香港では、2019年3月から「逃亡犯条例」の撤回をはじめとする民主化を求める市民により、集会や行進などのデモ活動が相次いでいます。
これに対し、警察は催涙弾、放水、更には銃撃などの暴力的行為で弾圧に当たっており、13名が死亡、2,600名以上が負傷、8,000名以上が逮捕されるなど、中国政府と香港警察による過激な行為は世界各国からの非難を浴びました。
新型コロナウイルスの流行に伴い、市民と警察の衝突も僅かに落ち着きを見せた2020年6月30日、中国は遂に最終手段ともいえる「香港国家安全維持法」の導入に踏み切りました。
これからの香港社会や世界における香港の立ち位置も大きく変わることが予想されますが、訪日香港人市場にはどのような変化が起きるのでしょうか。
≪注目ポイント≫
- 国家安全維持法の成立により香港の社会が不安定化
- 最悪の場合、香港人のビザ免除措置が取り消される可能性も
- 2019年のインバウンド消費額における訪日香港人の割合は約17.9%
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香港で国家安全維持法が成立
香港国家安全維持法は全66条から成る法律です。2020年6月30日に中国の全国人民代表大会(通称・全人代)で可決され、これを受けた香港特別行政区政府が同日施行しました。
国家安全維持法では、国家分裂罪、国家政権転覆罪、恐怖活動(テロ)罪、外患(外国との共謀)罪の4つを定めています。
同時に国家安全維持委員会の設立を定め、中国政府から派遣された者が任務に就くこと、国家安全維持機構(秘密警察)が国家安全維持法に関する取り締まりに当たること、容疑者を本土で裁判できること、報道を制限すること、外国人も対象となることなどが記されています。
【中国】香港国家安全法 可決「一国二制度」が崩壊した日…周庭氏は「デモシスト」脱退、7/1にまたデモか
本日6月30日、中国の全国人民代表大会(全人代の常務委員会)は、「香港国家安全維持法案」を全会一致で可決したと複数のメディアによって報じられました。明日7月1日は香港の主権をイギリスから中国へ返還された23年目の記念日ですが、それに合わせて香港国家安全維持法案の実施は、香港に高度な自治を認める「一国二制度」を完全に形骸化させる恐れがあります。目次中国全人代「香港国家安全法」全会一致で可決法案可決に反発、また大規模デモか香港の「一国二制度」とは「学民の女神」周庭氏も団体脱退へ中国全人代「香港...
香港では逮捕者も
香港国家安全維持法が施行された翌日の7月1日には、早くも警察による取り締まりが始まりました。
この日、「光復香港、時代革命(香港を取り戻せ、時代革命)」と書かれたTシャツを着用していたり、「香港独立」と書かれた旗を持っていたとして、10名が逮捕されました。
他にも集会に参加したなどの容疑で7月1日には合計370名の香港市民が逮捕されています。
インバウンド市場に「香港パスポート」変化のリスク?
香港国家安全維持法の施行から数日で、香港社会は大きく姿を変えようとしています。
警察による令状なしでの捜査が認められ、図書館では民主派の著作物が閲覧できなくなり、GoogleやFacebookは香港へのデータ提供を停止しました。
香港国家安全維持法の強行は国際社会からも多大な非難を浴びており、日本では自民党内で習近平中国国家主席の国賓来日を見直す動きが始まっています。
また、香港を統治していたイギリスでは、政府と市民の両方から香港人を保護する声が上がっています。
このまま中国が香港に対する統制を強め、香港が完全に中国の一地域となった場合、訪日香港人市場にはどのようなリスクが考えられるのでしょうか。
ここではパスポートという観点から、訪日香港人が受けるであろう影響を解説します。
香港人が持つ"2つのパスポート"とは
訪日リピーターが多いことで知られる香港は、中国の一部でありながら中国本土とは違う扱いを受けている地域です。2019年から継続して行われている民主化のデモは、日本国内のメディアでもしばしば取り上げられています。香港人のなかには、パスポートを2種類持っている人がいます。それは、現在中国領である香港が以前はイギリス領であったという歴史が関係しています。今回は香港人がパスポートを2種類持っている理由や、香港人のイギリス国籍取得に関する議論について紹介します。関連記事データでわかる訪日香港人観光客目...
