人口減少が進む日本において、国内外との交流を生み出す観光は、地方創生の重要な切り札となっています。しかし、急激な旅行需要復活によるオーバーツーリズムや人手不足など、観光地には様々な課題も。
その解決に向けて、地域や関係事業者と連携しながらDX(デジタルトランスフォーメーション)に取り組む重要性は近年ますます高まっています。
そんななか観光庁では、稼ぐ地域の創出を目指して観光分野でのDXを推進。その一環として「事業者間・地域間におけるデータ連携等を通じた観光・地域経済活性化実証事業」の取り組みを進めています。
令和5年度には7つの事業が、宿泊、交通、飲食、体験アクティビティ等のデータを地域一体で収集・分析し、旅行者の利便性向上や観光地経営の高度化等の課題解決に向けた実証事業を行いました。それらの事業に関する報告会として、観光庁は3月6日、「観光DX成果報告会 ”Next Tourism Summit 2024” - 地域一体で進める観光DX - 」を開催。
各地域が観光DXを進めるにあたって直面した課題、デジタルツールの活用方法、分析結果等を発表したほか、実証事業者や地域伴走コンサルタントなどにより「“観光DX×稼げる地域”の進め方」をテーマとしたトークセッションが行なわれました。
本記事では、報告会で発表された内容について、3つの地域のDX事例とともにご紹介します。
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観光DX推進の3つのポイント
最初のプログラムとして、観光DX推進プロジェクト事務局の一員であるNTTコミュニケーションズ株式会社の上矢剛氏より、観光DXを推進するためのポイントについて発表がありました。上矢氏によると、観光DXを推進するためのポイントは下記の3つです。
1. 計画:地域によるデータに基づいた計画の策定
地域の現状を洗い出し、目指す姿を制定する際、感覚や経験だけに頼るのではなくデータを活用することが重要。データをもって現状を把握することにより、課題解決策が明確になるとともに、後からデータに基づいて正確な振り返りができるようになる。
2. 協同:地域内の合意形成
観光に関わる様々な取り組みを長期的かつ広範囲で行うためには、様々なステークホルダーの協力が不可欠。その合意形成においても、データの活用がポイント。具体的なデータに基づいた合意形成は、取り組みの意義やメリットへの理解が得やすくなる。
3. 運営:目指す姿に向けたプロジェクト推進
稼げる地域づくりは長期的かつ大きな取り組みであるぶん、データの収集、蓄積、活用、モニタリングによって、一つひとつの施策の成果や目標達成状況をこまめに把握することが大切。進捗を正しく把握することで、施策の継続や方向転換などが冷静に判断できるようになる。
総じて、地域が主体となってデータと向き合うことの重要性を述べ、「これから紹介する地域の成果事例を、各地域で観光DX事業を推進する際のヒントとしてほしい」とコメントしました。
地域の回遊性を高め、満足度と収益の向上へ:箱根温泉DX推進コンソーシアム
以下、3つの事例をピックアップしてご紹介します。1つ目の事例は、箱根温泉DX推進コンソーシアムより「快適な周遊、旅を満喫する箱根温泉まるごとDX事業」です。発表したのは、箱根DMO(一般財団法人箱根町観光協会)専務理事の佐藤守氏、箱根DMO兼株式会社ホテルおかだ常務取締役営業部長の原洋平氏。箱根町は、人口1万人で年間2000万人を受け入れている日本有数の観光地。以前よりオーバーツーリズムが大きな課題の一つとなっていたと同時に、データ分析によって箱根では周遊する場が増えるほど消費額も満足度も高まることがわかったと言います。
そこで箱根が目指したのは、旅マエ・旅ナカにおける快適な周遊の実現。
気軽な週末旅の旅先として選ばれることも多い箱根には事前準備が不十分な観光客も少なくないこと、また渋滞や混雑によって周遊が阻害されていることに主に着目し、3つの施策によってその改善に取り組みました。
中でも印象的なのは、宿泊施設の予約情報や交通の混雑予想、飲食店の行列状況、観光客のアンケートデータなど、これまで各事業者がそれぞれのやり方で管理していたリアルタイム情報を統合したこと。
それにより、箱根観光デジタルマップにて旅行者が旅マエ・旅ナカで知りたい「今どんなアクティビティが楽しめそうか」「どのくらいバスが遅延しているのか」などの情報が提供可能に。
また、マップでは「今空いている施設のクーポンを表示させる」といったことも可能で、混雑状況の解消にも役立っているとのことです。
実際、箱根観光デジタルマップを活用した旅行客の行動変容数はおおむね達成。当初の期待どおり、観光消費や周遊性の向上、渋滞緩和などに繋がっています。
