2024年10月22日に「農泊モデル地域創出支援事業 選定発表会」が開催され、選定された5地域が登壇し、持続可能な観光地づくりに向けた各地の取り組みについて発表が行われました。
「持続可能な農泊モデル地域創出支援事業」とは、農泊を持続可能な取り組みとして実施できる地域の確立に向けて、モデルとなる農泊地域を創出・育成すべく行われている取り組みです。農泊を活用して観光振興を図る地域に対して専門家と企業の伴走支援が提供され、観光コンテンツの磨き上げや、インバウンドを含む誘客強化を狙います。
本記事では、発表会の内容をもとに、農泊モデル地域に選定された地域の特徴やインバウンド対応の内容と課題について紹介します。
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農泊とは?
農泊とは、農山漁村に宿泊し、滞在中に豊かな地域資源を活用した食事や体験等を楽しむ「農山漁村滞在型旅行」のことです。農家民宿に泊まって、郷土料理作りや農作業を体験する形だけでなく、古民家を活用したゲストハウスに泊まりながら地域の文化を体験したり、旅館に泊まって地域の農産物を味わったりと、様々な楽しみ方があります。
農泊に取り組む地域は全国に656地域(2024年3月時点)あり、農林水産省の農山漁村振興交付金による支援が行われてきました。
しかしながら、農泊地域では消費額が一般の旅行と比べて低いことや、旅行者に農泊の魅力が浸透していないことなどが課題として挙げられています。
伴走型支援を実施
地域活性化対策としても注目される農泊の振興を目指した伴走型の支援プログラムが「農泊モデル地域創出支援事業」です。
「持続可能」「高付加価値」「関係人口」という3つのキーワードを軸に、モデル地域に選定された地域に対して専門家や協賛企業による支援が提供されています。
インバウンドへの期待
本事業の事務局を務めるJTB総合研究所の河野氏は、発表会冒頭の挨拶で、「日本らしい暮らしや文化に触れることを目的として、海外の方が多く訪れている農泊地域も少なくない」と説明。
近年は、国内外を問わず「本物の地域文化」を体験したいと考える旅行者が増加傾向にあるとして、「人との触れ合いや地域文化との接点を通じて、地域の日常風景の一部を旅行者におすそ分けできる農泊は、国内外の成熟した旅行者の多様なニーズに応えるものになる」と述べました。
農泊モデル地域の取り組み内容
今回選定された農泊モデル地域は、次の5地域です。
- 遠野ふるさと体験協議会(岩手県 遠野市)
- 逢瀬いなか体験交流協議会(福島県 郡山市)
- みのぶ農泊地域連携協議会(山梨県 身延町)
- 一般社団法人 南丹市美山観光まちづくり協会(京都府 南丹市)
- 太田川流域農泊振興協議会(和歌山県 那智勝浦町)
各地域の農泊に関わる取り組みについて、主にインバウンドの観点から特徴をまとめます。
遠野ふるさと体験協議会(岩手県 遠野市)
「遠野物語」など、民話の里として有名な岩手県遠野市。近年は国内有数のホップの産地としても知られるようになり、地元ビールによる地域振興にも力を入れています。
遠野ふるさと体験協議会では「永遠の日本のふるさと」を標榜した景観を活かし、観光コンテンツの磨き上げに力を入れています。2019年に立ち上げた「旅の産地直売所」を拠点に、「ありのままの遠野を旅しよう」をキーワードに、地域散策や里山サイクリングなどの体験を提供しています。
同協議会の菊池氏は、「今後は地域や農泊の魅力を国内外に発信するために、特にプロモーションに注力していきたい」と説明。農泊をきっかけにした地域活性化に取り組んでいきたいと語りました。
インバウンドの受け入れは自然体で
また、インバウンドの受け入れについて菊池氏は「地域には自然体で外国人を受け入れられる体制ができている」と語りました。
東日本大震災の際、遠野市は三陸への支援基地として国内外のボランティアを受け入れた経験から、地域の高齢者を含め外国人に対して自然体で対応できる体制ができていると述べました。
逢瀬いなか体験交流協議会(福島県 郡山市)
福島県郡山市の逢瀬いなか体験交流協議会では、地域内の農家民宿や宿泊施設と連携した教育旅行や農業体験などを実施。リピーターや移住者が新規来訪者を呼び込むプログラムを一緒に考える「貢献型旅行」を企画・運営し、関係人口の深化・拡大を目指しているといいます。
登壇した同協議会の中潟氏は、「『久しぶり』『ただいま』『おかえり』といった言葉でつながるような農泊を目指している」と紹介しました。
目標の実現に向けて、以下の3つの取り組みを進めていると述べました。
