シンガポール高付加価値市場をデータ+現場からの視点で読み解く【現地専門家が語るシンガポール:高付加価値インバウンドの新潮流・前編】

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2022年5月に観光庁が「地方における高付加価値インバウンド観光地づくりに向けたアクションプラン」を策定したのを機に、各自治体DMOでも高付加価値旅行に対する取組みがテーマにあがるようになりました。

近頃は一部でオーバーツーリズムの問題も聞くようになり、より一層、人数ではなく消費単価のアップ=富裕層の誘致に取り組まなければならないという機運が、これまで以上に盛り上がっています。

しかしこれまでの高付加価値旅行といえば、ほぼイコール欧米市場。

距離の遠さや訪日頻度の低さなどから、なかなかマーケティング施策を打ちにくい、と感じている方も少なくないかと思われます。

そこで、今回は東南アジア市場からの訪日送客に10年以上取り組んでいるアジアクリックのシンガポール本社から、

  • 高付加価値旅行に取り組むなら、今シンガポールが最もお勧め
  • シンガポールの高付加価値旅行とは?
  • 具体的に取り組むにはどのようなことをすればよいのか?

そんな話を前編・後編に分けてお伝えしたいと思います。

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シンガポールからの訪日の現況

まずは、シンガポールからの訪日の状況についてざっと見て行きましょう。

2024年の1年間で、シンガポールからの訪日客は69.1万人。2023年比で16.9%の伸びを示しており、2019年から20%伸ばした2023年に続き、大きく伸長する結果となりました。

東南アジア市場といえば、年間130万人を超えていたタイが、コロナ後の訪日客数回復にかなり苦戦しています。

一方で、シンガポールはコロナ後に2年連続で20%程度伸び続けています。

  • 2019年⇒2023年:20.1%
  • 2023年⇒2024年:16.9%

結果、2019年には49万人だった訪日客数が2023年には59万人、そして2024年末には70万人にも迫る結果となりました。

約70万人という数字は、外国人を除くシンガポール国民360万人の実に約5人に1人が訪日していることになります。

実は東アジア東南アジアでこのようにコロナ前を大きく超えて伸び続けている国は、他にはありません。

国・地域別の訪日外国人数:日本政府観光局(JNTO)訪日外客統計
▲国・地域別の訪日外国人数:日本政府観光局(JNTO)訪日外客統計よりアジアクリック作成
※一見韓国の伸びがすごいように見えますが、2018年に750万人を記録しているので、伸び続けているとは言い難い

シンガポールから、このように訪日旅行が伸び続けている理由は複合的だと考えられており、コロナ以降、日本食がレストランやスーパーマーケット(DON DON DONKIなど)で本格的に浸透したとか、FITで日本に行くことがとても一般的になってきた、などが考えられます。

ともかくも、訪日旅行がここにきて大ブームとなっている、と言ってもいいぐらい人気になっているのが今のシンガポール市場です。

シンガポールがいかに「高付加価値」の訪日旅行なのかデータから検証する

では、シンガポール人の訪日旅行はどのようなものでしょうか?

シンガポール人の「裕福さ」に関する粒度を上げてみたいと思います。

まずはデータで見て取れる事実を挙げてみましょう。シンガポール人の日本滞在中の1人当たり支出額はおおむね29万円です。

これは、東南アジア東アジアを通じて最も高い金額であるだけでなく、米国の34.9万円にもそれほど遠くない金額です。

▲訪日主要国の1人当たり支出額と平均滞在日数:観光庁 インバウンド消費動向調査(2024年暦年・2024年10-12月期 1次速報)よりアジアクリック作成
▲訪日主要国の1人当たり支出額と平均滞在日数:観光庁 インバウンド消費動向調査(2024年暦年・2024年10-12月期 1次速報)よりアジアクリック作成
※中国は、消費金額のうち約12万円が「お買い物」=爆買い消費

また、次のグラフはシンガポールの家庭の世帯収入(月間)を示しています。これによると、月間9,000ドル(=約104万円)の収入のある世帯が、全体の50%を超えています。(日本は12%。)

少々乱暴かもしれませんが、シンガポールには「富裕層」と考えてもよい層が半分以上いる、というのが事実です。

▲シンガポール家庭の世帯収入(月間)
▲シンガポール家庭の世帯収入(月間)

実はこのデータの裏には、共働きが標準的である、家賃や住宅購入費が高いので結婚をしても家を購入するまでは実家に居住することが多い、など世帯収入の上げにつながる要素があります。

それにしても日本との乖離は大きいですし、世帯収入が大きければ家族旅行で使える可処分所得が大きくなるのもまた事実です。

今、私たちがお付き合いしている富裕層向け旅行会社で、プライベート旅行のアレンジを依頼されるお客さんの平均的なご予算は、7〜10日間ぐらいで、航空券を含まずおおむね90〜150万円ぐらいと思われます。

1日に使えるお金は1人で10万円ぐらいになりますので、プライベートカー、ガイド付き、高級旅館の露天風呂付きのいいお部屋、というかなり豪華な旅行が一般的です。

こういった旅行は、日本人にとっては「かなり豪勢な」旅行ですが、シンガポール人の中流以上の家庭にとっては、それほど困難なことではない、ということがお分かりいただけるかと思います。

地方へのプライベート訪日旅行をアレンジする市場が拡大している

観光庁の「インバウンド消費動向調査」によると、シンガポールから訪日する人の93.9%は「個別手配」となっています。

ではシンガポールでは、90%もの人が自らKlook(クルック)やトリップドットコム(Trip.com)などのOTAで旅行を手配しているのでしょうか?

