2024年1月、これまで低迷していた訪日中国人客数が40万人に上りました。前月の2023年12月から約10万人増加しており、中国における訪日需要が回復し始めた様子がうかがえます。
今後も航空便の回復状況に応じて徐々に中国人旅行者が増えてくることが予想される中で、中国市場の最新データや旅のトレンド、そしてそれらを踏まえた上で必要な受け入れ対応とは何なのかが気になるところです。
今回訪日ラボでは、日本政府観光局(JNTO)中国 北京事務所で所長を務める茶谷 晋太郎氏に単独インタビュー。インバウンド誘致における広報・宣伝活動や訪日外国人の受け入れのためのインフラ整備、データの統計・分析などの取り組みを行うJNTOは、現在の中国インバウンド市場をどのように捉えているのでしょうか。
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中国の訪日需要は力強く回復中
ーー現在の中国における訪日需要の回復傾向について、茶谷さんはどのように捉えていますか。
2024年1月の訪日中国人客数は、前月の2023年12月から約10万人増加し、約41.6万人を記録しました。
例年、訪日中国人観光客の数は夏休みの時期にピークを迎えるのに対して、1月は2023年夏の数値を上回っています。まだ2019年の水準には届いていないものの、最近の回復傾向にはかなりの力強さを感じています。
この2月の春節においても、具体的なデータはまだ出ていません(※3/19公表予定)が、中国の旅行会社や航空会社へ予約状況などをヒアリングする限り、非常に多くの中国人が日本へ出かけたのではないかと思っているところです。
日中間の航空便がコロナ禍前の6割程度まで復便したことや、これまでの地道な訪日プロモーションを背景に、日本を海外旅行先として選ぶ動きは戻りつつあります。
ーー中国国内の訪日需要が回復傾向を見せる一方で、中国国内の不景気やALPS処理水放出問題など気になるニュースもあります。これらは訪日需要にどのように影響していますか。
まずは景気について所感をお伝えしますと、中国の先行き不透明な経済状況を懸念点として挙げる中国の旅行会社が増えていると感じます。
ただ、中国は人口が多くさまざまな層がいるため、全員が海外旅行できない状況になるわけではありません。不景気がほとんど影響しない人もいますし、景気の影響を受けたとしても「海外旅行をするならやはり日本で」と考える層もいます。そうした人々にとっては引き続き訪日旅行への興味関心は高いままなので、今すぐ訪日需要が失速するような状況ではないと考えて問題ないでしょう。
とはいえ、景気が今後どう影響するかはまだ見えない部分も多いので、引き続き注視したいと考えているところです。
また、ALPS処理水放出に関して、中国国内の反発は現在落ち着いている様子です。
昨年8月の最初の処理水放出直後は中国国内がヒートアップし、一部の訪日旅行がキャンセルになったという話も聞きましたが、2回目、3回目の時にはほとんど話題になりませんでした。放出直後は報道されるものの、さほど騒がれることもなくといった印象で、日が経つにつれて沈静化しているのがわかります。
政府間でも議論を続けていると聞いており、今後再びどこかで着火するかもしれないということは頭の片隅に置いておく必要がありますが、今のところ訪日需要に大きな影響は出ていません。
"爆買い"はもう昔の話。今や中国人も「モノ消費よりコト消費」
ーー中国人の訪日旅行と言えば「爆買い」のイメージが強いですが、訪日需要の回復に伴って、今後「爆買い」は戻ってくるのでしょうか。
中国人の旅行の形は急速に変化していて、もう「爆買い」はひと昔前の話だと考えたほうが良いでしょう。
実は「爆買い」は2015年頃がピークで、それ以降訪日中国人観光客のニーズは「モノ」から「コト」へ少しずつシフトしてきました。今はその傾向が一層強まっており、中国における訪日プロモーションでも「コト消費」は重要なキーワードの一つです。
実際、JNTOが実施した中国のインフルエンサーに訪日旅行を体験してもらう招請旅行でも、禅や伝統工芸体験などの体験型コンテンツへの関心がとても高く、日本だからこそできる体験がものすごく求められていることを感じました。
ーー中国も「モノ消費」から「コト消費」へとシフトしているのですね。今年の春節でも、中国人の体験型旅行への関心の高まりは感じられましたか。
そうですね。そこでどんな体験ができるのか、どんな時間が過ごせるかに注目して旅先を選ぶ様子がうかがえます。日本人が旅先を選ぶ時の感覚とほとんど変わりません。
富裕層の場合も同じで、特に日々忙しくしている方々が多いので、日常からの解放やお子様の教育などの観点から、体験型の旅行へのニーズは非常に高くなっています。
この傾向は今後さらに強くなっていくと予想されますので、暖かい季節がやってくれば、訪日旅行においてもアウトドアアクティビティなどへの注目度が高まるのではないかと考えています。
ーー「コト消費」以外に、中国人の訪日旅行にはどのような変化が近年見られますか。
中国人の訪日旅行と言えば大型の団体旅行を思い浮かべる人も多いかと思いますが、今では家族や友人などと少人数で旅行する個人旅行が中心になっています。
また、旅の目的の変化や個人旅行へのシフトによって、首都圏や関西圏以外の地方への分散が今後進んでいくように感じます。日本の報道でも、青森が中国人に人気といったようなニュースを最近見かけますよね。今はまだ中国から地方への直行便は回復途上ですが、地方路線も少しずつ復便していく中で、中国人観光客誘致のチャンスは日本各地に広がっていくと思います。
