカテゴリーの中で競います。

カテゴリー1が最も障害の程度が重く、数字が増えるごとに障害の程度は軽くなります。

「二輪車」と「ハンドサイクル」には1から5まで、「三輪車」には1と2のカテゴリーが存在しますが、「タンデム」にカテゴリー分けはありません。

ダイバーシティ(多様性)の広まり

自転車レースが盛んなスペインでは、パラサイクリングを楽しむ人も少なくありません。そして、パラサイクリングは、パラリンピックに出場するようなエリート選手だけのものではありません。

趣味として純粋に自身が楽しむために、自転車に乗っているパラサイクリストもたくさんいます。例えば、アマチュアのサイクリストが走るようなサイクリングイベントに、パラサイクリストが参加することはごく普通にあります。

ハンドサイクルの選手の中には自転車レースはもちろん、マラソン大会にまで参加してしまう人もいます。

他のサイクリストも、そうしたパラサイクリストの存在を普通のこととして受け止めており、一般的にスペインの自転車関係のイベントは、主催者側もパラサイクリストの参加を歓迎しています。

スペインではサイクリストの間では、パラサイクリストとの垣根もそれほどないように見受けられます。

パラサイクリング拡大のための障害とは

幸いにして、スペインはパラサイクリストの活動を歓迎する国の一つではあります。とはいえ、この国にもパラサイクリングのさらなる発展を妨げる課題が存在します。

1. 宿泊施設

レースやイベントに参加したいパラサイクリストをまず最初に悩ませることは、宿泊場所、つまりホテルの問題です。

例えば、ハンドサイクルの選手は日常生活で車いすを使用する人がほとんどであり、2人いるタンデムの選手の1人は、視覚に障害を持っています。こうしたハンディキャップを持つ人に対応した設備やサービスを持つホテルが少ない、あるいはそのようなホテルの情報が得にくいことが、パラサイクリストの競技参加を躊躇させる一つの要因となっています。

2. 機材が高価

自転車をはじめとするパラサイクリスト用の機材が高価であることも、この競技に参加するためのもう一つのハードルとなっています。例えば、ハンドバイク1台の価格は約4,770ユーロです(日本円では572,400円。1ユーロ120円で計算)。 簡単に何台も購入できるものではありません。こうした事情から、パラサイクリスト同士で、使わなくなった機材を売買するFacebookページも存在します。

3. マスメディアを通じた認知の獲得が難しい

通常の自転車レースは、TVやインターネットのライブストリーム放送などで一般の人にも届けられますが、パラサイクリングのレースはほとんど放送されません。

前述のようにサイクリストであれば、イベントなどを通してパラサイクリストと個人的に知り合う機会はあるものの、パラサイクリストのレース自体は見たことがない場合が多くあります。

パラサイクリングのレースの実態がそもそも認知されていないという事実も、この競技の普及を阻む一つの要因となっています。

スペインにおけるパラサイクリストの影響力

パラサイクリストは、前述のような課題に直面しながら競技を続けていますが、中にはパラスポーツの枠を超えて、一人のスポーツ選手としてスペイン人に認知されている選手がいます。

次の動画は「Caixa Bank」というスペインの銀行のCMです。このCMに出演しているのは、現役のパラサイクリストであるリカルド・テン(Ricardo Ten)選手です。

彼は水泳選手としてパラリンピックでメダルをいくつも獲得した後に自転車選手に転向し、2019年にはトラックとロードレースの両方で世界チャンピオンに輝きました。

現在リカルド・テン選手は「両足と片手を失うという困難に立ち向かい、打ち勝った人」というだけでなく、「水泳と自転車競技両方の世界のトップアスリート」としても、スペインでよく知られています。

選手が出演することにより、同企業に対して幅広い層から注目が集まったのは間違いありません。


「ウィズコロナ」時代に人々を励ますアイコンに

また現在、スペインはコロナウイルス感染拡大防止のため自宅待機となっている人が数多くいます。

同時にコロナウイルス感染を抑えるために働いている病院関係者も大勢います。そのような人々を励ますために、スペインで多くの人が知っている"Resistiré(日本語訳「負けないよ」)"という歌のコピー合戦をしている動画です。

この動画はパラサイクリストが3人出演しています。このように非常に困難な状況に直面した時に、人々を励まし、前向きな姿勢を持ち続ける重要性を伝えるのは、パラサイクリストをはじめとするパラスポーツ選手の影響力を最大限に活用した事例といえるでしょう。

広告塔として

スペインのパラサイクリストは、さまざまな企業とスポンサー契約を結んだうえで競技活動をしている人が少なくありません。

選手たちのスポンサーとなる企業は多岐にわたります。例えば、選手がレースで使う車いす・サイクルウエア・ヘルメットといった、直接パラサイクリングに関連する企業がスポンサーになることもありますし、スポーツとは直接関連のない宝飾品や地方自治体の観光局などがスポンサーとなっていることもあります。

こうした経緯があるため、選手によってはそのスポンサーの商品を身に着けて、モデルとして活動することもあります。彼らの活動は、企業がダイバーシティーを支持していることを伝える役割も担ってくれるといえます。

