地域の自然や暮らしを活かした観光のあり方が、いま改めて問われています。国が持続可能な観光を推進する中で、日本各地で宿泊と体験を組み合わせた取り組みは増えてきましたが、一方で、それぞれの体験が単発で終わりやすく、地域全体の魅力としてつながりきっていないという課題を感じています。
点として存在している宿泊や体験を、地域の物語や移動、出会いによって線としてつなげていくこと。そのヒントを探るために、エコツーリズムの先進地であるラオスへ向かいました。
文/櫻井 亮太郎(株式会社ライフブリッジ)
これまでの連載:
- 第1回:30年で変わった「日本の魅力」と、地方が勝つための戦略
- 第2回:コンテンツ造成に効く 5つの法則
- 第3回:壁を扉に変える言葉 ~カタカナ英語でひらくインバウンド接客~
- 第4回:食から読み解く文化の違いとインバウンド戦略
株式会社ライフブリッジのインバウンド対策ソリューションを見てみる
地域を学び、地域に還元されるエコツーリズム
エコツーリズムとは、自然環境や地域の文化・暮らしに配慮しながらその土地を訪れ、学びを深めるとともに、地域にも利益が還元される持続可能な観光のことです。
単なる自然体験ではなく、以下の3つが揃っていることが大切です。
- 自然を守る
- 地域文化を尊重する
- 地域の人たちの暮らしや経済にもプラスになる
そこで今回足を運んだのは、ラオス北部のナムハー自然保護区周辺。ここでは、豊かな自然だけでなく、少数民族の暮らしや文化も地域の大切な資源として位置づけられ、土地に根ざした観光が実践されています。
大規模な開発で新たな魅力をつくるのではなく、もともとそこにある価値を守り、ていねいに来訪者へ伝えていく。そんな観光のあり方が、この地域には根づいていました。
関連記事:エコツーリズムの課題と事例 自然環境保全と観光の関係・両立させるための取り組み
多様な旅行者と同じ体験を共有
今回参加したのは、1泊2日のトレッキングと山岳民族の村でのホームステイです。
朝9時に集合し、まずはモーニングマーケットへ。観光客向けに整えられた場所ではなく、地域の人たちの日常の営みがそのまま残る空間で、食材や生活用品が並び、土地の暮らしを肌で感じられました。こうした日常そのものが体験価値になっていることも、この地域の大きな特徴だと思います。
そこで自分たち用の軽食や飲み物に加え、村の子どもたちに渡せる簡単な文具なども購入しました。私は小さな色鉛筆をいくつか用意しました。その後、ナムハー保護区の入口付近まで車で移動し、そこからトレッキングが始まりました。

このツアーで面白かったのは、料金の仕組みです。
最小催行人数は2人からで、2人だと85ドル、3人だと80ドルというように、人数が増えるほど1人あたりの料金が下がっていきます。1人で申し込む場合でも、まず「今、何人申し込みがありますか」と旅行会社に確認し、すでに申し込んでいるグループがあれば、そこに加わる形で参加できます。最初から知り合い同士でなくても、どんな人たちと一緒になるかわからない面白さを含めて、グループで参加できる仕組みになっていました。ちなみに今回は5人だったので、1人あたり70ドルで参加できました。対応言語は英語のみ。
今回一緒になったのは、20代のイスラエル人男性3人、50代のフランス人女性1人、そして私の計5人。国籍も世代も異なる顔ぶれでしたが、全体としてとても雰囲気がよく、多様な旅行者が同じ地域体験を共有できること自体に、体験型観光の強さを感じました。

本当の地域の姿に触れる旅
ガイド体制は、全体を案内するメインガイド1名が基本で、初日の昼食まではローカルガイドも加わります。地域住民のローカルガイドは、動植物についての説明と昼食づくりを担当してくれました。本人は英語がまったく話せないため、説明はメインガイドが通訳してくれます。
昼食は山中の休憩所でバナナの葉を広げ、焼いた鶏肉や野菜、漬物、トマトなどを並べ、参加者は手で食べます。この一連の体験そのものが、観光商品でありながらも地域の日常の延長線上にあることをよく表していました。ローカルガイドは昼食を作り終えると、自分の村へ戻っていきました。

