2021年6月15日、令和3年版(2021年)観光白書が発表されました。訪日ラボでは、全10回にわたりこの観光白書を基に説明しています。
第5回となる今回は、「第II部第2章第2節 観光業の体質強化・観光地の再生に向けた取組 」について紹介します。
観光庁は令和3年度の観光白書において、主に消費傾向、人材面から見た課題を改善するため、これまでに実施してきた取組として魅力向上、DX、地域の取組、DMOの取組、持続可能な観光、アドベンチャーツーリズムの6つの観点から紹介しています。
なお、ユニバーサルツーリズムの推進については今連載第8回で紹介いたします。
この記事ではこれらの取組について訪日ラボでも過去に紹介した事例を紹介することにより、実際に観光地で体質強化、再生する際のイメージを持ちやすくすることを狙いとしています。
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観光業の体質強化・観光地の再生に向けた取り組み
本連載の「4.日本の観光面での課題」でも紹介したように、日本の観光業界は様々な課題を抱えています。
それらの消費傾向から見た課題を改善するため、魅力向上、DX、地域の取組、DMOの取組、持続可能な観光、アドベンチャーツーリズムという6つの観点から取組が実施されています。
さらに、「2030年に訪日外国人6,000万人」という目標を達成するため、官民一体となって体質強化、再生に取り組む必要があると考えられます。
《注目ポイント》
- 官民一体で取り組むため、各部門での補助金も充実
- 既存の魅力を活かしつつ、付加価値をつける取組多数
- 持続可能性を意識した取組の重要性
魅力向上への取り組み:観光地の面的再生へ
従来では団体客が大きな役割を占めていた観光業において、個人旅行志向が高まるなど、経営環境は変化を見せています。
経営側においては、大規模施設への設備投資にともなう経営負担の減少や、顧客ニーズを見据えた経営への変革が求められています。特に、コロナ禍で悪化した収益性を改善するためには、観光業の体質強化が欠かせません。
観光庁では、観光地の面的再生として宿泊施設の改修による滞在環境の上質化、経営改善や収益の多角化などを支援しています。
全般的な観光地の面的再生の取り組みにおいては、観光地の魅力を損なう廃屋の撤去を支援するほか、長期滞在者や訪日外国人がよりいろいろな料理を楽しめるよう、飲食店と連携した泊食分離を促進しています。泊食分離においては、長期滞在を促すだけでなく宿泊業と飲食業双方にとって収益性の向上にもつながります。
宿泊施設の改修等の取り組みにおいては、ゆとりのある空間や露天風呂のリニューアルといった宿泊施設の滞在環境の上質化や、運営ノウハウをもつオペレーターへの経営委託なども見据えた経営改善を行っています。
そして公共施設を観光地目的としても利用できるよう、民間の力を導入した取組も進められています。
さらに収益の多角化として、宿泊施設では素朴な自然や文化などを体験できる体験型コンテンツを宿泊客に提供し、消費単価を向上するほか、旅行業においては障がい者の方の視点に立ったサービスなど、付加価値を発揮できる分野の磨き上げや事業の実施などに取り組んでいます。
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DXと観光・MaaSへの取り組み:省力化、経営革新、付加価値向上へ
観光業界においては、人材不足や財源不足からDXへの取組が特に遅れていると指摘されています。
財務省の「法人企業統計調査」によると、宿泊業と飲食サービス業では特に従業員一人当たりのソフトウェア装備額が低く、金融保険業を除く全産業の平均のおよそ1/10ほどとなっています。
そして、IT投資を行わない理由として、経済産業省の「平成27年度中小企業の成長と投資行動に関する調査報告書」によると、ITを導入できる人材がいない、導入効果が分からないが上がっています。導入効果が分からないなどの否定的な意見があるものの、DXを進められる部門は多岐にわたっており、接客や業務管理、移動、コンテンツ、マーケティング、プロモーションなどがあげられます。
さらに、日本の旅館では欧州と比較した際に直販の比率が低くなっています。このことからも、今後旅館が直販サイトを構築して消費者と直接つながり、デジタルチャネルを通じた各種のプロモーションで集客能力を高める余地があることが示されています。
近年ではGoogleやAmazonといったプラットフォーマーの参入も相次いでおり、情報の集約化が行われた他、ツアーオペレーターと消費者を直接結ぶことも可能となりました。
経営改善においては、紙媒体での顧客管理や、対面・電話での接客、FAXでの発注など従来のアナログな対応から、システム導入などにより省力化・経営革新などが可能となります。
また観光コンテンツにおいては、ARやVRなどの先端技術が、コンテンツの付加価値向上に貢献することができます。