次の写真はスペインのハンドサイクルの選手であるマルティン・ベルチェシ・マンゾーネ(Martin Berchesi Manzione)選手が、腕時計の広告に出演したものです。

こうしたパラサイクリングの選手たちは、自分たちの活動にはスポンサー企業の「広告塔」としての役割もあることを十分に自覚しています。

このため、SNSなどを最大限に利用して、選手自身が情報発信をすることを厭いません。こうした彼らの活動は、バリアフリーやダイバーシティを推進する一つのきっかけとなる可能性を秘めています。

2015年に採択された持続可能な開発目標(SDGs)は、ゴールとされる2030年に向けてますます存在感を高めていくと考えられます。消費者の購入の選択においては今後、製品に対する評価だけでなく、企業の取り組みに対するものも意識されていくでしょう。こうした中で、企業のダイバシティーに対する積極的な姿勢は、消費者にプラスの印象を与えると考えられます。

パラサイクリストには、熱心な「発信者」も多い

自転車競技が盛んなスペインですが、実はパラサイクリスト自体の数はまだ決して多くはありません。

テン選手のように全国的に有名な選手も現れましたが、スペインではパラサイクリングのレースを直接見たことのない人が大半を占めます。

こうした状況にあるためパラサイクリストの選手たちは、自分たちの競技に関する情報を発信することに熱心です。同時に、ハンディキャップを持つ人は、自分たちの生活を豊かにするためにインターネット上の情報を活用しています。

観光の場面でも

パラサイクリストは、競技以外の情報も発信することが珍しくありません。例えば、彼らが宿泊したホテルがどの程度までバリアフリー対応であったのか、というような情報はすぐに共有されることになります。

この数十年でバリアフリーの概念が日本でもひろまり、ハンディキャップをもった人も積極的に活動できるようになりました。その一方でいまでもハンディキャップを持つ外国人にとって、日本を旅行することは簡単なことではありません。

例えば、車いすを使用する人が日本を旅行するときに最も困ることの一つが「食事」であるという指摘があります。日本滞在中に伝統的な日本料理を食べたい人は少なくありません。

しかし、伝統的な日本料理店で客は段差のある玄関から入り、お座敷に座ることになります。こうしたことが、車いすの人にとって伝統的な日本食を楽しむ足かせになってしまうのです。

車いすでの日本旅行について伝える動画も撮影されています。


施設利用に関する障壁は、ユニバーサルデザインの活用で解決できます。玄関前にスロープを付けたりするといった、比較的簡単な改修で済む場合も少なくありません。

スポーツ選手であるパラサイクリング選手は、食への関心も非常に高く、食事が重要な観光コンテンツの一つとなっている日本とも相性の良い存在といえるでしょう。

日本のユニバーサルツーリズム対応をすすめ、世界にPR

自転車競技が盛んなスペインですが、実はパラサイクリスト自体の数はまだ少なく、パラサイクリングのレースを直接目にしたことがないケースも多くあります。

しかしながら、全国的に有名になったリカルド・テン選手のような存在や、生活の質向上のため情報収集・活用に長け、なおかつ発信に熱心なパラサイクリストの存在も相まり、少しずつ認知されるようになってきています。

2021年に東京オリンピック・パラリンピックを控え、日本国内ではこうしたハンディキャップを抱えた方へのユニバーサルツーリズム対応が観光庁主導で進められています。

宿泊施設や飲食店のバリアフリー対応、特に訪日外国人を対象とした受け入れ態勢や多言語での情報発信は未だ十分であるとは言い難い状況にありますが、観光庁はこうした事業者に対し、独自に製作した接遇マニュアルを無料配布するなど、改善に向け意欲的に取り組んでいます。

日本がユニバーサルツーリズム推進国であることを世界に発信するためにも、社会的に大きな影響力を持ったパラサイクリストの情報発信力活用は、非常に重要な意味を持ちます。スポーツという枠組みを超え、インフルエンサーとして社会全体を鼓舞し続けるパラサイクリストの今後の活躍に、注目が集まっています。


<参照>

La Vuelta Cicloturista a Ibiza Campagnolo 2017 contará con cuatro ciclistas adaptados

Ricardo Ten, el nadador paralímpico que se pasó al ciclismo: "Pasé por momentos dramáticos"

Discapacidad, integración y el papel de las TIC

Ricardo Ten, el ciclista 10: campeón del mundo de pista y de ruta el mismo año

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Los paralímpicos interpretan su particular 'Resistiré' para animar a la gente

https://as.com/masdeporte/2016/04/03/album/1459693976_673009.html

観光庁観光産業課:訪日外国人旅行者向けユニバーサルツーリズム情報発信事業 報告書

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この記事の筆者

訪日ラボ編集部

訪日ラボ編集部

訪日外国人観光客のインバウンド需要情報を配信するインバウンド総合ニュースサイト「訪日ラボ」。インバウンド担当者・訪日マーケティング担当者向けに政府や観光庁が発表する統計のわかりやすいまとめやインバウンド事業に取り組む企業の事例、外国人旅行客がよく行く観光地などを配信しています!