- 地域課題を活用し、参加者が旅行として楽しみながら貢献できる仕組みを作る
- 体験施設での交流を通して、関係人口の増加を図る
- また来たいと感じてもらえるフォローアップを提供する
具体的には、地域のワイナリーと連携したブドウの収穫体験と、マルシェや料理教室などを組み合わせた体験型旅行を実施するといいます。旅行後もSNSを使った交流で継続的に地域と関わる仕組み作りを目指しているとしています。
インバウンド受け入れの課題は集客
インバウンド需要に対して中潟氏は、「今後力を入れていこうと考えている」と説明しました。外国人旅行者を対象にしたモニターツアーを実施したことがある一方で、言語の面では課題も感じているといいます。
またホームページの多言語化(英語対応)や、農家民宿での英語表示によるマナー喚起など「来訪時の対応はできる」とした一方で「集客・広報の部分は課題」と述べました。
みのぶ農泊地域連携協議会(山梨県 身延町)
身延町は創建750年以上の歴史をもつ身延山久遠寺の門前町として栄え、現在も30件の宿坊を中心に、仏教文化を深く体験できる町です。しかし、比叡山と高野山と並ぶ日本三大霊山の一つであるにもかかわらず、知名度の低さが課題だといいます。
そこで、みのぶ農泊地域連携協議会では地域に根付く仏教文化と、「幻の大豆」とも言われる「あけぼの大豆(GI認定)」を活用した精進料理(ヴィーガン料理)を組み合わせた観光コンテンツの磨き上げを実施。町内の下部温泉とも連携し「温泉や仏教を堪能できるリトリート旅行」というキーワードで、欧米人旅行者をターゲットにした観光振興を目指してきたといいます。
しかし、取り組み実施直後にコロナ禍となってしまったため、まずは在日外国人を対象にした農泊事業を進め、英訳つきの写経体験など、インバウンドの誘客に向けた小さな工夫を積み重ねたと語ります。その結果コロナ後は多くの外国人旅行者が訪れ、会長である樋口氏が運営する宿坊「覚林坊」では宿泊客の8割以上が欧米人だとしています。
インバウンド振興に向けて「まち全体」で集客へ
今後の取り組みについて樋口氏は、「旅マエにもっと地域や宿坊の魅力を知ってもらう仕組みづくりが必要」と述べました。これまで制作した動画の多言語化や定期的な情報発信などを通じて、地域のブランディングを強化していく予定だといいます。
また樋口氏は、地域内の宿坊や飲食事業者などが協力し「まちが一つの大型ホテルと考えて、まち全体で集客できる仕組みを作っていきたい」と今後の展望を語りました。
一般社団法人 南丹市美山観光まちづくり協会(京都府 南丹市)
京都府南丹市美山地区は、国連世界観光機関(UN Tourism)のベスト・ツーリズム・ビレッジに認定されるなど、持続可能な観光地域づくりの取り組みに対し、国内外から注目が高まっている地域です。
地域DMOである一般社団法人南丹市美山観光まちづくり協会では、持続可能な観光地を目指し、下記の3つの視点で活動を続けているといいます。
- サステナブルツーリズムの指標作り
- 暮らしに寄り添う旅のスタイルの提言
- 訪日教育旅行の受け入れ体制の強化
台湾や豪州を中心にインバウンドの受け入れを強化
インバウンド観光の観点では、特に海外からの教育旅行の受け入れを強化しているといいます。同協会の青田氏は、「地域の規模として日本人の教育旅行は受け入れるキャパシティに限界がある」と説明。そこで台湾やオーストラリアなど海外からの少人数の教育旅行や個人旅行者を主なターゲットとして、受け入れ体制を強化しているとしています。
また青田氏は、インバウンドの受け入れ研修や地域住民の文化理解などを進めていると語りました。今後の課題としては「いかに付加価値の高いコンテンツを作れるか」だとしており、外部の協力を仰ぎながら取り組みを進めていきたい考えを述べました。
太田川流域農泊振興協議会(和歌山県 那智勝浦町)
紀伊半島の南端にある那智勝浦町では、無人化した寺院を再生させた宿坊を中心に、農泊の取り組みを2019年から実施。「学び、感じて、繋がる お寺から始まる 心を満たす農泊」と題して、国内外の観光客に仏教を通じた文化・地域体験の提供を目指しています。
中でもインバウンド需要の回復後、宿坊の稼働率が年間を通じて平均70%以上、繁忙期では95%以上を達成しているといいます。
太田川流域農泊振興協議会の西山氏は「仏教文化が、我々が思っている以上に世界の人を惹きつけている」と説明しました。
一方で、繁忙期に宿坊が不足するといった問題も発生しており、同地域では無住職寺を宿坊として再生させるプロジェクトを続けています。坐禅体験や庭づくり、地域の農家と連携した体験作りなどを進めているといいます。
