岸田首相は8月26日、沖縄県訪問中の会見で、オーバーツーリズムを「重要課題」だとして、この秋にも政府として対策を取りまとめる方針を表明しました。
「オーバーツーリズム」とは観光客が殺到することにより起きるもので、観光地の地域住民の生活や自然環境などに悪影響を与えることを指します。
アフターコロナの今、観光産業が回復傾向にあるなかで、こうした課題が懸念されています。ここまで回復が遅れていた中国の訪日外客数も8月に36万人まで回復してきており、処理水問題の影響は懸念されるものの、この度の国慶節で訪日旅行の機運はさらに高まる可能性があります。
そこで本記事では、国内外のオーバーツーリズムの現状や、今後の政府の方針、必要だと考えられる対策などについてまとめます。
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【連載:オーバーツーリズムを考える 〜真の観光立国への道のり〜】では、インバウンド業界の喫緊の課題である「オーバーツーリズム」問題の現状と解決策について、国の方針やデータ、事例などさまざまな内容をまとめ、不定期の連載形式でお届けします。(※10/31追記:連載内容を変更しました)
- 第一回:岸田首相、オーバーツーリズムは「重要課題」 秋にも対策取りまとめ
- 第二回:政府のオーバーツーリズム対策案を徹底解説
- 第三回:「レジデンスファースト」とは?オーバーツーリズム対策の考え方と本質的な課題
- 第四回:インバウンド観光におけるマナー啓発・混雑緩和等の具体的な対策と事例
- 第五回:真の観光立国実現に向けて、やるべきことは
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岸田首相、オーバーツーリズム対策をこの秋にも取りまとめる方針
岸田首相は、8月26日に沖縄県を訪問しました。2019年の火災で焼失した沖縄首里城の復元工事を視察したあと、記者団を前に会見を実施しています。
会見では、高付加価値なインバウンドの拡大に向けて、プライベートジェットの専用動線を運用開始するなど、利便性向上につながる整備を進めることを示しました。
一方、観光客が集中することで生じる混乱や、マナー違反などを課題として挙げています。持続可能なインバウンド観光を推進する上で「オーバーツーリズム対策」を重要課題に位置付け、この秋にも具体的な対策を取りまとめる方針であると述べました。
斉藤国交相もオーバーツーリズム対策に言及
その後8月29日の会見で、国土交通省の斉藤大臣も「オーバーツーリズム」に言及しました。
会見ではまず、国内旅行やインバウンドの回復に伴い、多くの観光地が賑わいを取り戻していることについて触れています。その上で、一部の観光地において、過度の混雑やマナー違反による地域住民への生活への影響、旅行者の満足度の低下への懸念が生じていると認識しているとのことでした。
また、岸田首相がオーバーツーリズムへの対策を取りまとめる方針であるとの発言を受け、国土交通省として、より一層取り組みを進める必要があるとの考えを示しました。
オーバーツーリズムの海外事例
まずは、世界の主要観光地で実際に発生したオーバーツーリズムの事例を2つ紹介します。
(1)バルセロナにおける事例
スペイン・バルセロナ市では、1992年の夏季にバルセロナオリンピックが開催されました。オリンピック開催をきっかけに外国人旅行者が増加しはじめたとのことです。
その後、バルセロナ市は「観光」を重要施策と位置づけました。そして観光局を設立し、観光プロモーションの拡大を図ると、旅行者はさらに増加しました。2007年頃には、延べ宿泊観光客数は1,400万人を超えており、これはオリンピック開催時の3.5倍にあたる数字です。
しかし、旅行者数が増大した結果、特定地域の住民から苦情が寄せられるようになってしまいました。住宅地が旧市街やサグラダ・ファミリアなどの観光地と近接していることも、住民との軋轢が生じた理由の1つだとされています。
また、2014年には水着姿で買い物をする旅行者が報道されたことで、観光による悪影響に関する報道が一気に過熱。観光に対する市民の反対デモなどが起こった時期がありました。
(2)ベネチアにおける事例
イタリア・ベネチアは欧州人のリゾートとして発展したものの、1990年代後半からはアジアを中心とした世界各国の旅行者が増加しました。
コロナ前の年間旅行者数はパリと同じ3,000万人に達しています。また、外国資本が流入した結果、住宅価格が高騰し、ベネチア島部の居住人口は18万人から5万人に減少しました。
加えて、旅行者の増加により路地や水上交通の混雑、店舗などの観光地が進むことで、住民の利便性や街の歴史的な雰囲気が損なわれるといった点も問題視されているとのことです。
そんな中で2023年9月、ついに観光客に向けて「入場料」を試験導入することが発表されました。対象期間は2024年の春から夏の週末を中心とした約30日間だということです。
関連記事:ベネチア、観光客に「入場料」試験導入へ オーバーツーリズム抑制目的に
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バルセロナ、ベネチアの事例をみると、外国人旅行者が地域住民にとって「過剰」に感じられるほど増加すると、観光施策への支持が得られなくなることを示しています。旅行者に対する敵視や、観光政策への抗議活動にエスカレートする可能性があることもわかります。
日本のオーバーツーリズム、世界と比較すると?
