インバウンド市場が拡大するなかで、医療機関では訪日外国人を受け入れる体制づくりが急務となっています。
観光庁の2026年度予算でも、「地方誘客促進に向けたインバウンド安全・安心対策推進事業」の一環として、訪日外国人の医療保険加入促進や、医療機関の受入機能強化が盛り込まれています。
訪日ラボは今回、沖縄で訪日外国人の診療を積極的に行う「那覇NICE救急クリニック」を取材しました。
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沖縄で数少ない「一次救急」担うクリニック 帰国後まで医療コンシェルジュがサポート
ーーまず、那覇NICE救急クリニックについて教えてください。
当院は、沖縄県内でも希少な「一次救急」を担うクリニックです。
内科、外科、整形外科、救急科を含む総合診療に対応しており、体調不良や軽い怪我の診察から、より深刻な症状の場合に「二次救急」につなぐかどうかの判断も行っています。
訪日外国人の受診はほぼ毎日あり、2026年3月には約70名が来院しました。
ーー沖縄におけるインバウンドの医療受け入れ態勢について、現在の状況をどのようにお考えですか。
沖縄では、総合病院規模の二次救急や大学病院などの三次救急は整備されているものの、軽症や中等症に対応する一次救急レベルで受け入れができる施設はほとんどありません。
訪日外国人の多くは、旅行中に体調が悪化した際に「大きな病院へ行けば安心」と考えがちです。ただ実際には、紹介状が必要だったり病院側に受け入れの余力がなかったりするケースが少なくありません。
急な発症に加え、旅行中という限られたスケジュールのなかで受診できる環境は、現在の沖縄では極めて少ないのが実情です。
ーー海外から受診される方は、どのような方が多いですか。
国籍は東アジアから欧米まで多様ですが、最近は、直行便のある台湾からの患者さまが多い傾向にあります。米軍基地関係者の利用も目立ちます。
中国政府による訪日自粛の影響で、中国人観光客の団体旅行は減少していますが、当院を受診される方は個人旅行者が多いため、大きな影響はありません。
来院の理由はさまざまですが、夏はマリンスポーツ中の怪我や日焼け、冬季は感染症による受診が増える傾向にあります。慣れない食事による腹痛も多いです。
当院では1歳以上で歩行可能な方であれば幅広く受け入れているため、来院される方の症状は多岐にわたりますね。
ーーどのような経路でクリニックを知り、来院されるのでしょうか。
当初はクリニックが提携しているホテルからの連絡が中心でしたが、クリニックの認知度が上がるにつれ、公式サイトやWhatsApp、電話からの直接連絡が増えています。沖縄はクルーズ船の発着が多いため、船員やシップドクターからの問い合わせもあります。最近は、「ChatGPTで検索して見つけた」という方も来院するようになりました。
また、当初は観光客をターゲットにしていましたが、英語が使える安心感から在日外国人や近隣の日本語学校からの紹介も入ってきています。
ーークリニックには専任の「医療コンシェルジュ」がいるとお聞きしましたが、どのような役割を担うのでしょうか。
当院には、医療の知識と語学スキルを兼ね備えた「医療コンシェルジュ」が在籍しています。診察前の調整から医療通訳まで一貫して担う専門職です。
コンシェルジュに直通でつながる回線から患者さまの状況をヒアリングし、医師と相談のうえで受け入れ可否や二次救急への転送要否を判断・調整します。
診察時は通訳として立ち会い、日本語の薬の説明書を外国語に変換して伝える役割も担います。診察後は海外旅行保険の請求に必要な診断書を作成し、帰国後のフォローまで一貫して対応しています。
さらに、当院は国内にある複数の医療機関と提携しているため、患者さまが次の旅行先で体調の相談や薬に不安が生じた場合にも、英語と中国語で対応できます。連携先の病院紹介やオンライン診療による薬の手配まで行っており、こうしたアフターフォローの充実が大きな特徴だと思います。

未払いリスクが、業界全体の訪日客受け入れを阻む
ーー訪日外国人の受診について、業界全体ではどのように受け止められているのでしょうか。
