欧米豪から旅行者を誘致したい。高単価の体験商品を売りたい。できれば連泊滞在してもらいたい。多くのDMO(観光地域づくり法人)が目指すこれらの誘客目標を、すべて実現している地域連携DMOが大分県にあります。外国人に有名な観光スポットのない大分県国東半島で、地域の職人や農家と連携した単価5万円以上の体験型商品販売に、正職員わずか3名の体制で成功している(一社)豊の国千年ロマン観光圏の取り組みに、そのヒントを探ってみましょう。
文/萩本良秀(地方創生パートナーズネットワーク)
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2泊3日以上の高付加価値ツアーを造成、販売する地域連携スキーム
オンラインイベント「注目DMO Meet up!」(地方創生パートナーズネットワーク主催)は、重要テーマに独自の手法で取り組むDMOの声を聞き、その分野の専門家との意見交換を通じて各DMOが実践できるヒントを学ぶために開催されており、11月29日に第4回が行われました。
この日は「欧米豪向け高付加価値な体験商品」をテーマに、豊の国千年ロマン観光圏(以下、豊の国DMO)の堤栄一郎事務局長が登壇。どのように地域関係者と連携して体験着地型商品をつくり、高付加価値体験を求める欧米豪の旅行者が、大分県の半島に長期滞在したくなるような体験ツアーを販売しているのかを聞きました。
2010年観光庁より観光圏整備事業に認定され、大分県国東半島の北部地域で地域連携事業を開始、2017年に地域連携DMOとして登録された豊の国DMOは、別府市や中津市など域内8市町村をマネジメント地域としています。宇佐神宮を中心とした六郷満山文化を受け継ぐ信仰や祭りが今なお残る、1000年以上続く神仏習合発祥の地の歴史と文化を核に、「千年ロマン時空の旅」をブランドコンセプトに活動しています。
豊の国DMOの正職員はわずか3人、全国の観光圏12団体や域内8市町村との連携に加え、地域の漁師や農家、工芸職人とつながっている観光地地域づくりマネジャーと共に、観光地域づくりに取り組んできました。
欧米豪のハイエンド層をターゲットとした2泊3日以上の滞在交流型ツアーを、地元ガイドや体験事業者、宿泊や交通事業者と共にチームとして商品づくりに取り組み、第2種旅行業としてDMOがワンストップで販売しています。
アドベンチャートラベルをコンセプトにした4泊5日モデルツアーでは、サイクリングやロングトレイル、スタンドアップパドル(SUP)の体験を組み合わせて半島をめぐります。募集型で自力販売することは難しいため、国内インバウンド旅行会社を通じて、トレッキングやサイクリングだけも組み入れられるフレキシブルなオーダーメイド型のツアーを、海外に向け販売しています。最近は大阪と大分を結ぶフェリー「さんふらわあ」を利用して移動、ゴールデンルート+豊の国2泊3日程度の滞在をする、欧米豪旅行者が増えています。
2020年10月には初の7泊8日の長期滞在ツアーを実現。ハワイの旅行会社がしまなみ海道以外にサイクリングツアーができる場所を探しているという相談が、インバウンドのサイクリング客を受け入れている中津市のゲストハウス「すえひろや」に寄せられ、豊の国DMOに相談が来てコースを提案し、採用されました。サイクリングといっても走るだけでなく、農家で農業体験と食事、中津市では自治体が琴の演奏でお出迎え、姫島村ではおじいさんやおばあさんと郷土料理作り、城下町で着物散策など、各市町村も動いて地域の人々と交流機会をたくさん設けることができました。
今年4月にはオーストラリア旅行会社の方が別府の観光案内所に来て、国東半島でトレイルツアーを作れないかと相談があったとDMOへの連絡を受け、すぐに駆け付けて2時間ほど相談しながら6泊7日のトレイルツアーを作り、10月に実施しました。昼食は農家のお母さんが作るお弁当を提供、10軒しかない小さな集落ではおじいさん、おばあさん達と一緒におやつを作って食べるおもてなしなど、提案内容はすぐOKをいただきました。姫島村を含めた8市町村すべてを訪れてもらえる、集大成といえる滞在交流型ツアーが実現しました。
これらのツアーはDMOの研修を受けた、英語ができるスルーガイドと日本語専門のトレッキングやサイクリングなどのアクティビティガイドがコンビを組んで案内します。国東半島はJRや路線バスで回れないためバス会社やタクシー会社と連携し、専用車をツアーに組み込みます。別府温泉の温泉旅館やホテルでの宿泊に加え、農家民泊や世界農業遺産に認定された循環型の農林水産業まで、地域の人たちとの交流に「日本には何度も来ているが、こんな体験は初めてだ」という外国人のお客様からの声も聞かれます。
