2030年までに訪日外国人旅行者数6,000万人、リピーター数4,000万人を目指す日本。しかし、受入拡大を進める一方で、一部地域に観光客が集中することでオーバーツーリズムや地域間格差の問題に直面するなど、課題も多く残されています。
これらの解決に向けて近年、AIとレビューを活用した新たな取り組みを行っているのが、Booking.com(ブッキングドットコム)です。
2026年6月2日に実施されたメディア向けイベントでは、Booking.comがJTIC.SWISS 代表や観光カリスマとして活躍する山田 桂一郎氏、一般社団法人 メタ観光推進機構 代表理事の牧野 友衛氏を招き、AI×ビッグデータで変化する観光体験に加え、日本市場やローカルエリアの魅力、可能性について議論しました。本記事では、その様子をレポートします。
3.7億件のレビューとAIで地方にバトンを 「おもてなしリレー」プロジェクト
旅行にまつわる多種多様な施設、サービス、体験の予約や、それらを利用したユーザーによる情報を提供するデジタルトラベルプラットフォーマーのBooking.com。
同社は毎年、ユーザーから寄せられた累計3億7,000万件ものレビュースコアをもとに、素晴らしい滞在や移動体験を提供するパートナーを称える「Traveller Review Awards」を実施しています。
Booking.com 日本代表のルイス・ロドリゲス氏は、2026年の同アワードの結果について「日本、特に地方の目的地やパートナーによる温かいおもてなしが旅行者から評価され、大きく成長したのを確認した」と触れました。

同アワードを踏まえて選出される「世界で最も居心地の良い場所(都市および地域)」「日本で最も居心地の良い都市」にも、その傾向は反映されています。
2026年の「日本で最も居心地の良い都市」10選
- 高山市(岐阜県) *「世界で最も居心地の良い場所」にも選出
- 屋久島(鹿児島県)
- 奄美市(鹿児島県)
- 読谷村(沖縄県)
- 野沢温泉村(長野県)
- 富士吉田市(山梨県)
- 北谷町(沖縄県)
- 富士河口湖町(山梨県)
- ニセコ町(北海道)
- 由布市(大分県)
ルイス氏は、「2030年までに訪日外国人旅行者数6,000万人」という日本政府による目標達成に向けたヒントがここにあるとし、新たなプロジェクト「おもてなしリレー」の立ち上げを発表しました。
同プロジェクトは奄美市、由布市、野沢温泉村にスポットを当て、現地の宿泊施設や地域社会とともにその地域の個性やおもてなし、旅行者が感じる魅力をストーリーとして仕立て、届けるものです。実際のレビューに基づいて、AIの力を借りながらBooking.comがストーリーを描きます。
この取り組みについて、ルイス氏は「テクノロジーを使い、旅行者の声と地域社会の強みを一体化して、持続可能な観光の推進や地方分散を支援します」と意気込みを語りました。
関連記事:岐阜県高山市が「世界で最も居心地の良い都市」に選出(Booking.com)
世界でも類を見ない 観光国としての日本のポテンシャル
続いて、Booking.com 北・南アジア地区 リージョナルディレクターのヌノ・ゲレイロ氏から、世界の旅行市場における日本の魅力や選ばれ方について説明がありました。

ヌノ氏はまず、「世界で最も急速に成長している旅行市場」としてアジアを挙げました。Booking.comが取り扱うフライト、宿泊施設、レンタカー、体験などのカテゴリーにおいても、アジア圏での売上は2桁成長を記録しているといいます。
なかでも日本は、「世界でも類を見ない市場」だとヌノ氏は強調しました。日本は、Booking.comで検索されている国ランキングのトップ10に入り、かつAPAC(アジア太平洋地域)の目的地として1位に東京、2位に大阪が入るほど注目を集めています。

このように、日本の都市が世界から注目を集めた結果が、4,200万人超の訪日外客数(2025年)だとヌノ氏はいいます。そのうえで、2030年までに6,000万人を達成するには、東京や大阪だけでなく、日本の各地域の美しさを知り、体感できるような仕組みづくりが必要だと提言しました。
そこで同氏が挙げたのが、AIをはじめとしたテクノロジー活用と決済手段の確保(FinTech)です。Booking.comの調査によると、APACのユーザーの95%が新たな目的地の発見に向けたAI活用にすでに期待を示しているとのこと。実際にオーセンティックな(本物の)体験を享受するため、定番のコースを超えた新たな目的地の開拓を進めるユーザーも増加傾向にあるといいます。
これらを踏まえ、Booking.comではトラベラーレビューを用いた新たな目的地の提案、アプリを通じて自国の決済手段で支払いを実現できるような仕組みを提供するなど、すべての体験が一つのプラットフォームで完結する「コネクテッドトリップ」の実現を目指しています。
ヌノ氏は、こうしたインフラを「大企業だけでなく、エコシステムとつながるすべてのパートナーに向けて提供し、ユーザーへの露出機会を与える」と説明。このような取り組みによって、「日本で得られるリアルな体験をより多くの旅行者に伝えるキープレイヤーになりたい」と展望を語りました。
AI時代の観光地経営に欠かせない「情報の可視化」と「信頼獲得」
テクノロジーの活用によって広がる観光振興の切り口。次のパートでは、Booking.comと観光にまつわるエキスパートがそれぞれの得意分野をもとに意見を交わしました。ヌノ氏がモデレーターを務める前半のトークセッションに登壇したのは、一般社団法人 メタ観光推進機構で代表理事を務める牧野 友衛氏です。
GoogleやTwitter(現X)、トリップアドバイザーの日本法人などでテクノロジーや観光に関する経験を積んだ後、現在は観光における新たな概念「メタ観光(多層的な観光価値や魅力を情報として可視化する観光)」を推進する牧野氏。
同氏は、ソーシャルメディアの台頭などにより観光の概念が広がり、地図上ですでに可視化できている情報だけではとらえきれない魅力が各地域に広がっていると感じたことが、メタ観光推進に取り組むきっかけだと語りました。

