在日外国人向け街歩きツアーや海外向けオンライン体験の企画運営をしております、インバウンドアナリストの宮本です。
前回は“【徹底考察】20年ぶり"円安"はインバウンド回復の起爆剤となるか?”
というテーマで書かせて頂きました。その時点の4月13日では1ドル126円台でしたが、そこからさらに加速して現時点では一時1ドル139円台をつけるなど、急速に円安が進行しました。
さて、今回の記事では円安は訪日外国人消費額にプラスなのか?というテーマで考察していきたいと思います。
■前回の記事
- 大手旅行会社2社の株価推移の差から分かる、市場の期待感は(Vol.1)
- 「インバウンド銘柄」の正体(Vol.2)
- インバウンド需要を「カテゴライズ」し、株価を比較する(Vol.3)
- オミクロン変異株がインバウンド株に与えた影響(Vol.4)
- 売上半減・営業赤字のオリエンタルランドの株価が上がり続ける理由(Vol.5)
- コロナ禍に対応できる企業・できない企業(Vol.6)
- 20年ぶり"円安"はインバウンド回復の起爆剤となるか?(Vol.7)
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円安は本当にインバウンド消費の「追い風」なのか?
確かに海外旅行をするときに、通貨ベースでの負担額が減るのであれば、ホテルのグレードを上げたり、買物を多くしたりと、すこし贅沢をしたいと考えるのは万人共通の事だと思います。しかし、実際にそうなのでしょうか?データを使って検証していきたいと思います。
その背景は円安になれば、自国通貨ベースでの負担額が減るので、日本へ旅行しやすくなると考えることが前提にあると思います。そして日本国内でも財布の紐が緩くなるのでは?という考えもあると思います。
前回の記事の公開後も、「円安はインバウンドにプラス」という記事やニュースをたくさん見かけます。
7月14日にドル円が一時1ドル139円台を付け28年ぶりの円安水準となりました。これは日米欧の中央銀行の金融政策の違いで相対的に円が弱くなっていますが、この記事では円安の理由は深く追及はしません。
為替レートはインバウンドの「買物代」以外、ほぼ相関関係なし
まず結論から申しますが、全体の訪日外国消費額とドル円の為替レートに相関はあったものの、その要因は中国人観光客の爆買いがあったときに、たまたま円安だっだと言う事がわかりました。
そして為替レートは「宿泊代」や「飲食代」には全く相関がないと言う事もわかりました。
以下の図をご覧ください。
図の縦軸は訪日外国人消費額です。横軸はドル円のレートになります。左に行けば円高、右に行けば円安になります。
一番上の薄い青は訪日外国人消費額で訪日外国人の日本国内での消費額の総額です。
Rスクエア(決定係数)は0.67となっており、相関係数(1に近いほど相関があり、-1に近いほど逆相関がある)は0.81と高いといえます。
この数値をパッと見れば、「円安はインバウンドにプラス」、だと言う事が出来ると思います。
しかし、消費額の期間と中身を分解して見ていくと、驚くべき事実がわかりました。
訪日外国人消費額の下にある宿泊料金をご覧ください。こちらはRスクエアは0.05(相関係数-0.26)となっております。
これが意味することは円高だろうが円安だろうが「宿泊料金」には影響がないと言い切れます。
また、「飲食代」、「娯楽サービス」、「交通費」もドル円とほぼ全く相関がないという事がこの図から読み取れると思います。
つまり、円安でも円高でも旅行者は普段使っているホテルや飲食などの予算は変えないと考えられます。
これは私の推測ですが、ホテルを例に挙げると、OTA経由で予約するときに、宿泊料は自国通貨での表示(以下の図を参照)になっているので、旅行者は宿泊先を常に自分のプライスレンジ内(予算内)に収めているのではないかと考えています。
だからこそ、為替レートによって多少日本円では高い宿を選ぶ可能性はあるものの、大きな消費額増加にはつながらないだろうと判断できます。
「買物代」増加の要因は本当に「円安」だけか?