香港人と2種類のパスポート
香港返還以前に生まれた香港人は英国海外市民(BNO)パスポートと香港特別行政区パスポートという2種類のパスポートを所持できます。
1997年に香港が中国に返還されるまで、香港人は英国海外市民という区分のイギリス国籍を持っていました。返還前は、香港人がパスポートを申請すると、英国海外市民パスポートというイギリス発行のパスポートが受け取れました。
1997年に香港が中国に返還されると、香港人はイギリス国籍のほかに中国国籍を持つことになりました。返還後、香港人がパスポートを申請すると、香港特別行政区パスポートという中華人民共和国香港特別行政区発行のパスポートを受け取ることになりました。
1997年7月1日の香港返還以降に生まれた香港人は、中国国民ではあるものの英国海外市民とはみなされないため、香港特別行政区パスポートしか持てません。
英国海外市民パスポートを所持している香港人は、イギリスの市民権こそ持てないものの、海外諸国ではイギリス人とほぼ同等の待遇が受けられます。現在では約740万人の香港人のうち、約340万人が英国海外市民パスポートを所持しています。
香港人が持つ"2つのパスポート"とは
訪日リピーターが多いことで知られる香港は、中国の一部でありながら中国本土とは違う扱いを受けている地域です。2019年から継続して行われている民主化のデモは、日本国内のメディアでもしばしば取り上げられています。香港人のなかには、パスポートを2種類持っている人がいます。それは、現在中国領である香港が以前はイギリス領であったという歴史が関係しています。今回は香港人がパスポートを2種類持っている理由や、香港人のイギリス国籍取得に関する議論について紹介します。関連記事データでわかる訪日香港人観光客目...
日本とはビザ免除措置、今後は?
香港人が観光で日本を訪れる場合、現在では香港特別行政区パスポートと英国海外市民パスポートのどちらを用いて入国しても、90日間のビザ免除措置が適用されます。
しかし、現在の香港の政情の不安定さや、中国政府の影響力の強まりにより、日本政府の香港特別行政区パスポートに対するビザ免除措置に、何らかの変更が加えられる可能性もあります。
中国政府が香港の統制を強化し、香港特別行政区パスポートを廃止して中華人民共和国パスポートに一元化する可能性も全くないとは言い切れないでしょう。
新型コロナウイルスの流行により両国間の往来が途絶えるまで、香港と日本は飛行機に乗れば4時間程度で行き来できる気軽な旅行先でした。
香港エクスプレス、ジェットスター、ピーチなどのLCCも数多くの直行便を就航させており、若年層にも日本はいつでも遊びに行ける旅行先として認識されていました。
これまでビザ免除という待遇があったからこそ、気軽に日本を訪れていた香港人もいたはずです。今後の展開によっては、訪日香港人市場には大きな不利益が発生するかもしれません。
インバウンド香港市場を解説
香港国家安全維持法の施行に際する政情不安定は、訪日香港人市場にも波及しかねません。しかし、これまでのデータを振り返ってみると、非常に多くの香港人が日本を訪れていたことが分かります。
2019年、訪日香港人は229万人を超え、訪日香港人による消費額は約3,573億円となりました。一人当たり15万5,951円を消費している計算になり、特に衣類や化粧品・香水などの買い物にお金を費やしています。
2019年の訪日香港人のうち約88%がリピーターとなっており、約79%が個人旅行で日本を訪れています。
訪日香港人に最も人気のある月は12月です。これは、香港は亜熱帯に位置するため日本のような冬が存在せず、雪やスキー、温泉などを楽しみたい香港人が多く存在することや、12月25日と同26日に連休があるため、年末年始の休暇を兼ねて日本を訪れる香港人が多いことも関係しています。
また、香港人に人気の海外観光地ランキングにおいて、日本は中国に次ぐ2位となっており、多くの香港人にとって日本は魅力的な旅行先であることが分かります。
訪日香港人の特徴を解説!親切・個人主義・せっかち|インバウンド動向も解説
訪日外国人市場の中で香港人の存在は大きく、2018年の訪日香港人数では4位に位置付けています。訪日香港人のさらなる誘致に取り組む上で、香港人の特徴について理解を深めることは大切でしょう。この記事では香港人の特徴や、訪日香港人に関するデータ、訪日香港人のリピーターを増やすための対策について解説します。インバウンド対策にお困りですか?「訪日ラボ」のインバウンドに精通したコンサルタントが、インバウンドの集客や受け入れ整備のご相談に対応します!訪日ラボに相談してみる目次香港人の特徴親切個人主義せっ...
