観光庁では、観光分野におけるDX推進の一環として、「地域経済活性化に向けた先進事例の創出」や、「生成AIの適切かつ効果的な活用に関する調査」に取り組んでいます。
3月には、「Next Tourism Summit 2025 - 地域一体で進める観光DX -」と題して、2日間の成果報告会が開催されました。
本記事では、報告会2日目のレポートをお届けします。
2日目は、観光地や宿泊施設における生成AIの活用事例や効果が発表され、適切な活用方法についての意見が交わされました。
▶︎1日目はこちら:観光DXで「稼げる地域」を目指す
【観光庁】観光DX推進に向けた2025年度の取り組み
まずは、観光庁 本村氏の挨拶からスタート。本イベントで発表される内容について触れた後、2025年度に実施する、観光DX推進に向けた以下の補助事業や実証事業について、紹介しました。
観光振興事業費補助金(全国の観光地・観光産業における観光DX推進事業)
- 観光地のコンテンツの販路拡大・マーケティング強化
- 観光産業の収益・生産性向上
- 専門人材による伴走支援
- 地域活性化の好循環モデル
- 生成AI活用モデル
- オープンデータ推進モデル
詳細は観光庁のホームページにて掲載されます。本村氏は、本事業の活用を検討する事業者はぜひ参考にしてほしいと述べ、冒頭の挨拶としました。
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データ仕様の標準化に向けた取り組み
続いて、観光庁 山根氏が登壇。観光庁によるデータ仕様の標準化に向けた取り組みについて説明しました。
観光庁では、宿泊施設において汎用性・互換性の低いデジタルツールの連携を進め、生産性向上を図るべく、2023年度からデータ仕様の標準化に関する調査事業を行っています。これまで、標準仕様の技術的な検討や、普及促進に向けた体制の構築に取り組みました。今後も観光産業の生産性向上を目指し、標準化に向けた取り組みを促進していくとしています。

全国6地域で生成AI活用の検証実施
続いて、有限責任監査法人トーマツ 新名氏が登壇。生成AIの適切かつ効果的な活用に関する調査事業について、概要が説明されました。
本事業では、全国6地域で生成AIを活用した検証を実施し、生成AIの「適切な活用」と「効果的な活用」にわけて成果をとりまとめました。
具体的には、「旅行者における活用」「観光産業における活用」「観光地における活用」の3つの領域で事業を実施。それぞれでユースケースを設定し、取り組みが進められました。

全国6エリアにおける生成AI活用の成果報告
【門司港】観光客の問い合わせ対応で生成AIを活用
関門地域は山口県下関市と福岡県北九州市にまたがり、関門海峡を有する観光地です。
その中の門司港レトロの観光案内所では、月に500〜700件ほど来る問い合わせを、2.5人のスタッフで対応しているという現状がありました。そのため、スタッフの業務量増加に加え、特定のスタッフへの依存、情報・ノウハウの共有不足といった課題が表面化していました。
そこで海峡都市関門DMOは、これまで電話対応していた観光客からの問い合わせに生成AIを導入。観光客から来た問い合わせを元にスタッフがAIに質問し、その回答をベースに答えるという運用を行いました。中には担当エリア外の質問や、観光案内所が持つ情報だけでは回答できないものもあるため、NAVITIMEとの連携や、データを都度アップロードする環境を整えました。
これにより、観光客からの問い合わせの52%を処理できる仕組みを構築。一方で、生成AIでは対応できない問い合わせも依然としてあるため、今後の課題として取り組む必要があると述べました。また、AIを運用するためのオペレーションも今後構築する必要があるとしています。

