中国の訪日自粛や不透明な中東情勢の行方など、インバウンド市場を取り巻く環境は日々変化し、予測が難しい状況が続いています。
そうした変化の激しい状況下にあっても、長野県白馬村は国内屈指のスノーリゾートとして存在感を放っており、年間の外国人宿泊者数は約45万人にも上ります。その背景には、白馬村が不確実な時代を見越し実践してきた観光地ブランディングや、地域とともに推進してきた観光コンテンツ開発があります。
具体的にどのようなことに取り組んでいるのか。一般社団法人白馬村観光局 事務局長の福島洋次郎氏に伺いました。
オーストラリア一強からの転換、欧米やアジアの誘客強化
──中国の訪日自粛を受け、客数や売上に影響が出ている地域や事業者もあります。昨シーズンの白馬村における状況はいかがでしたか。
白馬村はもともと外国人旅行者に占める中国本土からのお客さまの比率が低く、2025年度の実績で2〜3%程度です。
白馬村への外国人旅行者の約5割弱がオーストラリアの方々で、そのほかアジア系が約3割、北米・ヨーロッパが約2割という構成になっています。
中国本土からのお客さまについても、富裕層の個人旅行者(FIT)が多い傾向にあり、昨シーズンの外的な影響は限定的だったといえます。
実際、白馬村の昨シーズン(2025年11月~2026年5月)の外国人旅行者数は、前シーズン比で105〜110%で推移し、多くのお客さまにお越しいただけました。
──世界情勢などの外的な影響に対して対策してきたことはありますか。
今でこそオーストラリアの方の比率は5割弱ですが、コロナ前の比率は7割ほどでした。一国に偏った構造はリスクが高いと考えていましたので、欧米やアジアからの誘客を強化し、市場を分散させることに取り組んできました。
そこで進めたのが白馬村のブランディングです。「白馬(HAKUBA)」というブランドを強くできれば多様な国からのお客さまを誘致できます。
また、HAKUBAブランドが確立できれば、一時的に外的環境の影響を受けたとしても旅行者は戻ってきてくれます。
実際に、新型コロナウイルス感染症の流行時は、外国人旅行者数がほぼゼロになった時期もありました。しかし2023年には急速に持ち直し、白馬村における訪日外国人の旅行者数、旅行消費額はともにコロナ前の水準以上に回復しています。
──ブランディングのために具体的にどのようなことに取り組みましたか。
代表的な施策が「フリーライドワールドツアー(FWT*)」の白馬村での開催です。
FWTに出場するプロのライダーは、その一人ひとりが数万人規模のInstagramフォロワーを抱える、いわゆるインフルエンサーのような存在です。プロのライダーが滑走する映像や写真を通じて、白馬の山の景観や雪質の素晴らしさを世界中に発信できると考えました。
あわせて、スキー発祥の地でスキー人口が多く、ウィンタースポーツメディアの影響力が強い欧州や北米の方々に、白馬を知ってもらえるように働きかけました。具体的には、ロンドンやフィンランド、カナダ、アメリカなどの人気ライダーの撮影に協力し、現地の雑誌やWeb媒体に白馬の記事を掲載していただけるように取り組んできました。
じつはこうした欧米の人気ライダーとのコラボレーションは、スキーやスノーボード好きのアジア圏の方々へのブランディングにも高い効果を発揮します。まず欧米へのプロモーションに注力することで、結果的にアジア諸国にもHAKUBAブランドを波及させることができました。
*通常のコースを離れ、自然のままの山岳斜面(バックカントリー)を滑り降り、その滑走の技術や創造性を競うスポーツ「フリーライド」の国際大会

地元住民と進める、日本人にも外国人にも支持されるコンテンツ開発
──白馬はスノーアクティビティが楽しめる冬の印象が強いですが、グリーンシーズンの集客にも力を入れていますよね。
白馬村の場合、やはりお客さまが冬に集中する傾向があります。繁閑差が大きいと通年での雇用がしづらく、年間の売上が安定しにくくなります。そこで、冬の繁忙期に集中する売上を、通年で平準化させていく必要があります。
そうした背景から白馬村では10年ほど前から「スノーリゾートからマウンテンリゾートへ」を合言葉にグリーンシーズンの開拓に取り組んでいます。春・夏・秋の、とくに平日の稼働を埋めるカギになるのが、長期滞在してくださるインバウンドのお客さまです。
現在は台湾と香港をメインのターゲットに、マーケティングやプロモーションを進めています。
──台湾や香港からの訪日観光客は、全体の約9割がリピーターで、主要な観光地だけでなく地方への訪問意向が高い傾向にあります。
白馬村がグリーンシーズンで提供しているのは、アウトドアや山登りといった少しニッチとも言えるコンテンツです。
これに対して、すでに日本のさまざまな観光地を訪問済みの台湾や香港の方々は「もっとディープな日本を知りたい」と考えている層が多いとみて、親和性が高いと考えています。
具体的なプロモーションとしては、専門家とともに香港や台湾を訪問し、白馬の登山の魅力を伝えるセミナーを開催しています。さまざまな人気都市が出展する大規模な旅行博といったイベントではなかなか記憶に残りにくいため、あえて単独開催にこだわっています。
2018年からコロナ禍の時期を除いて毎年開催し、今では毎回300人ほどが集まる人気企画になりました。実際に白馬の山小屋の方からも「外国人旅行者が増えた」という嬉しい声をいただいています。

