観光地としての魅力を高めるため、多くの自治体が宿泊税を導入し、地域の観光振興に取り組んでいます。しかし税の導入にあたっては、メリットだけでなく、価格競争や税の使途に対する不信感など、さまざまな課題があります。
本記事では、宿泊税の現状や導入事例をもとに、その効果と課題、今後の展望について掘り下げていきます。
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宿泊税とは
宿泊税とは、特定の地域にあるホテルや旅館などに宿泊する際、宿泊料金に応じて課税される税金のことをいいます。地方税の一種で、自治体が税収の使いみちを決定できる「法定外目的税」に分類されます。
宿泊税のおもな目的は観光振興であり、多くは地域の魅力を高めるための財源として利用されます。また、地域の観光と市民生活との調和を図るためにも活用されます。
宿泊税の徴収方法は、宿泊者個人が直接自治体に支払うのではなく、宿泊施設の事業者が宿泊料金と一緒に税金を徴収し、後日自治体に納付する「特別徴収」という形式が取られます。
2002年10月1日、東京都が日本ではじめて宿泊税を導入しました。その後、2017年に大阪府でも導入され、これをきっかけに全国的に宿泊税の検討・導入が進みました。
宿泊税導入の経緯は、観光競争力の強化
東京都で宿泊税が導入された背景には、2000年4月の地方分権一括法により、地方税法が改正されたことが大きく関係しています。
この改正により、地方自治体が独自に設定できる「法定外目的税」の導入が以前よりも容易になりました。この状況を受け、東京都は同年5月に税制調査会を設置。自治体が抱える課題を解決するための新しい税のあり方について議論が始まりました。
議論の中で、とくに注目されたのが「ホテル税」です。当時、東京は国際都市としての観光競争力を強化する必要があり、観光客の受け入れ態勢を改善する施策が急務とされていました。しかし、観光施策の推進には財源が必要であり、そこで旅行者から一定の負担を求め、その資金を観光振興にあてる「ホテル税」の創設が提言されました。
そこで2001年11月、東京都は「観光産業振興プラン」を策定し、観光を新たな産業として位置づけ、積極的な観光施策に乗り出すことを決定。同年11月2日に「ホテル税」の導入を正式に発表し、後に「宿泊税」と改称して条例案を提出しました。
観光は多くの産業に影響を及ぼし、雇用の増加や経済活性化をもたらす効果が期待されています。宿泊税を財源として、観光ルートの整備や情報センターの設置などを進め、東京により多くの観光客を引き寄せる施策が展開されました。
国内での導入が進む宿泊税、検討する自治体は30以上
2024年8月時点で宿泊税が導入されているのは以下の9の自治体で、税率は一覧のとおりです。
・東京都 ※1人1泊あたり
1万円~1万4,999円 |
100円 |
1万5,000円以上 |
200円 |
・大阪府 ※1人1泊あたり
7,000円~1万4,999円 |
100円 |
1万5,000円~1万9,999円 |
200円 |
2万円以上 |
300円 |
・京都府京都市 ※1人1泊あたり
~1万9,999円 |
200円 |
2万円~4万9,999円 |
500円 |
5万円以上 |
1,000円 |
・石川県金沢市 ※1人1泊あたり
~1万9,999円 |
200円 |
2万円以上 |
500円 |
・北海道虻田郡倶知安町
宿泊料金の2% |
・福岡県福岡市 ※1人1泊あたり
~1万9,999円 |
200円(うち県税50円) |
2万円以上 |
500円(うち県税50円) |
200円(うち県税50円) |
200円 |
・長崎県長崎市 ※1人1泊あたり
~9,999円 |
100円 |
1万円~1万9,999円 |
200円 |
2万円以上 |
500円 |
さらに、北海道ニセコ町(2024年11月1日宿泊分より)、愛知県常滑市(2025年1月6日宿泊分より)、静岡県熱海市(2025年4月1日宿泊分より)でも導入が決定しています。その他にも、長野県、千葉県、広島県など30を超える自治体で導入の検討が進んでおり、今後ますます増えることが予想されます。
