台湾人は日本語だけじゃなく多言語で話せる理由は?親日と言われるワケを徹底解説

公開日:2020年01月09日

日本政府観光局(JNTO)によれば、2018年の台湾の訪日旅行者数は 4,757,300 人で過去最高を記録となっています。

多くの台湾人を見かけることが増えるなか、日本語や英語などを流暢に話している場面に出くわす人もいるのではないでしょうか。

そこでこの記事では、台湾人が日本語を話せると言われる理由や台湾で話されている言語について触れていきます。

そして、台湾人をインバウンド誘致するためにできることについて解説していきます。

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台湾と日本の歴史

台湾が親日国だと言われる背景には、台湾と日本の歴史が関係しています。台湾と日本の歴史を辿り、その理由を解説します。

台湾は日本に統治されていた

日本は第二次世界大戦で無条件降伏するまでの約50年間、台湾を植民地していました。

日本が日清戦争に勝利し1895年に下関条約により中国から台湾の統治権を得たことが始まります。

日本の本格的な植民地政策が始まったのは、第4代台湾総督として陸軍中将児玉源太郎が1898年に着任して以降のことです。

台湾に対する日本の植民地政策は、植民地経営での欧米との対抗意識や、南進政策もあり、道路、鉄道、港湾、上下水道、電気、通信などのインフラ整備や教育の普及、治安の維持などが急速に進んでいきました。

日本統治時代の負の歴史

日本の統治に対して台湾人の反日抵抗が強く、多くの台湾人が虐殺された歴史があります。1895年に日本が台湾統治を始めてから10年ほどは主に中南部で激しい組織的抵抗が続けられました。

掃討作戦では台湾人数万人が殺され、日本軍も5000人を超える死者を出したと言われています。また1930年には、先住民による民衆蜂起「霧社事件」が起きました。

これは日本統治時代後期における最大規模の抗日運動と言われ、戦闘の中で700人ほどの暴徒が死亡もしくは自殺、500人ほどが投降したといいます。

台湾人が親日である理由とは

上記のような歴史があったにも関わらず、なぜ台湾が今日のように親日であると言われるようになったのでしょうか。その理由について4つにわけて解説します。

台湾のインフラ整備に日本が協力

まず1点目は、日本統治時代に台湾のインフラが整えられたことです。

後藤新平が民政長官として台湾に赴任していた8年8か月あまりの間に、都市計画に基づくインフラ整備が次々に進められ、戦後の台湾経済の発展に大きな影響を与えたと言われています

その代表的なものとして鉄道の敷設、国際商業港としての港の再整備、水利施設の整備などがあります。

当時、東洋一の規模である烏山頭ダムを完成させた八田與一は「嘉南大圳の父」として、現在でも台湾で多くの人々に慕われています。

台湾人の教育を援助

2点目は、台湾人に手厚い教育を行った日本人がいることです。

台湾を統治し始めた日本政府は、インフラ整備に取り組むと同時に日本語の普及にも取り組みました。

その指導のために、のちに「六氏先生」と呼ばれる6人の教師(楫取素彦、関口長太郎、中島長吉、桂金太郎、井原順之助、平井数馬)は台湾に渡り、芝山巌学堂で日本語を教えていました。

彼らの手厚い教育は台湾教育者に多くの影響を与え、統治直後、総人口の0.5~0.6%だった台湾の学齢児童の就学率は1943年頃には70%にも高まりました。

また終戦時には識字率が92.5%に登り、後に台湾が経済発展をする基礎となりました

台湾と中国との摩擦

3点目は、中国統治時代の中国人との摩擦です。

中華民国は、1945年から台湾を中華民国の領土に編入すると同時に、台湾を統治する機関・台湾行政公所を設置しました。

公所には、台湾の領土編入と共に移住してきた大陸出身の外省人が独占し、さらには公所と政府軍との腐敗は激しいものでした。

そうした状況に、それまで台湾にいた本省人(台湾人)は公所と外省人に対して反発し、1947年2月28日に本省人の民衆が蜂起する二・二八事件が起きました。

二・二八事件以降、中華民国は台湾人の抵抗意識を奪うため、知識階層・共産主義者を中心に数万人を処刑したと推定されています。

中華民国の国民党軍の占領後間もないころから、台湾人は、新たな支配者に失望し始め「犬が去って、豚が来た」と嘆くようになったといいます。

この言葉には、「日本人はうるさくても番犬として役立つ一方、中国人は貪り食うだけ」といったような意味が込められていました。

台湾の親日は中国国民党による圧制政治による反動ともいえます

歴史が受け継がれている

4点目は親世代が上記の歴史を子に伝えていることです。

上記で述べたような日本のインフラ整備や教育が台湾の戦後の発展を支えたという親世代の認識が子に言い伝えられ、歴史を継承していることも大きな要因でしょう。

また、日本統治時代から日本のテレビや雑誌などがあり、世代を通して日本文化に親しみを持っている人が多いです。

そうした影響もあり、現在の若者の間では日本の音楽やファッション、マンガやゲームなどのサブカルチャーが人気であり、日本に対して好感を持っていると言えます。

台湾人が日本語が話せると言われる理由

台湾人のお年寄りの方が流暢に日本語を話し、なぜ日本語を話せるのだろうと疑問に思ったことがあるのではないでしょうか。

それは日本統治時代に同化政策として日本語教育が行われていたからです。ここでは日本統治時代の日本語教育について、また現在台湾で話されている言語について解説します。

日本統治時代に日本語教育がされていた

上記でも述べているように、日本統治時代には日本語の普及のため、日本語教育が行われていました。

当時文部省の学務部長心得だった伊沢修二は、初代台湾総督に就任した樺山資紀に「(台湾の統治政策の中で)教育こそ最優先すべき」と教育の必要性を訴え、日本でも実現していなかった義務教育の採用を提案したました。

