昔から、日本人の癒やしの場として愛されてきた温泉。訪日外国人旅行者にとっても日本らしさを感じられる特別な体験として注目され、近年インバウンド対応の必要性が高まっています。
しかし国・地域によって温泉に対する価値観は異なるため、そのことを理解した上で効果的な対策を実施することが大切です。
本記事では各国の温泉に対する意識を踏まえた上で、温泉施設が取り組むべき対策と成功事例を紹介し、インバウンド対応のポイントを探っていきます。
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温泉施設でインバウンド対策をするべき理由は?
近年インバウンド市場は大きな成長を遂げており、温泉施設にとっても対応が欠かせません。国の政策や観光客の期待に基づき、インバウンド対策の重要性について考えてみましょう。
国は「2030年までにインバウンド6,000万人」を掲げる
まず、国の動向について見てみます。
2024年4月の観光立国推進閣僚会議で、岸田首相(当時)は「地方への外国人宿泊の分散」が喫緊の課題だと強調し、改めて政府目標である「2030年までにインバウンド6,000万人、消費額15兆円」を掲げました。
政府は、いかに訪日外国人を地方に呼び込み消費を拡大できるかに焦点を当てて、さまざまな取り組みを行っています。そのため温泉を含む地方の観光資源も、今後さらに注目される見通しです。
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インバウンドの温泉に対する期待値は?
次に、訪日外国人の視点から分析します。
観光庁が発表した「訪日外国人消費動向調査 2023年年次報告書」によると、「外国人観光客が訪日前に期待していたこと」では、1位の「日本食を食べること」(83.2%)に次いで、「ショッピング」(60.9%)、「繁華街の街歩き」(51.7%)など、都市部の体験が中心となっています。
そのなかで、「温泉入浴」は7位(26.5%)にランクイン。次回の訪日で期待する体験においても、「日本食」(67.9%)に次ぐ2位(48.2%)に入っており、大きな関心を寄せられていることがわかります。
温泉に馴染みのない文化圏が多い中でこうした結果が出たことは、温泉文化がインバウンドにとって特別な体験であることを示していると言えます。
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「モノ消費」から「コト消費」へ インバウンド消費額も増加傾向
次に、実際の訪日外国人の消費動向について見てみます。
観光庁が公表している「観光白書」では、訪日外国人の一人当たりの旅行支出において、宿泊費や娯楽等サービス費などが増加しています。これは、コロナ禍前の買い物中心である「モノ消費」から、体験型の「コト消費」へのシフトが起こっていると考えられます。
また、観光庁が発表した「インバウンド消費動向調査」では、2024年1〜9月の訪日外国人旅行消費額は5.8兆円を超える見込みで、過去最高である2023年の年間消費額(約5.3兆円)をすでに大きく上回っています。
訪日外国人の購買力が上がり、かつ体験を重視した消費が主流となっている近年の傾向は、温泉施設にとって大きなチャンスといえます。
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日本人には馴染み深い温泉…海外の意識は
温泉が訪日外国人に人気のコンテンツである一方で、温泉に対する意識は、各国に違いがあることを考慮する必要があります。ここでは、それぞれの国の特徴を詳しく見ていきましょう。
温泉入浴意向が高い地域はどこ?
日本政策投資銀行と(公財)日本交通公社が共同実施した「DBJ・JTBFアジア8地域・訪日外国人旅行者の意向調査 (平成27年度版)」では、訪日経験がある外国人旅行者のなかで、日本滞在中に温泉の入浴経験があると回答した割合は、全体の約半数でした。
国・地域別では、中国・香港がそれぞれ56%・55%と、もっとも高くなりました。また、東アジアの旅行者は温泉入浴経験が比較的多い一方、東南アジアではその割合がやや低い傾向が見られます。
ここから、各国のより詳しい傾向について見ていきましょう。
【台湾】日本のおもてなしが魅力的に映る
台湾には多くの温泉地があり、訪日台湾人観光客にとっても温泉は人気のアクティビティです。しかし入浴時には水着の着用が一般的なため、日本式の裸で入浴するスタイルには、抵抗を感じる人も多いようです。それでも日本の温泉が好まれる理由は、ゆかたを着て宿に泊まり、温泉に入り、日本の美味しい料理を食べておもてなしを受ける、日本ならではの情緒にあると言われます。北陸の有名旅館「加賀屋」が台湾に進出し、現地で高評価を得ているのも、日本独自のおもてなし文化に対する強い魅力の表れといえるでしょう。
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【韓国】温泉好きだが、温泉旅館は敬遠?
