日本のDMOのCRMはマーケにとどまるのか 北米との差異から探る進化に向けた2ステップ【ココが違う!海外DMOのリアル vol.6】

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連載:ココが違う!海外DMOのリアル

北米を中心とした海外DMOの事情に詳しい公益社団法人日本観光振興協会 大須賀氏より、海外DMOの「リアルな取り組み」をお届けしていく連載。海外DMOとの違いから日本のDMOにおける課題をあぶり出すとともに、今後取るべき方針や具体的な施策について考える。

CRM(Customer Relationship Management:顧客関係管理)という言葉は近年、日本国内の観光地域づくり法人(DMO)においてもよく使われるようになった。

観光庁も、地域を訪れる旅行者のデータを集約し、「誰が」「どこから来て」「何に興味があり」「どのような行動をとり」「その後どのような情報に反応したか」 を把握し、継続的な関係(リレーションシップ)を構築する仕組みとしてCRMを位置づけている。この定義にのっとってCRMに取り組む日本のDMOも多いだろう。

かくいう筆者も、秋田県DMOで働いていた際にCRM事業を経験しているため、CRMについては同様の理解でいた。しかし、北米を本拠地とする世界的なDMO統括団体 Destinations International(DI)が開催する年次総会のセッションやウェビナーでCRMに関する話を聞くと、どうも北米と日本のDMOが考えるCRMの枠組みが異なると感じる機会が多々あり、今回はその違いを少し整理してみようと思う。

文/大須賀 信(公益社団法人日本観光振興協会

これまでの連載:

日本と北米のDMOにおける「CRM」の違いを可視化

違いその1:管理対象となるデータが異なる

まずは、管理対象となるデータ類の違いからみてみよう。

日本のDMOは、観光客の動態を把握するため、DMP(Data Management Platform:さまざまなデータを蓄積・管理するプラットフォーム)上で下記のようなデータを扱っている。

  • 顧客データ・会員情報
  • サイト閲覧履歴
  • 購買履歴
  • ポイント履歴
  • 人流データ
  • MaaS(移動)データ
  • アンケート回答履歴

こうしたデータは、DMOが自ら地域サイトやポイントカード・アプリなどを作り、事業者による掲載、販売を通して収集するほか、宿泊に関するデータは事業者から収集しているケースも多いようだ。いずれにせよ、情報収集の範囲はかなり限られたものとなっている。

▲地域(DMO)が構築するCRMの全体像:観光庁 観光地域づくり法人(DMO)に向けた観光DX研修資料より抜粋
▲地域(DMO)が構築するCRMの全体像:観光庁 観光地域づくり法人(DMO)に向けた観光DX研修資料より抜粋

これに対し、北米では情報提供者が多岐にわたっている。ホテル・レストランなど、観光に関連する事業者はもちろんながら、域内のDMC(Destination Management Company:観光経営・資源開発を行う地域に特化した旅行会社)やイベントプランナー、コンベンションビューロー、地域のメディア旅行会社など幅広い業種が参画しており、扱う情報も幅広い。

しかも、DMOへ情報を提供する事業者の数が桁違いに多いのも特徴だ。街なかの小さなレストランやカフェも積極的に情報を提供するほか、イベント情報やコンベンション・MICE営業履歴、各事業者の顧客関係管理情報といったように、その土地の観光産業に関わるさまざまな情報がデータとして蓄積されている。

違いその2:「地域連携」の範囲の広さが異なる

この差はどのようにして生まれているのか。ここには、かねてから筆者がさまざまな場面でお伝えしている、DMOがとらえる「地域連携」の範囲の大きさ(認識の違い)が関係すると考えられる。

北米DMOは、そもそも観光客やMICEの誘致を手がけるコンベンション&ビジターズ・ビューロー(CVB)として機能しているところも多い。こうした場合、DMOが主体となって域内の音楽・スポーツイベントの誘致、経済波及効果の計測まで手がけているため、イベント管理情報の保有はもちろんながら、域内のDMCやイベントプランナーとの関係も強固なものとなっている。

こういった体制が築けている場合、域内のメディアとの関係も重視し、日ごろから密なコミュニケーションを図っているため、「顧客」ととらえる範囲がかなり広くなっている。「顧客」を「地域を訪れる(訪れうる)観光客」と定義する日本のDMOとは、スタンスがだいぶ異なる様子がここからも垣間見えるだろう。

▲北米のDMOと日本のDMOの構造:著者による作成資料
▲北米のDMOと日本のDMOの構造:著者による作成資料

違いその3:プラットフォームの構成が異なる

次に見ていきたいのは、プラットフォームの構成の違いだ。日本でも近年、MA(Marketing Automation:マーケティングプロセスをシステムで効率化・自動化する仕組み)ツールとの連携によって、顧客のWebサイト閲覧状況に合わせたメール配信などといった施策が行われているが、北米DMOはすでに一歩先へと進み、CDP(Customer Data Platform:顧客データを収集・統合し、1人ひとりを可視化するためのデータ基盤)構築に向けた取り組みや導入事例が増えている。