お得情報の発信など、観光事業者側のマップの活用によって旅行客の行動を促すケースも増えていると原氏は振り返りました。
今後は観光案内ツールとしてのさらなる利用の拡大を目指すとともに、一元化したデータについて他地域への展開や新サービス開発へと繋げていく考えです。
観光事業者のITリテラシーを考慮して進めた観光DX:しまなみ海道DXコンソーシアム
2つ目の事例としてご紹介するのは、しまなみ海道DXコンソーシアムが手がけた「レンタサイクルを基軸としたしまなみ海道活性化事業」です。一般社団法人しまなみジャパン専務理事の坂本大蔵氏より発表がありました。しまなみ海道といえば、サイクルツーリズム。延べ34万人を魅了した観光資源を活かし、サイクルツーリズムで持続可能な観光地経営を目指しています。
その中で課題となったのが、サイクルツーリズムに関する定量データがないこと。事業者間の情報共有も乏しく、ブルーライン周辺の旅行客の行動について感覚的にしか把握することができていませんでした。
また、観光事業者の高齢化を背景として業務のデジタル化への抵抗も課題の一つに。紙やExcelを中心に予約などの情報を管理する体制が長年のやり方として定着してしまっていたと言います。
こうした課題を改善すべく、「収集」「蓄積」「活用」とステップ別に施策を整理。
まずは、旅行客向けスマートフォンアプリと予約システムとを連動させ、確固たるデータ基盤をつくる。そして、そこで収集されるデータをもとに旅行客の行動状況を把握。
さらには、蓄積したデータを新サービスの展開、行政や観光事業者などへの情報共有などに活用することを構想し、実現へと進めてきました。
その進め方にも工夫が多いと感じました。たとえば、旅行客向けアプリのダウンロードや利用促進について。
単にデータ収集のためのアプリとするのではなく、走行記録を画像とともにSNSで発信できる仕組みを設けるなど、旅行客がつい活用したくなるような機能もしっかりと搭載することによってデータの収集に繋げています。
また、デジタル化に抵抗の大きな観光事業者を巻き込むにあたって、「現場を混乱させない導入を考えた」と坂本氏は話します。
いきなり高度な仕組みを導入するのではなく、まずは多くの高齢者も一度は使ったことのあるキャッシュレスシステムの導入からスタート。馴染みやすい部分から変えていったと言います。
予約システムの導入に関しても、繁忙期となるゴールデンウィークから逆算して、現場での活用や業務効率化を進めているようでした。
事業成果としては、閑散期だったことや外国語への対応不足などにより、目標とした数値には残念ながら届きませんでした。
しかし、旅行客の満足度の向上や収集したデータに対する行政のポジティブな反応が感じられたと言い、今後さらにアプリ機能を充実させることにより更なるデータの収集、蓄積、活用を進めていくとのことです。
さらには、電動アシスト付自転車やEbikeの利用促進、宿泊プランの追加、地域や企業との繋がり強化などを図り、多角的に持続可能な観光地づくりを目指したいとのお話でした。
地域を一つに、稼ぐ意識や力を底上げ:福井県観光DX推進マーケティングデータコンソーシアム
最後は、福井県の事例です。福井県観光DX推進マーケティングデータコンソーシアムとして取り組む公益社団法人福井県観光連盟(福井県DMO)観光地域づくりマネージャーの佐竹正範氏より、「観光実態把握とマーケティングモデルケース造成事業」の成果について発表がありました。福井県では、3月16日の北陸新幹線の延伸に向け、県をあげて稼ぐ地域づくりの推進を進めています。中でも今回の事業で注力したのは、宿や食事、体験などのキャッシュポイントの強化でした。
「オープンデータ」「オープンソース」「オープンロジック」の3つのキーワードを軸に事業が行われました。
具体的には、県内の観光地で収集したアンケートデータ、県内宿泊施設の予約状況や実績、福井新聞社と福井銀行が共同制作した決済アプリのログデータ、恐竜博物館の予約情報、全国旅行支援に紐づいたデジタルクーポンのログデータ、各施設のGoogleビジネスプロフィールのインサイト情報、口コミ情報やSNSの投稿情報、お土産屋さんのPOSデータ、観光来訪者数ダッシュボードなど、思いつく限りのデータを一つひとつ事業者の理解を得て収集し、地域全体が活用できる形に。
また、一つひとつの取り組みの成果や施策のマニュアルなどもWeb上で公開。地域全体の傾向やノウハウが見える化されたことによりタイムリーなPDCAが可能になり、具体的には宿泊施設のダイレクトプライシング、店舗や施設の仕入れ量や人員配置の適正化、より効果的なプロモーション活動などに活用しているとのことです。
