新型コロナウイルス(COVID-19)は世界でも猛威をふるい、日本の国内感染者数は3月20日12時時点で、950人となりました。
新型コロナウイルスが日本で注目されたきっかけの一つは、「ダイヤモンド・プリンセス号」の隔離措置でした。
訪日ラボ編集部は、「ダイヤモンド・プリンセス号」から下船した女性(以下、Aさん)に独自に電話取材をしました。
インバウンド事業者が普段から心掛けるべきことや、顧客の国籍にかかわらず、いざというときに顧客との関係を良好に保つのに重要な点は何かが見えてきます。
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「ダイヤモンド・プリンセス号」に起きたこと
ダイヤモンド・プリンセス号は乗員乗客合わせて、約4,000人の収容が可能な大型客船です。
ダイヤモンド・プリンセス号を香港で下船した乗客が、新型コロナウイルス(COVID-19)に感染していることがわかったと、香港政府が2月1日に発表しました。
この発表を受け、ダイヤモンド・プリンセス号は横浜の大黒ふ頭沖に2月3日夜に停泊し、乗客乗員約3,500人に対する大規模な検疫作業を行います。その結果、合計で20人に陽性の検査結果が出ました。
さらなる感染拡大を防ぐため、2月5日からダイヤモンド・プリンセス号に対する隔離措置が行われます。14日間の隔離が終了した2月19日から下船が開始されました。その後3月1日、すべての乗客、乗員の下船が完了しました。
ダイヤモンド・プリンセス号を巡っては、海外から多くの批判がなされました。新型コロナウイルスの流行についてSNSで発信を続けている、神戸大学感染症内科教授の岩田健太郎氏が船内の感染対策の不備を訴える動画を公開したこともあり、多くの注目を浴びました。
当事者から聞いた、船内隔離の実態
今回訪日ラボ編集部では、船内に滞在していた女性、Aさんに、隔離措置の期間中の様子についてお話をうかがいました。
緊急事態であり、また移動の自由に制限を受ける中、どのようなことを考え、どんなサービスに心が支えられたか、また何を気がかりに感じていたのかについて、詳細にお話を聞かせてくださいました。
普段からの良好なコミュニケーション・サービスが鍵
インタビューした際、Aさんは「こんな大事になってもクルーズ船のクルーたちは、それまでと変わらず(対応が)よかった」と何度も感謝の言葉を口にしていました。
隔離期間中は感染を防止するため、会話や接触はありませんでしたが、Aさんは食事を受け取る時などにクルーに対して感謝を伝えるように意識していたといいます。
Aさんは英語が堪能ではなかったため、紙に英語で「ありがとう」と書き、それをクルーに見せたそうです。
するとクルーたちも嬉そうにしており、Aさんは「お互いが笑顔になるから、こんな時だからこそ感謝を表さないといけないなと思っていた」と語りました。
クルーズ船での旅行は長期間、顧客とクルーが共同生活を行う特性から、信頼関係が築きやすい状況だったことが考えられます。
もともとのサービスの質も高く、乗客もクルーズ船で起こる不測の事態に対して、寛容な心で向き合えたのではないでしょうか。
隔離中に嬉しかったこと
隔離開始初期はほとんど娯楽がなく、Aさんはたまたま持ってきていたナンプレをして時間を過ごしていたそうです。
その後少しずつ備付けのテレビで視聴できるコンテンツが増え、ヨガや太極拳などを室内で楽しんでいたそうです。
同室の人は映画観賞をしており、下船直前くらいになると見きれないくらいにコンテンツ数が増えていたとのことです。
また隔離期間が始まってしばらくすると、自身でリクエストしたものではありませんが、本が 2冊3冊入ってくるようになりました。
隔離期間中に迎えたバレンタインデーにはお花が贈られたり、建国記念日の2月11日には国旗を受けとったそうです。
Aさんは、クルーたちからのこうした季節や、日常を思い出させてくれるような心遣い、ふるまいが本当に嬉しかったと話しています。
隔離期間中の不安
隔離期間中、Aさんがもっとも不安に感じていたことは、今後政府の方針がどうなるか、それにより自分たちがどう扱われるのかでした。
情報もなかなか入ってこず、クルーズ船からの情報提供は船内アナウンスや部屋に配布される紙の資料のみでした(英語ニュースがわかれば、備付けのテレビから情報を収集できたかもしれません)。
船内で得られる情報は、報道より1日ほどタイムラグがあるとAさんは感じていました。
クルーズ船では乗客同士のコミュニケーションが生まれ、ツアー中は仲良くなった人たちともツアーを楽しむそうです。
今回の隔離期間中にAさんは同室の人やツアーで仲良くなった乗客から情報を提供されており、彼らから得る情報の方が船内で得る情報よりも早かったようです。
ただ、クルーズ船の対応は政府方針にしたがっていたため、致し方ないことだとも理解を示しています。
隔離中の要望
一部報道では、「日本食が出ない」「温かいものが食べたい」などの要望があったことが伝えられています。Aさんによれば、食事は洋食がメインですが、味噌汁や納豆、ポン酢などもあったそうです。