課税の対象となるのは、基本的に「素泊まりの料金」と「素泊まり料金にかかるサービス料」の合計金額です。消費税や飲食代など、宿泊以外のサービス費用は課税対象外です。また、課税対象金額や税率は各自治体が定める条例によって異なります。
たとえば東京都の場合は、宿泊料金が1人1泊1万円未満であれば課税されず、1万円以上1万5,000円未満の場合は100円、1万5,000円以上の場合は200円が課税されます。
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宿泊税導入の流れが全国に広がる理由とは
東京や大阪といった大都市での導入をきっかけに、現在では多くの自治体が宿泊税の導入を検討しています。その背景には、いくつかの要因があります。
まず、政府は2023年3月31日に観光立国推進基本計画を閣議決定し、ポストコロナ時代における新たな観光の方向性を示しました。
6年ぶりの改訂となったこの計画では、「数」よりも「質」の向上に重点を置き、観光客の人数に依存しない指標を中心に設定するなど、観光政策が次のステージに移行したことを明確にしました。こうした流れを受け、観光振興を強化する気運が高まり、その財源として宿泊税が注目されているのです。
さらに、オーバーツーリズム問題も背景のひとつです。外国人旅行者の急増により、トイレの不足やゴミ処理といったインフラ問題が顕在化し、地域の観光資源を持続可能にするための対策が急務となっています。
こうした背景から、観光地としての魅力を維持しつつ、地域社会との調和を図るために、宿泊税を導入しようとする動きが広がっています。
関連記事:観光庁、「観光立国推進基本計画」を決定
宿泊税導入における課題と反発の声
ここまでメリットを中心に挙げてきましたが、宿泊税の導入に対して問題視する意見もあり、事実として反発の声も存在します。
まず、安価な宿泊施設にとっては、宿泊税の追加が価格競争に不利に働くリスクがあります。宿泊税は、宿泊料金に対して一律で課税されることが多いため、低価格帯の施設ほど税の影響が大きくなるのです。
同じ税率が適用される場合、価格の安い宿泊施設にとっては税負担が相対的に重くなります。たとえば、宿泊料金が高い高級ホテルでは、宿泊税の負担が宿泊者にとってそれほど大きく感じられない一方で、予算を重視する旅行者が利用する低価格帯の施設では、宿泊税の影響が価格全体に大きく響くため、競争力が低下する可能性があります。
利益率が低い安価な施設は、税の負担を吸収する余裕が少なく、結果として価格を上げざるを得なくなる場合もあります。
また、宿泊税の使いみちが不透明な点も事業者側の不信感を招いています。「集められた税金が本当に地域の観光振興に使われているのか?」という疑念が広がり、納税に対する抵抗感を生んでいるといえます。
今後、これらの課題にどう対応し、持続可能な観光財源の確保と公平な税制度の実現を目指すかが、重要な検討課題となりそうです。
宿泊税の使いみち
宿泊税がどのように活用されているかを、具体的な事例を通じて見ていきましょう。
以下では、複数ある自治体の中から東京都、京都市、金沢市の3自治体について紹介します。
東京都の宿泊税の使いみち
東京都では宿泊税の税収を国際都市・東京の魅力を高めるとともに観光の振興を図る施策に要する費用にあてるとしていて、具体的には以下の取り組みが行われています。
- 観光関連事業者の経営力向上への支援
- 国内観光の活性化と国内外へのプロモーション
- あらゆる旅行者が快適に滞在できる受入環境の整備
- デジタル技術を活用した観光の推進
- 東京ならではの観光資源の磨き上げと新たな観光スタイルの浸透
- 地域・住民に寄り添った観光地域経営の推進
- 観光産業の持続的な成長に向けた基盤の強化
- MICE誘致の推進
京都市の宿泊税の使いみち
主な目的は、市民と観光客双方にとって安心・安全な受け入れ環境を整え、京都観光の質と満足度をさらに向上させることです。これにより、市民生活と調和した持続可能な観光を目指しています。具体的には以下の取り組みが行われています。