CDPとは、WebサイトSNS・広告・モバイルアプリ・メール・来訪データ・外部データなど複数のデータソースを統合し、旅行者を中心とした顧客データ(個人)に紐づけることで、より精緻な把握を実現するものだ。すでに「接点がある顧客との関係管理」を主な目的とするCRMに対し、CDPは見込み客や匿名ユーザー、前述した地域連携における関係者まで含めた幅広い範囲で「顧客」をとらえ、データ統合や分析、活用ができるため、両者を連携させるDMOが増えている印象がある。

北米を中心に1,000以上の観光地が採択する「統合型データ基盤」とは

こうした北米の環境構築を手助けしている一例として、Granicus Destinationsの取り組みを紹介する。

Granicus Destinationsは、行政特化型のクラウドプラットフォームを複数提供する企業 Granicus社がDMO向けに展開する事業部門で、これまでに「Simpleview CRM」や「Simpleview CMS」といったDMO業務特化型のCRM・CMSなどを提供してきた。

前述のように、北米DMO宿泊施設飲食店観光施設、行政、旅行会社、コンベンション施設など、多くのステークホルダーと連携しながら地域全体をマネジメントする業務特性が存在する。そのため、通常の営業CRMツールでは扱いづらいデータや対応しづらい業務があり、課題となっていた。

Granicus Destinationsは、こうした課題に応える機能を搭載したプロダクトを提供しており、1,000以上のDMOを含む観光地が採択してきたことからも、支持の高さがうかがえる。2026年5月には、これらをさらにアップデートし、統合型プラットフォーム「Destination Experience Cloud(DXC)」として提供を開始している。

ここでは、多くのDMOが活用するSimpleview CRMの主な機能を紹介しよう。

  1. パートナー管理(Stakeholder Management):DMO会員や観光事業者の情報を一元管理する。管理できる内容の例としては、会員情報、会費の管理、担当者情報、契約内容、面談履歴、支援履歴、イベント参加履歴などだ。まさに地域連携が強固にできている北米のDMOの真骨頂の部分といえる。
  2. コンベンション・MICE営業管理:CVB機能も備えているところが多い北米DMOにおいて、重要な機能の一つといえる。会議・大会の誘致案件、商談履歴、提案依頼書(RFP)の管理、見積・提案書、受注確率、売上予測などの管理ができ、営業担当者全員の案件共有や進捗の可視化が可能となる。
  3. ワークフロー管理:日本ではなかなか見ない機能だが、Simpleview CRMはDMO内部の業務まで管理できる。事業者登録、補助金対応、問い合わせ対応、メディア対応、ファムトリップ対応、インフルエンサーの受け入れなどを「案件」として管理できるもので、これによってDMO職員の負担はかなり小さくなっている。
  4. レポート・ダッシュボード:DMO経営で重要なKPIの自動集計を実現する機能。宿泊者数など地域経営のKPIを主に有する日本のDMOと比べて、北米のDMOは組織に対し、求められるKPIが多いのが特徴だ。営業活動や成果指標を可視化するため、会員数、会員継続率、商談件数、成約件数、MICE誘致件数、問い合わせ件数、担当者別実績など、豊富な標準レポートが用意されている。
  5. CMSとの連携:Simpleview CRMは、Simpleview CMSと連携することで、CRMに登録した宿泊施設、観光施設、飲食店、イベントなどの情報をDMOの観光公式サイトへ自動反映できる。これも北米のDMOのWebサイト運営・整備においては欠かせない機能だといえる。
  6. マーケティングオートメーション:旅行者やMICE主催者に向けたメール配信、セグメント配信、行動履歴分析などももちろん可能となっている。
▲Simpleview CRMの特徴についての説明資料:Destinations Internationalウェビナー資料より抜粋
▲Simpleview CRMの特徴についての説明資料:Destinations Internationalウェビナー資料より抜粋

DXCはこれらの機能に加え、Web分析、AI、レポーティングなど多岐にわたるデータを扱える統合型プラットフォームとなっている。観光需要の創出に限らず、地域への経済効果や住民・事業者への影響など、DMOに必要なあらゆる項目の可視化がしやすくなっているのが特徴だ。また、生成AI経由で参照・利用されたコンテンツの可視化など、近年のAI台頭のトレンドに合わせた機能も搭載されている。

▲AI Discovery - Content Acceleratorの説明:Destinations Internationalウェビナー資料より抜粋
▲AI Discovery - Content Acceleratorの説明:Destinations Internationalウェビナー資料より抜粋

日本のDMOのCRMはマーケティング止まり? 