トレッキングは、想像以上に本格的。行きは16キロ、帰りは9〜10キロほど。特に復路の登りはなかなかハードでした。
「ホームステイ付きの軽い散策」と思って参加すると、体力的に厳しいと感じる人もいるはず。つまりこの商品は、文化体験型であると同時に、明確にアクティビティ型でもある。その意味で、ターゲット設定と事前説明の精度は非常に重要だと感じました。
昼食後、最初に立ち寄った村には小学校がありました。金曜日で学校が休みだったこともあり、校舎の内部も見せてもらうことができました。
「教育環境や生活インフラを観光の文脈でどう見せるか」については、慎重さも必要ですが、単なる見学に終わらせず、地域の暮らしを理解する機会として設計できれば、非常に価値の高い要素になります。
夕方には、宿泊先となるカム族の村へ到着。メインガイドのペンさんもこの村の出身です。
外部のガイドが案内するのではなく、その土地にルーツを持つ人が、自分が生まれ育った地域を案内します。実際、彼の妹夫婦が今でもこの村に住んでおり、こうした良好な関係性があるからこそ、旅行者は表面的ではない、本当の地域の姿に触れられるのだと感じました。

万人受けより、誰に対してどんな価値を提供するか
ラオス北部には複数の民族グループが暮らしており、今回のツアーでは民族ごとの観光受容の違いについても話を聞けました。
カム族の社長が経営する、私が参加した旅行会社は、カム族は比較的シャイで物販の圧が少ない一方、アカ族は商業性が高く、物を積極的に販売する傾向があると説明していました。
もちろん、こうした見方にはバイアスが含まれる可能性もありますが、重要だと感じたのは、観光体験の設計において、民族文化の見せ方だけでなく、旅行者がどのような接触を心地よいと感じるかまで含めて商品化が行われている点です。実際に、観光客の満足度が低いために、ホームステイの受け入れ先から外された村もあるそうです。
今回のツアーにおける宿泊は、高床式の家の大部屋にみんなで泊まるスタイル。板張りの床にマットレスが敷かれ、蚊帳をつって寝ます。最低限の寝具は整っているものの、あくまで素朴。
村には水道が通っていましたが、電気はありません。日が落ちれば寝るという生活リズムが今もそのまま残っており、観光客にとっては特別な体験でも、地域の人にとっては日常です。

夕食は、チキンスープやトマトの煮込み、もち米など。ラオス北部ではもち米が主食のため、昼も夜もそれをいただきます。照明がないため、夜はライトを使って食事をとります。食事そのもののおいしさに加えて、灯りの乏しい中で静かに夜を過ごす時間自体が、この土地の暮らしに触れる体験になっていました。
とはいえ、この商品は明らかに万人向けではありません。食事は手で食べる場面もありますし、トイレは簡素、シャワーも高い位置の水道から水を流して浴びる、ほぼ屋外のような形式です。快適性や衛生面への期待値が高い旅行者には不向きでしょう。
逆に言えば、こうした条件を含めて受け入れられる層にとっては、非常に本物に近い体験をすることができます。重要なのは、誰にでも売ることではなく、どの市場に対して、どの価値を、どの期待値で提供するかです。

エコツーリズムの本質は、環境配慮だけではない
今回、複数の旅行会社を回って話を聞いた中で、特に重要だと感じたのは、地域還元の仕組みです。このエリアでは、2000年頃から観光収益をどう地域に配分するかを継続的に考えてきたそうです。
さらに今回、実際の料金配分表も確認できました。ツアー代金の内訳は、村の利益37%、村の観光基金4%、飲食費22%、交通費15%、旅行会社の利益16%、保護区の許可料3%、税金3%という構成でした。
この数字が示していることは非常に明快です。
まず、村の利益37%は、受け入れを担う村側への直接的な利益配分です。さらに、村の観光基金4%は、村全体の観光基金として積み立てられるお金であり、個人収入とは別に、地域全体の観光基盤や共同目的のための資金として機能していると考えられます。つまり、少なくとも41%が、地域側に関わる資金として設計されていることになります。

これは、単なる「見せる観光」ではなく、「参加する住民に対価が支払われる観光」であることを意味します。
観光客が来ることで地域に仕事が生まれ、その対価がコミュニティ内に残る。さらに、旅行会社やガイド自身も民族コミュニティの人材であることが多く、付加価値の一部が外部資本に流出しにくい構造になっている。
この点は、コミュニティベースドツーリズム*の観点から見ても非常に重要です。しかも、それを理念だけでなく、こうして数字で示している点に、この地域の取り組みの成熟度を感じました。
エコツーリズムにおける「エコ」は、自然保護や環境配慮だけでは語れません。
もちろん自然環境の保全は重要です。しかしそれ以上に重要なのは、観光が地域の暮らしを支え、仕事を生み、収入を地域内で循環させ、その結果として集落の持続可能性を高めているかどうかだと思います。環境・文化・生計が一体となって維持される仕組みこそが、エコツーリズムの本質だと実感しました。
実際、今回訪れた村では人口が増えているそうです。あくまで暮らしの基盤は農業で、水道はあるものの電気はない。決して利便性の高い場所ではありません。それでも人が戻ってきている。
もちろん要因は様々あると思いますが、農業を土台としながら、観光が収入源の一つとして機能していることは間違いなく、結果として「村に残る・戻る理由」の一部になっているように見えました。
過疎化が前提になりがちな山間地域において、農を基盤に観光がそれを補完する形で定住を支えている点は、非常に示唆的です。
*コミュニティベースドツーリズム…地域コミュニティが主体となり、地域のために行う観光の形態のこと
関連記事:地域住民主導の「コミュニティツーリズム」とは インバウンド対策として注目される理由/国内事例も紹介

