近年、日本でもよく目にするようになった「ベジタリアン」「ヴィーガン」「ハラール」といった言葉。旧来から存在した宗教的なニーズに加え、動物保護、環境問題、健康面などを背景に、食に関する特別な対応を必要とする人が増えています。日本でもインバウンド需要の高まりを背景に、食の多様性(フードダイバーシティ)対応の重要性は年々高まっています。
そんな中、アジア最大級の食品・飲食展示会「FOODEX JAPAN 2024」では、3月8日にトークイベント『「食の多様性」対応を考える』を開催。
- 清流山水花あゆの里(株式会社鮎里ホテル)取締役運営統括兼女将 有村友美氏
- フードダイバーシティ株式会社 代表取締役 守護彰浩氏
- ファシリテーター:株式会社mov 訪日ラボ インバウンド事業部長 川西哲平
の3名で、食の多様性対応について議論しました。今回は、本イベントのレポートをお届けします。
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世界で進む、食の多様性。日本では未だ対応可能な企業・施設が少ない
川西:はじめに、フードダイバーシティの最前線で企業や自治体を支援する守護さんに伺います。「食の多様性」対応に関する日本の現状について教えてください。
守護氏:現在、訪日外国人観光客の全体の約4割がベジタリアン、ヴィーガン、ハラールなど、何かしら食に対する制限・禁忌を持つ方だと言われています。そんな中、日本ではそうしたニーズに対応する企業や施設は多くありません。コロナで外国人観光客が減ったのを機に取り組みをやめてしまったという方もいて、コロナ禍が明けた今も、数少ない対応可能な施設に需要が集中しているのが現状です。
ただ、変わらず取り組みを続けてきた事業者が今大きな成果を出していることから、食の多様性に注目する地域や企業が少しずつ増えています。
たとえば九州では最近、台湾の半導体メーカー・TSMCが熊本に生産拠点を持ったことで、台湾の食文化への対応が話題となっています。実は、台湾は人口の14%が「台湾素食」と呼ばれるベジタリアン食を求めていて、肉や魚のほかニンニクやニラ、ネギなど香りの強い野菜を避けた食生活を送っています。そうした台湾の食文化にしっかりと対応し、九州に移住する台湾人や訪日台湾人観光客のニーズを獲得していこうという動きが強くなっています。
川西:なるほど。対応するお店が少ない中で、訪日外国人観光客はどのように情報収集をしているのでしょうか?
守護氏:ベジタリアンなら「HappyCow」、イスラム教徒なら「Halal Gourmet Japan」という専門のアプリを使って、対応が可能なレストランを探す人が多いです。まだ競合店が少ないので、そういったメディアできちんと情報発信しているお店はお客様に見つけてもらいやすい状況だと言えるでしょう。
川西:日本でも多くの人が口コミを参考にしてお店を探すように、自分と同じ食のルールを持つ人の声や経験を参考にする、という話も聞いたことがあります。「友達が行ってたから行ってみよう」といった形で広まり、いつの間にか外国人観光客が増えている、みたいなケースもありそうですね。
コロナ前から食の多様性対応に取り組む、熊本の老舗温泉旅館「あゆの里」
川西:熊本県人吉市の温泉旅館「あゆの里」ではコロナ前から食の多様性への対応を進めてきたとのことですが、どのようなきっかけで始めたのか教えてください。
有村氏:はい。今から10年ほど前、日本で初めてハラール牛の認証をとった、ゼンカイミート株式会社(地元の食肉工場)の社長との出会いがきっかけでした。ハラールに興味を持ち単身でマレーシアまで勉強しに行き、帰国後には和洋会席料理でハラール認証をとりました。
その後、こうした食の取り組みを地域と一緒にやっていきたいと考え、感染症拡大や熊本豪雨の打撃を受けながらも、地域の企業や農家と協力をしながら食の多様性への対応を進めてきました。
川西:現在はどのような取り組みをしていますか?
有村氏:ハラール会席が好評で、その後、ヴィーガンのお客様にも対応できる店舗を地域内で増やし、旅行商品を作りました。当館では、たとえばアスパラガスのムースとか、丸茄子と豆腐で作る熊本の伝統料理「ひりゅうず(※がんもどきに似た料理)」とか、普段からヴィーガンの方もそうでない方も食べられるようなお料理を提供しています。
また、外国人スタッフがお客様と直接メッセージのやりとりをすることも日常茶飯事。あゆの里には現在外国人スタッフが25名在籍しており、日本人スタッフだけで対応するよりも食の多様性への理解や知識がある状態でお客様をお迎えできていると思います。
アクセスが良いとは言えない立地ながら、インバウンドの人気を集めるように。なんと53%が「食の禁忌」あり
川西:あゆの里での対応に対する外国人観光客の反応はいかがですか?