さらに観光地域づくりにおいても、位置情報や購買情報などを分析することで観光ルートの設定や商品開発を行ったり、データ分析による効果検証をしつつ、デジタルマーケティングを実施し効率的なプロモーションを推進することが可能となります。
特に移動という文脈においては、観光型MaaSとして交通網の整備だけでなく、移動をシームレスに行えるという観点からDX、スマート化が進んでいる事例が多数あります。
例えば沖縄では、1つのアプリで公共交通機関や観光施設をスムーズに購入することができるなど、DXとMaaSが一体となって実施されています。
さらにコロナ禍で国境を越える移動が困難となりましたが、その際の陰性証明やワクチン接種証明などでもIT技術が活用されています。
このほかにも関連記事では、高速バスサービスや観光庁の公募案件などを紹介しています。
よって、DXは省力化や新たなビジネス展開を実現し、収益力強化や旅行者の利便性向上につなげられるため、事例を参考にしつつ各地域、団体で積極的に取り組むことが求められると考えられます。
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地域の取組:付加価値をつけた新たな観光コンテンツの創出
地域の取り組みにおいては、コロナ禍における観光地での感染防止策を前提としたうえで、需要の変化をふまえた新たな観光コンテンツの創出が重要となっています。
観光庁は新しいコンテンツの造成などに取り組む地域を支援しています。ここでは観光白書の事例からいくつか紹介します。
まず東京都の八丈島では従来の団体型の格安ツアーから、サイクリングやヨガ愛好者なども満足できる、密を避けた付加価値の高い個人旅行へのシフトを推進しています。
また新潟県の南魚沼市では、密を避けやすい早朝の時間帯を活かし、「雲海ツアー」に魚沼産コシヒカリのおにぎりを食べる体験を組み合わせた有料ツアーを実施しています。また昼間以外の消費活性化にも貢献しています。
さらに福島県の裏磐梯では、文化観光の推進にあたり博物館や美術館、寺社や城郭などの文化施設を「文化観光拠点施設」として地域一体での取り組みを進めています。
福島県北塩原村にある諸橋近代美術館では夜間にダリのコレクションを展示するなど、特別感を演出する取り組みも実施しています。
これら以外にも、モノづくりを体験できる「コト消費」を中心にしたコンテンツや、日本ならではのスポーツなどを体感するスポーツツーリズム、ナイトタイムを強化するコンテンツなども付加価値を持たせ、新たな消費を生み出すうえで有効だと考えられます。
コロナ禍を受けて密を避けるなどの新たなトレンドが生まれた現在、観光コンテンツをそれらに対応する形で生み出すことも重要になると考えられます。
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DMO・観光協会での取組:感染症対策と着地整備
観光地域づくり法人(DMO)や観光協会では、ガイドラインや認証制度の策定といった感染症対策のほか、受け入れ環境整備やコンテンツ充実化などコロナ収束後を見据えた着地整備などを実施しています。
京都市観光協会では、観光に携わる23の業界団体とともに対策ガイドラインを作成するほか、事業者向けにオンラインでの研修を実施し、体験コンテンツの配信等も行っています。
以下は、自宅でできる座禅体験として京都市観光協会が紹介している動画です。
また金沢市観光協会では、安全・安心と金沢らしいおもてなしが調和する観光を実現するための取り組みを進めており、伝統工芸に関心を持つ旅行者向けに、高付加価値な少人数制のプライベートツアー(1グループ33万円~)を実施しています。
他にも、地域内の回遊性向上と渋滞解消のためのモビリティを活用したパーク&ライド事業などがあり、課題を解決しつつ地域整備や地域の収益性拡大につなげた事例が多数見られます。
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持続可能な観光:ガイドライン作成へ
観光庁は持続可能な観光について、「日本版持続可能な観光ガイドライン(JSTS-D)」を開発し、各地域が多様なステークホルダー間の合意形成を進めながら、長期的な視野に立って持続可能な観光を実現できるよう支援しています。
JSTS-Dは、世界サステナブルツーリズム協議会(GSTC)から、国際標準のGSTS-Dに準拠した正式な指標として公認されています。
2020年度には、同指標を導入する5地区を支援し、国際団体が発表する「2020 Sustainable Top 100 Destinations(世界の持続可能な観光地100選)」に全5地区が選出されました。
5地区(北海道ニセコ町、三浦半島観光連絡協議会(鎌倉市、逗子市、横須賀市、三浦市、葉山町)、岐阜県白川村、京都府京都市、沖縄県)のうち、観光客を好意的にとらえている住民が約半数にとどまる北海道ニセコ町では、事業者による「持続観光な観光」への取り組みを住民に伝えるリーフレットを作成し配布しました。