その提言が受け入れられ、伊沢は全国から優秀な志ある6名の教師を募集し、彼らを連れて台湾へと渡り、義務教育の実験校として台北城北部に芝山巌学堂という小学校を設立しました。

その6名は六士先生事件と呼ばれる抗日事件で殺害されてしまいますが、彼らの台湾の教育にかける精神は「芝山巌精神」と言われ、人々の間で語り継がれるようになりました。

その後政府は教育政策を進め、台湾全域に国語伝習所を設置するなどの教育機関の拡充に努めました。

国語伝習所はのちに公学校に昇格し、台湾人に日本語の基本的構造を教えるという国語教育がその教育の大半を占めました。

日本語がルーツとなっている言葉

日本統治時代を経験している台湾には日本語由来の単語、もしくは日本語経由の横文字が多数存在しています。ここではその一部を紹介します。

台湾語で発音する単語

  • 自動車:自轉車(chū-chóan-chhia)
  • 水道:水道(chúi-tō)
  • 病院:病院(pēⁿ-īⁿ)
  • 味の素:味素(bī-sò͘)
  • 野球:野球(iá-kiû)

日本語のまま発音する単語

  • お父さん:多桑/父親(tò-sàng)
  • お母さん:卡桑/母親(khà-sàng)
  • 兄さん:兄(nì-sàng)
  • 姉さん:姐(nè-sàng)
  • 挨拶:招呼(âi-sá-tsuh)
  • 応援:加油支援(ô-én)
  • 乾燥:真空處理(kan-sò)
  • 漫画:漫畫(bàng-gah)

上記の単語だけではなく、台湾語にはラジオ(收音機)やケチャップ(番茄醬)などの日本語を経由して伝わった外来語などもたくさんあります。

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現在台湾で使われている言語

台湾で主に話されている言語は公用語の中国語(台湾華語)、台湾語、客家語、原住民族語などその他です。

・中国語(台湾華語)
台湾の公用語であり、最も多く話されている言語です。台湾では「國語」「中文」と言います。

台湾で話される中国語は「台湾華語」と言い、文法や語彙など基本的には中国大陸で使われている中国語「普通語」と同じですが、台湾ならではの特徴や違いがあります。

例えば、使用される漢字や発音の仕方、発音記号などが異なります。また、1945年に台湾統治を開始した中華民国政府が中国語の使用を強制した背景などから、年配の人の中には話すのが得意でない方もいます。

・台湾語
台湾で2番目に多く話されている言語です。台湾語は、中国の福建省地域で話されている閩南語(びんなんご)がルーツです。

中国語の声調は4種類ですが、台湾語の声調は8種類あり文法は共通点はあるものの発音はかなり異なります。

現在も公式の場では中国語を、家では台湾語を話す人も多いようです。上記でも述べたように、台湾語の中には日本語が起源となっている単語も多くあります。

・客家語
台湾で3番目に多く使われている言語です。もともと、客家人とは漢民族の一派で、戦乱などで台湾に渡ってきました。

数千年前の言葉をルーツに持つ客家語は、古語の中国語に似ています。桃園・苗栗・新竹エリアなどで多く使われています。

・原住民族語など、その他言語
台湾の原住民の人達が話す言葉です。現在確認されているだけでも16以上の部族があり、部族ごとに話されている言葉は違い様々な言語があります。

台湾人をインバウンド誘致するためにできることとは

ここまで、台湾が親日である理由や台湾の言語面について見てきました。そんな日本との関わりも深く、親日である台湾人を誘致するにためにできることは何でしょうか?

日本政府観光局(JNTO)の調査を基に述べていきます。全体の約8割の訪日台湾人は2回目以上の訪日であり、リピーターが多いことがわかります

非常に日本に慣れているため、全体的に内容の濃い体験、サービスを求める傾向があります

例えば、日常生活体験や自然との触れ合いを目的とした「地方観光」やマラソン、サイクリング、スキー・スノボなどの「アクティビティ体験」、日本のサブカルチャーを楽しむ「イベント体験」などが人気です。

また、日本製品に対して高品質・良好なイメージを持っているため、日本製品の購買意欲が高いのも特徴です。

訪日台湾人をターゲット別に見ていくと、20〜30代の個人旅行層、40〜60代家族旅行層、訪日3回以上の地方リピーター層に分けることができます。

訪日台湾人の中でも最もボリュームが多い20〜30代の個人旅行層は、旅行を日常から脱してリフレッシュ、リチャージする機会と捉える人が多い傾向です

そのため、ショッピング、グルメ、テーマパーク、自然、 温泉、美容、サブカルチャーといったテーマに訴求性が高いと言えます。

40〜60代の家族旅行層は、家族で楽しめる観光施設やアクテビティがある点に魅力を感じています

テーマパーク、温泉、グルメ、大自然(キャンプ)、ショッピングといったテーマに訴求性が高いと言えるでしょう。

訪日3回以上の地方リピーター層は、日本文化に興味を持っている人が多く、日本の工芸品や、四季体験への関心が高い傾向にあります。

そのため、温泉、歴史、桜・紅葉等の日本らしい四季の体感、自然景勝地、日本食といったテーマに訴求性が高いと言えます。

全体を通して、訪日回数が多い台湾人旅行者には「新たな体験や発見」を提供することがインバウンド誘致をするにあたってポイントとなるでしょう。


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この記事の筆者

訪日ラボ編集部

訪日ラボ編集部

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