──コンテンツ開発で重要な点は何だとお考えですか。
長期目線で、その土地の「文化」を醸成していくことが大切だと感じています。流行りを追いかけて地域住民やその土地の文化と関連性がないコンテンツに手を出しても、長続きしないことが多いです。
白馬村では、グリーンシーズンの開拓の一環として、2015年に岩岳にマウンテンバイクのコースを作りました。もともと岩岳には2000年までマウンテンバイクのコースがあり、数十人のローカルグループがいて、復活させたいという声が地元から上がっていたのです。
その後、村の子どもたち向けに「白馬マウンテンバイククラブ」も立ち上げられました。今では、地元のおじいさんやおばあさんが、子どもたちが走る姿を温かく見守っていて、白馬の文化として定着しています。
白馬村の代表的なアクティビティであるスキー自体も、もともと地元住民に浸透している文化で、ローカルの人だからこそ知る滑走スポットや知識など、それ自体が旅行者にとっての白馬の価値となっていました。その土地の文化として醸成されたものからこそ、白馬ならではの新たな魅力が生まれると感じています。

──白馬への旅行者には、外国人や日本人など、多様な層が混在しています。こうしたなかでのコンテンツ開発で意識していることがあればお聞かせください。
意識しているのは、地元の人が楽しんでいるものを、旅行者も楽しめるコンテンツに変えていくことです。もともと地域にないものや、地元から発祥していないものをコンテンツ化するつもりはありません。
たとえば、白馬では音楽フェスも開催されています。イベントの主催者は幼少期から白馬の雪山で滑っていた音楽好きの方などです。
また、夏に湖でSUP(スタンドアップパドルボード)を楽しんでいた地元の人たちの遊びが、レンタルサービスやSUP教室といったコンテンツに発展しています。マウンテンバイクの事例も同じ流れです。
最初からインバウンドを意識するのではなく、地元の人が楽しめるコンテンツを作ることで、日本人にも外国人にも長く愛され、定着していくのだと思います。
関連記事:【白馬が描く、通年型リゾートの未来図】インバウンド誘客みすえた今後の戦略は
6月から独自の宿泊税がスタート、その使い道は?
──2026年6月1日から長野県は宿泊税の導入を開始しました。白馬村では同日から、県による宿泊税に加えて独自の宿泊税の徴収もスタートさせています。現場の宿泊事業者からはどのような声が上がっていますか。
宿泊税の導入は、地方が自立して観光地経営を行ううえでもっとも重要となる「財源」を確保するためのものです。世界のリゾート地との競争に負けない観光地となるべく、この財源を有効に活用していきます。
事業者の方々からは主に「宿泊税で得られた財源を何に使うのか明確にして欲しい」という声をいただいています。
白馬村は2026年3月、自然環境を守りながら、地域経済の活性化や村民生活との調和を図ることを目的に「白馬村観光地経営ビジョン」を策定しています。
今後、宿泊税の使途については私たち観光局側で具体的なアクションプランを策定する予定で、地元の事業者の方々が求めていることと、観光地経営ビジョンが合致している領域に投資していく方針です。
関連記事:2025年~2026年に宿泊税を導入・改定した自治体まとめ 沖縄県、長崎県など2027年以降の導入予定も
──投資先としてはどのような領域を想定されていますか。
まだ具体的なアクションプランができ上がっていないので個人的な意見となりますが、ひとつは観光資源の保全です。白馬には古道や一級河川の源流など、昔から大事にされてきた自然がありますが、近年はその維持や管理のための活動に手が回っていない状況でした。
現在、白馬村では冬だけでなく年間を通じて訪れていただける観光地をめざしており、そのためにはこれらの観光資源を整備し、その価値を旅行者にもっと知っていただくことが大切です。
もうひとつは景観整備です。白馬の最大の売りは美しい景観ですから、錆びたガードレールのように視界のノイズになるものは修繕、整備しなければなりません。
宿泊税によって、こうした観光資源や景観の整備のための財源が確保できるのは非常に大きいことです。そのうえで、私たち観光局側で考える施策だけでなく、白馬の事業者の方々のご要望にも応えていきたいと思っています。
プロフィール:一般社団法人白馬村観光局事務局長 福島 洋次郎
1975年長野県白馬村生まれ。カナダ・ブリティッシュコロンビア州立ランゲーラカレッジ人文科学部卒業。帰国後、白馬東急ホテルに入社。フロントスタッフ等を経た後、海外営業担当として年間30日以上を現地海外営業に費やし、自ホテルだけでなく白馬全体のインバウンド誘客に勤しんだ。2016年6月一般社団法人白馬村観光局事務局長に就任。国内外からのさらなる観光客誘致、白馬ブランド確立を目指し「フリーライドワールドツアー」を誘致。また、サーキュラーエコノミー推進を目的としたワーケーション&MICEイベント「Green Work Hakuba」を2020年より開催し「サステナブルマウンテンリゾート 白馬」の実現を推進している。
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<参照>
白馬村:白馬村観光地経営ビジョン
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