1. 安心・安全な受け入れ環境の整備(2024年度予算:事業費 55.9億円、うち宿泊税 34.1億円)
- 安全なMICE(ビジネスイベント)の徹底
- 観光情報の多言語対応や災害対策、帰宅困難者への支援
- 道路や鉄道のバリアフリー化、観光地の交通対策
- 無電柱化や街路樹の育成管理
- ユニバーサルツーリズムの普及と観光案内の充実 など
2. 京都観光の質・満足度の向上(2024年度予算:事業費 25.9億円、うち宿泊税 6.7億円)
- 市民生活と観光が調和するための観光マナー啓発
- 旅館や宿泊施設の経営支援と魅力発信
- 持続可能なインバウンド観光促進
- 新たな観光エリアの魅力創出(岡崎や梅小路など) など
3. 文化振興と景観保全(2024年度予算:事業費 19.7億円、うち宿泊税 5.8億円)
- 文化財の保全と継承に向けた取り組み
- 伝統産業の支援と育成
- 東九条地区の景観整備
- 京町家の保存と歴史的景観の保全 など
金沢市の宿泊税の使いみち
金沢市でも、宿泊税を活用した具体的な事業を報告しています。2019年度から2022年度までの「宿泊税の使いみち」として、次の3つの柱が示されています。
- まちの個性に磨きをかける歴史・伝統・文化の振興
- 観光客の受け入れ環境の充実
- 市民生活と調和した持続可能な観光の振興
使途を市のホームページで詳しく公開し、わかりやすく説明しています。このように、宿泊税の使いみちを明確にし、透明性を高める取り組みも、税に対する理解と信頼を得るためには重要といえそうです。
具体的には以下の取り組みが行われています。
1. まちの個性に磨きをかける歴史・伝統・文化の振興
- 雪吊りによる冬の街路樹や公園樹木の魅力向上
- 金澤町家の再生活用への支援
- 金沢らしい眺望景観創出事業
- 金沢みちすじ修景指針の策定・啓発 など
2. 観光客の受け入れ環境の充実
- 金沢中央観光案内所
- 金沢らしい夜間景観創出事業
- 食のバリアフリー推進
- 宿泊施設のおもてなし力の向上支援 など
3. 市民生活と調和した持続可能な観光の振興
- 公共シェアサイクル「まちのり」の運営
- 公共交通キャッシュレス決済の導入
- 都心軸交通円滑化対策の強化
- 金沢MaaSの推進 など
事例から見る、宿泊税導入の成果と課題とは
最後に、宿泊税導入の成果と課題を実際の導入事例から考えていきます。
東京都の宿泊税の成果と課題
国内外から多くの観光客が訪れる東京都では、先述の通り宿泊税をいち早く導入しています。東京都主税局が2023年6月に発行した「宿泊税 20年間の実績と今後のあり方」によると、都は宿泊税によって、導入初年度の2002年度から2021年度までの間に、合計で約273億円の税収を確保しました。
東京都では確保した宿泊税の全額を観光振興施策の費用にあてるとしていて、主な事業として以下の施策を展開しています。
- Wi-Fiやデジタルサイネージなどの利用環境の整備
- 東京観光情報センター設置・運営
- 都内の観光スポット等を記載したウェルカムカードの作成 など
東京を訪れる外国人旅行者に対して多大な利便を供しているとする一方で、有識者からは宿泊税の使途を分かりやすく示して、さらに理解を深めていく必要があるといった課題の声も挙がっています。
また、現状1万円未満の場合は課税されないことに対し、都の施策の恩恵を受けていることを理由として課税対象に加えてもよいのではないかという意見がある一方、修学旅行生やビジネス客を考慮して課税免除の基準を維持すべきではないかという意見もあります。
さらに、東京を訪れる目的が多様化している現状を踏まえ、使途は観光振興施策に限定せず、グリーン化やバリアフリー化など、魅力ある都市づくりにも拡大すべきといった声も挙がっています。
京都市の宿泊税の成果と課題
世界的に有名な観光地であり、2024年8月時点で日本に3法人しかない先駆的DMOの一つ・京都市観光協会を擁する京都市の戦略は、常に注目されています。