たとえば、東京都千代田区に位置する和菓子店「竹むら」は、1970年代には小説家・池波正太郎氏の作品に登場し、2001年に東京都選定歴史的建造物に認定。2000年代以降も特撮やアニメ、ドラマ作品などの舞台に使われるなど、いわゆる「聖地」として親しまれてきました。
同機構は、こうした個別の情報を位置情報としてマップ上に示して地域の観光振興に活かすことを目指し、地方自治体などと協力しながら活動を進めています。
牧野氏は「年間100万人が訪れる場所がなくても、1万人が訪れる場所が100か所あれば観光振興は成立する」と説明。地域の人々による魅力の掘り起こしと、聖地のように地域外の人々による視点双方から観光スポットの可視化を進めることで、情報の多層化に期待ができると語りました。
実際、メタ観光推進機構では東京都墨田区や臨海副都心エリアなどでメタ観光マップの作成を行い、数百か所単位で観光スポットを増やすことに成功しています。

この取り組みについて、ヌノ氏は「非常に興味深い」としたうえで、AIやビッグデータによる情報提供の深化とも関連性があると考えを述べました。牧野氏もこれに同調し、「正しい情報の可視化は、旅行者に対するAI回答の精度を大きく左右する」と語っています。
加えて、ヌノ氏はAIによって検索体験がアップデートされるなかで、「信頼がより重要になる」と触れました。なぜなら、人間に新しい発見を提供するAIもまた、その情報の信ぴょう性や信頼度を重視して提案を行うからです。
牧野氏はこれを受け、「レビューはスコアよりも記載されている内容が大事」と強調しました。特に「その場所に行かないと書けない情報・経験」は欠かせない要素で、評価の良し悪し以上に「多くの情報が記されていること」が重要だといいます。
また、かつてトリップアドバイザーで多くのレビューを見てきた牧野氏は「良い評価は、その場で出会った『人』に触れているケースが多い」と補足しました。
たとえば、ホテル・旅館や飲食店を評価する際、利用者は提供されたサービスを総括し、スコアや感想として記入します。なかには、「残念ながら満席で利用はできなかったが、近隣のおすすめ店舗を紹介してくれた」といったレビューもあったそうです。
サービスの有無を示すスペック表から、こうした情報をうかがい知ることはできません。これらは「人間がいてこそ言語化できるもの」であり、どれだけテクノロジーが進歩しても価値の源泉として欠かせないものだといえます。
ヌノ氏はこうした話を受け、「Booking.comでも保有する3億7,000万件のレビューを活かしながらトレンドやインサイトをリアルタイムで提供し、ほかでは見つけられないような提案ができるよう探求していきたい」とまとめました。
持続可能な観光推進は「守ること」を決めるところから
後半のトークセッションは、JTIC.SWISS 代表、観光カリスマなどとして活動する山田 桂一郎氏が登壇し、ルイス氏の進行によって進められました。
スイスにある世界有数の山岳リゾート ツェルマットと日本で2拠点生活をしながら、あらゆる都市の地域振興を手がける山田氏。海外と日本双方の違いに触れる機会が多い同氏の活動をふまえ、ルイス氏は「日本の地方が持つ魅力と、外国人旅行者に来てもらうために取り組むべきことは何か?」と問いかけました。
山田氏は、街並みや里山などの景観に加え、農業、漁業、祭事などといった土地ごとに根づく暮らしや営みにこそ、固有の価値があると強調。こうした「日常」と、旅行者にとっての「非日常」や「異日常」が混ざり合う点を見つけ、「特別な体験」にしていくことこそが観光の本質だと述べました。

こうした本質をとらえた観光地経営がなされている例として、山田氏は自身も居を構えるスイス・ツェルマットの取り組みを紹介しました。
ツェルマットは、アルプス山脈に属するマッターホルンのふもとに位置する都市で、環境保全を目的に一般車両の乗り入れを禁止しています。
山田氏は、こうした取り組みを「観光地として成立させるために、地域全体で守るべきものが明確になっている」と評価し、これこそが地域経営だと唱えました。

日本でも、2026年3月に発表された「観光立国推進基本計画(第5次)」の主な施策として、「地域一体となった持続可能な観光地域づくりの推進」が挙げられています。山田氏は、計画に沿って取り組みを進めるステークホルダーに対し、「『誰を呼ぶか』よりも先に『どんな地域でありたいか』から議論を進めてほしい」と提言しました。
たとえば、観光地化するためにコンテンツを醸成しても、運営や維持ができなければ持続可能な観光は成立しません。世界をみても、評価される観光地は「地域の暮らしや文化、自然を守ってきた土地で、観光消費が地域の産業や文化の発展と結びついている」と、山田氏は述べました。
こうした、いわゆるエコシステムを実現するうえで必要なのは「正しい指標を持つこと」と同氏は続けます。日本政府が掲げる「訪日外国人旅行者数6,000万人、リピーター数4,000万人」といった数字との向き合い方も、非常に重要です。山田氏は地域の本質に理解、共感してくれる旅行者と長く良い関係を築くことに意識を向け、「地域が豊かになったか」に重きを置いた評価を行っていくべきだと呼びかけました。
ルイス氏もこれに同感し、「旅行者が一方的に何かを持ち帰るのではなく、地域社会も何か得られるものがあるのが真の持続可能な観光だ」と高山市でイベントを開催した際の市長の発言に触れながら、エコシステム構築の重要性を強調し、イベントを締めくくりました。
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