旅に関する情報収集はSNSや動画、口コミで
ーー中国人の旅の形が大きく変化しているとのことですが、旅に関する情報収集の仕方も変化しているのでしょうか。
他の国と同様、SNSや動画の勢いを感じます。特に最近は中国版Instagramと呼ばれる「小紅書(RED)」を見ている方が多いようですね。
観光庁の訪日外国人消費動向調査でも、旅に関する情報収集先としてそれらのメディアを活用する人は2019年比で顕著に伸びていることがわかりました。
事例として、たとえば2023年の前半には山東省淄博市でのBBQが流行ったり、直近ではハルビンの氷祭りに多くの観光客が訪れるというムーブメントが起きたのですが、そのきっかけも動画サイトと言われています。動画やSNSなどで"バズった"ところに行く、という社会現象がわかりやすく見られた一年だったように思います。
ーーSNSや動画サイトなど、個人発信の情報が注目されているんですね。中国市場において、口コミへの注目度はいかがでしょうか。
旅行に関する情報収集の手段として、先人のアドバイスが詰まった口コミや攻略系記事への注目度も年々高まっていると思います。
景気が明るくない中で限られた可処分所得を旅行に費やすとなれば、当然「見どころは外したくない」「効率的に旅行したい」と考えるでしょう。中国は世界的に使われているSNSや検索エンジンが使えないなど、かなりクローズドな世界なので、中華系アプリのほか、仲間内での情報交換や中国人旅行者の口コミ情報がもたらす力はかなり大きいのではないかと考えています。
景気に左右されづらい富裕層においても口コミの重要度は高いです。富裕層の顧客に一度売り込むことができれば、次はそのご友人や知人がやって来るというのは、中国では非常によくあること。良い評判が自然と広まっていきます。ただ、逆に言えば、「対価に見合う経験が得られなかった」というマイナスな評価を一度でもつけられてしまうと、その評価も伝播するでしょう。
中国人観光客を取り込んでいくうえでも口コミの重要性をしっかりと念頭に起き、特に旅や経験にお金をかける層には、高品質な対応を柔軟にするというのが日本の観光事業者には求められるのではないかと思います。
今後「日本でどんな体験ができるか」の情報発信に注力
ーー中国人客誘致における日本のライバルについて、茶谷さんの考えをお聞かせください。
中国人客誘致における今の日本の主なライバルは、東南アジアだと考えています。もともと比較的安価な海外旅行先として人気でしたが、直近では中国経済への不安から遠方を旅先として選びづらくなっていることや、欧米各国のビザのハードルも高いことを背景に、渡航先として近場を選ぶ傾向にあるためです。なかでも、タイやシンガポール、マレーシアは中国人に対して短期観光ビザを免除しており、ビザの手続きが必要となる日本よりもそれらの国を選ぶ人が多くなっているという話は旅行会社からも聞いています。
ただ、日本は人気旅行先ランキングで今もなお一位か二位に選ばれ続けている状況で、訪日旅行の人気自体が衰えているわけではありません。旅先の有力候補に入ってはいるものの、現実的にはツアー料金の高止まり、航空便やビザの問題がネックになっているという状況ではないでしょうか。
ーーJNTOとしては今後どんな施策を考えていますか。
各国ともに中国でのプロモーションを積極的に行っていますから、JNTOとしても引き続きさまざまな形で訪日プロモーションに取り組みたいと考えています。来年度も旅行博への出展、オンラインを活用したプロモーションや航空会社との共同広告などにより、訪日需要の掘り起こしに取り組んでいきます。
加えて、プロモーションの仕方にも工夫が必要だなと最近考えているところです。
単に日本の食や自然、文化など、そのものの魅力を伝えるだけでは不十分だと最近感じています。日本以外の国にも魅力的な観光資源が豊富にあり、各国がプロモーションに力を入れる中、中国人観光客の変化する旅ニーズに合わせて、「日本ならこんな体験ができますよ」というところまで伝えきることで、他国との差別化が図れるのではないかと考えているからです。
ーー訪日需要を取り込みたいと考える民間企業や自治体への支援としては、どんなことを考えていますか。
私たちJNTOは中国に4つの事務所を構えており、そのうち私が所長を務める北京事務所は今年25周年を迎えました。中国の旅行会社との堅いネットワークを築いていますので、中国市場を取り込みたい事業者の皆さんには、そんな私たちをうまく活用してもらえたらなと思っています。
もし中国市場の情報収集がしたいということであれば、ご興味のある地域を担当する各事務所にお問い合わせください。私たちからご説明させていただきますし、状況に応じて各地の旅行博にてPRしていただける場などを設けることも可能です。
さらには、ビザさえ取れば日本から中国へ渡れる状況になりましたので、来年度以降は中国で商談会のような形で現地の旅行会社と日本の観光事業者をマッチングする機会を設ける予定です。コロナ禍を経て中国社会は大きく変化しましたので、その様子や温度感をご自身の目で確かめる良い機会にもなるはずです。
私たちは、中国における訪日需要を盛り上げるために両国の橋渡し役となれたらと思っていますので、ぜひお気軽にご相談いただけたらと思います。
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