【熱海】データ収集や分析、多言語対応の工数を削減
熱海市では、宿泊事業者の人手不足により稼働率が低下し、宿泊客数が伸び悩んでいました。そのため、平日の需要を拡大する方針へとシフト。訪日外国人を誘致するため、AIを用いた本格的なインバウンド対策に取り組むことになりました。
しかし熱海市では、インバウンドに関するデータが揃っておらず、受け入れ体制や専門人材の確保にも課題を抱えていました。そこで、以下の3つを軸に取り組みを進めました。
・AIインバウンドマーケティングツールの活用
データの収集・翻訳・要約を瞬時に行い、各国市場を分析・比較。実績が少ない状況でも、仮説を立てて施策に落とし込める仕組みを構築しました。これにより、ターゲット市場の優先順位を効率的に決定でき、マーケティング分析工数が約15分の1に削減しました。
・AI分析支援
観光案内所で記録しているデータを集めて、傾向を分析。現場情報を頻度高く把握・共有できる体制を構築することで、旅ナカデータの分析工数が約4分の1に削減しました。
・AI多言語ツールの活用
WebサイトやSNSなど、観光客とのタッチポイントに適した多言語文章の作成が可能に。また、生成AIによるダブルチェックで翻訳の品質が向上し、自然で違和感のない表現が実現しました。結果として、翻訳工数は約12分の1に減少。迅速な情報発信が可能となり、観光案内所での問い合わせ対応の負担軽減にも寄与しました。

【北海道】生成AIで多言語案内を平準化
「お宿 欣喜湯(きんきゆ)」があるひがし北海道エリアは観光需要の変動が大きく、従業員の通年雇用が難しいため、スタッフの生産性向上が急務となっていました。また、インバウンド増加による多言語対応にも迫られていました。
そこで、生成AIを活用し、データ分析による販売戦略・施策立案や、スタッフの業務効率化、英語案内の平準化を行いました。
例えば多言語対応では、チェックイン時の案内において、スマートフォンのボタンを押すと英語翻訳ができる仕組みを構築。その結果、全スタッフが同じ品質で英語対応できるようになり、幅広い宿泊客への対応が可能になりました。
さらに、予約管理ツールから出力した宿泊人数などのデータを用いて、生成AIによるシフト案作成を実現。従業員の負担軽減にも寄与しました。

【城崎】訪日客向けのレコメンドをAIが提案
兵庫県の城崎温泉にある旅館「西村屋」では、インバウンドの比率が高まるなかで、単価の向上が課題となっています。またその要因として、スタッフごとの提案力や語学力のばらつきが挙げられました。マーケティングや販売施策の検討についても、売上や客室稼働率、シフトなど複数の要因が絡むため、難易度が高いという課題がありました。
そこで、単価向上に向けた追加飲食の提案や、販売施策の立案に生成AIを活用。
追加飲食の提案では、宿の実績やDMOが持つアンケートデータから、インバウンド客の国籍別の傾向を分析し、実際の提案につながる情報を出力できるようにしました。さらに、レコメンド文章を生成できる仕組みを構築。これにより業務時間を大幅に短縮しつつ、個人のノウハウに頼らない業務の平準化を実現しました。
また、戦略案作成やリスク抽出といった属人化されていた業務を生成AIに代替。加えてDMOが提供する需要予測データと組み合わせることで、経営の高度化も実現しました。

【長崎】修学旅行のアレルギー対応に生成AI活用
「ホテル長崎」では、修学旅行を中心とした団体旅行を中心に受け入れてきましたが、コロナ禍で大幅に減少したことを受け、個人旅行への対応強化に取り組んできました。現在は団体旅行も回復傾向にあり、個人・団体双方に対応できる受け入れ体制の整備が急がれています。
具体的な課題として、団体旅行のアレルギー対応業務の負担増がありました。過去のアレルギー情報や代替メニュー案も活用には至っておらず、業務の属人化の解消と効率化を行う必要がありました。
そこで、過去のデータや旅行会社などから提出されたアレルギー情報に基づく「代替メニュー案の提示」と、「対応したことがないアレルギーの検索」に生成AIを活用。その結果、1つの団体客に対し3〜4営業日かかっていた業務時間を60%削減することができました。
今後の課題としては、学校や旅行代理店から提出される情報が統一されておらず、集約に手間がかかる点などが挙げられました。
またアレルギー対応特有のリスクとして、個人情報を守るための運用が必要であるといいます。加えて、対応ミスは重大事故につながるため、データの最新性・正確性を維持し、出力結果を必ず人が確認する仕組みを構築することが不可欠であるとしました。