観光地域づくりマネジャーが企画した「千年ロマン夜学」というワークショップを、2012~14年に全地域で何度も行い、最初は地域にネットワークもない状態からスタートして、農家や漁師に職人、宿泊、交通事業者などやる気のある方々とつながりができました。その後2か月近く誘客モニターツアーを実施しましたが、その後は協力してくれた人々へ、通年で商品を売れるようにすることがミッションになりました。豊の国DMOにはプロモーションや広告にかけられる十分な予算はないので、作った旅行商品を国内の旅行会社に知ってもらって販売や調整を行い、そこから海外のエージェントへの提案していただく、という形で売れる仕組みをつくっていきました。
ターゲットとなる欧米豪富裕層は「Tourist」でなく「Traveler」。彼らが求める「Modern Luxury」=ホンモノを求める旅とは、高級ホテルでの滞在よりも、地域に入って暮らしや文化・歴史を体験できること。彼らのニーズに応えるために地域ならではのアクティビティ、自然、交流を盛り込んだツアーを実施している中で、10軒しかない集落に外国人のお客様をお連れすると、集落のみんなが集まっておしゃべりが始まります。集落のおじいさん、おばあさんから「私たちも楽しかった!また連れてきてねー」と笑顔で送り出されると、事業者だけでなく地域全体の活性化につながっていることを実感します。
地域住民や事業者に浸透するまで、同じコンセプトを語り続ける継続性
イベントの後半には、体験型観光の旅ナカ商品造成販売を支援するアソビュー株式会社観光戦略部の今井潤プロデューサーも加わり、豊の国DMOの取り組みを掘り下げて聞きました。
今井氏「地域でコンセプトを決めて取り組むことは、一見きれいに見えてとても大変ですが、ターゲット設定の背景や狙い、千年の歴史に着目した舞台裏などを聞かせてください」
堤氏「観光圏を設立したときは、『千年ロマン時空の旅』というコンセプトだけ決まっていました。豊後高田市を昭和の町として打ち出した観光カリスマの金谷俊樹さんが、城下町や空襲の被害がなく昔の街並みが残っている別府など、時間と空間が壊されず残っていて、タイムトラベルができる地域であることに着目してコンセプトを提案したところから始まっています。私は当時、別府市観光協会で働いていて、共同湯で出会ったおじいさんに昔の自慢話を聞くのが好きで、このコンセプトを聞いて個人としてもドはまりしました(笑)。
別府市観光協会では地獄めぐりや遊園地、水族館などの観光施設を主に案内していたのですが、郷土文化を中心に据えるコンセプトには驚きました。域内の8市町村がどれかの時代に属するから文句も出ない、はじめからみんなが共感してできるこのコンセプトを、金谷さんからバトンとして受け取ったのだと思います」
今井氏:「背伸びしない生活に根付いた魅力の元に各地域事業者が連携できた、ということですが、自治体やDMOがコンセプトを立ててプロモーションしていても、事業者は他人ごとで付いてこないという地域も見かけます。地域の人にコンセプトを説明して一緒にやりましょう!という状態にするまでに、どういう手法で、そして時間がどれくらいかかったのでしょうか」
堤氏「ワークショップを繰り返してとにかく説明し続けました。『時空の旅』は、各市町村に何かしら役割があるというコンセプトで、城下町は近世、別府は近代温泉地、国東は千年続くお祭りや信仰があるから古代だよね、と各地域で分かっていただきやすかった。『豊の国千年ロマン観光圏』を設立してどんな組織かも知られていないから時間はかかりました。『千年ロマン時空の旅』というコンセプトは何度も聞かされている人も多いですが、今でもしつこく説明しています(笑)。2018年に六郷満山文化が1300年迎え、自治体と協議会で大々的にプロモーションを行ったこともきっかけになり、国東がスゴイらしい、と気づいてくれた別府の宿の関係者にも国東を回ってもらい、豊の国DMOが『千年ロマン』をコンセプトにした商品を作ってくれるらしい、という認知も進みました」
今井氏「高付加価値とは誰かにとっては価値が高く、ある人にはそうでないのもので、地域にいろいろ資源があっても、外部から見て魅力的に見えるための再編集は必要です。地域との交流が付加価値であるというポイントに至ったのはどのような経緯でしたか」