そんな京都市の宿泊税導入2年目の2019年度は、全国の自治体で最多となる約42億円の税収を確保したものの、2020年度以降はコロナ禍の影響で急減。2022年度以降は、訪日客の観光目的の入国受け入れ再開など、宿泊業を取り巻く環境が変化するなかで宿泊税の税収も回復基調となっていて、2024年度予算では過去最高となる48.1億円を見込んでいます。
これまでの京都市の成果として、2023年度には市民生活との調和を最優先として、一部観光地や市バスの混雑、マナー問題などといった観光課題への対策を強化しています。その結果、秋のハイシーズンにおいて京都駅の市バス乗り場の列に改善が見られるなど一定の効果が現れたものの、依然としてさらなる対策が必要な状況にあるとしています。
市民を対象に実施した意識調査においては、宿泊税を活用して実施してほしい取り組みとして以下について多くの声が寄せられました。
- 歴史的・伝統的な街並み景観や自然環境の保全・整備
- 文化芸術、伝統産業の振興
歴史や自然、文化、景観といった、京都独自の魅力に磨きをかけることは観光振興のみならず、市民の暮らしの豊かさにもつながり、「持続可能な観光」に不可欠な要素であるとしています。
金沢市の宿泊税の成果と課題
金沢市は、「ひがし茶屋街」などの古くからの街並みを守りつつ、「金沢21世紀美術館」のように新たな観光資源を磨き上げてきました。宿泊税を「芸妓文化や茶屋文化の継承への支援」や「金沢21世紀美術館大規模修繕に向けた調査」、「金沢中央観光案内所」の整備などに活かしており、宿泊税の取り組みとしてすでに成功しつつあるといえます。
金沢市では、宿泊税条例の施行後、制度が円滑に運用されているか検証するための基礎資料として、 宿泊事業者、宿泊者、市⺠を対象に「金沢市宿泊税条例施行後の状況に関する調査」を実施。結果報告によると、市民の普段の生活においては良い影響として以下のような意見が挙がっています。
- 魅力的な宿泊施設が増えたと感じる(33%)
- 観光施設や広場などが整備されたと感じる(29%)
- 公共シェアサイクル「まちのり」が便利になったと感じる(28%)
観光関係団体からは、導入当初から宿泊税に関するクレームはなく、制度がスムーズに運用されていると感じているという声がある一方で、なかには3,000円程度の低価格帯の宿で200円は高いという意見もあるなど、宿泊客への理解を深めるためのさらなる取り組みが重要だといえそうです。
宿泊税の広がりと今後の展望
宿泊税は、東京都が独自に導入した法定外目的税として始まりました。観光振興施策を支えるために安定した税収を確保し、財政面から東京の観光戦略を支えてきたこの制度は、他の自治体にも影響を与え、現在では多くの地域で導入されています。また、宿泊税の導入を検討する自治体も増え続けており、今後ますますその動きが広がることが予想されます。
各自治体では、観光振興に使途を限定した目的税として、持続可能な観光を実現するための財源確保に期待が寄せられています。一方で、課題として挙げられる価格競争の不利や税の使いみちに対する不信感などを解決しつつ、宿泊税が引き続き重要な役割を果たすことが求められています。
今後はこれらの課題に取り組みながら、地域経済の活性化や観光振興に寄与する形で、宿泊税がますます効果的に活用されることが期待されています。
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<参照>
東京都主税局:宿泊税
東京都主税局:宿泊税 20年間の実績と今後のあり方
大阪府:大阪府の宿泊税
京都市:宿泊税について
京都市:宿泊税の使途について
京都市:京都市宿泊税条例の施行状況に関する現状と課題
金沢市:宿泊税について
金沢市:宿泊税を活用した主な事業のご報告
金沢市:金沢市宿泊税条例施行後の状況に関する調査結果(概要版)
倶知安町:倶知安町の宿泊税について
福岡市:福岡市宿泊税条例の概要
北九州市:宿泊税
福岡県:宿泊税の概要について
長崎市:宿泊税の概要
北海道ニセコ町:宿泊税
愛知県常滑市:宿泊税
静岡県熱海市:宿泊税の概要
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