海外の富裕層旅行者は、1人あたりの旅行消費額が高く、誘客できれば地域経済の活性化が期待できます。また、滞在先での「本物の体験」を好むことから、地域の価値の再発見や伝統産業などの維持・発展などにも寄与する存在です。
こうした富裕層のニーズに応えるため、日本各地でラグジュアリーな旅行体験や地域の特性を活かしたユニークな観光コンテンツが展開されています。
一方で、富裕層の集客に取り組むにあたっては、課題も指摘されています。そこで本記事では、インバウンド富裕層の集客における課題と可能性を探ります。
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インバウンド市場における「富裕層」の定義とは
海外の富裕層は、一般に100万米ドル(約1億4,000万円)以上の金融資産を持つ人のことを指します。
旅行業界における定義は明確には決まっていませんが、日本政府観光局(JNTO)は「費用を問わず、満足度を追求し、高額な消費を伴う旅行を楽しむ層」だとしています。
また、富裕層とは少し意味合いが異なる場合もありますが、「旅行先での1人当たり消費額が100万円以上」の人を「高付加価値旅行者」と定義しています。
さらに、訪日ラボが以前取材した中国の富裕層市場に詳しいmingle株式会社は、富裕層の中でも特に高い所得を持つ層を「ウルトラ富裕層」と呼び、年収1億円以上の人々をこのカテゴリーに分類しています。ウルトラ富裕層は、通常の富裕層以上にカスタマイズされた旅行を求める人々です。
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富裕層インバウンドは消費志向によって2タイプに分類される
インバウンド富裕層の嗜好は大きく2つのタイプに分類されます。
1つ目は「クラシック・ラグジュアリー志向(従来型)」で、富や権力を重視する価値観が特徴です。このタイプは「快適さ」「高品質なサービス」「ステータスの象徴」といった要素にこだわる傾向があります。
もう一つは、近年注目を集めている「モダン・ラグジュアリー志向(新型)」です。特に若年層に広がっており、文化的価値や独自性を重視するのが特徴です。彼らは、自分が価値を感じるものには惜しみなく投資しますが、興味がないものにはお金を使わないといった、メリハリのついた消費行動を取ります。
旅行においては「本物の体験」「エコツーリズム」「サステナビリティ」などを重視し、従来型とは異なる価値観を持っています。
富裕層インバウンドが注目される背景
観光庁は今後のインバウンド戦略として、高付加価値旅行者の誘致を重要な柱の一つとして掲げています。
高付加価値旅行者は、単に旅行1回当たりの消費額が大きいだけでなく、「知的好奇心や探究心が強く、旅行を通じて地域の伝統や文化、自然に触れながら、新たな知見やインスピレーションを得ることを重視する人々」だと言われています。
特に知的好奇心の高さに伴う旺盛な消費は、経済効果に好影響を与えるだけでなく、地域の自然や伝統文化を守り、持続可能な地域をつくるという観点でも重要だと考えられます。
また、今後インバウンド消費の拡大を目指すためには、「量から質」への転換が必須となります。これまで多くは取り込めていなかった高付加価値旅行者への働きかけを強めることで、「量」に頼らずに消費を伸ばすことが可能となります。
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富裕層インバウンドを集客するメリット
富裕層のインバウンド客を誘致することには、経済的にも地域活性化の観点から見てもメリットがあります。
1. 消費額が高い
インバウンド富裕層の最大の特徴は、なんといってもその消費額の大きさです。観光庁によると、訪日客全体の中で富裕層はわずか約1%(約32万人)である一方で、消費額は全体の約14%に相当する約6,700億円となっています。
またJNTOによると、2019年の欧米豪市場における富裕層の1人当たりの旅行消費額は約136万円で、当時の訪日旅行者全体の平均単価(15.3万円)の約9倍の経済効果となっています。富裕層による高額な消費は、少人数でも地域や観光業界に大きな経済効果をもたらすと考えられます。
2. 地域の新たな価値の創出につながる
富裕層をターゲットにした観光は、地域に新たな価値を生み出します。冒頭でも触れた通り、富裕層は滞在先での「本物の体験」を好むことから、地域の価値の再発見や伝統産業などの維持・発展などにも寄与する存在だと言えます。
また、富裕層は影響力・発信力を持つ人が多いため、地域の自然や文化体験に触れた富裕層が「地域のファン」となることで、口コミや情報発信を通じて地域の魅力が広まり、観光地としてのブランディングにもつながる可能性が考えられます。
富裕層のインバウンドに人気のコンテンツ 3つの条件
富裕層のインバウンド客に選ばれるコンテンツには、どのような条件があるのでしょうか。ここでは、富裕層向けコンテンツの3つの条件を解説します。
1. “ならでは”の価値の提供
1つ目の条件は、そのコンテンツに「特有の価値」があることです。たとえば日本ならではの特別な文化体験や、その地域でしか味わえない食文化など、他にはない独自性が求められます。
あるいは、通常の観光ガイドや通訳だけでなく、たとえばその道30年のプロフェッショナルから直接指導を受けるといった、特別感のある体験も目を引きます。「コアバリュー(核となる価値)」が明確であれば、富裕層の旅行者にとって魅力的な選択肢となります。
2. ニーズに応じた適切な対応
2つ目は、富裕層の高い期待に応える「対応力」です。たとえば当日の旅行客の反応に合わせた旅程の変更や、夜間貸し切りや通常立ち入り禁止のエリアの解放といった特別な配慮が、富裕層旅行者にとっては大きな魅力となります。
3. 価値にあった価格設定
3つ目は、コンテンツの価値を反映した「適切な価格設定」です。
富裕層の旅行者は、高価であってもその価値に納得できれば喜んで支払います。また世界遺産や人間国宝など、国際的に認められたステータスによって一定の価値が担保されているかどうかも重要です。希少性と適正価格のバランスが、コンテンツの魅力をさらに引き立てます。
