中国人の訪日観光客と言えば、家電製品などを大量購入する「爆買い」のの姿を思い浮かべる人も多いでしょう。しかしこうした爆買いの傾向は以前より目立たなくなってきており、次なるブームとして、スキーやスノーボードといったスノースポーツに巨額を投じる「爆滑り」や、研修や子供の学びに焦点を当てた「爆学」といったトピックが話題にされています。
こうした流れの一つとして、現在中国人による大きな市場形成の可能性に注目が集まっているのが「医療」です。医療機関の受診と、治療や健康促進、整形を目的とした「医療ツーリズム」に対する中国人の需要は、ますます増大しているようです。
日本側の受け入れ体制や、中国人による医療ツーリズム人気に潜む問題点について解説します。
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「医療ツーリズム」が中国人富裕層の中で大流行
他国の発展した医療を受けるために渡航することや、こうした人々を受け入れることを「医療ツーリズム」と言います。通常の観光旅行に比べて、医療行為に対する支払いや同伴者の滞在費用といった経済効果が見込めるため、インバウンドによる経済振興を目指す際には重要な一領域となります。
医療ツーリズムに含まれる医療サービスには、健康診断やアンチエイジング、美容整形といった比較的軽い治療から、がん治療などの高度な医術を必要とするものまで幅広くなっています。
日本における医療ツーリズムの利用者(後述するビザ発行先)は、9割が中国です。中国人の富裕層が主な対象ですが、次第に中産階級にも広まりつつあり、日本の病院機関などの受け入れ体制の整備といった課題が昨今関連業界での話題になっていると言います。
中国人富裕層が日本へ求めてくる医療の最も多いものは「がん治療」です。元々医療ツーリズムにおけるがん治療で関心が高かったのはアメリカとなっていましたが、高い医療レベルでありながら、アメリカより圧倒的に近い日本が、がん治療を望む中国人の関心を集めたと言えるでしょう。
国による積極的な取り組みも、先行するシンガポール
日本においては、2011年から政府による「医療滞在ビザ」の発給が開始されました。このビザの発給対象には、人間ドックや健康診断、温泉での湯治を目的とする場合も含まれます。
2011年で70件だった医療滞在ビザは、2018年には1,650件の発給数となり、急激な勢いで増加しています。
さらに経済産業省も、日本医療の国際展開を支援する一般社団法人MEJ(メディカルエクセレンスジャパン)の活動支援をする形で、医療インバウンド促進に乗り出しました。MEJでは医療ツーリズムの一環として、受け入れる病院の体制整備にも取り組んでいます。
「渡航受診者を受け入れる組織的な意欲がある」かや「インバウンド担当部署や担当者がいる」かなどの評価基準を策定して病院を募集、2017年8月現在で35の医療機関を推奨しています。
これ以外にも、経済産業省は日本の医療の世界における認知度向上を目的としたプロモーションを実施しており、具体的には海外の医療渡航関連の展示会に "オールジャパン" のブースを展示しています。
実は日本は、アジア圏における医療ツーリズムの取り組みにおいて遅れをとっていました。シンガポールでは2000年に国策として医療ツーリズムの取り組みを開始しており、日本は10年以上遅れてしまった形です。
高い医療技術を持つ日本が、アジア圏や世界の医療ニーズに応えていくことが望まれています。
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中国人はどのように日本の医療にアクセスしているのか
中国人が医療目的で日本に渡航する際に、患者と病院をつなぐ仲介人になるのが「医療コーディネーター」です。
医療コーディネーターには一般社団法人の日本医療コーディネーター協会が認定するものをはじめ、いくつかの民間機関が資格認定しています。医療・福祉系資格所持者でかつ医療・福祉関係の仕事に従事した経験があるといった資格認定要件を設定しています。
こうしたコーディネーター事業は、中国企業や日本の大手旅行代理店が展開しています。
MEJでも「医療渡航支援企業」を認証しており、日本で医療サービスを受けるために訪日する受診者に対し、受入れに関わる一連の支援サービスを提供する信頼できる組織としてお墨付きを与えています。
医療コーディネータは、医療滞在ビザの取得支援や通訳だけでなく、セカンドオピニオンの案内や支払代行なども行います。
中国からの日本の医療機関へのアクセス
中国において、日本の医療を希望する患者が医療コーディネーターへアクセスする方法は、主に二つあります。
一つ目は、かかりつけの病院などから医療コーディネーターへと繋いでもらう方法です。日本の医療コーディネーターは、現地医療機関と提携しているものが多いです。
二つ目は、Webサイトや代理店からアクセスする方法です。
患者はWebサイトや代理店を経由して、医療ツーリズムを専業とする企業へ直接申し込みます。中国人患者は現状、中国企業にアプローチすることがほとんどになっていると言います。
中国人の医療ツーリズムを受け入れる日本側の課題とは?