有村氏:とても好評で、実際に多くの訪日外国人のお客様にお越しいただいています。熊本県人吉市は鹿児島県と宮崎県とのちょうど県境に位置しており、決してアクセスが良いとは言えません。加えて、豪雨の影響を受けたJR肥薩線はまだ復旧しておらず、あゆの里への交通手段はマイカーかバス、もしくはハイヤーのみ。
そんな状況にも関わらず、お客様の全体の約10%が外国人のお客様で、そのうちのなんと53%が食の禁忌など何らかの対応が必要となるお客様となっています。
川西:53%ですか。想像以上の数字で驚きました。
有村氏:以前、こんな外国人のお客様もいました。東京から入国して1泊した後、新幹線で広島を2〜3時間観光して、夕食に間に合うようにあゆの里まで来てくださったんです。日本の旅館でハラール会席が食べたかった、と。
川西:それはすごいですね。
有村氏:食の禁忌を持つお客様は少し値が張る露天風呂付き客室に宿泊されることも多く、富裕層の方が多いように感じます。台湾素食だったり、ヴィーガンだったり、生魚が食べられない方、牛が食べられない方など、多種多様な方がいらっしゃいますので、必要となる対応は様々ですね。
食の多様性対応は難しい?現場の理解を得るには
川西:食の多様性への対応を進めるにあたって、現場の理解や協力を得るのが難しいという話もよく聞きます。あゆの里の場合はどうだったのでしょうか。
有村氏:「ハラール」という言葉がまだ日本で浸透していなかった時代に、料理長に「一緒にやってみないか」と声をかけてから、10年をかけて少しずつ進めてきたという感じです。今ではアレルギー対応と同様にハラール対応を得意とするくらい、詳しくなってくれました。
また、調理場のスタッフに関しては、食の多様性対応のセミナーなどがあれば若手からシニアまで一緒に参加するようにしていて。そうした場で理解を深めていってくれているんじゃないかと思っています。
川西:他の地域や企業が取り組むうえで、参考になる工夫などはあるのでしょうか。
守護氏:先ほど有村さんから、普段からヴィーガン対応できる料理に関しては、ヴィーガンでない方も含めて全員に提供している、というお話がありました。そこにヒントがあります。
基本的には食の禁忌のある方にも共通する料理を用意し、たとえばメイン料理だけお肉なのか、野菜で代用するのか、など変化がつけられるようにしておく。共通する部分とそうじゃない部分とをしっかりと把握することにより、食の多様性への対応は難しくなくなると思っています。
サスティナブルツーリズムの普及と共に、食の多様性のビジネスチャンスは今後ますます広がっていく
川西:近年、観光業界でもSDGsやサスティナブルといった言葉をよく耳にするようになりました。以前あゆの里を伺った際には、ペットボトルを廃止したり、植物性のアメニティを採用していることも印象的で覚えています。この点についてもぜひお話を聞かせてください。
有村氏:食の多様性対応と同時に、フードロスの削減やカーボンオフセットも意識して取り組んでいるところです。エコなアメニティは少し高いので、地域の旅館と共同購入することによって少しでも単価を下げて運用できるようにしています。また、カーボンオフセットの一環として、スタッフたちは地域の農家の方々と一緒に農作業にも取り組んでいます。
川西:今日のテーマである食の多様性と、サスティナブルツーリズムとの関係性について、守護さんはどう考えていますか?
守護氏:食のスタイルとサスティナブルは密接に繋がっています。たとえば欧米諸国では、肉食による温室効果ガスの排出と地球温暖化との関係が活発に議論されており、ベジタリアンやヴィーガンまではいかなくとも、肉を控えようというムーブメントが起きています。
昨年末に視察したオランダでも同様の考え方があるようでした。海面上昇すると街がなくなってしまうという危機感を持ち、ある都市では食の広告を出してはいけないといった政策も出てきています。日本ではまだそういった動きがさほど見られませんが、海外では想像以上に話題になっている印象です。
川西:世界には、日本の温度感とは全く違うスタンダードがあるわけですね。そうしたスタンダードに対応できている国内事業者はまだ多くないので、食の多様性対応はある意味ビジネスチャンスと捉えることもできそうです。この分野は今後、どのようになっていくのでしょうか?
守護氏:伸びる要素しかないと考えています。食の多様性はどんどん広がっていて、市場が非常に大きくなっていると感じます。これから日本がMICEや国際会議を誘致する際にも、食の多様性への配慮は欠かせないでしょう。多様性に対応したメニューがなければ「日本はわかっていない」と評価されてしまいます。海外が今どう考えているのかというトレンドをしっかりと学んで、日本でも対応を進めることが急務だと思います。
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