次に買物代をご覧ください。Rスクエアは0.62(相関係数は0.79)と、為替レートとの相関は高いといえますが、これをもう一歩踏み込んで見ていく必要があります。
何故ならば、このデータは2012年から2015年の間のアベノミクスで日本銀行が異次元の金融緩和を始めたことによって円安局面入りした事と、日本政府がビザの緩和(ビザの緩和については前回の記事をご覧ください)をしたことよる中国からの訪日客数増加による “爆買い” 効果があって、その時たまたま円安だったと言う事が以下の図を見るとおわかりになると思います。
そしてこの爆買いが「買物代」を底上げし、そして「訪日外国人消費額」全体を押し上げました。
つまり、買物代を押し上げたのは「円安」要因だけだと断じるには、少々根拠が不足しているといえます。これは訪日外国人消費額の買物代とドル円を図にしたものになります。
見ての通り、2013年より前は買物代が5万円以下をうろついていたのが、2013年のビザの緩和とアベノミクスの大胆な金融緩和政策による円安で中国からの訪日客が大きく伸び、「爆買い」が流行語大賞となったころは買物代が8万円まで伸びました。
そこからやや円高に振れ、その後はドル円には大きな変動がなく110円前後をうろつくものの、買物代金は6万円を割り込んでいきました。
つまり2016年以降、中国人観光客の”爆買い”が落ち着いていったことがわかります。
しかし下図の通り、中国人観光客は2016年以降もずっと伸び続けていました。
仮に円安がインバウンド消費にプラスというならば、2013年以前より2016年以降の方が円安であり、なおかつ中国人客数も大きく伸び続けていたのに、なぜ買い物代は下がり続けたのでしょうか?
円安にもかかわらず、「買い物代」以外の消費は低迷していた
さいごに、以下のグラフをご覧ください。
これは訪日外国人消費額から買物代とその他消費を除いた宿泊費、飲食費、娯楽サービス費の一人あたりの消費額合計とドル円のグラフになります。
見てわかるように、2015年以前は10万円を切る事がなかったのに、2016年以降徐々に右肩下がりになり、10万円を切る水準まで落ちていきました。
2012年以降、ドル円は歴史的円高から反転、円安局面に入ります。
2013年には1ドル100円台を回復しました。これは2013年以前のドル円水準に比べて、明らかに円安水準でありながら、買物代とその他消費を除く訪日消費額は落ち続けて行きました。
「量」から「質」への転換を
これには様々な要因が考えられると思いますが、考えられる一つの理由としては、訪日客数だけをターゲットにした政策(ビザの緩和やプロモーション)ばかりに傾倒していたことの結果だと私は考えています。
つまり、「質」より「量」を追いかけたインバウンド政策だったといえます。
ここまで見てきたように、円安(円高)はインバウンド消費額のプラスマイナスの直接の原因にはならないという事がわかりました。
しかし、本当にお伝えしたい事は、円安でインバウンドがプラス、円高でインバウンドがマイナスという事が重要なのではなく、訪日客数は増え続けていたのに、何故消費額が落ちたのか、何故伸びなかったのかという事です。
インバウンド再開に備えてしっかりと考えておくべきではないでしょうか。
筆者紹介:Japan Localized代表 宮本 大
・立命館大学卒
・SMBCフレンド証券(現SMBC日興証券)を経てかんぽ生命保険入社
・外国債券・為替ポートフォリオマネイジメント、日本株アナリスト兼株式ポートフォリオマネイジメントを担当
・米国College of William & Mary School of Business 卒(MBA)
・Japan Localized設立後、訪日観光客向けへ体験ツアーの企画運営、インバウンド市場のリサーチ業務に従事
・まいまい京都・東京事務局
・会計事務所にて、資金調達・事業計画アドバイザー
・訪日ラボで「株式市場からインバウンド復活の動向を読み解く」を連載中
Japan Localized 公式サイト
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