富裕層インバウンドの誘致に関する課題
インバウンド富裕層の集客には明確なメリットがある一方で、誘致を進める上では課題もあります。
1. 宿泊施設の整備
インバウンド富裕層を地方に誘致する上で課題として挙げられるのが、富裕層を受け入れられる宿泊施設の整備です。
富裕層が求めるラグジュアリーホテルは主要都市に集中しており、地方ではそのような施設が十分に整備されていません。そのため、地方で観光を楽しんだ後でも、宿泊は東京や大阪といった都市部に戻るケースが多く、地域に滞在する機会が限られているのが現状です。
2. 取り組みの長期化
(これは富裕層誘致に限らずインバウンド施策全般にも言えることですが)施策に要する期間が数年間〜それ以上と、長期的になりやすい点も課題として挙げられます。
特に、地方自治体ではこうした取り組みを進行する途中で担当者が変更となる可能性もあり、長期にわたる施策の進行が滞る可能性があります。
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3. 誘致の目的や戦略が曖昧で失敗しやすい
ほかにも、誘致の目的や戦略が定まっていないまま進めてしまい、「ツアーを造成したはいいが売れない」という状況に陥りやすいことも課題となっています。
富裕層の中でもさまざまな客層の人がいて、多様な趣味趣向や価値観を持つ顧客が存在するため、カテゴライズは容易ではありません。そのため闇雲に誘致に取り組むのではなく、富裕層市場の調査を行い、地域にとって適切なターゲットを定義して市場を開拓する必要があります。
富裕層インバウンドの集客取り組み事例5選
各地域では、富裕層のインバウンド客をターゲットにしたユニークな観光コンテンツが展開されています。以降は、いくつかの事例を紹介します。
1. ヘリコプターで富士山を遊覧
訪日外国人向けツアーブランド「サンライズツアープレミア」は、富士山と東京上空をヘリコプターで遊覧する商品を販売。約80分のフライトで日本を象徴する富士山の絶景を楽しむことができ、限られた滞在時間でも最高の景色を堪能できる体験を提供しています。
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2. 「もっと地方へ」ローカルエリアをめぐるツアー
ツナガル株式会社が開催する「もっと地方へ!」ツアーは、台湾のリピーター富裕層を対象とした、地域資源や食文化を体験できるコンテンツです。
開催された北海道のツアーは道東のローカルエリアを中心に展開され、利尻島では昆布を使った体験、豊富町では乳牛や牧草地を活かした活動を提供するなど、地元の人々との交流を通じて地域の独自性を楽しむ内容となっています。
また、ミシュラン掲載店を含む食文化体験を充実させ、1人あたり10万円以上の買い物を楽しむ旅行者も多く、大きな経済効果をもたらしています。
3. 1組200万円以上のラグジュアリートラベル
ラグジュアリートラベルサービス「OKUYUKI」は、1組200万円以上という高価格帯ながら短期間で完売するほどの人気を誇ります。
このサービスでは旅程の詳細を完全非公開とし、専属のクラブアシスタントによる完全プライベートかつオールインクルーシブな体験を提供。デジタルデトックスや心身のリフレッシュを目的とした、特別な旅行が注目を集めています。
4. 山形県・出羽庄内地域:観光情報を英語サイトで外国人に向けて発信
株式会社出羽庄内地域デザインは、英語サイト「The Northern Heart of Japan」を通じて、山形県庄内地域の観光情報を発信。地域文化雑誌「Cradle」の特集を活用し、地域の文化や食を深く体験できるオーダーメイドツアーを展開しています。
ツアーでは編集長自らが案内役を務め、富裕層のインバウンド客に向けて「本物の日本文化」に触れる機会を提供しています。
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5. 石川県:高付加価値コンテンツで富裕層を集客
石川県では、欧米豪の富裕層をターゲットに、伝統工芸や食文化体験を組み合わせた高付加価値な観光コンテンツを造成・提供しています。加賀友禅や金箔貼りの体験、「北陸・飛騨・信州3つ星街道」の周遊プランの提供、そして加賀温泉地域での高級宿泊施設の改修などが行われています。
これらの取り組みにより、欧米豪からの旅行客が増加。持続可能な観光を目指し、受け入れ体制の拡充や地域住民の観光意識向上にも力を入れています。
今後、インバウンド富裕層の誘致はより重要に
拡大傾向にあるインバウンド市場において、今後は訪日客数だけでなく、消費額を伸ばしていく必要があります。そのため、インバウンド富裕層の誘致は今後ますます重要になるといえるでしょう。
またインバウンド富裕層の誘致は、地域経済の活性化の切り札の一つとして有効だといえます。本記事で紹介したような、ヘリコプター遊覧やオーダーメイドツアーなど、各地で展開されている多彩な取り組みは、富裕層旅行者が求める高付加価値の体験を提供し、地域の魅力を最大限に引き出しています。
今後はこうした成功事例をさらに広げ、富裕層旅行者の期待を超える体験を生み出すことが期待されます。
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- 日本政府観光局(JNTO):富裕旅行市場の分析とコンテンツづくりのポイント
- 観光庁:訪日旅行での高付加価値旅行者の誘致促進
- 観光庁:地方における高付加価値なインバウンド観光地づくりに向けたアクションプラン
- 観光庁:インバウンド消費動向調査
- 株式会社JTB:訪日外国人観光客向けツアーブランド「サンライズツアー」から「サンライズツアープレミア」誕生!
- ツナガル株式会社:「もっと地方へ!」ツアーシリーズを開催 台湾富裕層が道東ローカルエリアを満喫
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