この事例で特に学びが大きいと感じたのは、ただ情報を取りまとめるに留まらず、事業者や地域の気持ちまでまとめ上げている点です。事業者にデータ共有の協力を依頼する際には、地域全体で取り組むことの重要性を何度も説いたと佐竹氏は話します。
また、うまくいっていない地域や事業者には、リアルな数字を一緒に確認することでモチベートを図ったとのこと。「みんなで創る福井県観光」との発表のとおり、事業を通じて地域全体の稼ぐ意識や力を高める様子が窺えました。
そんな福井県らしいトピックスとして、経済的な効果指標のみならず、Wellbeing指標を持つという挑戦を進めているとのこと。
地域のための観光であれば、事業者の満足度や地域住民の幸福度は無視できないとし、データを収集。
今年は新幹線延伸前後のデータと比較することで、より良い観光地づくりを進めていくというお話でした。
発表のまとめとして、数字は多くの人で目標を共有するうえで有効であることや迷った時に立ち戻る場所となると佐竹氏。「データは関係者全員の拠り所となる」とコメントしました。
トークセッション:観光庁やDMO関係者が考える、“観光DX✖️稼げる地域”の進め方
プログラムの最後には、「“観光DX×稼げる地域”の進め方」をテーマとしたトークセッションが行なわれました。ブランコ株式会社代表取締役CEO/CCOクリエイティブディレクター山田泰弘氏をファシリテーターとして、公益社団法人福井県観光連盟(福井県DMO)観光地域づくりマネージャーの佐竹正範氏、箱根DMO兼株式会社ホテルおかだ常務取締役営業部長の原洋平氏、株式会社リクルートじゃらんリサーチセンター研究員の松本百加里氏、観光庁参事官(産業競争力強化)付専門官の秋本純一氏が登壇しました。
実証事業者や地域伴走コンサルタントなどにより「“観光DX×稼げる地域”の進め方」をテーマとしたトークセッションが行なわれました。
まず最初に、秋本氏が観光産業における「データの活用」の目的を整理。わかりやすく言えば、旅行者にとっては「行って楽しい」、地域にとっては「来て嬉しい」をどう実現するかを考えていくことだと話しました。
そのやり方は地域により様々で、箱根町では複数の地域における合意形成や目的統一のために活用したと原氏は話す一方、福井県では注力地域や施策の優先順位をつけるために活用したと佐竹氏。
県内17の市・町を公平に扱うのではなく、観光客の満足度や推奨意向などの項目で各地域をランキング化し、その結果をもとに施策を検討していると話しました。
また、データが細かいあまりに事業者のデータ活用が進まなかった箱根町の過去の経験についても触れ、事業者へのデータの共有方法の重要性も述べました。
PCではなくスマホでデータを確認できるようにしたり、細かいデータを分析したうえ先の客入予想データなどとして提供するようにしたことで事業者の活用が進んだと原氏は話します。バス会社の増便や飲食店の仕入れなどの判断指標として活用されていると紹介しました。
秋本氏は、箱根町や福井県のデータ活用が、過去のデータから意思決定をするだけでなく、未来の予測へと切り替わってきている点にも着目。広域の自治体をコンサルティングという立場で稼ぐ地域づくりを支援する松本氏も、「DXとはいえ、そのデータを使うのは人。どれだけ使う人のシーンに寄り添えるかが大事だと思う」とコメントしました。
その後、箱根町や福井県での取り組みを事例に「オープンデータ化」も話題に。福井県では旅行客アンケートの結果を辛辣なコメントも含めて全て公開していることについて、「行政での予算作成のエビデンスとしての活用や、投資の呼び込みなどを期待している」と佐竹氏。
それを受けて山田氏は、今回のテーマを「稼げる観光」ではなく「稼げる地域」としたことに触れながら、マイクを秋本氏へ。
小売・飲食・宿泊・金融・農業など裾野の広い観光産業について「新たな産業が参入することにより、観光産業を中心とした重要な地域インフラとなる可能性を持つ」「観光地が持つデータのオープン化を通じて、産業・企業・スタートアップなどの新規参入を促すイノベーションの中心になりうる」と今後の可能性の大きさに期待を込めました。
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地域によりDX化にまつわる課題は様々かと思いますが、ご紹介した事例やトーク内容にはヒントも多かったのではないでしょうか。
観光庁では、「観光分野のDX推進に向けた優良事例集 ~地域一体で進める観光DX~」として各地域の戦略やノウハウをまとめた事例集も公開しています。
先進事例が多数出てきている今、他地域の経験やデータをうまく参考にすることも、稼げる地域づくりを効果的に進めていく際のポイントの一つになるはずです。
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