ガイドに必要なのは「地域の価値を翻訳する力」
2日目の道中で出会ったランタン族の方々も印象的でした。中国系のルーツを持つため、漢字を読んだり書いたりできる一方、中国語は話せないというのです。
私は正直、「漢字を読めたり書けたりするのに、言語そのものは話せない」という感覚は、日本人に特有のものだと思っていました。だからこそ、同じような現象がここにもあることに、とても驚かされました。
言語と文化継承が単純な一致関係にはないことを、非常に興味深く感じましたし、こうした点も本来は体験価値の高い文化解説のテーマになり得ると思います。
ガイド人材の育成という観点でも学びがありました。
メインガイドは、もともと先生をしていた方で、ガイドになるために3年間英語を学び、さらに3か月のガイド研修を受けたそうです。英語は決して完璧ではなく、質問が正確に伝わらないことや、説明が十分に理解できない場面もありました。
しかし、参加者のストレスが最も大きかったのは、英語の精度そのものではなく、「もっと案内してほしい」「もっと背景を説明してほしい」という部分だったように思います。

これは日本のインバウンド現場にもいえることです。私たちはしばしば英語力を過大評価しがちですが、実際に顧客満足に直結するのは、言語の完璧さ以上に、体験設計力、ストーリーテリング力、ファシリテーション力です。
言い換えれば、ガイドに必要なのは語学力だけではなく、「地域の価値を翻訳する力」だと思います。今回の視察は、そのことを改めて確認させてくれました。
もう一つ面白かったのが、利用した旅行会社の名前です。その会社名は「イツィック・トレッキング・カンパニー」。イスラエルでは「イツィック」は人名として知られている名前だそうで、旅行会社の名前自体が、イスラエル人にとって非常に目に留まりやすいものになっています。実際、その影響もあってか、イスラエル人旅行者が自然とこの会社を目指して集まってくる流れが生まれているようでした。
これはインバウンドの視点で見ても非常に興味深く、特定市場を狙うときには、その国の人にとって分かりやすい言葉や、思わず反応してしまう名前を使うことが、集客上の強いフックになるという好例だと感じました。つまり、商品内容だけでなく、「名前の付け方」そのものがターゲティングになっている。この点は、日本の地域観光やインバウンド向け商品のネーミングを考える上でも、大きな示唆があると思います。
関連記事:ローカルガイドの常識を変える「Osaka JOINER」 ツアー開始30分前まで申込可能、その驚きの仕組みとは

未来につなぐ仕組みとして、観光を育てる
今回、ツアーに一緒に参加していたイスラエルの方々からは、日本について多くの質問を受けました。日本に対する理解が深い方であっても、日本の生活文化や地方の習慣にはまだまだ新鮮さがある。これは、日本の地方に眠る観光価値を再認識するきっかけにもなりました。
農泊や地域滞在型観光は、日本でももっと戦略的に設計できるはずです。単に泊まるだけではなく、歩く、食べる、聞く、暮らしを知る、地域の人と関わる。そうした要素を組み合わせることで、地方の日常は十分に国際市場向けの商品になり得ます。
地域の暮らしを観光資源としてどう位置づけるか、観光収益をどう地域に循環させるか、そしてガイドやコミュニティをどう主体化していくかを考える上では、非常に学びの多い視察でした。