長期滞在するインバウンドの誘致へ
西山氏は同協議会について「語学力が強み」だと語りました。協議会スタッフのほとんどが英語を話せることもあり、語学に関する問題はないと述べました。実際に語学力を活かし、熊野古道を巡礼で訪れた外国人をターゲットに、英語での仏教文化のガイド付き体験なども提供しているといいます。
インバウンドの受け入れ時の課題としては、1泊などの短期滞在では気象状況などにより予定していた体験を実施できないこともあるため、西山氏は「デジタルノマド人材などに長期滞在をしてもらう必要がある」と説明。長期滞在者の誘致活動に積極的に取り組んでいく予定だと述べました。
今後の事業内容について
本事業に選定された地域には、専門家や協賛企業による支援が提供されます。各農泊地域には1名ずつ専門家が派遣され、随時アドバイスを受けながら、モデル地域としての磨き上げを実施するといいます。
具体的な内容としてはWebサイトや動画のブラッシュアップ、多言語化、高付加価値プログラムの造成・実証、磨き上げに向けた研修会・先進地視察などが挙げられています。
また、農山漁村地域の活性化や観光振興に親和性の高い企業による協賛を通して、広く情報発信なども行っていくとしています。
今回の発表会では協賛企業5社も登壇し、各企業が提供する伴走支援や支援ツールの紹介がありました。協賛企業は以下の5社です。
- レタスクラブ・レタスクラブWEB(株式会社KADOKAWA LifeDesign)
- 楽天グループ株式会社
- 株式会社つぎと
- 株式会社マイナビ・マイナビ農業
- 株式会社JTB
たとえばレタスクラブやマイナビでは、支援地域の取り組みや体験コンテンツを各媒体の特性や読者層に合わせて発信し、認知度拡大を支援するといいます。楽天においても、楽天トラベルを通じて農山漁村の紹介と魅力発信を支援し、楽天が展開するさまざまなサービスも活用しながら誘客支援も行うとしています。
また最後に登壇した農林水産省農村振興局の廣川氏は、「やはり人的な支援が大切だ」と話しました。現在取り組みを進めている世代の引退後も、各地の事業が持続することを目指し、国として人的支援を強化していきたいと述べました。
インバウンド誘客に向けて
さらなる拡大を目指す農泊について、今後取り組みを予定する地域が特にインバウンドの誘客を狙う場合、どのような準備が必要なのでしょうか。
以降は、インバウンド誘致に向けた取り組みや支援について、訪日ラボが取材して得られた内容を紹介します。
受け入れ環境の整備
訪日客の誘致を狙うには、インバウンドのニーズを捉えた受け入れ準備が必要だといいます。そこで農林水産省では、トイレの洋式化や多言語での情報整備などの支援を行っています。
また海外からの教育旅行でも農家民宿・農家民泊の人気が高まっており、通訳アプリなどを使って交流を楽しむ事例も増加しているため、必ずしも「外国語が話せないから誘致が難しい」という状況ではないとしています。
海外への販路確保
インバウンドが利用するOTAに掲載したり、海外旅行会社へ営業をしたりすることで、海外での認知度向上も可能だといいます。予約数向上のためには魅力的な写真や文章、良いレビューが必要だという点に注意すれば、国内の知名度にかかわらず海外の旅行者へのリーチを狙えるとしています。
また農林水産省では現在の農泊地域に対して、オンライン予約への対応を必須としているため、今後の取り組みにあたってオンライン予約への対応は重要だといえそうです。
そのほかにも同省は、農泊のインバウンド誘客に注力するにあたり「インバウンド受入促進重点地域」を指定し、海外旅行会社に向けた営業や多言語での情報発信などの支援を行っているといいます。
商品の磨き上げ
近年は「本物の日本文化に触れる」「その地域でなければできないことをする」といった旅行の価値が高まっているとしており、その地域ならではの文化という観点から、地域の価値の再確認と旅行コンテンツの磨き上げが必要だといいます。
受け入れの課題と今後に向けて
農泊地域の「受け入れのリソースに限りがある」という課題については、受け入れ可能な施設や人材に限りがあることを踏まえ、高単価・需要の平準化も必要だと考えているといいます。
そのためのプログラム(コンテンツ)の造成支援や、必要なノウハウの提供、人材育成支援などにも取り組んでいるとしています。
農泊モデル地域創出支援事業の事務局を務めるJTB総合研究所は、今後も農泊地域と協業し、インバウンドの受け入れをはじめ地域活性化の支援を引き続き行う考えを示しました。
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