ここまで、活用されているプラットフォームの例などにも触れながら、日本と北米のCRMの概況を見てきたが、次はなぜこのような違いが生まれるのか考えていきたいと思う。まずは要点を整理した下記の表にて、全体像を共有する。

▲北米のDMOと日本のDMOの違いを比較した表:著者による作成資料
▲北米のDMOと日本のDMOの違いを比較した表:著者による作成資料

こうした違いは、DMOが行うべき本来の業務を模式化しながら説明していくとわかりやすいだろう。DMOが果たすべき3つの中核機能「マーケティング」「地域マネジメント」「組織マネジメント」と、それぞれのDMOが指す「CRM」の範囲を照合してみると、明確な違いが見えてくる。

▲DMOが果たすべき中核機能の日米比較:著者による作成資料
▲DMOが果たすべき中核機能の日米比較:著者による作成資料

DMOの中核機能は、「マーケティング」「地域マネジメント」「組織マネジメント」の3本柱だといわれているが、日本のDMOは依然として観光プロモーションが重要な役割となっており、CRMもマーケティングの域を出ないフレームになっている。

一方、北米DMOは単なる観光プロモーション組織ではなく、地域全体の観光経営(Destination Management)を担う組織として位置づけられており、前述のように旅行者のみならず、地域のあらゆるステークホルダーとすでに連携している。

すると、地域における「顧客」の定義は幅広くなり、CRMの領域も当然「地域マネジメント」「組織マネジメント」までカバーする統合的なものとなっていく。つまり、北米DMOにおけるCRMは、DMOが関わる地域全体の「関係性を支えるエコシステム」ととらえることもできる。

北米DMOから学ぶCRM推進に向けた2ステップ

日本と北米のCRMを比較し、違いを明らかにしたうえで、最後は筆者が考える日本のDMOがCRM推進に向けて目指すべき方向性について私見を述べたい。筆者は、次のステップを順序どおりに進めることが肝要だと考えている。

  1. 地域マネジメント、組織マネジメントの機能強化
  2. CRMの範囲を拡大し、「システムの力」を経営に役立てる

まず行うべきは、北米DMOと比較して弱い部分である「1. 地域マネジメント、組織マネジメントの機能強化」だ。地域マネジメントに資する地域のステークホルダーとの関係性強化を地道に進め、同時に組織マネジメントに資するガバナンス強化や人材育成を行っていく。こうして組織を強くし、人の力を活かせる前提条件がそろったうえで「2. CRMの範囲を拡大し、『システムの力』を経営に役立てる」段階に進むのが良いだろう。

海外の先進事例に追いつこうとすると、後者から進めたくなるかもしれないが、環境が整っていなければおそらくうまくいかない。国民の血税を含む巨額の資金を投じても効果が出ない状況は、避けたいところだ。DMOは、「1. なくして2. なし」を肝に銘じながら、さらなる運営努力をしていく必要があると筆者は考えている。

なお、筆者は小規模なDMOこそシステムへの投資に取り組むべきだと思っている。北米のように、DMOが果たすべき3つの中核機能「マーケティング」「地域マネジメント」「組織マネジメント」を一気通貫で実現できる統合システムが導入できれば、繰り返しに近い作業をすべてシステムに任せ、人間にしかできない仕事に多くの力を割けるようになる。すると、5人しか職員がいないDMOでも「住民が持つ価値観を探る」「地域社会が持つ共通の価値観に基づいたコンテンツ造成」「地域社会のステークホルダーとの関係強化」といった活動に手をつけられるようになり、従来の15人分の仕事ができるかもしれない。

▲DMOが果たすべき中核機能の理想図:著者による作成資料
▲DMOが果たすべき中核機能の理想図:著者による作成資料

日本国内でDMOという制度ができてからまだ10年ほどだが、日本のDMOも急速な進化を遂げている。ここにさらに「地域社会に対する考え方、見方を変えるための愚直な努力」が加われば、現時点で北米DMOとの間に存在する差異もやがて消えていくだろう。特にCRMという概念の違いは単なるシステムの問題ではなく、DMOが誰と関係を築き、何をマネジメントする組織なのか」という思想の違いに起因しているのだと筆者はとらえている。

今回、記事の執筆を機に北米と日本のDMOにおけるCRMの差異を明確にしたことで、筆者自身もあらためて構造上の違いや課題の把握ができたと思っている。日本各地で観光地域づくりに日夜奮闘している皆さんもできることに気づき、はっきりとした筋道が立てられるのではないだろうか。このプロセスの共有が、何らかの気づきにつながっていれば幸いだ。

著者プロフィール:大須賀 信

公益社団法人 日本観光振興協会 事業推進グループ 観光地域づくり・人材育成部長


千葉県出身。米系航空会社などを経て2018年より地域連携DMOの(一社)秋田犬ツーリズムへ。2022年3月まで事務局長を務めた後、同年4月より(公社)日本観光振興協会へ。企画政策や交流促進を担当した後、観光地域づくり・人材育成部門観光地域マネジメント担当としてDMOのサポート、海外事例などの情報発信などを手がける。
観光庁「地域周遊・長期滞在促進のための専門家派遣事業」登録専門家、東京都 観光まちづくり アドバイザー(東京都・東京観光財団)、秋田県観光振興ビジョン有識者会議委員(秋田県)。

Destinations InternationalのSocial Impact Committee所属。PDM(Professional in Destination Management), Intellectual Capital, Business Intelligence (Sales, Services, Marketing and Communications)の5種全種の資格取得。

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この記事の筆者

訪日ラボ編集部

訪日ラボ編集部

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