「Tourism for All」を考える ── Thrive: The Community Vitality Summit 2025参加報告【ココが違う!海外DMOのリアル vol.2】

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連載:ココが違う!海外DMOのリアル

北米を中心とした海外DMOの事情に詳しい公益社団法人日本観光振興協会 大須賀氏より、海外DMOの「リアルな取り組み」をお届けしていく連載。海外DMOとの違いから日本のDMOにおける課題をあぶり出すとともに、今後取るべき方針や具体的な施策について考える。

米国の世界的なDMO統括団体Destinations International(DI)においてSocial Impact Committeeに所属している筆者が、今回その委員会活動の一つの重要な節目である、米国ミシシッピ州ジャクソン市で10月28日~30日に開催された「Thrive: The Community Vitality Summit 2025」(DI主催)に参加した。本サミットは、観光を単なる経済活動としてではなく、地域の人々が誇りを持ち、すべての人々が歓迎される社会的基盤として再定義する試みである。

筆者はDIで委員会活動を積極的に行っており、Social Impact Committeeの一員として、その活動をより具体的にし、自分自身の観光産業人としてのレベルを世界的な水準に引き上げていきたいという思いから、全セッションに加え、前日開催の「Tourism for All Action Lab」にも参加し、現地の観光リーダーや専門家と共に地域包摂型観光の在り方を議論した。


文/大須賀 信(公益社団法人日本観光振興協会

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観光を通じたコミュニティの繁栄をどう実現するか ── サミットの全体像

「Thrive」というタイトルには、「地域の活力(Vitality)をすべての人とともに育む」という意図が込められている。以前は「Social Inclusion Summit」として知られていたが、より包括的な枠組みへと発展したものである。焦点は「観光を通じたコミュニティの繁栄」に置かれており、会場では米国カナダをはじめ世界各地の観光組織(DMO)関係者が集い、包摂・アクセシビリティ・社会的責任について熱い議論を交わしていた。そんななか日本から唯一の参加者として3日間を過ごした。

基調講演では、障がいを持ちながら国際的に活躍するイギリスのキャスター、ソフィー・モーガン氏が登壇し、「勇気とは声なき声に耳を傾け、変化を恐れず受け入れる力である」と語った。彼女自身がもともと健常者だったが18歳のある日、突然交通事故に巻き込まれ、車いすでの生活を送るという運命になった。この言葉はサミット全体のトーンを象徴していた。観光を“訪問者のため”だけでなく、“地域社会のため”に設計し直すという思想が、すべてのセッションの根底にあった。


観光におけるアクセシビリティの課題と指針 ──「Tourism for All Action Lab」での議論

サミット前日に開催された「Tourism for All Action Lab」では、Destinations Internationalが提唱する4つの柱(Belonging/Accessibility/Safety/Welcoming)を基軸に議論が進められた。これは「すべての人が安心して、歓迎され、アクセスでき、自分の居場所を感じられる観光地」を実現するための指針である。

ワークショップでは、まず地域ごとの現状を共有し、排除されている人々の視点から「観光とは誰のためにあるのか」を問い直した。続いて、各自の地域における「Welcoming Statement(歓迎宣言)」を作成し、実践計画をグループで策定した。参加者には障がい者支援団体やマイノリティ観光推進者も多く、多様な声が交錯する場であった。

特に印象的だったのは、「アクセシビリティは善意ではなく構造の問題である」という指摘である。段差の解消や多言語対応だけでなく、情報へのアクセス、料金体系、雇用機会、文化的感受性までも含めた“システムとしての開かれた観光”が求められていると感じた。

一方で、多くの地域で課題として挙げられたのは、予算、人材、データ基盤、そして“共通のビジョン”の欠如であった。理想は共有できても、実行の段階で行政・企業・市民の連携が難しいという現実は、日本にもそのまま重なる課題である。

6時間におよぶワークショップだったが、グループワーク、意見交換、発表を求められ、日本人唯一の参加で最初は戸惑いもあったが、自分自身の成長のためにも、積極的に手を挙げ、発言をした。

このプログラムはここで終わるわけではなく、課題の提出などを経て半年後に修了証が交付されるので、専用のランディングページも用意されており、帰国後にも参加した仲間やDIと連絡をとりながら取り組んでいる。


観光の“非経済的価値”を可視化する ── 多様なセッションとフィールドワーク

サミットでは複数のセッションも行われた。「Access Isn’t Optional」セッションでは、アクセシビリティは“オプション”ではなく“必須条件”であると強調された。観光地や組織の構造そのものを、排除の観点から点検する必要があるという。