韓国人は老若男女を問わず温泉好きと言われています。特に日本は世界的な温泉国だと認知されているため、訪日旅行での温泉入浴の期待度は高くなっています。
しかしその一方で、訪日韓国人観光客は宿泊費を抑える傾向があるため、安価なホテルと比較して高額になってしまう温泉旅館は、宿泊率が低くなってしまうようです。このため、温泉入浴への期待は高くても、実際の体験につながりにくい現状があります。
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【中国】マナーに不安を覚える人が多い
先述の通り、中国人旅行者の温泉入浴率は高い傾向がありますが、日本のマナーや習慣に不安を感じる人が多いことも特徴です。
2019年に行われた調査によれば、日本在住の中国人の約6割が「日本のマナーや習慣について困った経験がある」と回答し、「地元から来る友人や家族から尋ねられたり、自分自身が困った経験がある日本のマナーや習慣」では、半数近くが「温泉・浴場に入るとき」と答えました。
一方で、9割以上が「中国の知人や家族から、日本の情報を聞かれることがある」とも回答しています。日本に住む中国人をターゲットにした情報発信も、温泉体験へのハードルを下げる有効なアプローチと考えられます。
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【タイ】「一度は体験したい文化」と認識
タイは一年中暑い気候のため湯船につかる習慣がなく、温泉に対しても「癒し」「リラックス」というイメージはありません。裸での入浴に抵抗がある人も多いですが、一方で、日本文化に触れる体験として温泉に強い関心を持っています。
タイ人の多くは、日本人のように温泉で疲れを癒すという感覚はなく、「一度は体験したい日本文化」だと感じているようです。ただし、知り合いのタイ人と一緒に入浴することには抵抗があるという意見もあり、温泉はあくまで異文化体験であるという意識が強い傾向があります。
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【アメリカ】3割がタトゥーを入れているとの調査も
アメリカでは、温泉はリラクゼーションや療養を目的とした「スパ」として広がっており、水着着用が一般的です。そのため、日本で一般的な、裸での入浴文化には戸惑いを感じる人も多くいます。
また北米の調査期間であるピュー・リサーチ・センターのデータによると、アメリカ人の32%がタトゥー・刺青を入れていると言われており、温泉の利用を避ける傾向も見られます。
しかし近年はシールで隠せる程度の大きさであれば入浴可など、タトゥーフレンドリーの温泉施設も増えています。日本の温泉マナーや利用方法をわかりやすく案内することで、より快適な温泉体験を提供できるでしょう。
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温泉におけるインバウンド対策、何をすればいい?
インバウンド対策を強化するためには、温泉施設が外国人観光客のニーズを理解し、文化や習慣の違いに応じたサービスを整えることが求められます。ここでは、効果的なインバウンド施策を紹介します。
ターゲット国に合わせたSNSを活用して情報発信
訪日外国人に適切な情報を発信するためには、SNSなどを使ったマーケティングが重要です。
世界的にはFacebookやInstagram、X(旧Twitter)などが主流ですが、使用されるSNSは国ごとに異なります。たとえば中国ではWeibo、WeChat、REDなどが使われ、韓国ではNAVERの利用者数が多くなっています。
ターゲット地域に合わせた適切なSNSを通じて情報を発信し、各国の見込み客へリーチすることが重要といえます。
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多言語対応なら、まずは英語・中国語
訪日外国人の多くが言葉の壁に不安を抱えています。
日本にはさまざまな国から訪日外国人がやってきますが、2024年10月の訪日外客数では、中国語圏の国・地域が上位を占めています。
そのため、英語に加えて中国語(簡体字・繁体字)に対応することで、多くの外国人観光客と円滑にコミュニケーションが取れるようになります。余裕があれば、韓国語・タイ語も対応できるとなお良いでしょう。
また、よくある質問や会計時のフレーズを事前に翻訳して表形式で用意すると便利です。翻訳ツールの活用も、コミュニケーションをサポートする方法として有効です。
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導入しておきたいキャッシュレス決済
一般社団法人キャッシュレス推進協議会の調査によれば、2021年時点でのキャッシュレス決済率は中国が83.8%、韓国が95.3%と高水準となっており、日本も対応が求められています。
国によって普及しているものは異なるため、それぞれの特徴を踏まえた上で導入を検討しましょう。
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タトゥーフレンドリーなら積極的に周知を