また観光客のマナーや混雑を課題として抱える三浦半島観光連絡協議会では、これまでも江ノ電の住民優先乗車などを実施してきましたが、ビーチでのゴミ対策として有料ゴミ箱の設置やその金額の妥当性などを調査し、検討しています。
コロナ禍の中、海外からの観光客を受け入れたイタリアでは早くも「オーバーツーリズム」に対し反対する声も聞かれており、日本でも訪日外国人旅行客の受け入れに向けて早急に対処する必要があると考えられます。
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アドベンチャーツーリズムの推進
アドベンチャーツーリズム(AT)とは、「自然」「アクティビティ」「文化体験」の3つの要素のうち、2つ以上で構成される旅行のことです。
経済波及効果の高さに加えて、旅行消費の大部分が地域に還元されるともいわれ、地域経済の活性化も期待されます。
日本国内では特に、パウダースノーなど自然環境や野生動物などとの「自然との関わり」のほか、アイヌ文化などの「歴史文化」、豊富な「アクティビティ」と、ATに必要な要素がそろう北海道で、先進的な取り組みが進められています。
2016年10月にアラスカで開催されたATの世界大会「アドベンチャートラベルワールドサミット」に日本として初めて出展し、世界のAT関係者ともネットワークを構築し、様々な取り組みを行っています。
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人材育成:量と質の2面から幅広く育成へ
ここからは、主に雇用面に関しての課題解決策である人材育成において、現在までの取組を確認していきます。
《注目ポイント》
- 義務教育から社会人まで、幅広い段階で育成
- 量の不足と質の不足に対応
令和3年版観光白書によると、観光庁ではトップレベル、質、量の不足に応じ、義務教育の段階から4階層にかけて人材育成に取り組んできました。
トップレベルでの経営人材の育成においては、一橋大学や京都大学に観光MBAプログラムが設置された他、海外でホスピタリティマネジメントを学ぶ留学への支援も行っています。また特にインバウンド対応を担う現場での人材として、「地域の観光人材のインバウンド対応能力の強化に向けた講師派遣業務」が実施されています。
そして観光の将来世代を担う人々として、子供への教育にも力を入れています。「観光教育」とは、観光庁の定義によると「観光が果たす役割について理解し、関心を持ち、日本各地の観光資源の魅力を自ら発信できる力を育む」もののことです。
小学校や中学校など義務教育の段階から観光を取り上げた実践例が見られ、「初等中等教育における観光教育の推進に関する協議会」なども2020年から開催されています。
また、各企業と団体の連携によって、人材育成だけでなく地域観光の活性化にも寄与している例もあります。
人材育成や雇用形態の改善によって労働環境を改善していくことにより、日本の観光産業において安定的な発展が見込まれると考えられます。
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観光の体質強化と再生を、コロナ後にむけて引き続き実施を
観光庁は観光業の体質強化・観光地の再生を行うため、このように様々な視点からの取り組みを進めています。
補助金等を活用しつつ、先行事例などを参考に、観光業界が抱える消費傾向の問題を改善していく必要があると考えられます。
各地域での観光コンテンツの磨き上げや、利便性の強化、収益の多角化などは、コロナ禍以後も観光業の発展と再生において引き続き重要なものとなるでしょう。
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<参照>
金沢市観光協会:金沢の美しき文化を五感で触れる旅~伝統工芸・茶の湯・ZENを体感する~
観光庁:観光教育の普及に向けて
観光庁:「令和2年度観光の状況」及び「令和3年度観光施策」(観光白書)について
京都市観光協会:世界の"外出自粛中"の皆さまに、在宅時間を豊かにする京都のコンテンツを配信「Stay Home, Feel Kyoto」の取組みを開始します
経済産業省:平成27年度中小企業の成長と投資行動に関する調査報告書(国立国会図書館で閲覧可能)
財務省:法人企業統計調査
北海道運輸局:アドベンチャートラベル
南魚沼雲海ハント:GO HUNT UNKAI‐ごはんと雲海ツアー‐
諸橋近代美術館:イベント・ワークショップ
プレスリリース:観光産業におけるSDGsの取り組み推進に向けた組織・企業団体の状況調査
プレスリリース:太平洋に浮かぶ八丈島を舞台にヒーリング型観光プログラム コロナ禍に「カラダ、食、マインド」を整える黒潮の隠れ家 開催報告のお知らせ
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