また「The Belonging Blueprint」では、難民や移民を地域社会の一員として迎え入れる取り組みが紹介された。観光を通じて新来者が地域の担い手となり、コミュニティの多様性を高める事例は、包摂型観光の理想形を示していた。

さらに、「Shaping Tomorrow’s Destinations」では、SDGsを観光運営に統合する方法が提示され、「観光の成功とは経済指標だけで測るものではない」という共通認識が形成された。地域の幸福度、居住者の誇り、社会的公平性といった“非経済的価値”を可視化する必要があるという議論であった。


3時間にわたるフィールドワークも用意され「Immersive Experience」(没入型体験)として International Museum of Muslim Cultures(イスラム文化国際博物館)を訪れ、文化の役割や障壁を乗り越える力が、どのようにしてレジリエントな(しなやかで持続的な)コミュニティ形成に寄与するのかを探る貴重な機会を提供するものである。ガイド付きツアーや対話を通じて、参加者は「アイデンティティ」「帰属意識」、そして「Beloved Community(愛に基づく共同体)」という、平等と相互尊重を理念とするモデルのテーマに触れることができた。

また、文化的リテラシー(文化理解力)と歴史的認識が、デスティネーション・スチュワードシップ(観光地の持続可能な運営)や地域社会の関与において不可欠なツールであることを学んだ。イスラム教徒だけのジャズバンドMuslim Unlimitedによる演奏やイスラム圏で食べられている料理や飲み物が提供され、五感で体験できる工夫もされていた。


参加者との交流

会期中はDIが用意したレセプションやパーティーもあり、北米からの参加者と様々な交流の機会をもてた。また、Networking BreakfastやNetworking Lunchもあり、テーブルをともにしたもの同士での会話がはずみ、観光産業の仲間が自然とできる仕組みが整えられていた。気の合う者同士で夕食も誘い合い、筆者も公式のレセプション以外に2日間仲間と夕食をともにして非常に楽しい時間を過ごすことができ、北米の観光産業のリーダーと知り合う機会がもてて大変有意義だった。


日本社会における「Tourism for All」の課題

この理念を日本に当てはめようとすると、困難が多いことを痛感した。2025年秋、日本では高市早苗氏が初の女性首相となり、「ジェンダー平等」や「多様性の尊重」が改めて注目を浴びている。しかし現実には、夫婦別姓の法制化も同性婚の容認も実現しておらず、外国人労働者や移民への社会的警戒感も根強い。均質性を価値としてきた日本社会において、「すべての人を歓迎する観光」を構築することは、理念的にも制度的にも容易ではない。先日閉幕した2025大阪・関西万博で、世界に配信される映像であるはずの開幕のテープカットが見事に「男性」「中高年」という属性のみの方で行われていたが、そのこと自体も日本社会の現状を象徴していると感じたことを思い出す。

観光の現場でも、外国人観光客を受け入れる体制は整いつつあるが、“観光する側”ではなく“ともに地域をつくる側”としての外国人やマイノリティを包摂する視点は未成熟である。また、障がい者や高齢者、性的少数者に対する観光サービスの整備も道半ばである。これらの構造的課題を解決せずして、「Tourism for All」の理念を実現することはできない。

しかしながら、サミットで出会った北米の観光リーダーたちは、同様の困難を抱えながらも実践を積み重ねていた。彼らは「変化は一朝一夕ではなく、信頼の積み重ねから生まれる」と語っていた。この言葉に深く共感する。日本社会が持つ閉鎖性を打破するには、制度改革だけでなく、観光を通じた“他者と出会う場づくり”が鍵となると確信している。

今後の展望

本サミットで得た知見を日本でどう活かすか、課題は多い。そこで今回のサミットでの学びを日本国内で実践するためのフレームワークを、筆者なりに以下のようにまとめてみた。

1. 歓迎宣言(Welcoming Statement)および「Tourism for All」導入検討

まずは、地域・観光事業者・住民が参画できる形で「歓迎宣言」を策定し、「Tourism for All」の考え方を、国をはじめ各団体のプログラムに落とし込む準備を進める。

2. 観光地運営(Destination Management)指標とレビューの仕組みづくり

「Destination Wayfinder」等のフレームワークを参考に、日本版の指標を作成し、地域観光の強み・課題を可視化し、年次レビュー・アクションプランを組む仕組みを整える。

3. 住民・地域の声を設計段階から取り込む仕組み整備

地域住民・障がいを持つ人・移民・若者など“声を上げにくい人々”も含めたワークショップや参画機会を設け、観光施策の共創を進める。特に高齢化が進む日本では、選挙などでどうしても構造的に若者の声が数で負けてしまうケースが多いので気を付けたい。

