訪日客と地方をつなぐ要となる「DMC(Destination Management Company)」。海外の旅行会社などから依頼を受け、宿泊・交通・体験の手配のほか、観光コンテンツの企画・造成や運営、地域へのアドバイザリーまで担う旅行事業者です。
2026年7月、富裕層(高付加価値旅行者)を取り扱うDMC同士が連携する日本初のコンソーシアム「Japan DMC Network(JDN)」が正式に始動しました。欧米豪や中東、中南米など、それぞれ異なる市場に強みを持つDMCが集まり、地域への送客を支援します。
訪日ラボは、JDN会長の野口貴裕氏(BOJ株式会社 代表取締役)、理事の金馬あゆみ氏(株式会社ジェイ・リンクス 代表取締役)、木下優氏(KEN株式会社 代表取締役)を取材。JDN設立の背景から、集客で地域がつまずくポイントや富裕層への誤解、今後の展望に迫ります。
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「1社でできることには限りがある」国ごとに強みを持つDMCが手を組んだJDNとは
── 7月に本格始動したJDNは、ロングホール市場*や富裕層を専門とするDMC同士が連携する日本初のコンソーシアムとお聞きしました。まずは設立のきっかけや背景からお聞かせください。
野口氏:コンソーシアムを立ち上げる話は、最初から想定していたわけではありませんでした。
私たちはDMCを本業としながら、さまざまな地域の行政や民間企業、DMOと一緒に仕事をしてきました。地域の観光資源を活かし、時には掘り起こしながら外国人目線の体験商品を作り、海外の旅行会社に販売して地域へ送客する。こうしたことをコロナ前からずっと続けてきたのです。
ただ続けていると、地域によって「この市場には需要がありそうだけど、あの市場では難しい」といったケースがよく出てきました。弊社は欧州・北米・豪州がメインなので、せっかく良いプロダクトがあっても、1社でできることには限りがあったのです。
そこで1〜2年前から「DMC同士が横に連携して、1つの地域をサポートするのはありなのではないか」と話すようになりました。地域でファムトリップ(視察旅行)を実施する際にもお互い呼び合っていたのですが、そこでも「これは絶対この国から呼べる」という話が出てくるわけです。
それならば、それぞれ得意市場があるDMCが集まり、チームとして地域の課題解決に動いた方が、地域にとってもメリットがあると考えました。
*日本への飛行距離・時間が長い市場
── 設立時の参画企業は、どのような基準で集まったのでしょうか。
木下氏:ロングホールを手がけていて、かつ高付加価値旅行を扱っているDMCである必要があります。
富裕層のお客様の要望は100人いれば100通りで、非常に柔軟な対応が求められます。一つひとつの要望にどう応え、いかに喜んでいただくかという価値観を、メンバー間で共有できていなければなりません。
そのうえで、各社で強みを持つ市場が異なります。たとえ自社で対応できない場合でも、その市場に強いDMCにお願いできれば、チームとして高い対応力を発揮できます。高付加価値旅行を扱った経験がなければ、大切なお客様を紹介することはできないと思います。
── 対象市場を、欧米豪や中東といったロングホール市場に絞っているのはなぜでしょうか。
野口氏:地域の体験プロダクトを購入するのは、ロングホール市場のお客様が圧倒的に多いんです。滞在日数も長く、体験や飲食、宿泊を通じて地域にしっかりお金を使ってくれます。地域を活性化させるという意味で、貢献度の高い市場だと考えています。
「ウリ・アシ・ヒト・コネ」がそろわない 地域が集客でつまずく理由
── 7月に発表されたリリースでは、富裕層の誘客について、「地域とDMCの連携不足」「旅行者に対する理解不足」が指摘されていました。地域の現状をどのように見ていますか。
野口氏:分析するうえでは「ウリ」「アシ」「ヒト」「コネ」の4つの視点があると思います。地域のコアバリューである「ウリ」があっても、販路や送客ネットワークである「コネ」がなければ送客できません。交通の「アシ」がなければそもそも地域に行けませんし、ガイドや通訳の「ヒト」がいなければ観光客を案内できません。この4つがきちんとそろっていることが重要です。