今回のラオス視察を通じて、日本の地方、特に農村部における観光の可能性について、多くのヒントを得られました。
とりわけ強く感じたのは、「地方誘客を進めるうえで本当に重要なのは、体験を増やすこと以上に、地域全体を一つの旅として設計すること」です。宿泊、食、自然体験、地域の人との交流、移動までを含めて、点ではなく線でつなぐ発想が欠かせません。
日本の地方には、農家民宿、里山歩き、郷土料理、伝統文化など、魅力的な素材がすでにたくさんあります。ただ、それぞれが個別に存在しているだけでは、旅行者がこの地域で何ができるのかが見えにくい。事業者や自治体に必要なのは、個々の体験を磨くだけでなく、それらをどう編集し、地域全体の滞在価値として見せるかという視点です。
また、「来てくれれば誰でもOK」というわけでもありません。地域の暮らしや文化に関心を持ち、滞在を通じて地域にしっかりお金を落としてくれる旅行者をどう呼ぶか。その視点が、これからの地方誘客には欠かせません。
そして自治体には、補助金で単発事業を増やすだけでなく、地域内の連携を促し、ガイド育成や多言語対応、予約導線の整備など、地域全体の受け入れ基盤を整える役割が求められるでしょう。
観光を単なる集客装置ではなく、地域の暮らしを未来につなぐ仕組みとしてどう育てるか。その観点が、これからますます問われていくのではないかと感じました。
関連記事:「農泊×インバウンド」今後の取り組みとは?【「農泊モデル地域創出支援事業」選定発表会レポート】

著者プロフィール:株式会社ライフブリッジ代表取締役 櫻井 亮太郎

仙台市出身。中学卒業後、渡米。英国リッチモンド大学卒業。10年間の海外生活を経て1999年に帰国。外資系銀行、証券会社でキャリアを積み、2006年故郷仙台で株式会社ライフブリッジを設立。全国でインバウンド人材育成に特化した研修・講演を行う傍ら、登録者328万人※のYouTubeチャンネルの「Abroad in Japan」で多くの人気動画をプロデュース。2020年4月には自らもYouTubeチャンネル「Ryotaro's Japan」を開設。登録者数15.6万人※のYouTuber、そしてフォロワー数7万人※のインスタグラマーとして、多くの観光プロモーションに携わっている。※登録・フォロワー数は2026年4月時点
また近年はそのインバウンドにおける豊富な経験と強い情報発信力を用いて、特撮さながらの映像が撮影できる「聖地・岩船山爆破体験ツアー」、本物の城でのドラマ制作体験「Be a Samurai」等、インバウンド向けツアーの企画・造成・販売を一気通貫に行っている。 内閣府クールジャパンプロデューサー、宮城ワーケーション協議会共同代表。https://www.lifebridge.jp/
過去の連載記事を見てみる:
- 第1回:30年で変わった「日本の魅力」と、地方が勝つための戦略
- 第2回:コンテンツ造成に効く 5つの法則
- 第3回:壁を扉に変える言葉 ~カタカナ英語でひらくインバウンド接客~
- 第4回:食から読み解く文化の違いとインバウンド戦略
インバウンド対策にお困りですか?
「訪日ラボ」のインバウンドに精通したコンサルタントが、インバウンドの集客や受け入れ整備のご相談に対応します!
日本の魅力ある商品を在日外国人インフルエンサーとつなげるマッチングプラットフォーム「trial JAPAN」
「trial JAPAN」は日本の魅力ある商品を在日外国人インフルエンサーとつなげるマッチングプラットフォームです。
インバウンド向け外国人インフルエンサー施策を、煩雑な交渉やスケジュール調整などの手間なくすぐに始められます。
従来のインフルエンサー施策より、低コストで運用負担を抑えられるため、継続的なインバウンド市場への認知拡大を実現します。
詳しくはこちらをご覧ください。
インバウンド集客のはじめの一歩なら「口コミコム」で
Googleマップ・口コミ・多言語対応まで、訪日外国人に“選ばれる店舗づくり”をまるっとご支援します。
訪日ラボ運営のmovだからこそできるサポートを試してみませんか?
【最新セミナー】なぜ“うまくいく店舗”は勘に頼らないのか? 飲食店のタイプ別・店舗マーケティング
ファンインターナショナルが実施しているアンケートデータの活用をもとに、飲食店の来店理由や利用シーンをどう捉え、店舗コンセプトや集客施策に反映しているのかを伺います。
アンケートを起点に店舗タイプを整理し、優先すべき施策と見直すべき施策をどのように見極めているのか、実践的な考え方を学べる内容です。
飲食店の集客や店づくりを、感覚ではなく顧客理解にもとづいて見直したい方におすすめのセミナーです。
<セミナーのポイント>
- お客様が「なぜ来店しているのか」を、感覚ではなくデータで捉えるヒントが得られる!
- 店舗コンセプトと実際の顧客ニーズのズレを見直す視点がわかる!
- 自店舗が本当に注力すべき集客施策を整理できる!
詳しくはこちらをご覧ください。
▶ 【ファンインターナショナル 福田氏登壇】 なぜ“うまくいく店舗”は勘に頼らないのか? 飲食店のタイプ別・店舗マーケティング