なぜ中国では医療ツーリズムが流行となっているのでしょうか。 日本で医療を受けるメリットは、小さな病気まで早期に発見し解決する高い医療技術が挙げられます。
また中国人にとっては日本の公平な医療費負担制度や、距離的な近さが魅力的に映るだけでなく、受診のついでに観光ができることも決断を後押ししているという意見もあります。
今後さらなる増大が予想される日本における医療ツーリズムの受け入れですが、課題もあります。
1. 日本の病院の人手不足
まず、受け入れる病院の体制です。そもそも人員不足で難色を示す病院もありますし、言語や文化の違いによるトラブルに対処できない可能性もあります。こうした誤解から、患者に不利益を与えてしまうリスクすらあります。
2. 通訳の専門性の担保
患者と医療機関との意思疎通を助ける通訳にも課題があります。医療の現場とあり、専門用語が使われる場面も少なくありません。
受け入れる日本側は専門用語に対応できる通訳を希望していますが、現状、中国語が話せるというだけで通訳を申し出たり、日本へ留学している学生などを通訳として起用する仲介業者がいるそうです。
こうした専門ではない通訳者を起用してしまうと、患者の症状を医師へ正確に伝えられなかったり、誤った用法用量が患者へ伝わってしまうといった致命的なミスを引き起こしかねません。
3. 現地での広告展開
加えて、中国における医療ツーリズム広告の問題もあります。
利益のため利用者を多く集めたいと考える仲介業者が、「必ず完治する」といった虚偽広告を展開することもあるそうです。こうした広告を信じてしまい、期待を胸に訪日した患者が完治に至らず失望して帰国する例もあると言われます。
日本では医療広告ガイドラインがあり、医療団体の宣伝活動には制限があります。医療ツーリズムの領域で国外広告へのガイドラインを設定することがこうした問題を解決に導くかもしれません。
4. 日本の医療保険へのただ乗り
さらに医療ツーリズムの裏では、医療目的の入国であることを隠して来日し、社会保険に加入し医療機関を受診する悪質な例も発生しているとの情報もあります。
ただし今年5月には、国会で健康保険法改正が成立しており、こうした事態は今後防がれていくと見られます。
【法改正】増加する「タダ乗り医療ツーリズム」にSTOP!中国人観光客の日本の健康保険悪用に対抗する健康保険法改正とは
医療保険の適用対象を原則として日本に居住する扶養家族に限定するといった改正を盛り込んだ「医療保険制度の適正かつ効率的な運営を図るための健康保険法等の一部を改正する法律」が、2019年5月15日に参議院本会議で可決・成立しました。訪日中国人観光客による「タダ乗り医療ツーリズム」の現状をふまえ、健康保険法改正に至った背景について、インバウンドの視点から見ていきましょう。目次健康保険法改正で適用対象限定:外国人の医療費「タダ乗り」対策?訪日中国人観光客の医療費「タダ乗り」が増加中国で注目される「...
医療ツーリズムの発展にはバランス感覚も必要
経済力を持つ人が健康や長寿を求めて国境を越えることは、中国に限らず増えていくことが予想されます。
高度な技術でアジアの医療を牽引する日本がその医療を提供することは、重要な社会貢献という見方もできるでしょう。さらには医療ツーリズムにより周辺地域の経済を潤すことができるのであれば、一面的には喜ばしいことのようにも思えます。
一方で、医療ツーリズムの体制整備は、単純に受け入れる病院があるか否かや、言語や文化の違いの問題にはとどまりません。長い待ち時間や医師不足により、医療へのアクセスに日本に中長期で在住している人が不満を抱いている中で、高額を出せる旅行者の医療ばかり優先されることがあれば不満は避けられないでしょう。
医療ツーリズムの健全な発展には、国内外の患者の利益を損なわないバランス感覚の良さが必要とされるのではないでしょうか。
<参照>
外国人患者の医療渡航促進に向けた現状の取組と課題について(経済産業省)
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