【箱根】新人スタッフの質問にチャットボットで自動回答
箱根エリアでは、2つの宿泊施設で生成AI活用の実証を行いました。
「ホテルおかだ」は従業員110名ほどの規模が大きい旅館で、運営にいくつかの課題を持っていました。その一つとして、社内のノウハウが分散されており、新入社員や異動してきたスタッフが的確な情報にアクセスできないことがありました。
そこで、すでに社内で使われていたLINEWORKSを活用。社内のQAデータベースを構築し、新人社員が業務で不明点があった際にチャットボットで質問すると、すぐに回答が返ってくるようにしました。これにより、スタッフが必要な情報に迅速にアクセスできるようになり、業務効率化が実現。また、分散していた情報を一元管理したことで、検索時間も削減しました。
すでに宿泊客などに向けてチャットボットを公開している宿泊施設は、それを社内向けに転用することで、比較的工数をかけずに活用できるのではないかとコメントしています。

【箱根】社員が自らツールを作成 業務改善しやすく
「和心亭豊月」では、「旅館を科学する」という目標を持ち、従業員が自発的に業務改善できる環境を目指しています。そこで、従業員が主導で生成AI活用ツールを作成できる環境を整備しました。
まず、社内の業務マニュアルや売上データをもとに、業務改善の提案を行うツールを開発。従業員がそれを実際に使用し、生成AIの仕組みや特徴を体感しました。
次に、ワークショップに参加することで、具体的な活用方法への理解を深めました。その後はフォロー体制のもと、従業員自身が生成AIツールを作成し、実務で活用できる仕組みを構築しました。
たとえばインバウンドに対する多言語対応では、生成AIを活用した翻訳ツールを従業員が作成。1回20分以上かかっていたお品書きの翻訳作業が7分に短縮し、作業負担の軽減に貢献しました。
こうした取り組みにより、社内の業務改善のハードルが下がり、気づいたことをすぐに実践できる環境が整備されたということです。

ハルシネーション(誤情報)のリスクや、個人情報保護なども配慮を
成果報告の最後は、観光分野における生成AIの活用について、トークセッションが行われました。
はじめに、観光庁 秋本氏が、宿泊施設における生成AIの活用状況を共有。観光庁が実施した調査によると、生成AIを業務に活用し効果を実感している施設は全体の3%にとどまると述べました。ただし、「使用中(効果は測定中または不明)」「トライアル中」を含めると20%、「検討中」も含めると50%を超えることに着目。観光産業においてこの数字は、大きな可能性を秘めているのではないかと期待を示しました。
トークセッションでは、生成AI活用時の誤情報(ハルシネーション)のリスクについて言及。適切に活用するためには、ハルシネーションチェックが不可欠であるとし、リスクを回避する工夫について登壇者がコメントしました。
株式会社リクルート じゃらんリサーチセンター 松本氏は、まずは組織内のアイデア出しなど、情報のズレが生じても、大きく問題にならない領域からスタートすることを推奨。またNTTコミュニケーションズ株式会社 西田氏は、リスクがあることを念頭に、どこまで生成AIに任せるのか、冷静に見極めることが大切であると述べました。
箱根DMO 兼 ホテルおかだ 常務取締役 営業部長 原氏は、宿泊業の現場でのAI導入の難しさについても言及。そもそもパソコンを利用していないような業務も多い中で、スタッフに自然に使ってもらえるよう、利用シーンを想定し、運用に合わせたインターフェイスを設計することが重要だと発言しました。
最後に秋本氏は、生成AIを活用する上では、個人情報や著作権の保護、バイアスの排除などの観点も重要になると述べました。そして、観光庁が公開している資料を紹介し、それらを参考に、適切かつ効果的なAI活用を進めてほしいと呼びかけました。
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長崎(ホテル長崎、長崎地域政策研究所)