アメリカ人をはじめ、訪日観光客の中にはタトゥーを入れている人は多く、かつ温泉文化への関心が高い人も少なくありません。
対して日本ではタトゥーに対して否定的なイメージが依然としてあり、タトゥーを入れている人の入場を許可しない温泉施設が多く存在します。だからこそ、タトゥーを許容している(タトゥーフレンドリー)温泉施設は、その対応を積極的に周知することで、安心して利用できる訪日外国人観光客を増やせるでしょう。
温泉地におけるインバウンド対策の成功事例
各地の温泉地では、実際にインバウンドに対する独自の取り組みが進んでいます。ここでは、城崎温泉、別府温泉、下呂温泉の具体例を見ていきましょう。
1. 城崎温泉
1300年の歴史を持つ「城崎温泉」で有名な兵庫県豊岡市では、豊岡観光イノベーション(豊岡DMO)が地域の観光DXや独自のOTAを導入し、観光施策を先進的に展開しています。
予約データを宿泊施設で活用
豊岡DMOは、多言語対応のWebサイト「Visit Kinosaki」を通じて、地域情報を発信するとともに、宿泊施設やアクティビティの予約システムを提供しています。
このサイトを通じて集まる予約データは自動的に更新・分析されており、市内の宿泊施設などに共有されます。データでは宿泊予約客や客室料金の平均値などが見られるようになっており、客室料金の調整(レベニューマネジメント)や仕入れの調整に活用されています。
宿泊施設では、細やかな心配りを大切に
城崎温泉の旅館「小宿 縁」では、こうした宿泊予約データを活用して、実際に客室料金を柔軟に調整しています。
また、訪日外国人のコミュニケーションを円滑に進められるよう、宿の予約前後にやりとりを行い、宿泊客の不安を解決するようにしていると言います。宿泊時のコミュニケーションについても、スタッフが英会話を学ぶなどして、「訪日観光客が誰に話しかけても対応できる」よう心配りがされています。
城崎温泉の楽しみ方の提案として、欧米客向けのレンタサイクル・サイクリングツアーも販売しており、こうした細やかな対応が地域全体のインバウンド対応の質を支えています。
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2. 別府温泉
大分県別府市の地域DMOであるB-biz LINKは、「別府の稼ぐ力向上」を目指し、独自のPR活動や地域連携に取り組んでいます。
インバウンドが気軽に立ち寄れる観光案内所
B-biz LINKは、従来の観光案内所の役割を超えて、観光客へ積極的に情報を提供する「WONDER COMPASS」を設置。施設内に観光客が休憩できるソファやWi-Fi設備を備え、ホテルのチェックアウト後にも立ち寄れる拠点として活用されています。
これにより訪日観光客との交流が深まり、さらなる観光促進につながっています。
「別府だけじゃない」広域連携で観光促進
別府市では、訪日外国人の玄関口を福岡空港と想定しつつ、ターゲットを東南アジアや欧米まで広げると、関西国際空港も玄関口になりえるとしています。
そのため、九州や別府単体という枠組みに囚われず、観光客が複数の地域を周遊できる環境を整えることで、観光地としての別府の魅力が高まると言います。
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3. 下呂温泉
草津、有馬とともに「三名泉」として知られる下呂温泉では、観光資源を活用した地域振興が進められ、2022年には「世界の持続可能な観光地トップ100選」に選出されました。
下呂の「宝」を周遊する仕掛け作り
下呂市は、自然や歴史、文化を活かしたエコツーリズムを展開し、地域資源の保全と観光振興の両立を目指しています。
地域資源を掘り起こすために実施された「宝探し」では、2,700件以上の「宝」が発見され、それを元にエコツアーや体験プログラムを作ることで、下呂市全体を周遊したくなるような仕掛けをつくりました。こうした取り組みにより、観光客だけでなく、地域住民も地元の魅力を再発見できたと言います。
基本的な取り組みをしながら、各地の事例を取り入れる
温泉施設におけるインバウンド対応は、温泉文化を通じて訪日外国人に日本の魅力を伝える重要な取り組みです。
インバウンド対応を進める際は、SNS活用や多言語対応、キャッシュレス決済の導入といった基本的な取り組みを整えつつ、各地の成功事例から学べる工夫を取り入れていくことが大切です。
温泉地全体で外国人観光客にとって魅力的な環境を整えることで、日本文化を世界に広げていくことができるでしょう。
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<参照>
公益財団法人日本交通公社:外国人の温泉に対する意識 ~DBJ・JTBFアジア8地域・訪日外国人旅行者の意向調査より~
Pew Research Center:32% of Americans have a tattoo, including 22% who have more than one
日本政府観光局(JNTO)
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