4. マルチセクター連携を強化するロードマップ設計

観光・文化・社会福祉・交通・都市計画など複数セクターを巻き込んだ協働体制を整備し、各セクターが担う役割・目標・成果を明確にする。

5. 実践・モニタリング・改善のサイクル化

プロジェクトを“やって終わり”ではなく、実践→振り返り→改善→共有というサイクルを制度化し、長期的に持続可能な取り組みに育てていく。

「Tourism for All」は単なる理想論ではない。観光を通じて地域の格差や分断を乗り越え、社会全体の幸福度を高める実践的なフレームワークである。観光を“特別な体験”から“共に生きる仕組み”へと再定義するこの動きは、今後の日本の地域づくりにも不可欠である。

最後に

ミシシッピ州ジャクソンで過ごした3日間は、観光の未来を考える上で極めて刺激的であった。サミットのテーマである「Spaces That Welcome, Communities That Thrive」は、まさにこれからの時代の指針である。会期中には、Advocacy(擁護・支持などの意)とSocial Impactという2つの大きな指針が統合され「Advocacy&Action」という概念になり、別々に開催されていたサミットも来年から統合したものになると発表された。電球を模した新たな概念図も発表され、北米の観光産業の動きの速さ、人に伝えるための工夫のすばらしさを感じた。


北米や世界の観光産業に携わるリーダーたちと交流する中で、彼らが日本の観光産業人と比べて秀でていると感じたことがいくつかあった。とにかく、他者の意見を熱心に聴き、素直さ、自分の仕事に対する情熱が際立っていた。自分の手柄や成果を外にむかってアピールするような人は少なく、そのようなエネルギーはあくまで地域や仲間に向かっている。

そして、横のつながりをとても大切にしている。自然に共有知が蓄積されているメカニズムができている。日本でこのような関係性ができているか、今一度検証が必要だろう。「観光産業・観光産業に携わる人の成熟度」で大きな差ができていると感じた。

そのことと決して無関係ではないと思うが、日本では、まだ「Tourism for All」の理念を受け止める土壌が十分ではない。ジェンダー平等も多様性も、制度としては未整備であり、社会的合意も道半ばである。しかし、だからこそ学び、挑戦し、変えていく価値があると信じる。北米で出会った観光リーダーたちと連携し、地域の現場から小さな実践を積み上げて自分自身もさらに世界の観光産業人と並んで歩んでいきたい。それが、真に“すべての人のための観光”を日本で根づかせる第一歩であると筆者は考える。次回カナダ・オタワでの開催が決定したのでまた参加をして、海外の最新の潮流を体感していきたいと思う。


※以下は街中や空港で見かけた地元のDMOによる広告など。「DMOの活動がしっかり見えること」に感銘した。


著者プロフィール:大須賀 信

公益社団法人 日本観光振興協会 事業推進グループ 観光地域づくり・人材育成部長


千葉県出身。米系航空会社などを経て2018年より地域連携DMOの(一社)秋田犬ツーリズムへ。2022年3月まで事務局長を務めた後、同年4月より(公社)日本観光振興協会へ。企画政策や交流促進を担当した後、観光地域づくり・人材育成部門観光地域マネジメント担当としてDMOのサポート、海外事例などの情報発信などを手がける。
観光庁「地域周遊・長期滞在促進のための専門家派遣事業」登録専門家、東京都 観光まちづくり アドバイザー(東京都・東京観光財団)、秋田県観光振興ビジョン有識者会議委員(秋田県)。

Destinations InternationalのSocial Impact Committee所属。PDM(Professional in Destination Management), Intellectual Capital, Business Intelligence (Sales, Services, Marketing and Communications)の5種全種の資格取得。

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この記事の筆者

大須賀信

大須賀信

公益社団法人 日本観光振興協会 事業推進グループ 観光地域づくり・人材育成部長

千葉県出身。米系航空会社などを経て2018年より地域連携DMOの(一社)秋田犬ツーリズムへ。2022年3月まで事務局長を務めた後、同年4月より(公社)日本観光振興協会へ。企画政策や交流促進を担当した後、観光地域づくり・人材育成部門観光地域マネジメント担当としてDMOのサポート、海外事例などの情報発信などを手がける。
観光庁「地域周遊・長期滞在促進のための専門家派遣事業」登録専門家、東京都 観光まちづくり アドバイザー(東京都・東京観光財団)、秋田県観光振興ビジョン有識者会議委員(秋田県)。
Destinations InternationalのSocial Impact Committee所属。PDM(Professional in Destination Management), Intellectual Capital, Business Intelligence (Sales, Services, Marketing and Communications)の5種全種の資格取得。

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