私たちができるのは、送客ネットワークという「コネ」の部分です。一方で「ヒト」や「アシ」は、私たち単独では限界があります。行政と連携したり、時間をかけて取り組んだりする必要があり、複数の要素を連携させて解決しないと送客は難しいのが現状です。とくに富裕層では、それが顕著になっています。
── ほかにも、自治体が集客できていない原因はあるのでしょうか。
木下氏:売れるかどうかわからない商品を作ってしまうことも原因ですね。
野口氏:地域の方々が熱心にプロダクトを作っても、DMCの視点が入らないまま造成が進むケースも少なくありません。せっかく形になっても、海外のお客様に届けるには難しい商品になってしまうことがあるのです。「何が作れるか」から発想するプロダクトアウトではなく、「市場が何を求めているか」から考えるマーケットインの視点が欠かせなくなっています。
金馬氏:あとは、サプライチェーンに乗りにくいプロダクトが多く生まれているのが実情です。多額の予算をかけて作られた商品でも、商流とつながっていなければ私たちも送客のしようがありませんし、現場の方は熱意があるだけに本当にもったいないと感じます。だからこそ、私たちDMCの存在を知ってもらって、もっと活用してほしいと思います。
── JDNのサービス内容には、受け入れ環境の整備や人材育成も含まれています。「ヒト」の部分では、どのような課題があるのでしょうか。
野口氏:通訳案内士のレベルによって、旅行の満足度は大きく左右されます。旅行を成功させるうえで非常に重要な要素です。片言だったり、内容を端折って通訳されたりすると、体験の魅力が伝わらず、お客様もよくわからないまま帰ってしまうことになります。
また、お客様が何を求めているのかという点でもサポートが必要です。いきなり「茶道を始めます」では、お客様も困惑してしまいます。「茶道とは何か」「いつから、なぜ始まったのか」といった歴史や背景を教えないと、魅力は伝わりません。こうしたストーリーテリングやナラティブ(語り)の要素を、共有していく必要があると考えています。
富裕層はありのままを見たい よくある誤解とコロナ後の変化
── 富裕層に対して、多くの方が持っている誤解はありますか。
野口氏:富裕層の方は「ありのまま」を見たいと思っています。レッドカーペットを敷いて待つ必要はなく、普段のままで良いのです。
また「富裕層=お金を湯水のように使う」と思われがちですが、彼らはビジネスで成功した経営者や医師、弁護士など、お金の価値をよく知っている方々です。相応の価値が提供されていれば高額でも支払いますが、不当に高いものは見抜かれてしまいます。
木下氏:単に価格を高く設定すればよいというものでもありません。ホテルのコーヒーと街のカフェのコーヒーにサービスによる価格差があるように、提供価値に見合った価格設定が必要です。ネガティブな噂は、コミュニティのなかですぐに広まってしまいます。
金馬氏:過度な誇大広告や、実態の伴わない演出も避けるべきですね。それから、食事の量が多すぎることもよく問題になります。毎食のようにフルコースが用意されても食べきれませんし、残すことを嫌うお客様にとってはクレームの原因にもなります。
── コロナ前と比べて、高付加価値旅行の傾向が変わった点はありますか。
野口氏:家族連れ、とくにお子さま連れの旅行が大幅に増えたと思います。コロナ前は子育てを終えたご夫婦が多かったのですが、現在は小学生くらいのお子さまと一緒に来られるケースが目立ちます。
また、東京や京都といったゴールデンルートの宿泊日数が減り、その分、地方に足を延ばすようになりました。人の少ない場所に行きたいというニーズも強まっています。
金馬氏:「自分と向き合う時間を持ちたい」というニーズが増えました。中東のお客様でも戒律に縛られすぎず、禅体験をされるなど、より柔軟でフラットな楽しみ方をされる方が増えています。
── 体験や買い物では、どのようなものに関心が集まっていますか。
野口氏:現代アートは相変わらず人気です。包丁のような実用的な伝統工芸品を求める方も多いです。骨董市やオークションに足を運んだり、ヴィンテージのブランド品を買い求めたりする動きも増えています。日本の中古品は商品の状態が良いので、非常に信頼されています。
競合のいない新たな枠組み JDNが地域とDMCにもたらすもの