訪日香港人の割合が大きい県トップ5:宮崎、鹿児島、徳島、鳥取、福井
各都道府県の訪日外客数のうち、訪日香港人の割合の高い地域を見てみると、九州や四国、北陸など、リピーターだからこそ目を付けるようなニッチな観光地に足を運んでいる様子が見えてきます。
2019年、最も訪日香港人の割合が大きかったのは宮崎県で、外客数の約31.8%が香港人でした。また、次に訪日香港人の割合が大きかったのは鹿児島県で、外客数の約29.98%が香港人でした。
宮崎県と鹿児島県ではインバウンド市場の約3割を訪日香港人が支えているため、訪日香港人がいなくなると多大なダメージを受けることは必至です。
また、徳島県は約26.58%、鳥取県は約26.54%、福井県は約25.79%を訪日香港人が占めており、これらの3県ではインバウンド市場の4分の1を訪日香港人が支えていることになります。
人気の目的地は大阪、東京、千葉
2019年版訪日外国人消費動向調査を見ると、訪日香港人に人気の目的地上位3位は大阪府、東京都、千葉県であることが分かります。
大阪府は道頓堀や大阪城、ユニバーサルスタジオジャパンなどの観光地が密集しています。東京都も浅草、新宿、秋葉原などの訪日外国人に人気の観光地が名を連ねています。
千葉県には成田空港があるほか、浦安市には東京ディズニーリゾートがあるため、ディズニーリゾートを楽しむために滞在する訪日外国人も多く見られます。
2019年の訪日香港人による消費額を見てみると、全体では約3,573億円、うち大阪府では約268億円、東京都では約279億円、千葉県では約51億円となっています。
もし香港人がインバウンド市場から消失した場合、2019年のデータを基にすると、全体では約7.4%、大阪府では約8.7%、東京都では約5.3%、千葉県では約6.4%のインバウンド利益を失うことになります。
上位3件の他にも、和歌山県は外客数の約17.9%を香港人が占めており、大分県は外客数の約13.6%を香港人が占めています。これらの県にとって、訪日香港人の減少は大きな痛手となってしまいます。
香港人が訪日旅行にハマる理由
香港は東京都のおよそ半分ほどの大きさで、香港島と九龍半島には極度に開発された都市が姿を見せています。
香港島の南部にはビーチが広がり、九龍半島の北部には森林公園が広がっているものの、日本の山間部のような大自然は見られません。
そのため、日本を訪れる香港人は、東京や大阪などのゴールデンルートを楽しむほかに、和歌山や大分などの自然環境を楽しむことも多いようです。
また、亜熱帯に属する香港は一年を通して温暖な気候で、冬は若干気温が下がるものの雪が降ることはほとんどありません。
そのため、冬になると雪を体験したり、温泉に浸かったり、スキーを楽しみたい香港人が多く日本を訪れています。中でも温泉は特に人気で、消費動向調査によると約38.0%の訪日香港人が温泉を楽しんでいます。
訪日香港人市場が消える日を現実にさせないために
香港国家安全維持法の施行を受け、イギリス政府は英国海外市民パスポートを所持している香港人に対し、留学や就職で5年間イギリスに滞在し、その後1年間の定住を経た者はイギリス市民として認める旨を発表しました。
日本では習近平中国国家主席の国賓来日が中止の方向で検討され、アメリカをはじめとする諸外国も香港国家安全維持法に対する反対声明を発表しています。
香港の地位が非常に不安定となった今日、これからの訪日香港人市場にも暗雲が立ち込めつつあるのは否定できません。
政府間の決定に対し、観光業界から影響を与えるのは容易ではありませんが、観光が一大市場であるとの認識は国際社会でも共有されつつあります。香港の政治体制にかかわらず、旅行者の利便性が確保されるような方策が採られることも、現実的にはありえます。
新型コロナウイルスの流行下でも実施できる旅マエのプロモーションに力を入れると同時に、ターゲットとする国籍や地域の分散化や、消費者像をより詳細に設定するといった戦略の練り直しが、今後必要となるでしょう。
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