堤氏「私自身が別府で行われていたワークショップに参加して、知らないことをたくさん教えてもらえて、地域の人との交流が付加価値になって誰もが満足してもらえると確信しました。国東半島は神仏習合の土地で家には仏壇と神棚が並んでいて、それを地元の人に見せてもらえると感動します。ディープになれば魅力は増す。地域の人が案内してくれないとたどり着けない場所、究極の付加価値に出会えるわけです。また、観光地域づくりマネジャー11人の半分くらいが域外の人間で、外の目線で地域の人たちと話すことができます。海外のお客さんを持っている旅行会社の人に来てもらっても、スゴイねと言ってもらえると同時にインバウンド誘客に関しては、ココはそのまま、ココは改善したほうがいい、というアドバイスをもいただいて、毎年こつこつと改善してきました」
九州で自分たちは、欧米豪向け高付加価値旅行に振り切れた理由
九州のインバウンドといえば韓国など東アジアが主要マーケット。豊の国DMOはなぜ欧米豪の高付加価値旅行に、しかも実際にそれらの層が実際に来て彼らに刺さるかわからない時から、そこにフォーカスできたのかを、最後に聞いてみました。
堤氏「2010年当初は外国人でなく国内の福岡や東京からの誘客を目指していました。九州のインバウンドは東アジアで95%、欧米3%くらいの比率だったと思いますが、県や自治体も観光協会と同じく韓国や台湾をターゲットにするの?みんなと同じ商談会に行く意味があるの?と、私たち自身が差別化を図りたいと思いました。1300年の歴史と神仏習合がこの地域のオリジナリティで、ヨーロッパやオーストラリアの人々にうまくハマるのではという直感はありました。また、杵築市大田村でインバウンド向け旅行を企画販売する「Walk Japan」(Japan Travel Company)のポール・クリスティさんが熊野古道や中山道と一緒に国東ツアーを売ってくれていて、実際に国東ツアーは1週間くらい半島に滞在して歩き、1人1日5万円以上の旅行代金を払ってくれていたことから確信に変わって、振り切りました」
豊の国DMOのサクセス・ストーリーには、あまりに多くの要素があり、一言でまとめるのは難しい。観光圏から始まり地域づくりのノウハウを持つ観光地域づくりマネジャーを活用してきたこともその一つでしょう。最初は観光協会の内部から、1人ずつ適性を見て長く関われる人間を増やしてきました。彼らがDMOの事業計画づくりや実施にも関わり、定期的な人事異動で継続的な取り組みが難しい行政の担当者が確保してくれ予算を執行する、ボトムアップ型で事業の企画立案を行っています。旅行会社出身者やサイクリングガイド、観光協会職員でサイクリングや歴史スペシャリストなど多様な専門人材が集まり、観光協会の事務局長が退職してガイド団体を設立する事例も。「能力ある人の経験が集まるマネジャー会議が一番勉強になる」と堤氏は言います。
2019年のラグビーワールドカップでは、イングランドやオーストラリア、フランスなど強豪チームのサポーターが当地に押し寄せ、お店の酒が全部なくなるほどお金を使い、海外に行けない農家の人々が彼らと肩を組んで世界を体験したことも、外国人旅行者を迎える土壌につながりました。定期観光バスが土日しか運航しない地域には「英語対応ができてない地域なので英語ガイドを」「電車もバスもないのでタクシーでトレッキングツアーを」など、インバウンド客を呼ぶにはデメリットだらけの状況も逆手に取って、地域の事業者と共に体験商品化してしまうたくましさ。ガイド、観光案内所、観光協会、県のDMOであるツーリズムおおいた、Walk Japanなどの多国籍事業者まで、日々連絡を取り合い一体となって地域観光を運営している。一言でまとめきれないからこそ、あらゆるDMOにとって1つや2つだけでなく、実際に自地域でもできる取り組みのヒントが数々あるのではないか、と思いました。
著者プロフィール:萩本 良秀
地方創生パートナーズネットワーク 事業支援ディレクター
民間企業や関東広域DMOなどインバウンド観光関連事業で、多言語ウェブサイトやInstagramなどSNSを活用したデジタル・マーケティング担当を歴任。全国通訳案内士(英語)として150名以上の外国人旅行者をガイド。観光庁「地域周遊・長期滞在促進のための専門家派遣」など観光庁や文化庁事業の委員、自治体や観光団体のイベントでの講演、大学ではホスピタリティ科目の講師も務める。
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