ここで、2018年にUNWTO(世界観光機関)が世界の主要15ヶ国の居住者を対象に実施した「観光が地域に与える影響について」のアンケート結果もみてみましょう。ネガティブ、ポジティブ両側面で観光が地域に与える影響について、それぞれ4つの回答を設け、各回答に対する支持率を算出したものです。
調査によると、ネガティブな影響があると回答した居住者の割合は、各国の中で最も低くなっています。ただしよく見るとポジティブ面も含めて全体的な回答率が低く、「通りや店、交通機関の混雑」が発生したと答えた割合が35%、「物価の高騰」が発生したと答えた割合が33%と他の要素よりも高い回答率となっており、観光によるポジティブな側面よりもネガティブな側面、つまりオーバーツーリズムの印象が強い傾向にあることがわかります。
また、日本国内で主要観光地を有する地方自治体を対象にしたアンケート結果をみると、214の自治体のうち、138の自治体は外国人旅行者の増加に伴う課題を認識していました。
では、実際に観光地ではどのような問題が起こっているのでしょうか。都市型、自然型、温泉型、リゾート型など、類型別で発生する課題を見てみると、以下のようになっています。
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・都市型
マイカーや観光バスによる交通渋滞への課題が最も認識されており、次いで宿泊施設の不足、緊急時の安全確保が続きます。加えて、深夜の騒音の増加やゴミ投棄への課題認識が高いことも都市型の特徴です。
・歴史文化型
都市型と同様にマイカーや観光バスによる交通渋滞への課題が最も認識されており、次いで日帰り客による収益不足、宿泊施設の不足、トイレの不適切な利用となっています。日帰り客による収益不足やトイレの不適切な利用は、歴史文化型の特徴です。
・自然型
自然型で最も認識されている課題は、日帰り客による収益不足とのことです。次いで季節変動による雇用不安定、マイカーや観光バスなどによる交通渋滞も約3割の地方自治体で課題として認識されています。こうした課題のなかで、季節変動による雇用不安定が比較的多いことは、自然型の特徴といえるでしょう。
・温泉型
季節変動による雇用不安定、トイレの不適切な利用が、温泉型で最も認識されている課題です。次いで日帰り客による収益不足、マイカーや観光バスなどによる交通渋滞が続きます。自然型同様、季節変動による雇用不安定が比較的多いことは、温泉型ならではの特徴といえます。
・リゾート型
日本ではリゾート型の観光地が少なく、サンプル数が少ないものの、マイカーや観光バスなどによる交通渋滞が課題として認識されていることがわかりました。次いで日帰り客による収益不足、季節変動による雇用不安定が続きます。また、自然型、温泉型同様に季節変動による雇用不安定が比較的多いことが、リゾート型にも当てはまる特徴とのことです。
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上記で挙げた結果をみると、類型別に異なる課題が発生しながらも、やはり交通状況の混雑や、マナー違反は共通の課題として意識されやすい傾向があるとわかります。
コロナ禍でいったんは下火となったオーバーツーリズムですが、今後は観光客の回復・増加に向け、早急に対策を打つべきだと言えるでしょう。
オーバーツーリズム、対策の方針はどうなる?