Aさんにとっては気になったのはメニューの内容よりも量だったといいます。自分が食べきれる量よりも多く、残すのが心苦しかったことを聞かせてくださいました。隔離中、唯一残念だった点はこのことだそうです。
Aさんは、多くの人がいたため細かな調整は難しいと考え、クルーに対し特に要望は伝えていませんでしたが、Aさんと同室の人は食事のオーダー表に一人分の量を記載するなどの工夫をされていました。
Aさんのコメントからは、文化の異なる地での長期間の滞在では、食事は快適さを左右する大きな要因となることが見えてきます。食事は文化や国、性別や年齢などにより、好みの味や量が大きく変わります。
有事の際のインバウンド事業者がとるべき対策とは
インタビューの内容を踏まえ、ダイヤモンド・プリンセス号から学ぶインバウンド事業者の対応について3つのポイントにしぼって考察します。
1. 情報提供
ダイヤモンド・プリンセス号からの情報提供はさほど多くはなく、また顧客への情報提供に少し時間がかかっていたようです。
情報がないことで不安が強くなり、多くの人が独自に情報を収集し仲の良い顧客同士で共有をしていました。
株式会社サーベイリサーチセンターが訪日外国人観光客に対し行った聞き取り調査によると、新型コロナウイルスに関する情報源は、下記の通りでした。
- 母国のテレビや新聞等のWEBサイト:66.8%
- 友人のメールやSNS:55.1%
- 日本のテレビやラジオ:19.1%
滞在していたホテルで「情報の提供があったか」また「理解できたか」に対する回答は、「情報の提供は無く自分で探した」が55.5%でした。
船内隔離者だけでなく、日本国内を旅行中の訪日外国人観光客も少しでも多くの情報を求め独自に調べています。
また調査によると、希望する情報は下記の通りでした。
- 医療機関情報などを提供してほしい:43.0%
- インフォメーションセンターでの情報提供を充実してほしい:42.6%
- 滞在していたホテルで感染症対策の指導等をしてほしい:32.4%
調査からも分かるとおり、訪日外国人観光客はホテルなど、身近な事業者からの情報提供を求めています。
2. 多言語対応
今回のダイヤモンド・プリンセス号のケースでは、すでに多言語対応や日本語スタッフが常駐するなど対策がされていました。
船内放送やメニューなどの表記には日本語も用意されており、英語がわからない日本人でも情報を理解できました。提供された情報が理解できず、不安やパニックになる人は少なかったと考えられます。
今回は日本国内での隔離でしたが、異国の地であれば不安や緊張感はさらに高かったのではないでしょうか。
それは訪日外国人観光客にとっても同じで、万が一緊急事態が発生してしまった場合には少しでも安心感を高められるよう、英語などの多言語対応は必須と言えます。
3. 非常時だからこそ、ささやかな心遣い
Aさんは取材中、何度もクルーへの感謝の気持ちを語っていました。
多くの港から停泊を拒否され、突然始まった隔離措置はクルー側にも大きな不安と混乱があったはずです。それにもかかわらず、できる限りのサービスを提供し、ツアー中と同じように接客をしてくれたことに、隔離期間中の不安や焦燥感がとても和らいだとAさんは話していました。
バレンタインデーに贈られた花や建国記念日に配られた国旗に喜びをにじませ、日本人に馴染みのある味噌汁や納豆をすすめられたことを印象深く覚えているなど、普段であれば当たり前と受け止めるかもしれないサービスに対しても、繰り返し感謝を述べていました。
非常事態だからこそ、普段と変わらないサービス、気配りが、顧客にはよりありがたく感じられたのではないでしょうか。
日頃からの準備が重要
インタビューからも分かるとおり、普段の接客やサービスでいかに顧客の満足度を高め良質な関係を築けているかが、緊急事態の際の対応の評価にもつながっています。
非常事態であってもサービスの質を落とさないことはもちろんですが、ちょっとした心配りは普段以上に顧客の心に響くと考えられます。
こうした顧客の心に寄り添ったサービスについて、普段からある程度考えておくことも、非常事態の備えとなるかもしれません。
人はわからないことに対して、不安や恐怖を感じます。正しい情報を適切な手段で提供し、理解してもらうことで、パニックを未然に防ぐこともできます。
また、日本に来る外国人は年々増えています。即時性の高い情報提供や多言語対応は、彼らの状況判断や行動選択に欠かすことはできないでしょう。
しかし、多言語対応や、訪日外国人を案内できる医療機関情報などの対応は、緊急事態になってからすぐに対応できるものではありません。
日頃から多言語対応や情報の受け取り手が必要とする情報へのアクセスを準備しておくべきでしょう。
またその時々によって変化する状況に、どのように対応することが真に顧客の安心感や利便性向上につながるのか、スタッフとの認識共有も欠かせません。
<参照>
Yahoo ニュース:ダイヤモンド・プリンセス号、下船までの経緯は?【新型コロナウイルス】
厚生労働省:新型コロナウイルス感染症について
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