── 競合となる存在と比較して、JDNならではの強みや価値はどこにあるとお考えですか。
野口氏:JDNはこれまでになかった新しい枠組みなので、競合という意識はあまりありません。
地域が「欧米市場を狙いたい」と思っていても、実際には中東やアジアに需要があるかもしれない。多様な市場に強いDMCが集まっているからこそ、地域に新たな発見や最適なマッチングを提供できます。
木下氏:地域が「最初はフランス市場、次は中東、その次はアメリカ」と狙いを広げていく際も、コンソーシアム内ですぐに引き継げます。
── 情報提供やセミナーを通じて、地域をどのようにサポートしていこうとお考えですか。
野口氏:地域の方々には、私たちが強みを持つ市場の最新トレンドを共有していく予定です。直近の旅行者の傾向や海外のエージェントが何を考えているのかなど、ネットで検索しても出てこない現地の生の情報を提供したいと考えています。
金馬氏:現場にいると、お客様がどこで不満を感じているか、どこがスムーズにいっていないかがよく見えます。富裕層向けのプロダクトは各地で造成されていますが、点と点がつながっていないことがよくあります。たとえば、お客様が体験の開始時間まで外で待たされるなど、配慮が抜け落ちていることがあるのです。
私たちはそうした足りない部分を補い、旅行全体の満足度を上げるための知見を提供できると考えています。
── 加盟するDMC側にとっては、どのような価値がありますか。
金馬氏:単独で活動していると、日々の業務に追われるなかで新しい情報の収集や地域の視察に行くのはなかなか難しいと思います。コンソーシアムであれば、ほかのDMCが得た信用できる情報が集まってきます。自分が行ったことのない場所に大切なお客様を送るのは精神的な負担が大きいですが、仲間の「お墨付き」があれば安心して提案することができます。
木下氏:自社が知らない情報を他社が持っていることも多々あります。「お客様からこんな要望があるのですが、対応できるところを知りませんか」とメンバーに相談し、紹介してもらうこともありますね。
「地域を元気にしたい」幅広い業種と連携して広げるJDNのこれから
── 7月の本格始動後、反響や入会希望の状況はいかがでしょうか。
野口氏:具体的な活動はこれから本格化しますが、すでに数十社からお問い合わせや入会希望をいただいています。ただ誰でも受け入れるわけではなく、質の高い商品・サービスを提供されている企業を審査したうえでお迎えしています。
── JDNの会員には、DMCを対象とする正会員・準会員に加え、宿泊施設や交通事業者、自治体などを対象とする賛助会員もあります。幅広い事業者と活動を行う背景を教えてください。
金馬氏:多様なお客様のニーズに対応するためには、これまで持っていたプロダクトだけでは立ち行かなくなっています。自治体や幅広い事業者と連携することで、相乗効果を生み出していきたいです。
野口氏:交通事業者やホテルなど、旅行手配に欠かせないパートナーとの連携も強化していきます。地方の交通事業者と連携できれば、二次交通の課題解決にも取り組めるのではないかと考えています。
木下氏:地域には、私たちDMCもまだ知らない魅力がたくさん眠っています。それを引き出すには、観光事業者をはじめとする地域の方々自身が「もっと良くしたい」と思うことが欠かせません。
── 会員が増えると、コンソーシアム内での競合を懸念されたりはしませんか。
木下氏:世界には80億人以上の人がいますので、取り合いになることはないと思いますね。むしろ「どんどんやってください」という感覚です。富裕層の定義も、DMCによってさまざまです。競合というよりは、情報を共有し合い、場合によっては連携できる仲間が増えた方が良いと考えています。
── 今後の予定や目指す姿を教えてください。
野口氏:2027年2月にはJDN会員が集まるイベントの開催を予定しており、情報共有やニュースレターの発行も準備を進めています。
何より、地域を元気にしていきたいというのが一番の想いです。来期はしっかり実績を作り、送客の土台を固めたいと考えています。全国に会員を増やし、これまでアプローチが難しかった地域にも送客できるようサポートしつつ、ほかのDMCと連携しながら地域を盛り上げていければと思います。
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