今後のオーバーツーリズムに関して、具体的な方針はまだ決まっていないため、まずはコロナ前 2019年の施策を見てみましょう。以下3点の取り組みが実施されています。
(1)宿泊税の導入
地域住民の観光への理解と協力を得る観点から、宿泊税の導入や入湯税のかさ上げを実施しています。これにより、自治体が独自の財源を確保したうえで、地域の観光に関する課題対策に充てている例が見られるとのことでした。
(2)マナーへの啓発運動
観光地におけるマナー違反行為を防ぐため、日本の文化、風習を知らせるための看板設置やマナー啓発リーフレットの作成に取り組んでいます。
これに関連して、例えば関西観光本部では、オーバーツーリズム対策の一環としてマナー啓発動画を企画制作。外国人観光客だけではなく受入側も含めた”相互理解”を促しています。
(3)混雑の可視化
エリア別、時間帯別の混雑状況を可視化することで、時間や場所の分散化を促す取り組みを実施しています。また、朝観光、夜観光を推進するなど、時間や時期への分散化にも取り組んだとしています。
加えてコロナ後となる2023年6月には、観光庁がUNWTO駐日事務所とともに公表した「日本版持続可能な観光ガイドライン」を活用して、持続可能な観光の普及と啓発を図っています。
そのなかで、オーバーツーリズムを未然に防止すべく、以下3つの取り組みを支援することが示されています。
- 混雑平準化のためのシステム整備
- マナー啓発に必要な備品の整備
- パークアンドライドを促進するための駐車場の整備
また、2024年度の官公庁の概算要求では、オーバーツーリズム対策を含む「地域における受け入れ環境整備促進事業」で、18億9,600万円(前年度16億4,300万円)を要求しており、国を挙げて対策していく課題の一つとして認識されていることがわかります。
なお2023年9月4日、関係省庁が一丸となってオーバーツーリズムの未然防止・抑制に資する施策や取り組みを検討するための、関係省庁対策会議が実施されました。9月29日には第二回が開催され、今後の方針の柱となる内容が話し合われたことがわかりました。方針は以下のようになっています。
【マナー違反行為の防止】
1. 旅行者に対するマナー啓発
【混雑の抑制・緩和】
2. 受入環境の整備・増強
3. 需要の適切な管理
4. 需要の分散・平準化
【地域住民と協働した観光振興】
5. 住民との協働や理解醸成の推進
この後は10月開催予定の第三回会議で、正式な方針として決定するということです。
詳細はこちら:「オーバーツーリズム対策会議」第2回開催
今後、やるべき施策は:まずは「レジデンスファースト」の徹底を。観光振興と両立する対策が理想
観光業を活性化していく上で、前提として認識を共有しておかなければならないのが「レジデンスファースト」です。地域住民の生活を第一優先と捉えるべきで、観光による被害が及ぶような状況は避けなければなりません。
そこで必要なオーバーツーリズム対策として、まずは地域を守り、地域と観光客との「相互理解」をはかります。例えば観光客に向けたマナー啓発や、地域住民に向けた「観光による地域への還元」などについての情報発信などがこれに当たります。
次に、観光客が少ない地方や、同じ地域でも観光客が少ない場所に訪問してもらう「分散化」の促進が、地方創生・消費額増大とオーバーツーリズム対策を両立する施策として効果を発揮します。
それでも人流が多すぎる状態であれば、プライシング変更や入場制限などによる「人流抑制」の施策が必要となります。
すでに一部の人気観光地でオーバーツーリズムが起こっている他、今後は中国インバウンドの回復や大阪・関西万博の開催などを控え、さらなるインバウンド市場の拡大が予見されるため、こうした施策は不可欠となるでしょう。
一方で急激な人流抑制を実施すると、観光地に位置する店舗・施設や交通機関、宿泊施設などでの消費は減り、結果的に地域の不利益となってしまいます。各地域に外国人観光客が訪れ、地域が賑わい潤う、そして外国人観光客も再来訪したくなるような、「観光客・地域住民・事業者」の三方よしを実現しなければなりません。
その実現に向けては、国だけでなく自治体・DMO、民間企業、そして地域住民も含めてどのように連携して動いていくのかなど、地域が一体となって考えていくことが必要不可欠だと言えるでしょう。
今回開催されたオーバーツーリズムの関係省庁対策会議でも同様の方針が示されていますが、それはあくまで全体としての方針であり、各地域に合った解決策が必要となります。お届けします連載記事「オーバーツーリズムを考える 〜真の観光立国への道のり〜 」を通じて、皆様と一緒に、対策を考えていきたいと思います。
→ 第2回はこちら
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<参考>
首相官邸:沖縄県訪問等についての会見
国土交通省:斉藤大臣会見要旨
観光庁:
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