実は、ここに打ち手を誤ってしまう誤解が潜んでいると考えています。

「個別手配」とは、イコール自らすべてをOTAで購入することを示しているのではありません。

この調査における「個別手配」以外の選択肢は、「団体ツアーに参加」か「個人旅行向けパッケージ商品を利用」ですので、それ以外、つまり旅行会社に依頼してプライベートツアーを手配してもらう場合も、「個別手配」に含まれているのです。

事実、シンガポールでは富裕層向けのプライベートなアレンジをしてくれる旅行会社への訪日旅行の問い合わせがかなり活況を呈しています。

シンガポールからの旅行としては、欧米やアジアだけでなくアフリカなど全世界を対象として取り扱っているにもかかわらず、日本に行きたいという問い合わせが一番多いという旅行会社もあるほどです(日系ではなく、ローカルの富裕層向け旅行会社です)。

▲シンガポールの旅行博では、多くの人が個別手配の相談でブースを訪れます
▲シンガポールの旅行博では、多くの人が個別手配の相談でブースを訪れます

話はそれますが、なぜこれだけOTAが発達した今でも、旅行会社を通じて日本に行く人が多いのか、ご説明しておきます。

訪日客に占めるリピーター率>

米国

33.1%

英国

30.3%

フランス

27.5%

シンガポール

72.3%(うち5回以上のリピーターが27.1%)

※出典:観光庁 インバウンド消費動向調査(2024年10-12月期 1次速報)

上記のデータを見ると、日本に来ている7割のシンガポール人はリピーターであり、しかも5回以上訪日している人が3〜4人に1人はいる、ということになります。

そんなシンガポール人からよく聞く言葉は、以下のようなものです。

  • 「東京、京都はもう行きたくない。人の少ない、いいところを教えてほしい」
  • 「シンガポール人(や外国人)が多いところは行きたくない」
  • 「これまで10回、20回と日本に行った。まだ行ったことのないところを教えてほしい」

このような方々は、自然と日本の豊かな食や文化を持つ地方へと興味や足が向きます。ところが、そういった情報を自ら調べたりすることが割と苦手で、かつOTAで一般に販売されているようなものでは「物足りない」と感じてしまうのです。

  • 人とは違う、これまでシンガポールの人も行ったことのないような素敵なところに行きたい
  • 日本にこれだけの回数行った自分が、まだ体験したことのないようなことをやってみたい

こうした旅行を求めて旅行会社にコンタクトを取る、そういう方が増えていると考えています。

▲シンガポールの富裕層向け旅行会社を招へいしたファムトリップの一場面。このようなハイキングを行程に入れることは珍しくない
▲シンガポールの富裕層向け旅行会社を招へいしたファムトリップの一場面。このようなハイキングを行程に入れることは珍しくない

事実、私が普段お付き合いをしている富裕層向け旅行会社から最近よく聞かれるキーワードで「中山道」があります。

これまで、シンガポールを含む東南アジアからの訪日客は「あまり歩きたがらない」というのが通説でした。ところが各社曰く、「中山道のように昔の日本の雰囲気を味わいながら自然の中を1日歩きたい、そういうお客様が増えている」といいます。

これまでの標準的な東南アジアへの観光PRでは物足りない、そのような需要が育ってきていると感じています。

ここまでの話をまとめると、以下のようになります。

  • シンガポール人は何度も日本に行っているので、豊かな文化や食の体験を求めて地方に行きたい人が増えている
  • しかしそういった体験は、自分では手配できない
  • (富裕層向け)旅行会社にプライベートな旅行のアレンジを依頼するという市場が成長している

後編では、高付加価値旅行のプロモーションを行うにあたってのシンガポール市場のポテンシャルや具体的な手法についてお話ししたいと思います。

著者プロフィール:株式会社アジアクリック 小桑謙一


株式会社アジアクリック General Manager 小桑謙一(在シンガポール)。2018年よりシンガポールに駐在し、同時にASIACLICK事業に参画。新潟県シンガポール観光コーディネーターをはじめとするシンガポール事業を担当しながら、全社のゼネラルマネージャーとして事業全般に関わる。https://asiaclick.jp/

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この記事の筆者

株式会社アジアクリック

株式会社アジアクリック

株式会社アジアクリック 代表 高橋学(在バンコク)・General Manager 小桑謙一(在シンガポール)。2012年よりタイ・バンコク、シンガポール、東京を主な拠点として活動している。各自治体・団体の訪日観光インバウンドPR受託実績多数。地に足の着いた地道なセールス活動や旅行博運営から、SNS運用・デジタル広告運用まで幅広く対応している。

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