多くの病院が、訪日外国人の受け入れには消極的です。最大の理由は医療費の未払いです。
支払い方法は、全額自己負担、立て替え後精算、保険会社の直接負担、米軍向け保険制度の利用など、状況によってさまざまです。言語サポートの不足や高額な支払いへの抵抗感から、未払いが発生するケースは後を絶ちません。
国際学会でも「いかに未払いを防ぐか」が主要なテーマとなっており、多くの医療機関にとって訪日外国人の受診は避けたいのが本音です。
ーー那覇NICE救急クリニックにおける現状はいかがでしょうか。
当院では、これまで未払いの実績はありません。
丁寧なコミュニケーション、患者さまとの連絡手段の確保、診察前の概算費用の提示、支払い方法の多様化など、さまざまな取り組みを積み重ねてきた結果です。当院は海外旅行保険の診断書作成のスキルがあるので、「立て替えても後で戻ってくる」という安心感を提供できていることも大きな要因だと思います。
また、沖縄では観光客がレンタカーを利用して周遊することが多く、貸出時に保険会社と連携しているケースが多々あります。このため、たとえ海外旅行保険に加入していない患者さまであっても、レンタカーの付帯保険を活用して受診できる場合があります。
不安な診療を「日本に来てよかった」に変える
ーー外国人患者の受け入れについて、診療以外で心がけていることはありますか。
旅行中にケガや病気をするというネガティブな体験を、訪日旅行のポジティブな思い出へと変えるため、医療的な正しさだけでなく「どうしてほしいか」という患者さまの意向も丁寧にヒアリングしています。
たとえば、薬を飲むのが苦手なお子様に服薬補助ゼリーを用意したり、タクシーの手配が難しい場合はそのサポートをしたりなど、患者さまの要望には柔軟に応じています。また、自院で対応できない検査がある場合は、コンシェルジュを介して近隣病院と連携し、患者さまが確実に検査を受けられる体制を整えています。
ーーそうした細やかなサービスがクリニックの信頼感につながっているんですね。外国人患者とのコミュニケーションを大切にしている中で、印象に残っているエピソードはありますか。
来院した患者さまが検査の結果、すぐに治療が必要な状態と診断されたことがありました。総合病院に紹介しましたが、保険の手続きや専門医不在により、その日は入院できませんでした。
対応したコンシェルジュのスタッフは、アシスタンス会社と連携しながら受け入れ先を探し続け、4日後にようやく調整できたといいます。病院では患者さまの希望を病院に伝えたり、医師の説明をわかりやすく届けたりと、双方の間に立つ役割を意識したそうです。
待ち時間に患者さまが「あなたもまだご飯食べてないでしょう」とアーモンドを差し出してくれたことが、今でも心に残っているといいます。最終的には入院は不要と判断され、「本当にありがとう」と感謝のお言葉をいただきました。
また、機内で体調を崩した患者さまが当院に搬送された際には、総合病院までコンシェルジュが付き添い、現場スタッフと本人・ご家族の間に入り、英語と日本語の両方で入院手続きを調整したケースもありました。
慣れない土地や言語のわからない環境での医療機関の受診は、大きな不安を伴います。だからこそ、現場と患者さまをつなぐ存在は非常に重要ですし、私たちだからこそできる役割であると感じます。

ーー2025年の開院から約1年が経ちましたが、地域の医療体制に変化はありましたか。
開院したばかりの頃は、救急隊の方々も外国人患者の搬送に戸惑っている様子が見受けられました。しかし現在では、意思疎通が可能な軽症者であれば当院で受け入れ可能である、という認識が浸透しつつあるように感じています。
沖縄県は外国人を積極的に受け入れられるクリニックが少ないため、中部の病院では、軽症患者を近隣クリニックに紹介しようとしても言語の壁で断られるケースが多いようです。そのため、当院は遠方からの軽症患者の受け皿にもなっています。
もちろん、当院だけで対応できる範囲には限りがあります。私たちのほかにも設備の整った病院ができ、良い意味で競合が増えることで、地域全体の医療の質が向上することを期待しています。
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